知立とは?
|
知立市(ちりゅうし)は、愛知県の中央部に位置し三河に属する市。 三河の市で、高浜市に次いで面積が小さいが、人口密度は高い。 古来より交通の要衝として栄え、鎌倉時代に整備された鎌倉街道や江戸時代の東海道の跡を市内に見ることができる。江戸時代は、池鯉鮒(ちりゅう)と書いた。古代は、現在と同じ知立と書いた。名産品は大あんまきである。 名古屋25km圏内に位置する住宅都市である。 市域は平坦な土地となっており、市の北部に逢妻川、南部に猿渡川が流れる。 江戸時代には東海道39番目の宿場町である池鯉鮒宿として繁栄し、馬市で有名であった。 この時代、旧知立村および旧八橋村に該当する地域は刈谷藩領、残る市域は陸奥国福島藩(後の重原藩)領であった。 すでに、7世紀後半の木簡に、知利布(ちりふ)とある。律令制以後の8世紀の木簡に知立とある。(木簡とは、飛鳥時代以降、政府が紙と並んで使用していた公文書のこと。) 平安時代の和名抄に「智立」郷がみえ、江戸時代には「池鯉鮒」という東海道の宿場町として栄えた。 知立神社を建てた伊知理生(いちりゅう)命にちなむという説もある。 市内には国道1号線、国道23号線バイパス、国道155号線など主要道路が通るため、交通の便が良いのが特徴。しかし、主要道路以外の道路は比較的狭く、Y字路やT字路などの変則交差点が多い。名鉄知立駅周辺をはじめとする鉄道の立体交差の進捗は遅く、慢性的な渋滞が課題。財政力が弱いのが原因とされる。碧海五市合併構想では、刈谷市と安城市の中間に位置するという理由で、市役所を知立市内に置くを主張したため破談したという説もあるが詳細は明らかではない。 総合病院がないため、刈谷市の刈谷豊田総合病院、安城市の安城更生病院や八千代病院などに行く市民が多い。江戸時代に宿場町であったために、西三河の商業の中心であったが、隣接する安城市の商業集積が目覚しいため、求心力は失われつつある。JRは通過しておらず、名鉄知立駅が中心となる、鉄道立体交差と区画整理事業が計画されているが、財政難のため、停滞している。 弘法の遍照院の縁日の際は、西側の公道を封鎖して通行止めにする。また、渋滞する知立市内をオーバーパスするために造られた愛知県道路公社所轄の有料衣浦豊田道路の高架下無料側道を生活道路代わりに利用する市民が多い。西部に位置する知立団地は、ブラジル人が多く居住している。知立市の人口の約6%を在日ブラジル人が占めるが、団地付近は路上駐車であふれ、治安が懸念されている。 知立市役所南のギャラリエ アピタ知立店は市内最大商業施設だが、前面道路は狭く、アピタへの出入りの車で通過交通を遮断するなど整備に問題が多い。 ゴミ処理施設は、刈谷市と共同で、市境にある。し尿処理は、豊田市と共同。火葬場は、市境にあり隣接していない豊明市と共同。消防は、衣浦東部広域連合。 人口は、約6万8千だが、市議定数は23人と多い(西尾市;人口10万=24人)。また、財政難にもかかわらず、リリオやパティオなど隣接市にないような豪華施設がある。パティオは、催しがある時は駐車場不足で近隣の農道にまで、路上駐車であふれることもある。 名鉄三河知立駅西側の高架下は、道路幅員が狭く、路線バスが対向車線にはみ出して通過するため、交互通行が遮断される。市内にある国道23号の上重原ICおよび西中ICは、信号機交差点の構造が悪いため、出入りが慢性的に渋滞している。刈谷市域のJR東刈谷駅北口に、安城市の自治体バスが乗り入れたら、すかさず、知立市の自治体バスを乗り入れて、安城更生病院への足とした。この北口には、刈谷市の自治体バスは乗り入れていない。 千種区 | 東区 | 北区 | 西区 | 中村区 | 中区 | 昭和区 | 瑞穂区 | 熱田区 | 中川区 | 港区 | 南区 | 守山区 | 緑区 | 名東区 | 天白区 豊橋市 | 岡崎市 | 一宮市 | 瀬戸市 | 半田市 | 春日井市 | 豊川市 | 津島市 | 碧南市 | 刈谷市 | 豊田市 | 安城市 | 西尾市 | 蒲郡市 | 犬山市 | 常滑市 | 江南市 | 小牧市 | 稲沢市 | 新城市 | 東海市 | 大府市 | 知多市 | 知立市 | 尾張旭市 | 高浜市 | 岩倉市 | 豊明市 | 日進市 | 田原市 | 愛西市 | 清須市 | 北名古屋市 | 弥富市 この「知立市」は日本の市区町村に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ日本の市町村)。 |
[ 68] 知立市 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E7%AB%8B%E5%B8%82
