キッドとは?

チャップリンが監督したものとしては最初の長編映画。おなじみの山高帽にちょびヒゲ、ドタ靴にステッキの浮浪者を演じるチャップリンと、この映画への出演により「天才子役」の名声をほしいままにしたクーガンのぴったり息のあったかけあいが見どころ。単なるドタバタ喜劇ではなく、「微笑みと、そしておそらくは一粒の涙」を誘うような
未婚の母となった若い女性(E・パーヴィア ンス)は、ためらいながらも子供の幸福(の可能性)を願って
大邸宅の前に止めてあった車に書き置きとともに生まれて間も ない赤ん坊を捨てる。車上ねらいのこそ泥たちが赤ん坊の存在に気付かぬまま車ごと貧民街近くまで運んだが、赤ん坊は道端
に置き去りにする。たまたま通りかかった浮浪者(C・チャッ プリン)が結局この赤ん坊を引き取り、父親代わりとなって育 てる羽目になる。5年の月日が経つ間、2人の間には実の親子以
上の愛情と職業上の連帯感がはぐくまれる。ある時この子供(J ・クーガン)が病気にかかり、診察に訪れた医者が(いくぶん 偽善的な)義務感から子供を孤児院へ引き取るよう手続きをす
る。「父子」双方が引き離されることに強く抵抗を示し、ドタ バタ調の騒ぎが起こる。結局浮浪者は子供を孤児院の役人から 取り戻すものの、家には帰れなくなる。この間家を訪れた今で
は有名なオペラ歌手となった実の母は、偶然医者と出会い、かつて数語言葉を交わしたこともある子供が5年前に捨てた我が 子であることを知る。多額の礼金をつけた捜索願を警察に届け
、それを新聞で見た木賃宿の主人が通報し、理由も分からぬま ま浮浪者と子供が連れて行かれた先は、子供の実の母が住む大 邸宅であった。二人がこの女性により暖かく家の中に招じ入れ
『キッ ド』は、チャップリンが映画界で最も有名な人物となって以降出演する映画の中で最も長い喜劇であるというばかりでなく、本物の喜劇でもある。つまり、なにがしかのプロットを持っており、出てくる人々はそれぞれ性格を備えており、しかも面白いのは「悲しみ」とバランスがとれているということである。…『キッド』の欠点はチャップリンの他の多くの映画の欠点と同じもので、卑俗さあるいは品のなさである。この作品には
そうした点はごくわずかしか--わずかに2つのシーンしか--な いが、人によってはこれらのシーンにひどく気分を害してしま うかもしれない。それらのシーンは滑稽である。それは否定し
ようがない。これらのシーンを見て人は声を上げて笑うだろう が、それをこらえようとする人、また、声を上げて笑ったこと で自分自身とチャップリンに対して憤慨する人も多いだろう。
これはいただけない。…他のチャップリン作品に比べ『キッド』では純粋な馬鹿騒ぎは少ない。チャップリンは主として並ぶもののない彼のパン トマイムに依拠しており、しかもそれはいつも効果を挙げてい
る。彼はまた自ら考え出した滑稽なシチュエーションから多く の笑いを引き出している。この映画の台本にはぎこちない点が 全くない。「コメディ・リリーフ」(悲劇的場面にはさむ息抜き場面、の意)は実際にタイミングよく気分転換をさせてくれ

[ 24] キッド
[引用サイト]  http://www.h.ehime-u.ac.jp/~eigashi_data/kid.html



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