裕二とは?
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織田 裕二(おだ ゆうじ、1967年12月13日 - )は、日本の俳優・歌手。神奈川県川崎市多摩区出身。 身長177.5cm。体重70kg。左利きだったが、現在は主に右を使う。釣竿、楽器等は左用を使用するなど今でも左手を使う時がある。視力は右1.2、左1.2。血液型A型。好きな食べ物は明太子と寿司。嫌いな食べ物は無い。好きな色は原色。父母兄の四人家族。実物を見ないと買えないタイプなので通販は利用しない。宝くじを買ったことがない。釣り、ダーツ、自動車、時計、生物の飼育等が趣味。子供のころから、ミドリガメ、イヌ、鳥、カブトムシなど生物を飼育していた。エジソン好き。冒険と研究好き。役者になっていなければ研究所員として働いていた。普段から高価な物は身につけない庶民派(2003年現在) 現在、日本の俳優で高倉健以来の藤本賞受賞者。デビュー当初はトレンディ路線とアイドル色が強かった為、主に20代女性層を中心にブレイクしていたが、その後は積極的にコメディや映画にも出演して幅広い人気を獲得している。 役作りでは、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるタイプ(本人談)。なので、脚本は出来る限り早く欲しいそうでそれが企画、脚本段階から作品に関わる理由のひとつだそうである。続編(パート2)嫌い、というより「同窓会的」なゆるい作品作りが嫌いらしい(『踊る大捜査線』に関するインタビュー等)。役作りや演技へのこだわり、作品作りにかける意気込みの強さ故、共演者やスタッフからの評価は高いものの、批判的な見方もあり、ことあるごとに週刊誌のネタとされる。生真面目な性格ととるか、単なる傲慢ととるかで評価が分かれる俳優である。特に金子修介監督から、「月刊シナリオ」誌上のエッセイにて、痛烈な批判を浴びたことがある。(エッセイだけに、あくまで金子監督の主観による内容ではある) 主な出演作品に、ドラマ『東京ラブストーリー』、ドラマ『振り返れば奴がいる』『お金がない!』『踊る大捜査線』シリーズなど多数。 歌手としては1987年4月にデビュー映画『湘南爆走族』の挿入歌のシングルCD「BOOM BOOM BOOM」でデビュー。1991年2月に発売された『スズキ・セルボ』CMソング「歌えなかったラヴ・ソング」が最高位2位を記録。57万枚を売上げ、自身最大のヒット曲となった。その他の代表曲に「Love Somebody」(1997年1月)などがある。俳優の余技ではなく、表現手段として音楽活動をする数少ない俳優でもある。2005年ゴールドディスク賞受賞。 『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(東宝、2003年7月19日公開)興行収入173.5億円、観客動員数1250万人 邦画実写歴代1位 基本的に20代から容姿・風貌が変わっておらず、20代前半なみの持久力と肺活量をもつスポーツマンでもある。2007年4月19日放送『うたばん』では、本人に説明なく行われた体力測定で実年齢39歳にして25歳と診断されていた。 基本的にバラエティ番組(特にお笑い系)へは出演しない方針で、「SMAP×SMAP」で、香取慎吾が「踊る!大捜査線」のパロディで織田の物まねをしている時に、本人には内緒でゲスト出演した際、織田は出演時に「バラエティは、ダメなんだよ。苦手。恥ずかしい。」と、しきりに言っていた。しかし時々歌手として出演している「うたばん」や長年キャスターを務めている「世界陸上」の中継などで、その茶目っ気のある性格や軽妙なトークを垣間見ることが出来る。 桐蔭学園小学校・中学校・高等学校卒業。中学1年から高校1年までテニス部に所属。高校時代はデップスというバンドを組み、ギターを担当していた。高校2年のクリスマスイブにライブは1回だけ行われた。そのライブを見に来ていた人の紹介で、現在の事務所にスカウトされるが、当時は芸能界入りに興味が無く、「学校がうるさいので…」との理由で断っていた。ピッツバーグ大学日本校中退後、役者の道へ進む。 最初にテレビに登場したのは、1986年、おニャン子クラブを生み出した『夕やけニャンニャン』内で行われた、その男版の息っ子クラブのメンバーの募集に応募。見事勝ち抜きメンバーになる事が決まったが、メンバー入りは辞退する。 その後、1987年4月に東映映画『湘南爆走族』で俳優デビューし、江口洋介と共演。 1990年頃には吉田栄作・加勢大周とともに平成御三家とも呼ばれた。 1991年フジテレビドラマ『東京ラブストーリー』のカンチ役で、大ブレイク。「月曜の夜は、OLが街から消えた。」と言われ、「月9」という言葉もこの作品から生まれた。 2001年のドラマ『ロケット・ボーイ』で主演を務めるも、椎間板ヘルニア(持病の腰痛が悪化)による緊急入院で撮影を中断する事態となった。そのため『ロケット・ボーイ』は全11話の予定だったものが全7話に再構成され、第2話放映後の4週分は『ロケット・ボーイ』を休止し、同作共演のユースケ・サンタマリア、市川染五郎の新撮シーンを加えた『踊る大捜査線』の再放送で穴埋めするという異例の措置が取られた(結果、この視聴率が高かったため「踊る」人気が不動のものということを証明することにもなる)。 2004年、『東京ラブストーリー』以来13年ぶりに月9ドラマ『ラストクリスマス』に出演することになったが、13年もの間月9に出演していなかったことについて、本人はインタビューで「月9はドラマの王様であり、特別なものだと思うからあえて出演しなかったんです。だから僕は反対勢力にたって、レジスタンス的活動をしていたんですよ」と語っている(ちなみに『東京ラブストーリー』に関しては途中から役柄をつかみきれなくなり(原作と脚本と自分のイメージとのギャップが原因)、結果として演技的に失敗だったとしている(本人の弁によれば「途中放棄」とのこと))。この作品経験をターニングポイントとして、以降の作品では脚本段階から作品に関わる姿勢を強めることになる(NHK『トップランナー』での発言より)。 2003年1月公開の映画『T.R.Y.』では、中国上海でロケを行い、中国語の台詞に挑んだ。 大森一樹監督曰く「日本映画界で数少ない、名前で客を呼べる俳優」。 同様に、2007年12月公開の映画『椿三十郎』の森田芳光監督の「今、映画スターといえば織田裕二しかいない」との発言も。 葉巻にはまっている(TVでの織田裕二ドキュメントにて)。自身がヘビースモーカーであるためか、役柄が喫煙者であることが多い。また、その人物のどんなタバコを吸うのか? という部分からキャラクターを作って行くことが多い(本人インタビュー談)。 『踊る大捜査線 THE MOVIE』で事件名をホワイトボードに書き込むシーンがあったが、かなり癖のある個性的な字を書くようである。 「踊る大捜査線」において、いかりや長介に請われてTVドラマのノウハウを教えた。劇中の関係とは真逆であるが,いかりや本人はそのことを非常に感謝していて、TVの織田裕二特番における対談、および自伝「だめだこりゃ」において、「剣豪に倣って,あなたの芝居は何流か? と問われれば、織田流だと答える」と発言している。 俳優の石黒賢とは互いに親友の仲である。映画『ホワイトアウト』で石黒を親友・吉岡役に抜擢したのは織田らしい(『ホワイトアウト』公開当時の各媒体インタビューより)。 真夜中の雨(2002年、TBS) - 都倉隆 役*※主題歌「そんなもんだろう」[作詞曲・ASKA]を歌う) 常に主演クラスでのキャスティングであるためか、エンディングで本人の楽曲が使われる事が極めて多い(主題歌も歌った作品に*を付記)。 踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!(2003年、東宝) - 青島俊作 役 月曜ゴールデン アフリカ大自然スペシャル『僕らはサルだ!織田裕二の類人猿とふれ合う感動紀行』(2007年8月 TBS) 中井美穂と共に二年に一度行われる世界陸上のメインキャスターを担当。ハイテンションぶりが話題になり、陣内孝則や関根勤、ナインティナインの岡村隆史らにものまねされるほど。織田いわく「自然に出てしまう」らしい。単純なキャスターだけにとどまらず、選手などの分析も細かく行っている。ちなみに、同番組中に織田が「この後すぐ!」と競技開始の予告をすると基本的に待たされることが多く、長い時で数時間後だったことがある。 映画バック・トゥ・ザ・フューチャーの主人公マーティの吹き替えを担当したことがある。1990年4月のフジテレビ放映分を担当。ドク役は三宅裕司。「Wユウジ吹き替えに挑戦!」 としてPRされたが、一般視聴者には不評だったらしく、続編のパート2、パート3では他局の三ツ矢雄二&穂積隆信版が使用され、このWユウジ版パート1もほぼ幻となっている。 スズキのCMに出演していた縁もあり、一時期ダートトライアル競技に出場していた。結果等についてはほとんど公にはされていないものの、通信教育のユーキャンのCMにおいて一瞬ではあるが運転シーンが挿入されていた。 あまり知られていないが、ラジオ番組「風に乾杯」の最終回は野球中継のため幻となった(放送されずに番組終了)。 意外なことに「いいとも!」への出演はさまざまなコーナーで多い(ただし、春・秋の祭典は4月期か10月期のフジテレビ系ドラマ出演時のみ)。 日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞(2000年「WHITE OUT」・2003年「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」) Love Somebody(1997年1月29日、織田裕二withマキシ・プリーストとして) - 踊る大捜査線主題歌(スピンオフ作品を除く) カテゴリ: 日本の俳優 | 日本の歌手 | 日本の作詞家 | 川崎市出身の人物 | 1967年生 |
[ 66] 織田裕二 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E8%A3%95%E4%BA%8C
