和寿とは?

桜井 和寿(さくらい かずとし、本名:櫻井和寿(読み方は同じ) 男性、1970年3月8日 - )は、東京都練馬区出身の日本のミュージシャン。Mr.Childrenのメインボーカル、ギタリスト。烏龍舎、カズプロダクション所属。血液型O型。身長172cm。体重64kg。関東高校(現聖徳学園高校)卒業。 Mr.Childrenのほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がけている。
「Mr.Children」のほか、「Bank Band」の活動を積極的に行っている。アルバム『Atomic Heart』以後はほぼ全ての楽曲の作詞・作曲を手がける。オリコン集計で、シングル10枚、アルバム11枚でミリオンセラーを記録し、日本を代表するミュージシャンとして名を馳せる。
同じ高校でバンド仲間だった田原健一、中川敬輔、そして田原、中川と同じ中学だった鈴木英哉と「Mr.Children」を結成。
初のオリジナル曲『クリスマスナイト』が書かれる。この曲は、当時付き合っていた女性へのプレゼントとして贈るつもりだったという。
まだデビュー前だが、当時同じ事務所で交流もあったJUN SKY WAKER(S)の寺岡呼人が行った「寺岡呼人&ヒズフレンズ〜かわいい子には旅をさせろツアー〜」に参加。
4月、藤井フミヤのシングル『女神 (エロス)』の作曲を手がける。桜井がMr.Children以外のアーティストに楽曲を提供したのは今のところこれが唯一。
1月、サザンオールスターズの桑田佳祐と組み、桜井・桑田共にプロデューサーとして交流のある小林武史が縁で桑田佳祐&Mr.Childrenを期間限定で結成。シングル『奇跡の地球』を発表。
12月、寺岡呼人のアルバム『GOLDEN CIRCLE』の中の『これが僕の愉快なヒューマンライフ』の作詞を手がける。
3月、フジテレビ系列の音楽バラエティー番組「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」に出演し、桑田とカラオケPRIDE対決を行う。
4月、TBSの開局50周年プロジェクトとして地雷撲滅を訴えかけるチャリティー企画ユニット・N.M.L.が坂本龍一の呼びかけで製作され、このプロジェクトにDREAMS COME TRUE、TERU・TAKURO(GLAY)らとともに参加。
10月9日、さいたまスーパーアリーナで開催された「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ」への出演。一夜限りのユニット「Acid Test」として、小林武史(vo&g)と田原健一(g)でジョン・レノンの楽曲『Mother』を披露し、後に街角ダウンロード端末「MUSIC DELI」にて期間限定発売。ここでの売上は、すべてアフガニスタン難民に寄付された。この頃の活動が後のap bank、Bank Bandへとつながる。
12月、TBS系列の音楽番組「クリスマスの約束」に出演し、小田和正と共演。『言葉にできない』『タガタメ』『HERO』のメドレーを小田とのハーモニーで聴かせた。
アルバム『シフクノオト』のペンキの中にダイブするというCMを撮影中に、思い切りダイブしすぎて肋骨を骨折。ちなみに、そのCMを提案したのは桜井自身。
2月28日、SHIBUYA-AXで行われた「Golden Circle vol.07」にシークレットゲストとして出演し、寺岡呼人と奥田民生のユニット「寺田」、TRICERATOPSの和田唱、フジファブリックの志村正彦と共演。
7月16日から7月18日にかけて、「ap bank fes '05」に出演。少年時代から憧れていた浜田省吾と競演した直後、感極まって『HERO』を歌っている最中に号泣し歌えなくなってしまい、会場は桜井を助けるかのように大合唱した。
7月15日から7月17日にかけて、「ap bank fes '06」に出演。桑田佳祐と11年ぶりに競演し話題を呼んだ。
11月18日 Zepp Tokyo、11月25日 Zepp Osakaで行われた「LuckyRaccoonNight vol.1」にKANとのユニット「パイロットとスチュワーデス」として出演。ステージには桜井がパイロット、KANがスチュワーデスのコスチュームを着て登場した。
4月8日 なんばHatch、4月9日 Zepp Tokyoで行われた「Golden Circle vol.10」にシークレットゲストとして出演し、寺岡呼人、ゆず、松任谷由実と共演。このとき披露され、7月11日に「Golden Circle feat.寺岡呼人/松任谷由実/ゆず」として発売された『ミュージック』の作詞に参加。
下ネタやオヤジギャグが大好きで、ライブのMC中は満面の笑みで連発している。例:「今日は暑いなあ。排卵日の子が多いのかな?」など。
その風貌が政治家の小泉純一郎に似ているとの風評がある。これは「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」に出演した際、桑田に「小泉純一郎みたいな顔しやがって!」と言われたことがきっかけである。
両親の「何か一つ“これだけは誰にも負けない”というものを身につけろ」という教育方針のもと育ったため、スポーツが得意で、体育の成績はずば抜けてよかったという。少年時代は野球少年で、試合などではホームランを打っており、監督がチームメイトに「桜井を見習え」と言うほどの万能選手であった。空手も習っていた。
関東高校の1年後輩に現西武ライオンズの江藤智、漫画家の安野モヨコ、元バレーボール日本代表の泉川正幸がいる。
お笑いが好きで、年末年始は家でお笑い番組を観て楽しんでいる。ネプチューンやホンジャマカが特に好きで、ライブも観に行っている。
大のサッカー好きでもあり、一時期サッカー日本代表に憧れてツアー中はメンバー全員おそろいのスーツで移動していたこともある。数多くの現役サッカー選手と交友があり、プライベートで試合を観に行ったりしている。笑っていいとものテレフォンショッキングに出演した際にはジュビロ磐田選手会一同から花が届いていた。特に名波浩と仲が良く、『I'LL BE』は名波のために作り、彼がイタリアに移籍する際には自ら名波への花束贈呈にジュビロ磐田スタジアムに登場した。
「ジュビケン」というサッカーチームを結成しており、昔はサッカーの試合日程を決めてから仕事のスケジュールを決めていた。ポジションはFW。ちなみに「ジュビケン」とは「ジュビロ磐田研究会」の略。その他にもMr.Childrenのメンバーの田原が監督の「ジミケン」という野球チームに所属している。
実家が工務店を営んでいたという環境もあり、『innocent world』の頃まで本気で大工になるのが夢であった。
桜井がギターを始めたきっかけは、姉のギターを借りて『禁じられた遊び』を弾いていた時、姉に「あんた天才なんじゃない?」と言われ、その冷やかしを真に受けてしまったことによるという。
影響を受けたミュージシャンは浜田省吾、甲斐バンド、桑田佳祐。中でも浜田への憧れは相当なもので、子供の頃にコンサートに通い、部屋にスポットライトを作って真似をしたエピソードを紹介したり、浜田との対談で「世界でいちばん浜田さんの物真似が上手いミュージシャン」を自称したりしている。雑誌での宇多田ヒカルとの対談で、「サビへの盛り上げ方は、桑田さんから」という旨の発言をしている。
愛聴盤はピーコの『恋は一日のように』。「LuckyRaccoonNight vol.1」では一曲目にこのアルバムの中の『いつ帰ってくるの』を歌い、観客の度肝を抜いた。
好きな食べ物は、ケーキとクレープ。ハッピーターンも好きらしい。プライベートではミスタードーナッツにいる所をよく目撃される。
タバコの煙が大嫌い。昔は吸っていたが「不味いのにかっこつけて無理して吸ってる感じが嫌」という理由で禁煙した。
山形県鶴岡市に別荘(実際には別荘兼スタジオ)がある。彼の母が山形県鶴岡市出身で、学生時代は夏休みになると毎年のように山形の海に来ており、本人曰く「ここが自分自身を成長させてくれた」。また仕事以外では東京にいることを嫌い、音楽活動はほとんど山形で行っており、『蘇生』の歌詞については実際に車を走らせている時に虹が出て、それを写真に撮ろうとした時に虹は消えていたという逸話がある。
スガシカオと仲が良く、お互いの家で食事会をすることもある。また、新曲ができるとスガの家まで歩いて届けに行くそうだが、あえてインターフォンは鳴らさずポストにCDだけ入れて帰っていくという。スガシカオのOH! MY RADIOにゲストで出た際「天然ですよね」と暴露されていた。
自分の身体や心をいじめるのが好きで、基本的にMだという。「趣味はトレーニング」と言っていた時期もあり、坂道ダッシュをしたり心拍数を190まで上げてトレーニングしたりしていた。しかし、小脳梗塞で倒れてからは「頑張りすぎない」をテーマにやっているという。
好きな漫画は井上雄彦の『バガボンド』。桜井と井上は週刊ヤングジャンプで対談したこともある。余談だが、井上の『リアル』5巻にはMr.Childrenのアルバム『シフクノオト』が登場している。
カラオケでよく歌うのはスガシカオとBUMP OF CHICKEN。前者は前述の通りプライベートでも親しく、後者はどの楽曲も素晴らしいと絶賛。特にスノースマイルが大好きとの事。また、aikoの『カブトムシ』はよくお風呂などで歌うらしく、最後のほうのフェイクする部分では「つれてって!」という感じになるらしい。(ミュージックステーションのトークにて)
ライブのMCやテレビ番組でのトークがとにかく苦手だと語っており、ライブDVDでは「MCをカットして下さい」と頼んでいるという。MCがノーカットで収録されているのは、桜井が病気療養から復帰後に一夜限りで行われたライブの模様を収録した『wonederful world on DEC 21』だけである。
海が大好きで、サーフィンもしている。桑田佳祐とも一緒にサーフィンに行っており、2人でサーフィンをしているビデオが桑田の家にあるという。しかし始めたばかりで下手だったので、2人とも波に流され真っ直ぐ進んでいるだけだった。(桑田談)
1993年のMEET THE WORLD BEATの打ち上げでは飲みすぎて急性アルコール中毒で倒れてしまった。
『奇跡の地球』レコーディング前夜に尊敬する浜田省吾と仙台で初めて会い、緊張のせいで飲みすぎて急性アルコール中毒で倒れ救急車で搬送されてしまい、翌日のレコーディングを休んでしまった(ミュージックステーションのトークにて)。この浜田との対面は大変嬉しかったようで、暫くの間コンサートのMCで定番ネタになっていた。
1999年2月2日、うたばん初出演時にアルコール度数の高いお酒を持って登場し全員が酔っ払ってしまい、司会者曰く「うたばん史上最悪のトーク」に。桜井は収録後に容態が急変し吐いてしまった。
桑田佳祐主催のTHE 夢人島 Fes.で最後に出演者全員で『希望の轍』を歌っている時、GLAYのTERUに対して、「一緒に向こうまで走ろうよ! みんなを追い越すよ!」と言ったらしく、ミュージックステーションで「少年のような人でした」と言われていた。
ギターとベースの腕は田原と中川よりも上だと思っていたが、最近では勝てないと思っている。(スペースシャワーTVのトークにて)
楽屋ではツアーのサポートメンバーとビリーズブートキャンプをしている。(2007年HOMEツアー際発言)
体力的には若者に勝てる自信があり、ジョギングしている人を見ると「かけっこしようよ!」と言いたくなるという。しかしメンバーに「怖いからやめろ」と止められていた。(ラジオでのトークにて)
カテゴリ: 日本のシンガーソングライター | 1970年生 | Mr.Children | 東京都出身の人物

[ 52] 桜井和寿 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E4%BA%95%E5%92%8C%E5%AF%BF



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