ノウコとは?
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ビニール傘をぶらぶらさせながら、由子はゆっくり歩いていた。由子のさらさらな髪の毛のてっぺんにあるつむじをぼんやりと見下ろしながら、俺は由子と歩幅を合わせる。 由子はブーツを履いていて、歩きにくそうにしていた。なんで女はこんなものを好んで履くのか、俺にはわからない。可愛いとは思うのだけれど。そういえば、由子がブーツを履きだしたのは、俺と付き合い始めた頃だったと思う。 由子のアパートの手前には小さい酒屋があって、俺達がバイトを終えてここに来る時間帯にはその店は閉まっている。店の前に並べられている自販機の前で、由子はいつもこう言う。白いたくさんの電灯に照らされて、由子の白い顔がますます白く見えた。 俺は由子の部屋に一度しか入れてもらったことがない。もう付き合いはじめて三カ月になるはずなのだけれども、俺達が会うのはもっぱら外か、俺のマンションでだ。 一度だけ入ったといっても、酔ってふらふらになった由子(アルコールにはめっぽう弱い)を見るに見かねて連れて帰ってきただけだ。それが俺達の付き合いはじめたきっかけだった。 その日はたぶん土曜日で、バイトの後だった。バイト先の何人かと一緒に飲みに行った。あまりそういうことに参加したがらない彼女が、珍しくその日は一緒に来た。 それから毎日バイト先で会って、話をして、休日には出かけている。それでも、何となく由子は掴めない存在だった。 なぜなのかはよくわからないけれど、由子はどんどんきれいになっていく。何て言えばいいんだろう。『男好きのする』女になっていく。俺が好きになった頃の由子じゃなくなっていく。だから俺は不安になる。 由子は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。アイラインとマスカラでくっきりした目もと。そんなことをしなくても、十分きれいなのに。 冬のはじめに付き合いはじめて、なんとはなしに由子をここまで送るのが習慣のようになった。おやすみと言って別れる前に、俺は少しでも長く由子といたくて、缶コーヒーを買ってここに座り込んでいた。由子もそれに付き合って、甘そうなミルクティーを一緒にちびちび飲んでいた。 それは俺が好きなブレンドコーヒーでも、由子がいつも飲んでいたミルクティーでもなく、ブラックコーヒーだった。 がらんごろん、と缶が落ちてくる音が、やけに大きく辺りに響いた。それに、おつりの落ちる高い金属音が続く。 青色の小さい缶は俺の手に楽に納まる大きさだった。でも、ずっと握っているには熱すぎて、火傷しそうだった。 たった一度だけ入った由子の部屋は、六畳二間の珍しくない造りだった。小綺麗に整頓されていて、趣味のいい部屋だった。 一つだけ俺が気になったのは、台所の隅にごろごろ転がっていたコーヒーの缶だった。全部同じ銘柄の、しかもブラックだった。由子はアルコールが駄目な代わりに、ブラックコーヒーが好きだった。由子がブラックを飲むのは何度か見たことがあるから知っていた。でも、付き合い出してからは、俺の前で飲まなくなった。 俺は、由子の手からまだ熱いままの缶コーヒーを取り上げて、そこらへんに放り投げた。由子の前にしゃがんで、由子の両脇に手を突いた。 |
[ 181] ビタレスト・キス
[引用サイト] http://www10.plala.or.jp/tinaco/short/bitter.html
