大河ドラマとは?

以下は放送開始前にご案内した過去の情報で、日付・予定などは現在のものではございません。
7月28日に行われた記者取材会にて、石原さとみさんが静御前役で出演されることを発表しました。役柄の詳細については、以下をご覧下さい。
みなもとの・よしつね。源義朝の末子で母は常盤御前。幼名は牛若。平治の乱で父を失い、母は平清盛に身を委ねて乳飲み児の牛若ら息子達の助命を請うた。父と慕った清盛が実は父の敵だと知ったのは、仏門に入るべく送られた鞍馬寺でのこと。やがて平家の目を避け奥州平泉の藤原秀衡のもとで青年期を過ごし、異母兄頼朝が挙兵するとその軍に加わって兄範頼とともに東国武士を率いて上洛、木曽義仲や平氏一門を追討。当時の合戦の作法を度外視した戦法によって連戦連勝した。しかし頼朝の許可なく官位を受けたために頼朝と不仲になり、一転悲劇のヒーローとなってゆく。
むさしぼう・べんけい。源義経の郎従。もとは比叡山の僧。寺を追われてのち京に入って刀狩をしていたが、義経に清水観音境内(のちに五条大橋として伝説化)で敗れて家来となる。平家追討や奥州逃避行に従い各所で知略・怪力によって主君を助け、衣川の合戦での殉死は「立ち往生」として有名。
いせの・さぶろう。伊勢の生まれ。父はかつて源氏の家来だったというが、今や盗賊熊坂長範の徒党に落ちぶれていた。美濃青墓で、奥州に下る義経一行を襲撃。義経に一命を助けられたことを機に、家来として仕えようと決意する。口八丁の彼の弁舌と交渉術がたびたび一行の窮地を救う。
するがの・じろう。もとは船乗り。奥州行きの道程を海路に取らざるを得なくなった義経一行。伊勢三郎が船を借りたいとやって来たのが次郎との出会いだった。奥州までの船旅の中で義経という男に魅力を感じ始め、平泉到着後も帰らずに一向と行動を共にすることになる。
さとう・ただのぶ。藤原秀衡の臣下。もとは義経たちの平泉滞在中の監視的役目だったが、頼朝の挙兵に呼応して義経が平泉を離れる際、兄・継信とともに従う。歌舞伎「義経千本桜」の狐忠信のモデルにもなっている。このドラマでも、義経の愛妾静御前を守って壮絶な最期を遂げる。
きさんた。京の孤児。幼い頃から孤児仲間と小さな悪行を重ねながら生き延びてきた。平家のために人を討つという話に乗せられて、誰とは知らずに義経を襲う。結果は義経一人に惨敗。しかし痛手を負った自分にかけてくれた義経の優しさに改心。最初の家来として同行を許され、馬の口取りとなる。
ちどり。鎌倉の漁師の娘。海で溺れかけた弁慶を助けた。潮にまみれ日に灼けてまるで女っ気のない自分を「女」として見てくれた弁慶に好意を持ち、何かにつけて世話を焼く。女の扱いを知らない弁慶とのやりとりは義経主従の格好の興味の的となる。
さとう・つぐのぶ。藤原秀衡の臣下だったが、弟・忠信(ただのぶ)とともに義経に従う。屋島の戦いで義経をかばって死んだとされる。
わしお・さぶろう。一の谷の合戦の際、義経一行に鵯越え(ひよどりごえ)のルートを案内した地元の猟師。以降義経主従に加わる。
かわごえたろうのむすめ・ながこ。義経のもとに、兄・頼朝から送りつけられた「正妻」。実は監視的な役目を帯びていたが、やがて義経の人柄に本当に魅かれていく。
いそのぜんじ。静の母で、自らも白拍子(しらびょうし)であった。義経と静の関係をかげで優しく支える。
きいちほうげん。陰陽師(おんみょうじ)。鞍馬寺に入った義経(=遮那王/しゃなおう)に武術をさずける。
いちじょう・ながなり。京・一条に住む貴族で、官職は大蔵卿(おおくらきょう)。清盛のもとを去ることになった常盤が牛若を連れて嫁いだ「三人目の夫」。
ときわごぜん。義経の生母。もとは九条女院の雑仕女。「平治物語」によれば、雑仕女の採用にあたり都じゅうから千人の美女を集めた中でも一番の美女であったという。源義朝の愛妾となり、今若・乙若・牛若(源義経)を産む。平治の乱で義朝が敗北したあと、母と三児の助命を請いに六波羅に出頭。その後平清盛の愛妾となり、廊御方能子(ろうのおんかたよしこ)を産んだ。
夫を討った敵将の愛妾に甘んじたことを、幼い義経は理解できなかったに違いない。しかし常盤は、母や子供たちの助命と引き換えに清盛に身をゆだねた訳ではない。清盛は情のある人物だった。この人になら自分も、子供たちの未来も託せる。そう感じた。母と子供たち三人を抱えて放り出されたら、どうやって生きるか、その術もない常盤であった。打算ではなく、常盤は女として母として清盛を受け、流れのままに身を置いたのである。
源義経が生涯愛した女性。生業は白拍子(しらびょうし)。母・磯禅師も白拍子であった。
今回のドラマでは、都で一度義経の窮地を救った静は、富士川の合戦に巻き込まれて傷ついたところを義経と劇的に再会。義経に愛され、二人は行動を共にするが、静の存在は鎌倉の頼朝・政子には疎まれた。壇ノ浦の後、義経追討の院宣が出ると義経の都落ちに従うものの、生き別れて吉野の山中で捕らえられる。
翌年、鎌倉に護送され尋問を受ける。この時静の腹には義経の子が宿っていた。生まれる子が男子なら殺す約束で出産。閏七月二十九日、生まれた赤子は男子で、約束どおり海に投げ捨てられたという。
その後、頼朝に強要されて鶴岡八幡宮で歌舞を披露。「しずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになしよしもがな」と義経への思いを素直に唄い、頼朝を激怒させるが、却って政子はその潔さに同調する。
みなもとの・よりとも。鎌倉幕府初代将軍となる、義経の異母兄。平治の乱後平家に捕らえられ、伊豆に流罪となった。その監視役だった北条時政の娘・政子を妻にする。以仁王の平家討伐の令旨に応じる形で挙兵、石橋山の合戦で敗れたがのちに勢力を回復し、鎌倉を本拠とする南関東軍事政権を確立していく。武家の組織を統率するためには肉親をも切り捨てる冷静さの陰で、今回のドラマでは弟義経や妻・娘ら家族との関係に頭を悩ませる人間的な部分も描かれる。
ほうじょう・まさこ。源頼朝の妻。母親を早く亡くし坂東武者の中で育ったせいか、男勝りの真直ぐな性格。伊豆流刑中の頼朝に出会い恋に落ち、「自分の夫はこの男」とばかり押しかけ女房で結ばれた。頼朝が政治家として成長していく過程で政子自身も成長し、陰で巧みに夫の成功をリード。人を惹きつける義経の魅力に早くから気づき警戒した彼女は、徐々に頼朝・義経兄弟の間の溝を深めていく。
ほうじょう・ときまさ。北条氏はもともと平家方で、時政は伊豆に送られた頼朝の監視役であった。京都在勤の間に娘政子が頼朝と夫婦になったことは「寝耳に水」。しかし頼朝の将来性に賭けた時政は彼の挙兵に協力し、やがては鎌倉幕府の屋台骨を支える存在となる。
かめのまえ。伊豆・蛭ヶ小島の農家の娘で、政子と結婚する前からの頼朝の愛妾。頼朝の身の上にも、ましてや政にも一切頓着しない女。そんな彼女の性格が頼朝には何よりの「癒やし」となっていたが、その存在に気づいた政子の猛烈な嫉妬のもと、頼朝との仲を悲しく引き裂かれる。
ひきのあま。頼朝の乳母。頼朝が伊豆に流される際、自らも東に下り、以降彼の身の回りを支え続けた。
みよし・やすのぶ。頼朝の乳母の甥にあたる。京から月に三度頼朝に手紙を送り、都の情報を伝え続けた。やがて鎌倉に招かれ幕府の重臣となる。
きそ・よしなか。通称木曾冠者。以仁王の令旨に応じて挙兵し、倶利伽羅峠の戦いで平家の大軍を破って入京を果たす。しかし義仲軍の洛中での乱暴狼藉には公家や町民の不満がつのり、朝廷と対立。征夷大将軍となり自ら朝日将軍と称したが義経らの大軍に攻められ、その首を京の町に晒された。
ともえごぜん。義仲の従者で愛妾。容貌にすぐれ武芸に優れた伝説の女性で、いわば「和製ジャンヌダルク」。自分の姪にあたる義仲の正妻の産んだ子・義高を手元で育て、我が子のように慈しんだ。義仲の死後は、その後を追って果てたとも鎌倉方の家人に嫁いだとも諸説あるが、今回は意外な形で…。
しんぐうじゅうろう・ゆきいえ。義朝の末弟。源頼政の挙兵の際、以仁王の令旨を諸国の源氏のもとに伝える。しかし頼朝とは相容れず、義仲と結んで上洛した。その後義仲とも対立し、頼朝・義経兄弟の不仲が表面化すると義経側に加担。あちこちにくっついては掻き回し続けた男は、潜伏先の和泉で非業の死を遂げる。
みなもとの・のりより。義朝の六男。通称蒲冠者。異母兄頼朝の挙兵に呼応し、源氏軍の大将を務める。異母弟義経のような奇襲奇策の能力はなかったが、実は彼の連勝を陰でサポートしていた人物。
かじわらの・かげとき。石橋山の戦いでは平家方だったが源頼朝を救い、以降巧みな弁舌で頼朝に重用される。屋島攻撃の際に義経と作戦上の問題で対立。頼朝への梶原の「讒言」が義経失脚の一因を作ったといわれるが、律儀な軍監である彼にとっては、義経の戦法は理解できなかったのかも知れない。
みなもとの・よりまさ。源三位入道と称する。保元の乱でははじめ源義朝にくみしたが、のちに離反して平清盛方についた。清盛の厚い信頼もあったが、目に余る平家の横暴に以仁王を奉じて反平家の兵を挙げるも、宇治で敗死する。時に齢七十を超えていた。弓の名手、歌人としても有名。
平忠盛の嫡男だが、実父を白河上皇とする説もある。六波羅殿・六波羅入道とも称する。
1156年保元の乱では後白河天皇方として一族を率いて活躍し、その功により播磨守となる。1159年平治の乱で源義朝(義経の父)を破り、確固とした地位を獲得。乱の後、平家一門の官位は急速に上昇する。
1160年武士としてはじめて参議となり、1167年には従一位太政大臣。翌年出家、摂津国福原に引退したのちも、平家政権の中核として権力を掌握し続けた。娘・徳子を高倉天皇の中宮とするなど、摂関家をはじめ朝廷内の有力貴族との婚姻政策を進めた。
1177年には反平家勢力による鹿ヶ谷の陰謀が発覚する一方、1179年に後白河法皇を幽閉し、院政を停止した。翌1180年、外孫の安徳天皇(徳子の子)を即位させて独裁政権を樹立したが、以仁王が挙兵したことに衝撃を受け、福原遷都を強行。以仁王(もちひとおう)の令旨を得た源頼朝ら反平家勢力が挙兵する中病死した。
「傲慢な独裁者」と思われやすい従来の清盛のイメージ。それだけでなく、「ロマンあふれる早すぎた改革者」という一面も描いていくのが今回の「義経」。清盛の有り余る夢は一種のロマンだが、それを一人追い求め過ぎて周りは置き去りにされがちだ。日宋貿易をもって国を豊かにしようという、貿易立国をも意図した福原への遷都も清盛の改革の一つだったが、思いだけが走りすぎて根回しを怠り朝廷や仏徒などの反感を買った。息子たちの中に彼ほどの人物がいなかったという、後継者に恵まれなかったのも清盛の悲劇だ。
また清盛は常に、白河院のご落胤ではないかという心の屈託、親の縁に薄い寂しさを胸に抱えていた。その心の揺れが、父・義朝を失った義経・頼朝兄弟の命を救うことになった。そして幼い義経は母・常盤とともに清盛と一時を過ごし、奇しくも清盛からロマンの遺伝子を誰よりも強く引き継いだのである。
清盛の妻。六波羅二位・八条二位・二位尼と称す。宗盛・知盛・重衡および高倉天皇の中宮となった徳子を産んだ。時忠は弟、建春門院滋子は妹である。1180年准后、翌1181年には従二位となり、平家一門の中でも影響力をもった。
母親との縁の薄い清盛にとってはある意味母のような存在であり、また清盛の夢の一番の理解者でもある。清盛が外で為した子まで面倒をみたという懐の広い女だが、こと義経の母・常盤との関係だけは決して許せなかった。
清盛の死後は夫の遺志を継いで気丈にも一族を率いた。1183年平家の都落ちに従って西国へ下り、1185年壇ノ浦の戦で「波の下にも都がございます」と、外孫である安徳天皇と三種の神器を抱き入水――。
たいらの・しげもり。清盛の嫡男で、宗盛・知盛らは異母弟になる。平家軍政の中心的役割を果たした人物。父・清盛を諌めることのできるただ一人の息子として父の信頼も厚かったが、早逝する。
つねこ。重盛の後妻で、高倉帝の乳母。同じ後妻同士ということもあり時子の信頼も厚い。日頃は冷静沈着だが、なさぬ仲の維盛が敗戦の際に手放してしまった平家嫡流伝来の鎧を奪回するため奔走する。
たいらの・これもり。重盛の嫡男。踊りの名手で、後白河法皇五十歳祝の宴では舞楽「青海波」を舞う。富士川の戦いで総大将となったが、水鳥の飛び立つ音に驚いた兵が混乱し戦わずに敗走。平家都落ちに従ったがその後一門から離れ、世をはかなんで入水する。
たいらの・すけもり。重盛の次男。摂関家の藤原基房の行列の前を横切って舎人に路上で恥辱を受け、これに怒った父重盛が基房に報復した「乗合事件」の発端を作った。
たいらの・むねもり。清盛の三男。異母兄重盛・父清盛の死後は一門を統率したが、兄ほどの力はなかった。壇ノ浦では死にきれずに捕えられ鎌倉に護送される。今回のドラマでは、自分だけは後白河法皇のご落胤ではないかと思い込み、武芸よりも雅を愛す人物として描かれる。
たいらの・とももり。清盛の四男。勇猛果敢な武将として能「船弁慶」などの芸能にも取り上げられている。源氏軍入洛の際には都落ちを主張し再軍備を図った。壇ノ浦の戦いで敗れ「見るべきものはすべて見た」と潔く入水する。
あきらけいこ。知盛の妻。安徳天皇の弟・守貞親王の乳母。常に気丈で明るく、時子に一番頼りにされている。平家一門が西国に流れ窮地に陥った時、時子からある重大な「計画」を持ちかけられ、実行する。壇ノ浦で生き残り、徳子と守貞親王を守って大原に隠棲する。
けんれいもんいん・とくこ。清盛の次女。高倉天皇の中宮として安徳天皇を産み「国母」となる。帝の死により「建礼門院」の院号を宣下された。源氏の上洛に安徳帝を伴って一門とともに都を落ち、壇ノ浦で安徳帝とともに入水したが、彼女だけ助けられて京に送られる。まもなく出家し、大原寂光院で余生を送った。
たいらの・しげひら。清盛の五男。南都興福寺・東大寺を焼き討ちした人物として知られる。一の谷の戦いに敗れ捕虜となって鎌倉に送られたが、潔い態度で頼朝とも対等に渡り合った。その後奈良で処刑された。義経とは歳も近く、今回のドラマでは幼少時代の義経との交流も描かれる。
すけこ。重衡の妻。安徳天皇の乳母。おっとりした性格の女房だが、一の谷で夫が捕えられてからは不安な日々を送る。壇ノ浦で生き残り都に戻ったのち、奈良へ護送される重衡とつかの間の悲しい再会を果たす。夫の処刑後はその身柄を引き取って供養したという。
よしこ。義経の母・常盤御前と平清盛の間に生まれた娘で、義経にとっては妹。幼くして時忠・領子夫妻に引き取られ、領子付きの女房となる。源氏の血を引く者と見られがちだが、都落ちの際にはあくまで清盛の娘として毅然と平家一門に従う。やがて義経と再会し、壇ノ浦で生き残る秘策を託される…。
たいらの・ときただ。時子の弟。「平家にあらずんば人にあらず」と言ったのはこの人。様々な政略を仕掛け何度か流罪の憂き目に遭うが、清盛の台頭と妹・滋子(建春門院)が後白河法皇に寵愛されたことで異例の出世もした。壇ノ浦にも生き残り、助命のために義経に娘を差し出したといわれる。
むねこ。時忠の後妻。理知的だが主張が強すぎて、時に周囲との軋轢を生むことも多い。反面お役目には忠実な人。引き取った能子は所詮源氏の子、と何かにつけて辛くあたる。都落ち後は特に猜疑心を強くし能子を常に警戒、能子を炭小屋に閉じ込めたこともある。
いけのぜんに・むねこ。清盛の義母で、彼も頭が上がらない存在。平治の乱後捕えられた頼朝の姿形が、自分の死んだ長男に似ていると言い出し、清盛に助命を嘆願する。
たいらの・よりもり。清盛の異母弟で、母は池禅尼。母が頼朝の助命に一役買ったことから、平家没落後は都落ちに従わず鎌倉に招かれた。その背信がやがて彼をさいなむ。
たいらの・もりくに。清盛の家人(けにん)。先代・忠盛からの家人であり、長老的存在。
てこな。もとは北条政子の侍女だったが、頼朝に接近され鎌倉を出奔。時子の侍女となる。
ごしらかわ・ほうおう。鳥羽天皇の第四皇子。皇位継承順位は低かったのだが、激しい継承争いのなか幸運にも即位。まもなく長子・二条天皇に譲位し院政を開始。以降三十年以上、衰勢はありながらもその死まで朝廷政治の中心にあり続けた。平家・源氏という武家の台頭の中、自らは武力を持たない朝廷として、いかに生き延びるかということに智略の全てを注ぎ込んだ。ある時は清盛に、また義仲・義経に、そして頼朝に接近しては切り捨てる。すべては後白河の掌の中のゲームの持ち駒であるかのようだ。一方で信仰に厚く、遊びごとを好み、今様(当時の流行歌)を集成して「梁塵秘抄」を編纂したほか、朝儀の復興にもつとめ「年中行事絵巻」を作らせた。
たんごのつぼね。後白河法皇の寵姫。夫・平業房は後白河の近臣だったが、清盛による院政停止の際に解官・処刑された。夫の死後法皇の傍に上がる。以後法皇に適切な助言や示唆を与え、朝廷の地位を支え続けた。後白河が唯一弱音を吐ける相手でもある。
つづみほうがん・たいらの・ともやす。後白河法皇の側近。鼓の名人であったことから「鼓判官」と呼ばれた。
もちひとおう。後白河法皇の第二皇子。源頼政とともに反・平家の兵を挙げるが敗死。しかし彼の発した平家追討の令旨(りょうじ)が全国の源氏を動かすことになる。
幼い頃両親を亡くし鞍馬の里の農家の夫婦の養女になった。義経が鞍馬寺に入れられた頃に出会う。自分を遊女に売り飛ばすような酷い兄がいるが、その兄が義経をが襲ったことを知って、うつぼは心から兄を憎み義経への忠誠を誓う。その想いはやがて恋心に変わるが、それは終生報われることはなかった。それでもうつぼは義経につかず離れず、最期まで見届けることになる。
だいにちぼう・しゅんけい。うつぼの兄。幼くして両親を亡くし仏門に入れられたが、今や破戒僧。平家に雇われて、仲間の喜三太たちとともに義経を襲う。
おとく。京七条で、鎧武具に使う組紐などを商う老女。政変や夜盗、火事や飢饉や、魑魅魍魎が跋扈する都でしたたかに生きている。武具の商いから知れる武家の動向、そして昔面倒を見ていた孤児たちからの噂話。徳に集まる情報は多岐に渡る。清盛の幼い頃を知るほどで、清盛にもずけずけとものを言える関係である。今回のドラマは、時空を超越したかのような彼女の目線によるナレーションで語られる。
ごたり。京の孤児。お徳に拾われ、働き口の世話を受ける。洛中を動き回っていたせいで、おのずと情報収集能力も備えた。また耳がよく、囁く声も聞き逃さず、口の動きだけで何を言っているか読むことも出来る。耳が弱り、またあまりに民の声が届かなくなった清盛を心配したお徳は、五足を「耳役」として清盛に差し出す。清盛の死後まもなく、彼の遺志を遂行する途中で命を落とす。
すざくのおきな。普段は好々爺然として、お徳や烏丸の押す押し車に乗っている。その実体は京を牛耳る闇の世界のボス。
からすまる。京の町の孤児で、お徳に育てられ、今ではお徳や朱雀の翁を手伝っている。感情を滅多に表に出さないのが五足(ごたり)とは対照的。
かくにちりっし。鞍馬寺の僧。平家によって仏門に入れられた幼い牛若の精神面を育てることになる師。牛若はやがては寺に留まらず源氏の復興を担う者と感じつつ、鞍馬に送られてきた牛若少年を厳しく、時に優しく指導する。
吉次の女。もとは借上という金融業。吉次と知り合ってからは、吉次の京での仕事も手伝っている。吉次が不在の時は何人もの雇い人を動かす女傑。
ふじわらの・ひでひら。奥州藤原氏三代目の当主。平泉を拠点として陸奥・出羽諸国に強力な支配を展開した。それはいわば独立国家とさえ言えるほどで、源平争乱の際も双方からの誘いにも動かなかった。若き義経を保護し、彼の青年期の人格形成を支えた「第三の父親」。義経追討令が出たのちも義経をかくまったが、秀衡の死により義経も奥州藤原氏も滅びていく。
かねうり・きちじ。奥州平泉の砂金商人。藤原氏の領地の砂金や鉱石、特産品を売買することで藤原氏の財力確保の一端を担う。奥州にとどまらず京、奈良、西国と各地にその人脈は広い。清盛の福原遷都の動きに平家が交易を独占するのではと危機を感じ、対平家抑止力を求めて源氏に接近する。吉次が目をつけたのは鞍馬山に送られた義経であった。
ふじわらの・やすひら。秀衡の次男で、奥州藤原氏四代当主。義経が平泉に来た当初は敵視していたが、ある時義経に命を救われ、以来心を許しあえる関係となる。しかし父の死後、兄弟ともに義経を守れという父の遺言と、義経を差し出せという頼朝の命令との狭間で大いに揺れる。
ふじわらの・くにひら。秀衡の庶長子。西木戸太郎と称す。秀衡は國衡とその異母弟泰衡に、源義経を主君と仰ぐよう遺言したが、泰衡による義経謀殺を傍観したという。
ふじわらの・ただひら。秀衡の末子。義経を最初敵視していたが、歳が近いこともありやがて同調する。
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[ 101] 大河ドラマ「義経」…大河ドラマ義経の情報
[引用サイト]  http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_yoshitsune.html

大河ドラマ(たいがドラマ)は、NHKが毎年違うテーマで放映する時代劇ドラマシリーズである。また、これに準ずるスケールのドラマを指す場合もある。例えば、米国の長編テレビドラマ『ダラス』は「アメリカの大河ドラマ」と呼ばれ、NHKでも放送されている韓国の長編ドラマの時代劇である『大長今』(宮廷女官チャングムの誓い)は「韓国の大河ドラマ」と呼ばれている。本稿ではNHKの大河ドラマについて述べる。2007年現在制作・放送されている作品は字幕放送・連動データ放送付き。
主に歴史上の人物や事件などをテーマに、基本的に毎年1月から12月の1年間に49から50回を通して放映される。しかし実在しない人物が登場することも多く、また作品によっては主人公も架空の人物の場合もある。年末には総集編(ダイジェスト版、全部で3、4時間程度)も製作される。ただし作品によっては翌年に放送されたケースもある。以前は総集編が放送された後で全話を再放送することは殆どなかったが、スカイパーフェクTV!の専門チャンネルにおいて全話が放送されたり、NHKデジタル衛星ハイビジョンで再放送されたりするケースも多くなってきている。
出演者は通常のドラマで主役級の俳優・女優が共演することが多く、これに名脇役と呼ばれる俳優も登場するため、普段は見られない顔合わせもよく見られる。番組初期は五社協定により映画会社所属の俳優はテレビ出演が制限されていたため、新劇の俳優や歌舞伎俳優が多く起用された。『太閤記』では緒形拳、高橋幸治、石坂浩二ら無名の新人俳優が抜擢され、一躍人気スターとなった。『独眼竜政宗』で主演の渡辺謙が番組での好演がきっかけで有名になった。ま、た第34作『八代将軍吉宗』では近松門左衛門を演じた江守徹が、主役の西田敏行をしのぐ演技を披露し評判を呼んだこともある。2000年代に入ってからでも、『北条時宗』の北村一輝、宮迫博之など、駆け出しの俳優が大河ドラマに出演して、民放ドラマにも進出するケースは多い。
第6作の『竜馬がゆく』までがモノクロ作品。第39作の『葵徳川三代』からハイビジョン作品である。通常は年間1作だが、1993年から1994年にかけては、第31作『琉球の風』が6ヶ月、第32作『炎立つ』と第33作『花の乱』がともに9ヶ月と短いシリーズが続き、この2年間は年2作品となった。
NHK出版からの「大河ドラマ・ストーリー」や関連書籍も出版され、ビデオ・DVDなどソフト化もされている。なお、1970年代中期までの作品は全話見ることがほとんど不可能である(映像が現存しても、総集編、クライマックスの回、あるいは最終回程度しか現存していない場合が多い。当時はVTRの録画が2インチ規格でテープの単価が高く操作・編集も煩雑だったことに加えて、著作権に関わる問題も多く、番組の資料保管は安易に行えなかった)。全話のソフト化で最も古い作品は1976年制作の『風と雲と虹と』である。
全般的に前半はロケシーンが多く、中盤にクライマックスがあり、後半は登場人物も徐々に減少し(役の人物が死ぬため)、スタジオ撮影のシーンが多くなるのが特徴である。合戦シーンなどではコンピュータグラフィックス(CG)を用いることも多いが、出演者のスケジュールの都合により使用せざるを得ない場合もある。また「大坂城」や「屋敷門の炎上」、「関ヶ原の戦い」など、過去の作品で使用した場面が何度も使われるケースもよくある。題材となる人物やテーマに所縁のある地方とタイアップする事も多い(地元には「大河ドラマのまち」という看板が立つ)。
第45作『功名が辻』からはアナログ放送、NHKワールド・プレミアムの放送では映像比率を14:9のサイズにて放送されている。2006年1月には大河ドラマとしては初めて続編が製作、放送された。これは2004年制作の第43作『新選組!』のその後を描いた作品で、大河ドラマでは局長・近藤勇が主役だったが、続編『新選組!! 土方歳三 最期の一日』では、副長・土方歳三にバトンタッチし、彼の最期の一日を描いた。
一方、主人公をヒーローとして描こうとするあまり、その人物の暗い側面に関しての描写が曖昧であったり歴史学上の定説と離れていることも多い。このことに関し、NHK側は「大河ドラマはドキュメンタリーではなくあくまでドラマであり、演出も必要である」と述べている。
視聴率は作品によって一定しないが、戦国時代の武将達を扱った作品は高く安定していて、逆に幕末や近代を扱った作品は視聴率が取れない傾向にある。
総合テレビ・デジタル総合テレビ - 日・20時から20時45分(選挙などで19時15分から20時になることもある)、(再放送)土・13時5分から13時50分
デジタル衛星ハイビジョン - 日・18時から18時45分(プロ野球中継がある場合は17時台に放送される)
NHKワールド・プレミアム - 日・20時から20時45分、(再放送)月・3時10分から3時55分、土・13時5分から13時50分
なお、2004年からは、デジタル総合テレビにて、13:00〜13:45(2005年4月からは13:05〜13:50の放送となった)に、限定先行放送を始めたが、2006年(『功名が辻』)から、再びその放送はなくなり、結局は2004年と2005年の大河ドラマ(それぞれ、『新選組!』・『義経』)のみの企画となった。
坂の上の雲 - 従来の枠とは別の枠で「21世紀スペシャル大河ドラマ」として、1話90分で2009年秋から3年間に渡っての放送を予定。
1984年から1986年にかけての、いわゆる「近現代三部作」(『山河燃ゆ』、『春の波濤』、『いのち』)が放送されていた時期に、従来の時代劇路線の大河ドラマのファンのために、それまで軽い内容の『水曜時代劇』(現・『木曜時代劇』)が放送されていた水曜日の20時台に新たに設けられた。放送曜日と予算は大河ドラマと異なるが、出演者に大河ドラマ出演者が多く、1年間の放送であったことから、大河ドラマに準じる連続大型時代劇として扱われることも多い。
1986年の『武蔵坊弁慶』は、翌1987年1月から大河ドラマが『独眼竜政宗』で時代劇路線に戻ることもあり、約9ヶ月間の放送で終了した。
吉川英治原作の小説『宮本武蔵』の完全ドラマ化を目指した作品。宮本武蔵が剣の道に生き、剣豪として巌流島で佐々木小次郎と対戦するまでを描いた。
原作 / 富田常雄、脚本 / 杉山義法ほか、音楽 / 芥川也寸志(オープニングテーマ)、毛利蔵人(本編)
出演 / 中村吉右衛門(武蔵坊弁慶)、川野太郎(源義経)、荻野目慶子(玉虫)、ジョニー大倉(伊勢三郎)、菅原文太(源頼朝)
デジタルで放送される衛星ハイビジョンテレビとデジタル衛星第2放送および、デジタル総合テレビでは副音声で視覚障害者向けの解説放送がある。この解説放送はステレオ2音声放送であるためアナログ総合テレビとアナログ衛星第2放送ならびに海外向けテレビ番組配信のNHKワールド・プレミアムでは行われていない。(通常のステレオ放送のみ)
また、デジタル総合テレビとデジタル衛星ハイビジョンはデータ放送がある。2001年から2005年まではアナログ放送と、デジタル放送では番組内容は同じでもそれぞれ編集映像比率内容が異なっていた。アナログ放送用(NHKワールド・プレミアムも含む)では本編は4:3で放送されるが番組最後の紀行の部分のみレターボックスで放送されていた。2006年からアナログ・デジタル同時送出のため、アナログ放送(NHKワールド・プレミアムも含む)では14:9のサイズで放送されるようになった(これにあわせて、スタッフ・キャストのテロップは、横書き表示に変更された)。海外では日本人が多く住む地域でNHKワールド以外の放送局で放送されている(字幕付き)。最近ではCS専門チャンネル(ファミリー劇場、時代劇専門チャンネル、衛星劇場等)で放送されている。ただし、『太平記』以降定番となった、大河ドラマ本編の放送終了後に放送されるドラマの舞台となった場所や、登場人物ゆかりの地を紹介する「紀行」番組はCS放送で見ることはできない。
スタジオでの全収録が終了するクランクアップの時には出演者・スタッフの労をねぎらってスタジオにくす玉が吊るされ、主演者がそれを割ったり、出演者のスピーチも行われ、来年の大河の主役の俳優からその年の主役の俳優に花束を渡し引継ぎを行う等、その模様はスポーツ新聞やNHK広報番組で取り上げられることが多い。視聴率アップを狙い、『その時歴史が動いた』においてその年と来年の大河ドラマの時代、主役を取りあげ、興味を引こうとしていた。ちなみに、その年の大河ドラマの出演者は毎年2月3日の節分に成田山新勝寺で、豆まきの来賓ゲストとして出席するのが恒例である。
民放各局は大河ドラマの同時間帯である日曜夜8時台にも数々の番組を制作してきたが、その中では人気を博した番組も多数存在した。中でも『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』は裏番組、すなわち「大河ドラマ」(当時は『天と地と』)に打ち勝とうという意味を込めたタイトルであった。この『裏番組を─』は高視聴率を獲得し、「大河ドラマ」を視聴率的にも破ることとなる。(しかし野球拳が低俗として指摘され、わずか1年間で番組は打ち切られた。)他にも『ニュースバスターズ』などCMや出演者の発言で「大河ドラマ」を意識している番組もあった。だがそういった裏番組の中で通常番組において視聴率として「大河ドラマ」を上回ったものは数少ない。
毎年秋に各地で開催される「大菊人形展」はこの大河ドラマをテーマにするケースが多い。また、その年に放送されている主人公にゆかりのある地方自治体がNHKとタイアップして、展示会やフェスティバルを開いており、その経済効果には定評がある。長年京阪電気鉄道がひらかたパークにて開催されるひらかた大菊人形は特に有名であったが技術者の高齢化や後継者の不足などを理由に2005年の『義経』をもって終了している(今後は何らかの形で残る予定)。大河ドラマを使って自治体や地元経済団体等が地域活性化を図るケースは多く、例えば2002年の『利家とまつ』が高視聴率を博したことで石川県の観光振興に大きく貢献している。また京都がドラマの舞台になると京阪電気鉄道がラッピング電車などを走らせるなどして積極的にPRしている。
1980年頃まで使用されていた放送局用ビデオテープ(2インチVTR)は非常に高価で大型であり、収録された映像は放送終了後に消去されて他の番組に使い回されていたため、『元禄太平記』(1975年)以前の作品及び『花神』(1977年)は、運良く残った一部の放送回と総集編を除きほとんど現存しない。同様の理由ですでに存在していないと思われていた『風と雲と虹と』(1976年)については全映像の現存が確認され、完全版DVDの発売が開始されている。当時はNHKに限らず民放でも保存のコストと著作権の問題からテレビ番組の保存があまり行われていなかった(一方、フィルム撮影だった特撮などの一部のドラマやアニメは割合現存している)。
現代の感覚では多額の制作費をかけた映像作品を消去することは重大な資産の損失であると考えられるが、当時の感覚は逆で非常に高価で保管にも費用のかかるビデオテープを再利用しない方が損失であると考えられていた。当時のNHKでは本放送終了後にテレビドラマの再放送がほとんど行われず、特に50話近い長編の大河ドラマの再放送は想定されておらず、ビデオの販売などは思慮の外だったので、初期の大河ドラマの大半が失われた。それでも、重要な放送回や総集編は映像資料用として保存していたようだが、『春の坂道』(1971年)は総集編を含めてNHKに全く映像が残されておらず「幻の大河ドラマ」と呼ばれていた(後に最終回のみモノクロの家庭用VTRで録画された映像が発見されてNHKアーカイブスに収蔵されている)。現存している作品の幾つかはDVDで販売され、またNHKアーカイブスで視聴することも可能である。
1978年以降は放送局用ビデオテープのコストも下がったためか、番組の保存をするように方針も変わったらしく、『黄金の日日』は全話現存している。『草燃える』(1979年)は数話が失われている。[要出典]『獅子の時代』(1980年)以降は全話現存していて、いくつかの作品は全話収録の完全版または総集編のビデオ・DVDが販売されている。NHKでは保存していなかった作品を視聴者がビデオ(当時は大変に高価だった)で録画保存していたものが発見されて寄贈されることもある(ただし、家庭用ビデオ機器による録画であることとテープの経年劣化により画質が悪く、市販できるものではない)。
現在放映中の大河ドラマの紹介。契約の関係上、前年放送の作品については1月下旬を目安に閲覧不可能になる。
樅ノ木は残った - 春の坂道 - 新・平家物語 - 国盗り物語 - 勝海舟 - 元禄太平記 - 風と雲と虹と - 花神 - 黄金の日日 - 草燃える
獅子の時代 - おんな太閤記 - 峠の群像 - 徳川家康 - 山河燃ゆ - 春の波涛 - いのち - 独眼竜政宗 - 武田信玄 - 春日局
葵徳川三代 - 北条時宗 - 利家とまつ?加賀百万石物語?? - 武蔵 MUSASHI - 新選組! - 義経 - 功名が辻 - 風林火山 - 篤姫 - 天地人

[ 102] 大河ドラマ - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E



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