食わず嫌いとは?
|
一度嫌だと思ったものは絶対に口に入れないカミューは、だがそれでも27まで生きてきた。肉が好きじゃなくても納豆が嫌いでもキュウリが嫌いでもひかりものが嫌いでもカレーが嫌いでも餃子が嫌いでも、背は伸びたし誰もが認める美貌の持ち主だ。だから、食わず嫌いは悪くなんかない。出会った時の印象で全てを判断しても、なんら悪くなんかない。それがカミューの持論だ。会社の実質ナンバーワンと言われる専務という地位についている今でさえも。 カミューは今、荒々しい足取りで最上階の廊下を歩いている。社長室から、自室へ戻る為だ。この階には今社長と自分とそれぞれの秘書以外に人はいないはずだ。だから、人目も気にせずカミューは己の気持ちを発散するように歩いた。 カミューは秘書と言うものが嫌いだった。もともと誰かと二人きりになることは大嫌いで、人に自分の行動の全てを掌握されているなんて耐えられもしない。仕事は優秀過ぎるほど優秀だから、その自分の出来る限りをやりそれ以上は受け付けない。そんな仕事の仕方をカミューはしていた。それが、だ。 履歴書に目を通してもいないが、秘書は男だ。この先どうしても秘書がつくことになったなら、絶対に美しい女がいい。そう思っていたのに。 社長の命令は絶対。難癖を付けて辞めさせようにも数週間は共に過ごさねばならないことを考えて、カミューが舌打しながら自室へ向う最後の角を曲がったその時だった。 出合い頭に、誰かにぶつかった。尻餅を付いた形の相手は、カミューと同じ年ほどの男だった。見たことのない顔だ。この階にいるということは、社長の来客だろうか。 言うなり男は四つんばいになって廊下を探し始めた。立ったままでは何なので、カミューも同じ高さに屈んでみる。自分の責任であるだけに、どうにも申し訳ない気持ちになるが、下手に動いて踏みつけでもしたら更に悪いので、黙っている。 右手でそっと男はそれを摘むと、嬉しそうに顔を上げた。鼻がカミューの顎先を掠めて、至近距離で目があった。充血して潤んだ、真っ黒な瞳の端正な顔に、カミューは息を呑んだ。だが同時に、男はうわ、と声を上げてそこから飛び退いた。 右手にコンタクトレンズを持ったまま、男は再び首を振る。クールそうな端正な顔に似合わぬ、表情豊かな男だった。それにカミューはくすりと笑んで、立ち上がる。そして屈んだままの男に手を貸そうと一歩踏み出し、その手を差し出した。戸惑ったようにカミューの顔とその手を見比べて、男はだが素直に差し出されたそれを取った。 立ち上がるなり男は言った。ぺこりと頭を下げると、彼の艶やかな黒髪がさらりと音を立てる。襟元から覗くうなじが、ほんのりと紅く染まっているのがいいと、そう思った。 いった時には、すっかり彼が気に入っている自分に気が付いていた。カミューと同じ程の長身できっちりと鍛えられた身体を窺わせながら、切れ長の瞳とそれにアンバランスな長い睫毛と美しい黒目が、どうにも色っぽくていい。社長の来客ならば、幾らでも素性を探る手段はあるが今できるだけ近づいておきたいと、意図的にカミューは美しく笑った。するとその意図通りに男はぱっと顔を赤らめて、視線を彷徨わせた。だがすぐに真直ぐに再び見つめ返してくるのに、カミューは笑みを深めた。 「・・・そう言って下さると救われますが・・・赴任早々ご迷惑をおかけしてしまいました」 言うと、男はにこりと微笑んでそのあと真直ぐに、再び頭を下げた。そして再び顔を上げた彼の、どこから見ても自分好みの顔をしげしげと眺めて、カミューは思った。 目からウロコ。つか、目からコンタクト。これから始まるセクハラ人生に、マイクロトフはまだ気が付いていないのだった・・・。なむなむ。 |
[ 68] 食わず嫌い
[引用サイト] http://www2.ocn.ne.jp/~kusaka/uroko.html
|
このおそれを解消するために独自研究は載せないを確認の上で、ある情報の根拠だけではなく、解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください(このテンプレートについて)。 食わず嫌い(くわずぎらい)とは、ある食べ物に対して否定的な固定観念を抱き、口にする前にその食べ物を拒絶すること。 いわゆる「食わず嫌い」は、特定の料理や食材を、視覚・嗅覚・触覚(または聴覚)といった味覚以外の感覚を通して得た情報を元にネガティブな判断を下してしまい、味わうという最終的な判断をする前に嫌ってしまうことである。 食べ物を含む生活経験や知識の乏しい子供が食べ物に対して直感的に抱くことが多いが、大人であっても同様に未知の・理解の及ばない食べ物に対して生理的嫌悪を催すことは少なくない。「昆虫食」や「発酵食品」など「見た目と匂いが独特」なものは、特に嫌悪感を催す人とそうではない人の差が極端に見られる。 例えば「シュールストレミング」など、あまり普遍的ではない食品・料理に対する嫌悪であればさほど問題にならないが、対象が一般的な料理・食品であったり、あまりに多様なものを拒絶して極端な偏食となり、栄養バランスを崩し摂食障害を起こしたりと、問題となる傾向を含んでいる場合もある。また好き嫌いの種類によっては、当人が劣等感を催したり、周囲が問題だと感じるケースも見られる。 なお、本能的なものなのか子供は発酵したような匂い、もしくは刺激臭に過敏な反応を示すことがある。ただしそうした匂いの強い食材や料理も、周囲の者が口にするのを見る、または自身が食べるといった経験により平気で食べられるようになるが、これは食品の性質や周囲の反応にもよってまちまちである。 大人の場合、そこに予備知識(あるいは先入観)が加味されることで意識することの無い匂いもあるだけに、この辺りの感覚的な差から来る意見の食い違いも難しい問題を含んでいる。 こうした食わず嫌いも、後年になって実際に口にした際にその思いがけない美味しさに気づき、克服されることもあるが、一度植え付けられた固定観念や心理的な障壁を払拭することは容易ではない。こういった偏食の形態は「矯正されれば治る」という性質のものでもなく、当人の自発的な意思に負うところが大きい。 しかし中にはその食べ物の匂いを嗅いだだけで吐き気を催したり、見たり名前を聞いただけで鳥肌が立つという人もおり、克服は容易ではない。育児書によっては、こういった反応を示す場合には無理に食べさせようと試みることを戒める記述もしばしば見られ、工夫してみても無理なら他の食品で栄養バランスを取ることすら勧められている。 地域的な差による食わず嫌いもある。有名なものでは関西圏の人の抱く納豆に対する嫌悪感などがある。ただ納豆は最近は流通の拡大により、以前のような抵抗感が減りつつあるなど、世代を経て地域的な食わず嫌いが薄れるといった現象も見られる。 普遍的な食品・料理の場合では、ある程度の年齢になれば「それらを飲食しないと社会的にまずいことになる」といった状況に立たされる場合がある。その一方で、それが「食べても害の無いものだ」ということを理解できるだけの知識を得たりすることで口にする機会が増えるなどして、食わず嫌いの対象は成長と共に減っていく傾向が見られる。また成長と共に味覚の変化にもより、上に挙げたように「食べたら美味しかった」という経験に繋がる傾向もみられなくはない。 ただ、逆に環境によって食そのものに対する抵抗感が増す場合もあるため、周囲の理解と協力は不可欠といえる。何より「食事を楽しむ」環境こそが心理的抵抗を軽減するうえで最も重要なのかもしれない。食育の観点でも、食わず嫌いの克服では「楽しんで食べさせること」が勧められており、苦手な食材を楽しげな形に加工してみたり、食材そのものに好奇心を抱かせ、理解を通して拒否感を和らげるなどの手法が見られる。 ゲスト同士が対戦形式で嫌いなものを当てる「食わず嫌い王決定戦」のコーナーが有名。ただし本来の意味だけでなく、味が苦手、あるいは嫌いな食べ物も「食わず嫌い」として扱っている。 |
[ 69] 食わず嫌い - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E3%82%8F%E3%81%9A%E5%AB%8C%E3%81%84
