筒美とは?

こちらで実施しているアンケートにお答えいただいた方の中から、抽選で3名様にCD「作曲家研究名作選〜筒美京平」(コロムビア)をプレゼントします。
66年、作家デビュー。作詞家橋本淳氏とのコンビ作家として活動と同時にすぎやまこういち氏に師事、編曲も始める。
97年、作家活動30周年を記念して約2650曲の作品のなかから163曲を厳選したコンピレーション・アルバム「HISTORY」をリリース。
ヒットチャートのベスト10入りした作品は202曲(うち1位は38曲)[2002年5月20日付現在、(株)オリコン調べ]
今回のインタビューは大野雄二さんからの紹介ということなんですが、仕事上でのつながりはあまりなかったような気がします。
ただ大学生の時は僕もジャズピアノを弾いてたから学生同士横のつながりみたいなのはありました。大野さんのほかにもジャズをやっていて作曲家になった方々には、鈴木邦彦さんやもう少しあとになると村井邦彦さんなどもいらっしゃいますね。
僕がジャズを本格的に始めたのは青山学院大学の同好会に入ってからです。高等部時代、先輩に渋谷のジャズ喫茶に連れていってもらって好きになったんですよ。マイルスやアート・ブレイキーなどモダンジャズの一番いい時代で、ピアニストでもウィントン・ケリー、レッド・ガーランドがいました。僕はどちらかというと黒人のジャズよりも、デイブ・ブルーベックなどのクール・ジャズなんかの方が好きでしたね。当時はアルバイトでたまに新橋や銀座のグランドキャバレーでピアノを弾いてました。大野さんのように米軍のキャンプ回りをやれるのは、相当な実力のある人ですよ。
ピアノを習い始めたのは霊南坂幼稚園の頃でした。当時この幼稚園には大中寅二さんの息子さんで童謡作家の大中恩さんが先生としていらっしゃいました。基本的にはクラシックピアノですけど、美空ひばりさんとか、歌謡曲も好きでしたね。小学校からずっと青山学院ですが、クリスチャンの学校だったので週に1回生徒礼拝の時に伴奏ピアノを弾いたり文化祭の時に「慕情」などの映画音楽をメドレーで弾いたりしていました。
それから、「調音」を音楽の先生に習ったりしていましたから芸大のピアノ科に入りたいと思ったこともあります。まあ、受けてもダメだったと思いますけど(笑)。中等部時代の同期には東京交響楽団で指揮者をやっている秋山和慶さんがいらっしゃいました。
大学を出た時には、音楽に関係のある仕事を希望していたのでヤマハを受けたりしましたが、たまたま当時ポリドールに勤めていた先輩から「洋楽のディレクターを募集している」というお話を伺って、応募してみたら比較的早く内定をいただいたので入社しました。音楽関係以外の会社も受けていたので、ひょっとしたら音楽とは関係のない仕事をしていたかもしれませんね。
当時はジャズのほかにもプレスリーやパット・ブーン、ダイナ・ショアなどのヒットポップスをラジオでよく聴いていました。
昔はステレオも家具調で大きく、一度に4、5枚のレコードが入るオートチェンジャー式のものでレコードを聞いていました。ポリドールでのディレクター時代に日本でもビートルズがヒットしましたが、他社(東芝EMI)のアーティストだったしセールスが凄かったから悔しくて素直には聞けない部分もありましたね(笑)。音楽的な意味でのいわゆる「ビートルズ世代」というのは、僕らより若い松本隆さんなんかの世代なんじゃないですかね。
作曲やアレンジを始めたのは、青山学院の先輩で作詞家の橋本淳さんから「やったらどう?」と誘われたことがきっかけです。当時の橋本さんはすぎやまこういちさんのマネージャー兼作詞家をやっていて、すぎやまさんはフジテレビの音楽番組のディレクターをやりながら曲を書いてグループ・サウンズを売り出そうとしていたんですよ。
作曲の勉強ということで、仕事が終わってから小平のすぎやまさんの家に行って、朝の3〜4時まで曲を作ったりしながら、井の頭公園近くにある橋本さんの家で仮眠して仕事に行くというムチャな生活でしたよ。
当時のすぎやまさんは恐くてねー(笑)。もの凄く耳も良かったから人気歌手の方なんかも、すぎやまさんの前で歌う時はブルブルしてましたね。すぎやまさんとの仕事はスタジオでぶっつけ本番。シングルのB面を「ちょっと、やってみるか」って言われて、譜面を作ってすぐにスタジオで録音。緊張しましたが、机の上でやるよりも勉強になりましたよ。
曲を依頼されるミーティングでディレクターから「次は、こんな感じで」という指示がありましたが、海外のいろんな音楽にも影響を受けましたね。
当時は、ダイアナ・ロスがシュープリームスをやっていた頃のモータウンやバート・バカラック、カーペンターズのA&M、CTIやVERVEのムードミュージック風のジャズなど、いろんな音楽がリアルタイムで出ていましたから。あと、ボサノヴァもはやっていたから60〜70年代に音楽をやっていた連中はみんな影響を受けたんじゃないかな。
外国の曲を聴くうえでも、どうすれば日本で売れるかを模索していましたよ。例えば、初期の頃にはオックスなどグループ・サウンズの曲を書いていたんだけど、メロディは歌謡曲っぽい。その延長線上に「ブルー・ライト・ヨコハマ」なんかがある。あれも歌謡曲なんだけど、サウンド的にはバカラックっぽいでしょう。でも、バカラックそのものじゃ日本の歌謡曲としては難しくなってしまう。自分で作った曲で気にいってるのは、うーん、「また逢う日まで」、「さらば恋人」、「木綿のハンカチーフ」といったところですかね。当時はカーペンターズみたいに1つのジャンルとして成立しうる新しい音楽がリアルタイムで出てきた時代でしたからね。良い意味でのショックが大きくて、一ファンとして、一プロフェッショナルとしてとてもよく聴きました。
ダンスミュージックと日本の歌謡曲の関係は深いんですよ。例えばソウル・ミュージックの中でもオージェイズなんかのフィリー(フィラデルフィア)・ソウルが好きでしたが、ソウルといってもポップな音楽だし日本の歌謡曲に近いと思いますよ。オーティス・レディングとかブルースよりの音はあまり好きじゃないですね。日本でブルース的な音楽をメイン・ストリームにするには難しいと思いますよ。小室哲哉君が一時期やっていたユーロビート。あれも、ダンスミュージックとしてのブームがあったわけでしょ。アーティストにしても、荻野目さんが出て来てヒットを連発しましたよね。

[ 131] 「作家で聴く音楽」第二回 筒美京平
[引用サイト]  http://www.jasrac.or.jp/sakka/vol_2/tsutsumi_in.html

1967年に作曲家としてデビューした筒美京平の30周年記念アルバム。1967年から1997年までに彼が作曲した代表曲をCD8枚に渡って収録したものだ。
収録曲すべてのジャケット写真やら各界の筒美京平賛美インタビューやら、彼本人に対するロングインタビュー、各曲の解説なんかも読める分厚いブックレットもついている豪華版CD集。ファンにはたまらない企画ものなのである。
2600曲とも言われる彼の作曲群の中からたったの163曲を収録しただけだから、少ないと言えば少ないのだが、レコード会社の枠を越えて素晴らしいヒット曲達が集まったのだ。
収録してある曲名をここに書き連ねるだけで、こんなくだらないエッセイが伝えるニュアンスの数倍を伝えることができるかもしれないくらいである。
その昔、レストランのメニューを読み上げるだけでそこにいたすべての客を泣かせてしまった大女優がフランスにいたらしいが、それはメニューが素晴らしかったのではなくて女優の演技が素晴らしかったわけだけど、この曲名たちは、どんな大根役者が読み上げようが、必ず泣ける。
第1期黄金時代だけをとっても、GS系の「バラ色の雲」「スワンの涙」や、「ブルー・ライト・ヨコハマ」「また逢う日まで」「さらば恋人」などの新しい歌謡曲、平山三紀の一連、ブレッド&バターのポップス系、「雨がやんだら」「雨のエアポート」みたいなムード歌謡、果ては「サザエさん」まで、とにかく強烈な作品群なのだ。
「というか、いずみたくさんを始めメロディーらしいメロディーを書かれる作曲家の方が多かった中で、僕はなんというかメカニックな、サウンドを含めた作風だったということで、新しく感じられただけでしょう」(ブックレットのロングインタビューより)
彼は「天才メロディーメーカー」と呼ばれることが多いが、実は本領は「新しいサウンドのプロデューサー」なのである。アレンジを意識した全体サウンドのメカニックな創作を得意にするのである。別のところではこうも言っている。
「もしかすると僕には、メロディーを作る能力より、曲を売る側の意図を理解する力の方があるのかもしれないね」(ブックレットのロングインタビューより)
メロディーを作る能力は万人が認めるところだから、これはそれを上回るプロデューサー能力がある、という主張にも読めるが、でも、それは全くその通りであるとボクも思う。この人をどう売ろう、とパッとひらめいて、それを曲にする能力…。
旋律勝負のクラシックだったら、彼の才能は開花しなかったかもしれない。歌う人あっての、筒美京平だったのだ。歌謡曲の申し子みたいな人である。
そのうえ彼は、海外の新しいサウンドをどんどん曲に取り入れることを積極的にやった。ある種「新サウンドの翻訳家」みたいな意識があったのではないだろうか。
初対面の時「どんな曲知っているの?」と聞いたら南沙織が「ローズガーデン」と言ったというのだ。あのリン・アンダーソンの名曲である。「あ、だったらローズガーデンみたいのを作ろう」って言ってパッと出来たのがデビュー曲「17歳」だというのだ。
おおおー、そういえばとっても「ローズガーデンみたい」だ。見事に筒美京平風に「ローズガーデン」をアレンジしている。
「こういう感じ」というのをパッと作れる。イイトコドリをして、そこにプラスアルファして見事に違う曲に仕上げてしまうのだ。
その手法が時には「パクリの筒美」とか言われることになるのだけど、でも、人口に膾炙するべきもの(つまりはヒット曲)を作るとき、時代の新しい空気、時代の新しいヒット曲、時代の新しい感覚を取り入れてアレンジするのは、実に的を射ていると言わざるを得ない。(そういう意味で、ボクは小室哲哉を認めている。ある種「時代のビジネスマン」としての超優秀さとして)
ヒット曲を作るのは芸術を作ることとは異なる・・・彼は心底そう思っていたに違いないのだ。芸術家ではなく、ヒットが必な職業作曲家。
そして「オレンジの雨」やら「恋する季節」やらの新御三家系は、郷ひろみの一連の大名曲達にとどめを刺す(筒美自身は「郷くんに作った曲の中では「小さな体験」「モナリザの微笑」「よろしく哀愁」「花とみつばち」が印象的」と言っている)。
「芽ばえ」「わたしの彼は左きき」「セクシーバスストップ」「初恋のメロディー」「恋のインデアン人形」「赤い風船」「木綿のハンカチーフ」などのアイドル歌謡の素晴らしさ。
その一方で「哀愁トゥナイト」や「東京ららばい」「九月の雨」「飛んでイスタンブール」などのニューミュージック系歌謡曲でもしっかり名曲達を送り出している。
ほかにも「リップスティック」や「ディスコ・レディー」「青い地平線」「日曜日はストレンジャー」「女ともだち」「ROBOT」・・・。
普通の作曲家ならここらへんで大人しくなっていってしまうところである。例えば作詞の天才、阿久悠なんかは、ここらへんを転回点にだんだん時代とは違う方向へと歩いていった。
が、ビジネス感覚溢れるヒットメーカーの筒美京平はここからまた違う天地で大ヒットたちを生み出していくのである。
「スニーカーぶる?す」「ギンギラギンにさりげなく」などのマッチ系や「キミに薔薇薔薇…という感じ」「原宿キッス」などのトシちゃん系。
「センチメンタル・ジャーニー」「夏色のナンシー」「エスカレーション」「ト・レ・モ・ロ」・・・松本伊代、早見優、河合奈保子、柏原芳恵などの新アイドル系。
そして「まっ赤な女の子」から「ヤマトナデシコ七変化」「なんてったってアイドル」に至るキョンキョンの一連。
そんなのを作る一方、稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」「夏のクラクション」や、C-C-Bの「ロマンティックが止まらない」「Lucky Chanceをもう一度」とかも手がけている。薬師丸の「あなたを・もっと・知りたくて」や斉藤由貴の「卒業」もこのころ。
「仮面舞踏会」少年隊、「1986年のマリリン」本田美奈子、「WAKU WAKUさせて」中山美穂、「夜明けのMEW」小泉今日子、「抱きしめてTONIGHT」田原俊彦、と、80年代後半以降の歌謡曲凋落寸前時代にもしっかりヒット曲を量産している。
90年代になってからも、NOKKOに「人魚」を作ったり、陽水に「カナディアン アコーディオン」を提供したり、まだ相変わらずヒットメーカーぶりを見せつけているのである。
というよりも、筒美京平のあとを小室哲哉が引き継いだ、と言ってもいいかもしれない。お互い、お互いに対して「同じ匂い」を感じていると思う。
それにしても「飛んでイスタンブール」が当初野口五郎のために用意されていた曲だとは知らなかったぜ。「飛んでイスタ?ンブ????ル」と野口五郎的節回しを想像してみると妙に笑えます。
この8枚組はなかなか手に入らないと思うけど、一応レコード番号などを記しておきます(※上記画像横リンクからamazonで買えます)。
なお、各社から「筒美京平ウルトラベストトラックス」としていっぱいリリースされているのでついでにご紹介。
ポリグラムからは「ガール・ポップ編」「グルーヴィー・フィメール編」「GS&GUYS編」「野口五郎編」の4枚。
コロンビアからは「vol.1」「vol.2」「GS&GUYS編」「いしだあゆみ編」「弘田三枝子編」「平山三紀編」「伊東ゆかり編」の7枚。

[ 132] 筒美京平「HITSTORY」|座右のCD
[引用サイト]  http://www.satonao.com/cd/j_pops/tsutsumi.html

歌謡曲史上、筒美京平&松本隆のタッグこそが最強と信じてるボクですが、どれか一曲と言われれば「木綿のハンカチーフ」。元はアルバム用に松本隆が書き下ろした詩に筒美京平が「長すぎる!」と言いつつも曲を書いてみたら結構評判良くてシングルカットされた、てのは有名な話…ですよね?
その「木綿〜」収録のアルバムがこれ。なかなかに意外なのがユーミンこと荒井由美が二曲、曲を提供してること。アレンジが歌謡曲ってゆうか演歌っぽいんだけどでもかなり良いです。ボクはユーミンは”荒井由美時代”だけが最高と常々言ってるんだけど改めてそう感じます。全然気取りがなくて素直なんですよね。
しかしやはり特筆すべきは松本隆の詩でしょう。今のセンスで聴いても新鮮さは失われてない。どころか彼ほどの作詞家っているでしょうか。ぜひまた”黄金のタッグ”による曲を聴いてみたい!
安倍なつみの妹、安倍麻美の1stアルバム。ってゆうか現時点における筒美京平最新作。全曲、筒美京平が作曲してます。アイドル歌謡を手がけるのも久しぶりのせいでしょうか、京平サウンド炸裂といった感じ。懐かしいと言えば綺麗だけど、アナクロと言うか古い感覚とでも言いましょうか…とにかく昨今の”J-POP”には聴くことのできないサウンド。編曲も現代的な打ち込みを入れつつ京平サウンドを生かすようなサウンド。きっとこれは確信犯です。作詞が阿久悠や松本隆でないのが少々残念ではあるんだけど、”僕”という一人称のが多くて、女声による”僕”が好きなボクにとってはその点も大きくプラス。
Me」を連呼するんだけど、これが「麻美(アサミ)」に聞こえる(口に出すとよくわかります)。この手法って昔のアイドル歌謡でよく使われた手ではあるけど、これの作詞は安倍麻美本人。本当かな〜? 別に本人が作詞する(もしくは、したことにする)ことないのに。むしろ実力のある作家先生に書いてもらうことの方が凄いことのような気がするんですが。
本来なら鈴木蘭々のページを設けて紹介すべきなんだろうけどボク的には筒美京平の90年代の数少ないフルアルバムとして聴いてます。とは言っても鈴木蘭々の中性的な声と存在感が成功へと大きく導いてるのも確か。例えば7曲目、郷ひろみの「花とみつばち」をカバーしてるんだけど、歌詞は相当にエッチ。なのに鈴木蘭々が歌うとサッパリとした感じ。実はオリジンの郷ひろみヴァージョンは聴いたことないんだけどきっとSEXの匂いプンプンなんでしょうね。その点蘭々仕様はお子様に聴かせてもOKなのでは(^_^;
そして筒美京平メロディ。正直アレンジが'90年代してて必ずしも好みではないんだけどでもそんな中にあっても京平サウンドは生きてるんだから感心してしまう。

[ 133] 筒美京平
[引用サイト]  http://www1.odn.ne.jp/~cca76760/addsomemusictoourday/cd/j_ta/tsutsumi_kyohei.htm



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