喜劇とは?
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この項目では吉本興業の喜劇舞台公演について記述しています。毎日放送の中継番組についてはよしもと新喜劇をご覧ください。 吉本新喜劇(よしもとしんきげき)は吉本興業に所属する芸人によって舞台にて行われる喜劇または、それを行う劇団のことである。 なんばグランド花月劇場(NGK)での本公演が『よしもと新喜劇』としてテレビ放映されるほかに、地方公演としてメンバーを絞った形で巡業する形によって公演される(花月東京お出かけ公演、神戸等)。 また、池乃めだかを始めとする数人の新喜劇メンバーとその他の吉本所属のお笑い芸人らが共演する新喜劇風の舞台喜劇の番組(『日曜笑劇場』。2007年4月現在は、『なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!』を放送中)も伝統的に朝日放送テレビで放送されており(以前は讀賣テレビでも、『吉本コメディ』の名で放送)、その番組では、毎日放送テレビで放送される『よしもと新喜劇』とは違って、毎回の舞台設定、レギュラー出演者の役柄設定などは固定されている。 後述するように、ルミネtheよしもとでも、そこを本拠地とする芸人たちと「やめよっカナ!?キャンペーン」時代の若手で主役級だった今田耕司たちを座長とした、新喜劇所属ではない集団による演劇もチーム(班編成)で連日上演されている。また、うめだ花月でも同様に、若手の新喜劇メンバーと所属芸人の各数名による軽演劇(「芝居もん」)が上演されている。 2007年現在、新作は毎週火曜日に上演されている。このため、前日月曜日夜から、長いときで日付が変わった午前1時ごろまで立ち稽古を続けていることがある。その様子はなんばグランド花月公式サイトにおいて、「のぞき穴」のコーナーでうかがえていたが、現在は公演時間外の実況は取りやめられている模様。 1959年3月1日、うめだ花月劇場開場と同時に「吉本ヴァラエティ」として発足。第一号の演目は「アチャコの迷月赤城山」(サブタイトルに「忠治以外傳」とある)。出演者は花菱アチャコ、佐々十郎、大村崑、芦屋小雁、中山千夏、他。 毎日放送テレビとのタイアップとして生まれ、創設者の八田竹男(のち吉本興業社長)をして「テレビ時代を睨んだ新たな演芸のビジネスモデル」として、うめだ花月と毎日放送テレビの看板となるべく、まさに社運をかけて育成された。 初期には花菱アチャコや東五九童、大村崑、雷門五郎、笑福亭松之助等既存のスターに頼っていたが、やがて研修生を迎え自前のスター発掘を行うようになった。秋山たか志、花紀京、岡八朗、原哲男、平参平、桑原和男等が台頭するようになった。なお1964年6月頃から吉本ヴァラエティから「吉本新喜劇」と正式呼称するようになったが、既に1959年の吉本ヴァラエティ第1回公演には吉本新喜劇と謳われている。 かつては大阪と京都に3つの吉本直営の演芸劇場(大阪に「なんば花月」と「うめだ花月」、京都に「京都花月」)があり、劇団員を3つの組に振り分ける3チーム体制となっていて、それぞれ10日単位(月上旬を上席、中旬を中席、下旬を下席と呼んでいた)で各チームが各劇場に出演し、ひと月で全劇場を回るローテーション制(京都→うめだ→なんばの順で移動する)を繰り返していた。現在活躍中のベテランメンバーは殆どがこの3ヶ所のいずれかで初舞台を踏んでいる。 「うめだ花月」での公演は毎日放送で「花月爆笑劇場」として、また、「なんば花月」での公演は朝日放送で「お笑い花月劇場」として、いずれも土曜日の午後にテレビ放送されていた。 ちなみに、京都花月とうめだ花月は同じ芝居がかかり、なんば花月は両劇場にはかからない新作が上演されていた(例えば、あるチームが上席に京都で掛けた芝居は、引き続いてうめだの中席で同じ芝居を上演されるが、下席のなんばでは別の新作を上演する。このなんばの新作は基本的に京都、うめだでは上演されない)。これは、上記にあるように毎日放送(うめだ花月からの中継)と朝日放送(なんば花月からの中継)がそれぞれ新喜劇を放送していたため、区別するためであると考えられる。 大阪における笑演芸の劇団として、かつては日本を代表する喜劇役者の一人といわれた藤山寛美が率いた松竹新喜劇があるが、それとの違いは、大雑把に言えば吉本は師弟制から競争制になり、芝居内容も現代に合ったドタバタな享楽を追求したのに対し、松竹は最後まで藤山寛美を中心とする師弟制で、上方の伝統的な恋愛物の色彩が強かった、といったところである。また師弟関係にしても、井上竜夫を移籍させたはいいが、吉本で育ってしまった。 ビートたけしが「(かつて出演していたラジオ番組オールナイトニッポンで、高田文夫と松竹の話題に触れたトークでのこと)藤山さんはボンクラにも最低5万円渡してやるんだって。そうしねえと若手が生活に困って芝居に専念できねえからって。本当かね」と言っていた。これは雑誌「笑芸人」やたけしの著書に書かれていたことである。 たけしの話が本当とするならば、松竹新喜劇と比べると吉本新喜劇の座員たちの生活は恵まれているとはいえず、若手の月給は8万円程度と言われている。 松竹新喜劇は歌舞伎役者の出である曾我廼家五郎と曾我廼家十郎が結成した日本初の本格喜劇「曾我廼家兄弟劇」をその源流とする。五郎と十郎は大阪に古くから伝わる伝統芸能・仁輪加(にわか)を改良して本格演劇に仕立てた。仁輪加は本来即興で演じる歌舞伎などのパロディーなどであり、東京で言う「アチャラカ」(=軽演劇。ただしこちらはオペラのパロディー。)と同義であるが、このような経緯を持つため松竹新喜劇は舞台中心の本格演劇に位置付けられている。内容も人間の業を描いた物や人情物などが多く、ギャグは入るが本筋の通ったものである。 一方の吉本新喜劇は常々「漫才芝居」と揶揄されるように、ドタバタ中心のナンセンス軽演劇であり、一種のスラップスティックコメディである。ストーリーよりもギャグ、演技よりもキャラクター性を重視する。これは元々吉本新喜劇がテレビ番組向けに製作された物であり、テレビ中継で名を売り花月劇場に観客を呼び込む「客寄せ」の役割を担ってきたことによる物である。 両者は比較されることを嫌い、吉本側も「ウチらと向こう(松竹新喜劇)は、たとえ同じスポーツであるにしても種目が違う」と言い切っている。 1980年頃に始まる漫才ブームは吉本興業のタレントの全国区進出を成功させ、吉本興業は業容を拡大。トップスターの全国(即ち東京)進出が相次いだ。一方で、吉本新喜劇は、概ね旧態依然とした演出を続け、中高年層の支持は維持されていたものの、漫才ブームや心斎橋筋2丁目劇場と言った笑いの新しい波の洗礼を受けた若者層には飽きられ、また、室谷信雄、木村進ら主力の離脱などで、客足が減りつつあった。 各劇場の老朽化が進んだことで、吉本興業は1987年にNGKことなんばグランド花月をグランドオープンさせたが、オープン当初は下火となった新喜劇の上演はNGKでは行われなかった。同時期の1987年京都花月閉館、1988年のなんば花月閉館により伝統の3チーム制は失われ本拠地はうめだ花月のみになり、3チーム制も崩壊していた。 そのような中、1988年、木村政雄が吉本興業本社制作部次長に就任。新喜劇を再生させるには世代交代と全国区に売り出すことが必要であるとの方針の下、再生プロジェクトとして、期限までに観客動員数が目標値に達しなければ吉本新喜劇をやめるというセンセーショナルな「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」を開始。このとき設定された目標観客動員数は1989年10月から1990年3月までの半年間で延べ18万人、1日平均に換算すると約1000人であり、当時のうめだ花月の座席定員から換算して70%近い平均稼働率(1日2回公演の場合)を上げなければ目標値に達しないという、非常に高いハードルであった。これにより、現場は緊張し、マスコミが取り上げ、固定ファンに危機感を与えたのみならず、関西地方を中心とした潜在的ファンの掘り起こしや、新喜劇になじみのない全国のファンに認知度を高めることにより、観客動員が増え、キャンペーン期間終了を目前に控えた1990年3月中旬、ついに観客動員数は目標数の「1989年10月から数えて延べ18万人」に達し、新喜劇は存続・復活を果たすこととなった。 この裏で、木村政雄は、団員全員に一旦解散を宣告した。そして、一人一人に面談を行い「これからは若手を中心にキャスティングします。もしかしたら、通行人Aとかをやってもらうかもしれません。それでもやって頂けますか?」とベテラン・中堅団員等にヒアリングを行い、今後の手法に意が沿わない団員は外れてもらうという再入団システムを導入した。ヒアリングの末、新喜劇の顔であった花紀京、岡八郎が「勇退」という形で退団を強いられ、その他団員の多くもクビを宣告され、船場太郎、桑原和男ら一時的に残留したベテランも脇に回るなど世代交代が進み、従来のコアなファンには新喜劇の変質が意識された。当時、みうらじゅんがプロデュースした「吉本ギャグ100連発」は、この新喜劇復活劇の重要な要因の一つであったとも言えるが、その内容は世代交代で去ってゆく芸人の芸が中心であり、一種レクイエム的なものであったと評価できる。その後の新喜劇復活の形が、みうらら従来のファンの本意であったかは疑問である。それを裏付けるように、みうらはそれ以後の「吉本ギャグ100連発2」「吉本ギャグ100連発3」の制作には参加していない。 因みに、この「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」の頃から1997年6月末頃までのなんばグランド花月での新喜劇公演の演出を担当したのは、女性演出家の湊裕美子である。彼女は、その後、1997年秋〜1998年秋にかけて放送された東京発のゴールデンタイムの全国ネットの新喜劇の番組である「超!よしもと新喜劇」と「超コメディ60!」でも演出を担当した。 存続決定後、キャンペーンの一貫として、心斎橋筋2丁目劇場出身の若手を中心に上演されていたニュー吉本新喜劇が、1989年11月に、うめだ花月からなんばグランド花月に拠点を移し、現在に至っている。 また、1996年には、主演映画の宣伝のために来日していたジャッキー・チェンが、なんばグランド花月で公演された新喜劇に、国際警察の刑事役で飛び入り出演した(この時の公演は、MBSテレビの「よしもと新喜劇」でも放送された)。 なお、なんばグランド花月での新喜劇公演に(新喜劇メンバーを含む)吉本興業以外の芸能事務所に所属する芸能人や有名人が出演したケースとしては、アグネス・チャンや、最近では、2006年と2007年の3月に、吉本と芸能提携を結んでいるプロ野球球団のオリックス・バファローズ所属の選手たち(清原和博選手、中村紀洋選手など)が出演した「新喜劇にバファローズがやってきた!」などがある。 なんばグランド花月は新喜劇とベテラン芸人(漫才や落語、手品など)中心で、以下の公演構成となっている。 対して、うめだ花月は「やめよっカナ!?キャンペーン」での目標動員を達成すると同時に、リニューアルすべく1990年に閉館、2003年に再開。現在では、夕方以降に開場し、上演開始当初から仕事帰りの観客を集める時間設定で、出演者は若手・中堅芸人中心となっている。新喜劇の座員は漫才コンビと混じって「芝居もん」に出演することが多かったが、「ネタもん」にピンで出演する座員もいる。小籔やなかやまきんに君(キャプテンボンバーとしても)がそうである。 全国において木曜20時台の視聴率を確保したいという毎日放送の思惑と、新喜劇を全国区化させたいという吉本の意向が合致し、「超!よしもと新喜劇」が1997年秋から東京で収録され、新喜劇が東京発の形でゴールデンタイムに全国ネットでテレビ放送されるようになった(後に「超コメディ60!」としてリニューアルされた)。しかし、舞台は新喜劇なのに仕掛けがドリフであったり、新喜劇や関西とはまったく関係のない者が多数出演したりしたことから、従来からのファンにも見放され、1998年秋に終了。この1年間は、本家NGKからも、特に知名度と笑わせる力のあるベテラン勢が駆り出されたうえ、リーダーに相当するポジションにいたのは実質吉田ヒロだけ(なお、のちに座長となる当時の4人のニューリーダーのうち、「超!よしもと新喜劇」〜「超コメディ60!」に一度も出演しなかったのはヒロと石田靖。また、女優陣では、この当時のマドンナ役の一人であった中西喜美恵なども、「超!よしもと新喜劇」〜「超コメディ60!」に一度も出演しなかった)であり、ニューリーダー制の発足直後の柔軟さ、斬新さから一転、まさに「やめよッカナ」直前の状況が再来していた。 それでもやはり東京公演をあきらめたわけではなく、1999年からは場所と方式を変えてスタジオアルタで週末にニューリーダー3人を中心にした本家そのままの新喜劇を定期上演。これも「ギャク輸入!新喜劇」(朝日放送)として、関西地区で放送された。 2001年には、ルミネtheよしもとが開業し、今度は東京オリジナルの台本、メンバーとNGK新喜劇経験者を座長に据えた公演が開始され、現在に至る。また毎月数日のみだがNGK新喜劇メンバー(辻本、内場等)による本場吉本新喜劇がルミネまたは浅草花月でも上演されている。 NGK新喜劇については、最近になって再び「いまはギャグに頼って筋を壊しすぎてないか」という危惧が出始め、これが新しい発想を持った人材を発掘する「金の卵」作家オーディションにつながった。 これまでニューヨーク、ロンドン、台湾、上海で、吉本新喜劇を上演し、さらに2006年7月には日本国内3大都市だけでなくハリウッドのコダック・シアターでも「すっごい吉本新喜劇LA&JAPANツアー」と銘打って特別編成で上演された。メンバーは今田耕司やレイザーラモンHGなど新喜劇出身でルミネtheよしもとの出演者が中心となっているが、大阪からは内場勝則、未知やすえ、池乃めだか、そして新喜劇外からはピン芸人のたむらけんじが参加した。なお、テレビ放送は東京・TBSで10月21日14:00から放送。ちなみに大阪・毎日放送や名古屋・中部日本放送は未定。 新喜劇入団の際は、新人はNSCで新喜劇入団を希望したり、あるいはオーディションを受け、合格したら養成機関である吉本新喜劇jr.(YSJ)に入りうめだ花月などの舞台に立つ。そしてある程度実力がついたと見なされたらNGKに出られる運びとなる。この他、吉本興業本社が有望な若手を自社内で異動させたり(最近では松下笑一がこれに該当すると思われる)、漫才コンビを解散した芸人が新喜劇に入団したりすることが多い。現座長のうち、辻本茂雄(三角公園USA)、吉田ヒロ(ボブキャッツ。なお、2007年3月限りで座長を卒業し、座長出身ゲスト座員に異動)、小籔千豊(ビリジアン)の3人がコンビの出身である。 男優は漫才畑を歩いてきた者が圧倒的に多く、NSCを含む純粋な芝居畑出身は内場勝則、石田靖、烏川耕一、安尾信乃助、川畑泰史、小米良啓太、伊賀健二、山田亮、平山昌雄など数える程度であるが、逆に女優はNSCから直接入るケースが殆どで、コンビの出身は未知やすえ(未知やすえ・やすよ)、浅香あき恵(新喜劇を解雇されて一時期島田一の介と漫才をしていた)ぐらいである。過去には大阪パフォーマンスドールやJDといった吉本興業の他分野からの転向も多かった。 また、中西喜美恵や高橋靖子などのマドンナ役の女優の場合には、オーディションで他の芸能事務所や劇団などから吉本興業(新喜劇)に引き抜かれたケースもある。 珍しいケースに落語出身者が挙げられる。やなぎ浩二(三遊亭柳枝門下)、中條健一(桂三枝門下。但し落語部門の弟子ではない)など。 オーディションによる入団は藤井隆以降しばらく途絶えていたが2004年に「吉本新喜劇金の卵オーディション」を開催し、2006年には第2回オーディションが開催された。 新喜劇退団の際は、団員同士、または団員がピン芸人や旧コンビを解散した芸人とコンビを結成して退団するケースが見られるが、それでも多いとは言い切れない(尾崎小百合や岡ゆうたがその例)。圧倒的に多いのは、所属事務所の移籍と芸能界からの引退である(放送作家への転向もこれに含まれる)。女性メンバーの場合には、結婚により新喜劇を退団するケースも多い(同時に芸能界から引退する場合もある)。 なお、現在、中西喜美恵(未知やすえと並ぶ1990年代のマドンナ役女優の一人)と森内紀世(川畑泰史夫人)は、ともに休業中で、復帰時期は未定。 間寛平やシベリア文太のように、吉本興業本社が自社内で異動させて、退団するケースもかなり見られる。近年ではレイザーラモンもそのケースに当たる。 三チーム制を維持していた時期は最盛期、130人以上の団員、10数人の座付き作家を抱えていた。そのため「元・吉本新喜劇」という肩書きを持つ人物は下に記す代表的なメンバー以外にも膨大な数に上る。しかし「やめよっかナ!?キャンペーン」の大リストラによって、団員は一時40人前後にまで減らされた。現在では若手の新規採用(注)やベテラン役者の復帰で60人前後となっている。 (注)2005年金の卵オーディションで10名(内2名は諸事情により退団している)が新喜劇に入団した。そして2006年も金の卵オーディションを開催し14名が合格、再び黄金期に向けて拡張路線をとっている。NGK公演は中堅・ベテラン中心で若手は端役に回る事がほとんどであるため、うめだ花月にも出演している若手を中心とした「金のひよこライブ」や金の卵メンバーによる「金の卵ライブ」など若手にも機会を積極的に与えている。しかし若手が大量に入ることになったためか、2006年には3名が退団している。余談だが3名のうち2名は活動履歴が殆どなかった。 悪状況を打開するために一芝居打つが、必ず失敗する。(例:悪役にマドンナを襲わせて、すかさず主役が助けに入って仲を改善するなど) 内緒話は漏れなく聞かれている。絵や看板の後ろでこっそり聞いていて、話が終わると絵や看板を落として登場することもある。そのため、内緒話を他の者に漏らして状況をややこしくすることもある。 大抵は最後のほうで必ずヤクザ、もしくは強盗犯が出て、大暴れする(主に島木譲二のワンマンショー)。座長が場を納めて、エンディングへ持って行くというパターンが多い。 警官や刑事は大事な場面で殆どの場合、失敗ばかりで警察や刑事としての役割は手錠を掛けるぐらいでしか果たせていない。 主人公(座長)がマドンナに告白するがフラれ、逆にマドンナが別の人物に告白する、もしくは恋人がいる(相手は副座長クラスかたいぞうなどのブサイクキャラが多い)。 ハッピーエンドの後の最大のオチでエンディングが流れる。出演者がドタバタしている間に緞帳が降りて終演。 基本的に役名=芸名。親子役の場合は子は親の姓になる(例:烏川耕一が桑原和男の息子役の場合→桑原耕一) ただし、辻本茂雄が老人役を演じる場合には「茂造じいさん」、桑原和男が女性(おばあちゃん、おばちゃん)役を演じる場合には「桑原和子」、小籔千豊が元シスター役を演じる場合には「ヨハネ・小籔(旧姓四数田(しすた))」、池乃めだかの場合は「池乃(または本名の中井、別のメンバーの姓)一郎」となる、などといったようなケースもある。たいぞうやぢゃいこなどは基本的に本名を名乗る。 毎回の出演メンバーの中に、必ず容姿をいじられる若手がいる。中條健一のオール緑(アスパラガスなど)、伊賀健二の新幹線など。 基本的にベテランや父母役以外の主要登場人物は20代〜30代前半の年頃の若者という設定(これを利用して「来年50の癖に」(浅香あき恵)など私生活の暴露を行う事も)。 宿名、店名、社名、ヤクザの組名などは「花月○○」「吉本○○」「NGK(なんばグランド花月)○○」がほとんど(花月旅館、吉本財閥、花月組、NGK開発など)。 辻本茂雄の座長公演でうどん屋のロケーションの時は店名が「大勝うどん」となっている事があるが、実はこの店名は辻本の父が阪南市で経営していたうどん屋の名前である。 殺人など「人が死ぬ、傷つく」は厳禁(ただし事故死、以前からすでに死んでいる、などはある)。傷つくということはあるものの、血を流したりはしない(が、2006年8月19日放送分の『よしもと新喜劇』では、タブー視されているはずの流血シーンが登場した。腹部から血を流していたのは、烏川耕一)。 ドリフのコントのようなセットチェンジや大掛かりな仕掛けは基本的には行わない(かつての小籔・川畑座長公演や新春公演など極稀に場を暗転させてメンバーの会話を挟んで行う事も)。 オープニングでカップルや店員役の女優が男優に「可愛い」「綺麗」「美人」などと呼ばれ、「そんな、可愛いなんて!嫌やわ〜」と言いながらお盆、バッグ、岡持などで男優をどつく。この他「シャッター押してください」とカメラを渡されると、カメラを構えずにシャッターだけ押す。 同じくオープニングで大衆食堂やレストランなどで客が食事を終えて「あー美味しかったー。おっちゃん(マスター)何ぼ?」「100万円」そして全員こける。このフレーズは初期の頃からある。 ヤクザ「邪魔するで〜」ツッコミ「邪魔するんやったら帰って〜」ヤクザ「はいよ〜。…って、なんでやねん!」のノリツッコミ。 ヤクザ(暴力団員)は必ず3人組で登場するが、このスタイルは40年以上前からあり(以前は桑原和男、帯谷孝史、島田一の介、島木譲二など。現在のメンバーは主に辻本茂雄、烏川耕一、安尾信乃助など)役者が変わっても常に3人組として登場する。そして客席に向かって威嚇がてら挨拶代わりに「俺たち〇〇3人組、ウワッ!」 自分のせいで状況が悪化した時に「何でこうなったんや」とボケる。そして周りに「あんたのせいや!!」と突っ込まれる。 「真似すんな」「真似すんな」「手上げんな」「手上げんな」などと相手の言うことを何度も真似るやりとりが続き、最後に「おまえ(ら)アホか」と言うと「おまえよりましや」と返す。島木譲二に対して使われることが多かった。辻本がやられたことも。また、真似る側の人間が複数になることもある(このギャグは、最近は使われていない)。 客に無礼を働いたときに、客「何ちゅう奴(店や?)」と怒鳴られると、「○○です」と名乗る。客「名前聞いてへんわ!」と突っ込まれる。茂造じいさんと安尾が多用する。最近では「どうなってんねん、この店は〜〜」という質問に対して、「裏が厨房になってまして、向こうがトイレになってます」と答え、「構造聞いてるんちゃうわ」というギャグも安尾のときに多用されている。 悲劇のBGMが流れて携帯電話で「もしもし〜?」と言い、「着メロかい!?」と突っ込まれる(小籔、辻本、安尾が多用。これは小籔が座長就任前に開発したものである)。古畑任三郎や火曜サスペンス劇場のテーマが流れることも。2007年1月6日放送分では、エンディングのBGMまで着メロになった。そのため、幕が途中で止まってしまった。 舞台上で、小籔千豊と未知やすえが両想いという設定で、もし妻がやすえだったらこうなる、と“例え話”で自分(内場)の私生活の話を暴露した(缶ビールは1本と決められているので、2本目を飲みたいときはくしゃみをしながら、缶を開けるプシュッという音を紛らわす等)。“例え話”が終わった後、やすえに「お兄ちゃん、話があるなら、奥で、ゆっくり聞こか?」と言われ、川畑泰史には「やけにリアルな例え話やなぁ」とつっこまれた。 一芝居打つ際の練習で、緊張しすぎでものすごい高い裏声でセリフをいったり、歌舞伎風になったりする(西科、伊賀、青野が使う。大抵無視される)。 何故かゴム棒のようなものがセット裏に用意されており、全員でヤクザや強盗犯などを一斉にどつく。どさくさに紛れて関係のない人間(浅香など)をどつく事も。 このゴム棒は、辻本が「過去に何があったんや?」と問い詰める時の必需品でもある。相手がとまどっていると「はよ答えんかい」と殴る。また、横に浅香がいると、「こっち向くな!」「おまえは答えんな」と何度も殴ったりする。 話の流れで婚約者が別の人と婚約したときに「お幸せに…」と格好良くきめておいて「うわーん」と泣きマネをして、退場する。 借金を背負った人や強盗犯を全員でドタバタと追いかける。途中、逃げる側と追う側が入れ替わったり、つまづいた者(大抵が島木)が後続に踏みつけられたり、どさくさに紛れて関係のない事(平山のバック転など)をする。 ヤクザにピストルで胸を撃たれるが携帯電話で弾が止まっていたために助かる。(主に小籔座長公演で見られる) 東京在住の石田靖、山田花子、関西ローカルでレギュラー番組の多い辻本茂雄、未知やすえ、肉体派芸人でおなじみのなかやまきんに君以外の座員は、テレビ(「よしもと新喜劇」や「日曜笑劇場」を除く)での露出はあまりない。小籔以外の中堅・若手の出演は、あるとしても関西ローカル番組での再現映像程度である(朝日放送「おはよう朝日です」の1コーナーなど)。テレビ出演の多い石田,辻本,やすえはスケジュールの都合上、新喜劇を休演することが多い(舞台よりもテレビ収録への参加が最優先であるため)。ただし、辻本は座長公演での出演の場合は休演はしない。 ラジオでは、FMで烏川や小籔,末成がレギュラー番組を持っている。 なお、石田と花子は吉本新喜劇の公式サイトでは現在も所属となっているものの、吉本興業公式サイトのプロフィールでは東京所属となっている。 以下の4人の中から1人が作家と相談し、その週の新喜劇を作成するシステムをとっている(座長共演の週は出演者表記のトップのほうが作成者である)。このシステムは座長それぞれの新喜劇に対する方向性や個性の違いが非常に出やすく、出演者に関係なく特定の座長の上演作のみを好むファンも多い。 基本的に座長・専科経験者のみ。入団時期や入団経緯は関係ない(座長も専科も経験がないチャーリー浜に関しては1991年「…じゃ、あ〜りませんか」での流行語大賞を受賞した際に吉本新喜劇の名前を全国に知らしめた功績が大きいとされている)。また、重鎮クラス以上の者がNGKで登場すると必ずといっていいほど拍手が飛ぶ。さらに、登場時には、登場人物全員がコケるギャグの使用が許される。 吉本新喜劇の中堅メンバーで、座長の補佐的な立場やストーリー上の主役といった重要な役柄を演じることが多い。 重鎮クラスとの違いは座長経験の有無(チャーリー浜のみ例外。上述の重鎮クラス参照)。重鎮と同様に登場時には拍手が飛び、登場時に登場人物全員がコケるギャグの使用が許される。 舞台上の華。主人公の恋人(妻)や片想いの相手役が主。芝居全体を通して可憐なイメージを纏うため、それを利用して一公演にほぼ一回はキレる演技が見られる。ベテランの域に入ると中山美保や浅香あき恵のようにまったく逆のポジション(老け・ブサイク役)に転向する例も。 なお、時には、マドンナ役の女優が2人以上出演することもある。 同じ中堅メンバーの次期/副座長クラスと違い、劇中盤のみに登場することが多い。持ちギャグやイジられネタで存在感を見せる。 ランディーズ(漫才コンビと平行して2007年10月1日に正座員として加入。10月16日の舞台から出演) 2005年まで行われていた『新喜劇フー!!』や、キャプテン☆ボンバーを主役として2006年に行なわれていた『新喜劇ボンバー!!』もこのメンバーを中心にうめだ花月で活動する芸人も加わっていた。 2005年に行われた吉本新喜劇金の卵オーディションに合格したメンバー。新人といっても芸人や舞台人などのキャリアがある者も含まれ、既に何人かは吉本新喜劇以外で活動がある。月1回の金の卵ライブ(金の卵LIVE)に全員が出演。このメンバーによる金の卵ライブは2006年7月が最終回。 ここ最近は頻繁に出演するようになり、プロフィールも公式ページに用意されていたり、「エキサイティングツアー'07」にも参加していたりすることから、限りなく正座員に近い。 元正式メンバーで、マドンナ役に相対するブサイク役として永らく一線級のポジションにいたが、現在はルミネに転出したため客員扱いである。 中西喜美恵(未知やすえと並ぶ「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」以降のマドンナ役女優の一人。2003年に結婚した後、不妊症治療のため) ここまでメンバーが増え、座長に強大な権限が与えられると、出演者の組み合わせパターンも固定され(派閥化)てしまう、また台本の使い回しなどの弊害が生じ、マンネリ化が強くなってきている。前述した芝居に対する方向性の違いから、例えばチャーリー浜と桑原和男が不仲なことは、ただ漫然と劇を見ているだけでは気づかないが、こうした側面は小籔のラジオ(「ゴー傑P」土曜(MBSラジオ))でのトークなどでうかがえる。また、退団した帯谷孝史も新喜劇の座長制については「座長(の好み)によってストーリーのパターンが固定される」などと批判している。 吉田ヒロは派閥化の弊害を理解しているためか、団員をパターンにはめず、なにがしか常に新喜劇では前衛的な、新しい試みを行っていた。団員のえり好みは行わず、劇のストーリー上のパターンもおおまかなものにとどめ、保守的なストーリー展開を否定。これは、自身がボブキャッツ時代に派閥化の弊害を味わったため、とされる(かつて、ボブキャッツは元ダウンタウンファミリーで、派閥に取り込まれていた)。 東五九童(故人、曾我廼家五郎一門の曽我廼家蝶五郎の門下、漫才では松葉蝶子や香島ラッキーを相方にしていた) 木村進(昭和62年、博多にわかの大看板・3代目博多淡海を襲名。博多淡海として新喜劇の活動もしながら淡海劇団を率いるが襲名興行直後に病に倒れる。現在は本名で活動) 阿吾寿朗(旧芸名「阿吾十郎」、「阿吾凡十」の名で漫才をやっていたことも。アゴを売りにしていた。今日喜多代と一時漫才コンビを組む) 笑福亭松之助(2代目で5代目笑福亭松鶴の最後の直弟子。6代目笑福亭松鶴は初代笑福亭松之助で兄弟子にあたる。1950年代から喜劇役者になり、後に座長になっている。「明石家さんま」の師匠) 泉ひろし(元漫才師、3代目三遊亭柳枝は柳枝劇団を経て63年吉本新喜劇入り91年に松竹芸能(松竹新喜劇)に移籍、現在はフリーとなりテレビのドラマは舞台で活躍) 渡淳(現・レツゴーじゅん。坂田利夫と同期、のちルーキー新一劇団に参加。ルーキー新一の実弟レツゴー正児らとレツゴー三匹結成) 南喜代子(3代目三遊亭柳枝(落語家ではない。)と漫才コンビを結成、三遊亭柳枝は柳枝劇団の座長(その後松竹爆笑劇に改名)) 西川ひかる(夢乃タンゴ、赤井タンクとそれぞれコンビを組み漫才を経て吉本へ、一時松竹新喜劇に在籍。現在4代目西川サクラ) 帯谷孝史(「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」以降も、新体制となった吉本新喜劇に出演し続けていたが、1999年に借金問題で吉本から無期限追放となる) 佐藤武志(1984年、平川幸男と新・Wヤングを結成し退団。その後、客員として新喜劇に参加したり、朝日放送の日曜笑劇場に出演。浅香あき恵の夫) 河村節子(故人、初代ミスワカナの弟子で「ワカコ」を名乗る。初代没後、玉松一郎とコンビを組み3代目「ミスワカナ」として人気を博した) 佐藤ひろし(速川すすむと「ペアジョーカーズ」という漫才コンビを組む。その後三輪やすひこともコンビ結成) うのりういち(最初、芦屋雁之助一座で二代目芦屋凡凡を名乗る。その後、ポスト白木みのるを狙って吉本へ) 6代目雷門助六(故人、吉本出演当時は「雷門五郎」。一時期落語を廃業して新喜劇出演したり劇団を作ったりしていた。後に落語に専念) 岡村隆史(90年代前半、ナイナイから岡村のみ入団させられていた、ちなみに座長の川畑とはNSC9期生で同期。) 野村多加子(オーディションで石田靖らと同時期に入団。2000年、アメリカ人男性と結婚し退団・引退。現在はアメリカに在住) 松下笑一(今後を期待されていたが、家庭の事情で退団。地元福岡へ帰り、吉本興業福岡事務所へ再び戻り活動中) 日曜笑劇場に出ていた明石家さんま、ダウンタウン、桂三枝などを入れると、かなりの吉本所属タレントが新喜劇に出演している事になる。 山田花子(但し、NGKでも「なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ!」にはレギュラー出演。また、お正月SPや全国ツアーなどにも参加) かつては朝日放送で放送されていた花月中継のオープニング曲であり、毎日放送の中継(生産性向上のためのBG音楽・工場向け第一集その5)やなんばグランド花月での実際のオープニング曲はそれとは異なるものであった。しかし、「ホンワカパッパ ホンワカホンワカ…」というメロディがあまりにも印象に残るものであったため、「新喜劇をイメージさせる曲」にとどまらず、「六甲おろし」ともども大阪をイメージさせる曲にまで認識されるようになった。情報番組で大阪の軽い話題を扱う際は、ほとんどの場合が「Somebody Stole My Gal」がかけられていると言っても過言ではない。この高認知度のおかげで、現在ではなんばグランド花月でも緞帳が上がる際に必ずこの曲が流されており、音楽に合わせて手拍子をする団体客までいることがある(数年前までは上演作品ごとに曲を違えていたが、昨今のストーリーのマンネリ化と並行するかのように音楽までも固定されてしまった)。 ちなみに、以前『探偵!ナイトスクープ』で、「この曲を擬音化したら『ホンワカ……』か『プンワカ……』のどちらになるか」でもめているカップルの依頼があった。街頭調査の結果、「ホンワカ」が大勢を占めた。 なお、「Somebody Stole My Gal」は映画「アビエイター」の中でBGMとして流れたり、ベニー・グッドマンなどもレコーディングしているが、聴き慣れた「ホンワカ……」はPee Wee Huntがアレンジしたバージョンでしか聴けないとされる。 青野敏行 - 秋田久美子 - 浅香あき恵 - 伊賀健二 - 五十嵐サキ - 池乃めだか - 井上竜夫 - 今別府直之 - 烏川耕一 - 宇都宮まき - 大島和久 - 太田芳伸 - 国崎恵美 - 桑原和男 - 小米良啓太 - 佐藤太一郎 - 島木譲二 - 島田一の介 - 末成由美 - 仙堂花歩 - たいぞう - たかおみゆき - 高橋靖子 - 中條健一 - チャーリー浜 - ぢゃいこ - 中恭太 - 中田はじめ - なかやまきんに君 - 中山美保 - 西科仁 - 平山昌雄 - 別所清一 - 松浦真也 - Mr.オクレ - 未知やすえ - 南出一葉 - 森田展義 - 安尾信乃助 - やなぎ浩二 - 山田亮 - 山本奈臣実 - 吉田ヒロ - 吉田裕 狩場愛子 - 酒井美紀 - タックルながい。 - 前田真希 - 前田由梨 - 宮崎高章 - 村上斉範 リットン調査団(水野透・藤原光博) - 島田珠代 - 山田花子 - 大山英雄 - 藤井隆 - 山崎邦正 - ほっしゃん。 - 宮川大輔 - 次長課長(河本準一・井上聡) - 森三中(大島美幸・村上知子・黒沢かずこ) - 三瓶 - どくろ団 - 小笠原まさや - シベリア文太 - 本田みずほ - たくませいこ - 原万紀子 - 上床美智子 よしもと新喜劇 - 日曜笑劇場 - 大阪吉本新喜劇 IN ルミネ - 吉本コメディ - 超!よしもと新喜劇 |
[ 61] 吉本新喜劇 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E6%9C%AC%E6%96%B0%E5%96%9C%E5%8A%87
