久美とは?
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講演では18年くらいぶりに中学校の難聴学級の先輩と会ったし、後輩の結婚式では8年か9年振りに会う後輩たちの顔も。テレビでは前にスマイルフリースクールに来てた子が映っていたりと、今月はまだ二週間も経ってないうちにいろんな懐かしい顔に出会った。 飯盛山という山ではるかかなたに見える鶴ヶ岡城の城下町が燃えるのをみて自決した人たちを祭る墓碑を見たのだが、自決したひとたちがまだ数え歳で14歳から17歳(つまりいまでいう13歳?16歳)とお墓に書かれていたのと、戒名がなく「自刀」と書かれていたのとに涙が出てしまった。 やはりいま子どもたちといつも接しているからだと思うが、本当にいまの子どもたちは幸せ者だと思う。いまでいうなら中学生が主のため、国のため、と闘っていくわけだからやるせないキモチになる。 とはいえ、あたし自身もまだまだなにも知らないのだから…もっとたくさんのヒトたちに教えて頂いて、伝えていかなくては。 ろうの国の準備で、折り畳みのできる箱にララとココを入れてみた。二人とも連れてってくれるのかな?と期待マンマンの目で見上げるもんだから思わずぱちり。 最終的に数えてみると、参加者からゲストまで440人くらいの方々が一堂に会しました。本当に440人以上もいたの?と信じられない思いです。なにしろ、乳児から高校生まで170人以上いたし、スタッフ100人近くでろうの国をきりもりしていたのだからスゴいことです。 ここしばらく毎日準備に準備を重ねてきて、一番強く思ったのは、2年前の経験があるということがものすごく大きくラクでした。だからその分、更なる発展に力を入れることができたのだろうと思います。3日間でちっちゃな問題がまさしく「ちりも積もれば山となる」で、気苦労も多かったのだが、最後のフィナーレで全員と握手大会をしたトキ、ある女の子が涙を浮かべながら「ありがとう」と云ってきて、ついに涙がぶわっと出て抱きしめてしまいました。それからはもう涙をつつつ〜っと流しながらの握手。 “終わってよかった”というよりも、なにより子どもたち自身から自然に出てくる心のこもった「ありがとう」のほうが何より感動する。子どもたちにはたぶんまだわからないと思う。でも、いつか子どもたちが大きくなってこういう「ろうの国」とかで子どもたちのために何かをやる立場になったトキに、この意味がわかるだろう。そして、まさしく、2年前に参加していた高校生たちが大学生・社会人となり今回スタッフとして関わり、終わったあとの感想を聞くと開口一番「自分が小さいトキを思い出した。またやりたい」と意気込みを見せてくれた。さまざまな年代のヒトたちが一堂に会するこういうイベントはこれからもずっと続いたらいいなと思う。 あたしもあります、間違いメール。送信したあと、んっ?!って気づいて「あははっごめ〜ん」ってフォローするトキもあります。また、一度に複数のヒトたちとやり取りしていると、時おりごっちゃになって何の内容でやり取りしてたっけ?なんて悲惨なパターンも。 ところで、もうひとつ、うちのダンナがフシギだフシギだ、と連発しているコトがある。みなさんは携帯メールを打つトキは利き手ですか?それとも反対ですか?あたしは利き手(右手)ではなく反対の手(左手)で打ちます。それも、右手で打つよりも断然速いです。ダンナは利き手で打つので「なんでだろう?フシギだ!」といつも云います。 ん〜〜たぶん、あたしは両手をフルに使わないと気が済まないタイプだからかも。手が手持ち無沙汰になると目の前にあるモノをいじったり破ったり結んだり書いたりする。だから、利き手で何かをしながら左手で打つクセがついたのかなぁ?あっモチロン、ご飯のトキはちゃんとお行儀よく左手でお茶碗を持ちますので携帯はお預けですよ〜(笑) その人宛てに作ったメールを、全く別の人に送った経験は、誰もがあると思う。私も一年に2、3回は間違いメールを送ってしまう。たいがいは「間違ってますよ」というメールが来くるか、宛先を確認したときに気づく。 今まで送った間違いメールでもっともダメージ大きかったのは?と周りに聞くと、「彼女に送ったラブラブメールを上司に送った」「その人の悪口メールをその人に送った」 などなど。 確かにバツが悪いが、相手も明らかに間違いメールとわかってるのでそれなりの対処をとればなんとかおさまるだろう。 先日私は致命的な間違いメールを送ってしまった。ある年配のそれなりの地位にいる方から「教育については不勉強なので改めてご指導いただければ幸いです」というメールがきた。 送った直後に間違いに気付いて卒倒しそうになった。実はちょうどほぼ同時に久美から「もうすぐ講演。何話せはいいかアドバイスを!」というメールがきて、それに対する返事を間違って年配の方に送ってしまったのだ。 今度は本当にひっくりかえった。間違いメールなのに見事に会話が成立(?)していたのだ。なんとお詫び+説明のメールを送ったらいいのかわからず、意味もなく走り出した。結局なんとかわかってもらえて心広く許してもらえた。 あと2週間後には、「ろうの国〜全国ろう児の集い2007〜」が開催される。以前にもココで書いたように、全国から聞こえない子どもたちと親、ろう学校の先生や様々な分野で活躍しているろう者など400人くらい集まる。2年前実行委員として動いていたヒトたちも、今回の実行委員として動いているのだけど、やっぱ2年前の経験がモノをいうだけあって、今回はゆとりをもって準備を楽しんでいるし、なによりいろんなヒトたちとの出会い、子どもたちの笑顔との出会いが楽しみ。これこそが活動の醍醐味だとあたしは思っている。 スマイルフリースクールでの活動にしても、今回のイベントにしても、いつも思うのだけど、本当に子どもたちの1年ってとっても大きくて貴重なモノです。このろうの国は、我々大人が中心になってやっているので、当然動ける時間に制限がある。だからどうしても「毎年」というわけにはいかず、2年に1度というペースがちょうどいいけど、子どもたちにとって2年は大きいしなぁ・・・。大人のイベントみたいに各地域で持ち回りするコトも考えられるけど、子どもたちを預かるということは非常に責任が重く、子どもたちと接するのに慣れていないと難しいという面でまだまだ先の話になりそうだ。でもその頃には、これまでにろうの国に参加した子どもたちが大きくなって実行委員をやってくれるだろう。楽しみ。 久美が「まずい」と言う事はめったにない。どんな食べ物でも「すごくおいしい」と「おいしい」の2つに振り分けられる。何を食べても美味しく感じられるということは、すごく幸せなことだ。 これはいくらなんでも不味い!というものでも久美の舌にかかれば「おいしい」となる。一応「おいしい」の中も細かく分かれていて、その中の一番下に分類されることもあるらしい。 本当に不味かった。久美に「まずい」と言わせたこのパンはある意味で貴重な存在だ。思わずパンに対しておめでとうと言いたくなる。 そもそもあたしはあまり味に拘りはなく、むしろダンナのほうが舌が肥えている。先にあたしが食べて、自分の舌がおかしいのかと思ってお茶で流し込んだが、ダンナは口に入れた途端飲み込めなかった。それを見て、あたしの舌はバカじゃなかったと安心した。 それにしてもあんなパンをどうして売るんだろう…たまたまうちらには合わなかっただけで、あーいう味が好きって人たちがいるのかもだけど、やっぱり納得いかんなぁ。 犬嫌いの私の家にキャバリアの2歳のララが来てから2年が過ぎた。 1歳のココは家に来て1年経った。ララとココは聞こえる犬だが、手話がわかる。普通に犬に話しかける言葉のほとんどの手話が理解できる(らしい)。 もちろんララとココが手話を流暢にあやつることはないが、なんとなく手話っぽい手の動きや眉の動きをしてくるときがある。 一番びっくりしたのは、久美と手話で会話をしている時のことだ。私が話している時は私をじっと見る。久美が話している時は久美をじっと見る。そして何気に相槌をうってくれる。 愛犬家の話によると飼い主がアメリカ人だと英語を理解するし韓国人だと韓国語を理解する。だから手話を理解する犬がいても不思議はないらしい。 手話がわかるというよりも私がララとココを受け入れてきたのを、ララとココも察してきたのだろう。近頃私を見る目が優しい。愛犬家の道まであともう一歩だ。 |
[ 37] 早瀬憲太郎&早瀬久美blog
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