重ねるとは?

友達のお母さんを訪ねた。友達は17年前の夏の日に脳出血で突然帰らぬ人となった。金曜日まで同じ職場で働いており、土曜の夜に45歳で亡くなった。水曜日に一緒に映画に行くという約束を残したまま。その後、お父さんも他界され、今は86歳のお母さんがひとりで暮らしている。
友達が元気だったころはお宅に伺うことはほとんどなかったのだが、それ以来、時々お邪魔して、とても良い時間を過ごさせてもらっている。友達から私への最後のプレゼントは、ご両親との静かに流れる暖かい時間だった。
あれから今日まで、色んなことがあった。お母さんの手料理がいつの間にか私の手料理に変わった。お母さんの声が小さくなり、笑うことが少なくなった。私もだけど、お母さんも随分と年を重ねて小さく弱くなられた。足も目もすっかり弱くなった感じがする。
お宅を訪問した帰り、駅まで見送ってくれたころが遠い遠い過去のように思える。足を悪くされてから、見送りの場所が駅ではなく、最初の信号の所になり、階段の下になり、今はお住まいのある4階のバルコニーになっている。いつも私の姿が完全に見えなくなるまで手を振って、見送ってくださる。
「目がぼんやりしてきてね。見えにくいのよ」とお母さんがおっしゃった。ほとんど弱音を吐かずに美しく、きりっと生きていらっしゃるから、どのくらい不自由な生活をしているかは知る由もなかった。でも、はってあるカレンダーや室内のあれこれを見ながら、「これは? これは?」と質問することで大体のお母さんの様子の見当は付いた。
いつものようにバルコニーまで一緒に出てさよならをした。階段を下りきらないうちに「さようなら」と真上のバルコニーから身を乗り出してお母さんが手を振ってくれていた。
いつもはもう少し先で「さよなら」を言うのに。お年寄りとの別れの時はどんな小さいことでも気になるものである。そこから10メートルほど歩いて手を振ったら、お母さんも手を振ってくれていた。いつも信号の所で立ち止まって大きく手を振り、身ぶりで少し会話をする。なぜならそこから先は姿が見えなくなる場所だから。
ある日、例のごとく大きく手を振ったがお母さんの手は動かなかった。何度も何度も振ったけれど動かない。
「もしかして目が……」と思い、逆戻りして大きく両手を振ってみた。こちらに向かって見送ってくれているお母さんの手は手すりに置かれたままだった。呆然(ぼうぜん)としながら手を振る私と、じっと動かないお母さんが向き合ったまま何分間かが過ぎた。
夕焼けの中に写しだされたお母さんのシルエットは、やがてお家の方へ向かってそろりそろりと移動し始めた。その場で足がすくんで動けない私は遮断機の下りた線路の中に閉じ込められているような気分だった。もう一度お宅に戻ろうかとも考えたが、戻った所で私に何ができよう。そのまま駅へ向かって歩いた。
「お母さん」という本のページが強風に煽(あお)られてごそっと捲(めく)られていったような気がした。

[ 178] 年を重ねるということ - OhmyNews:オーマイニュース
[引用サイト]  http://www.ohmynews.co.jp/news/20070702/12735



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