ペラペラとは?

下の娘が小学校に入ってすぐに、私はカナダの駐在事務所勤務を命ぜられて、家族4人でカナダ太平洋岸のバンクーバーに引っ越しました。幸いなことに、広い中庭にはブランコや滑り台などの子供の遊び道具もあるアパートが空いていて、そこに落ち着きました。その頃は、街なかのアパートでは子供づれを受け入れてくれないことが多かったので、運がよかったといえるでしょう。そして着任して3日目には、6歳と9歳の娘たち、まりとゆりは,近くにある小さな小学校に入れていただきました。
 「まり」と「ゆり」という名前は、カナダの子どもたちにも、すぐに受け入れられました。「まり」あるいは「メアリー」はきわめて普通のもので、ひところの日本の
「和子」のようなものです。「ゆり」も「ジュリー」や「ユリ」と同系列の言葉のようで、なんの違和感もないようでした。私たちの命名は、思わぬところで役に立ったわけです。
そのうちに、「ミスター・マリ」という人がわが家に現れて、わが家の「まり」はちょっと驚きましたが、その人はロシア系の人でした。また「ユリ」という人にも会いました。
さて、孫の誕生に話を戻すと、下の娘が先に女の子を産んで、若い夫婦は「えり」という名前にしたと言ってきました。もとより私たちに異存はないのですが、命名の由来を聞くと、「かって二人が留学したイギリスの学園町にちなんで『英里』にしようかと思ったけれど、漢字のイメージがよくないので平仮名にしました」ということでした。これも分かったような、分からないような話です。
3か月遅れてこの世に登場した上の娘の子も、女の子でした。この子の名前にはかなり頭を悩ましました。というのは、娘のつれあいはオーストラリア人で、この子の場合は成人するまで、国籍を二重に持つことになるそうです。そしてオーストラリアと日本の役所それぞれに出生届を出すことになりますが、その際には同じような名前にする必要があるといいます。
カナダでの友人の経験では、日本名は「太郎」で、カナダ名は「ジョン」でなにも差し支えなかったのに、オーストラリアではそれは許されないそうです。
さあ困った、オーストラリアでも日本でも、同じように通用する女の子の名前で、かわいいのは何があるだろうと一家は考え込みました。これが男の子だと「ジョージ/譲治」とか「ケン/健」などといくつか思いつくのですが、女の子は意外にむつかしいのです。
結局、日本名は「ひらり」で、オーストラリア名は「 Hillary 」にすることになって、両方のお役所にも無事に届け出がすみました。エベレストに初登頂をした「ヒラリー卿」や、アメリカ大統領夫人の「ヒラリー・クリントン」を連想する人もいるでしょうし、そのころ人気のあった、NHKの朝のドラマの主人公「ひらり」を思い浮かべる人もいたようでした。
「まり」と「ゆり」の子どもたちの名前が「ひらり」と「えり」になったと聞いたまりのつれあいの両親に、「日本の女の名前は、みんな『り』が付くのか?」 と質問されて、私たちは大笑いして弁明したものでした。たしかにわが家の女性の名前は混同しやすくて。私たちでさえ、あわてると間違って呼んでしまい、娘にたしなめられる始末です。
どこの国でも、子供の名前には親の希望や夢を託すようで、本屋に行くと名前の由来や起源を書いた本をたくさん売っています。ギリシャ・ラテン語からきたもの、聖書にでてくる殉教した聖人の名前から取ったもの、昔の王様や征服者にちなんだものもあります。そして各国の言葉に取り入れられて、発音もスペルも次第に変化してきていますし、長い名前はどんどん簡略化されてきているようです。
Pearl 」(真珠)という言葉からきたものだそうですが、スコットランドの女王様から、小説の主人公、近くは「風と共に去りぬ」を書いたマーガレット・ミッチェルなど、すぐに思い浮かびます。マーガレットから枝分かれした名前はたくさんあって、マギーとかメグは分かるのですが、グレタ(
Greta )やペギー( Peggy )もそうだと言われると、どうしてそうなるのと聞きたくなります。
がCになったり、キャシイと短くなったりしますが、古くは殉教した聖女から、ロシアのカテリーナ女王、ヘンリー八世の六人いた王妃のうち三人までがキャサリーンだったそうです。最近ではキャサリーン・ヘップバーンが有名ですね。
男の名前ではジョン( John )が一番多いでしょうか。これはヘブライ語では「神は恵み深い」という意味だそうです。これもまたいろいろと分かれて、ジャック、ヨハン、ハンス、イアン、ジョニーなどになっていきます。 歴代のローマ法王のうち25人がこの名前だそうですし、楽聖ヨハン・セバスティアン・バッハからビートルズのジョン・レノン、そしてジョン・ケネディ大統領や俳優のジョン・ウエインがいます。
トーマス(Thomas)も多い名前です。これは古代ギリシャ語の「Twin」(双子)という意味だそうです。トムとかトンプソン、トミーなどもこの分かれです。神学者のトーマス・アキナスや「ユートピア」を書いたトーマス・モアといった古いところから、発明家のトーマス・エジソン、俳優のトム・ハンクスやトーマス・ジェファーソン大統領とたくさんいます。
さて、「ひらり」は、いまオーストラリアに住んでいるのですが、保育園(オーストラリアでは
「ナーサリー」(nursery)よりも「キンダー」(kinder)というドイツ語風の呼び方が一般的だそうです。そこでは一日じゅう英語なので、両親は家庭では努めて日本語を話すようにしているそうです。でも、どうしても日本語が十分ではなく、自分の気持ちを母親たちによく伝えることができなくて、ときにイライラが募ることもあるようでした。
「ひらりが日本に帰ってから、日本語ができないと、おじいちゃんやおばあちゃんとお話ができないでしょ」と上手に話したら、
「オジイチャン キャン スピーク イングリッシュ ア リトル」と、逆襲してきたそうです。
「おじいちゃんは、少しはできるけれど、おばあちゃんはできないでしょ」と話したら、なるほどと思ったのか、すぐに納得したそうです。
私の英語はお粗末なもので,ヒラリの前では使ったことはないのですが,一度オーストラリアを訪ねたときに、ひらりと二人で散歩に出て、アイスクリームを買ったときに少ししゃべったのを聞いていたのでしょうか。「ア・リトル」(a
オーストラリアはアジア系の移民が多くて、多文化国家を謳っているのですが、保育園に行ってみても実にさまざまな人種の子供たちがいます。白人の子のほうが少ないような気がするほどです。先生もいろいろと違った国から来ている子どもたちを励まして、
「 これは中国語では何て言うの?」と、中国系の子供に聞いてくれたりして、ほかの子供たちも英語以外のやさしい挨拶の言葉などを自然に覚えていくようです。
ひらりの保育園での仲良しもさまざまで、「アニーは中国人だから中国語も話すのよ。サンジットはインド人だからインドの言葉もできるのよ。ひらりは日本人だから日本語を覚えるの」と言うようになったそうです。それぞれが自然に英語と母国語のバイリンガルになっていくようで、私たちにとっては、とてもうれしいことです。
娘が大学院に通っているので、夏と冬の休みを利用して(オーストラリアは南半球なので日本とは季節は逆になります)ひらりを連れて日本に帰ってきています。
帰国して一、二日は、ひらりの口は少し重くて、女の子特有のおしゃべりはあまり出ません。こちらが話している日本語はすべて分かるのですが、会話が長く続かないのです。でも、決して英語では話しません。その点はしっかりと使い分けています。
3歳まで通っていた近くの保育園のご厚意で、日本にいる間は毎日のように保育園に遊びに行きます。以前からのお友だちもいるし、皆さん温かく迎えてくれます。
この保育園に行って子供同士で遊ぶことが、ひらりの日本語を驚くほど上達させてくれるのです。3日目にはもう完全に普通のおしゃべりな女の子に戻って、ペチャクチャとやっています。先日も、突然びっくりするような難しいことを言ったので、私たちが驚いたら、「ジョーダンよ、ジョーダン!」とニコニコ笑っていました。きっと先生がおっしゃったことをまねしたのでしょう。
5歳になったひらりは、オーストラリアでの義務教育を受ける年齢になり、小学校付属の幼稚園に入りました。自分では小学生になったつもりなので少し得意のようです。
ひらりは困ったなという表情で、ニコニコ笑っています。つまり私の発音は不合格だということです。
何度やってもニコニコと笑われて、私は断念しました。ひらりに発音させると、私との違いははっきり分かるのですが、私はそれを上手にまねすることができないのです。
子供心にも日本人の発音の弱点はよく分かっているようです。この前もこんなことを言っていました。
「英語では『プール』(水泳のpoolのこと)っていうけれど、日本に来たら『プールゥ』っていうのね。学校のことだって『スクールゥ』て言うけれど、英語では『スクーロ』なの」
つまり彼女の耳には、子音と母音がはっきり聞き取れているわけです。日本語の名詞は母音で終わりますが、英語の場合は子音で終わるものがたくさんあります。これが私たちには全く苦手で、どうしても子音のつぎに母音をくっつけてしまいます。語尾がL、R、Tなどで終わる単語は難しいものです。
私が英語を初めて教わったときに、先生はRとLとは発音がよく似ていて間違えやすいと言って、なんべんも繰り返して発音してくれました。そのときは分かったようなつもりでしたが、外国に行って暮らしてみると、このRとLは全然別で、発音も全く違うことがよく分かりました。「よく似ている」ということ自体が誤りだったわけです。ひらりの発音を聞いてもRとLとは、はっきり違っています。混同することは全くありません。
私たちが中学校から始めて、何十年も英語を勉強してきていても、あまり日常の会話に役立たないのは、最初の学び方に問題があったように思われます。最近は日本の文部省がお金を出して、外国の若い人を中・高校の英語の教師として招いているので発音と初歩的な(そして基本的な)会話を教えてもらう良い機会だと思います。英語の本ならばかなり難しいもでも読む人が、初対面の外国人と握手して、なんと挨拶するか分からないようでは困りますから。
でも、そうはいっても、外国語を使えるようになるのは本当に難しいことです。日本では、読むことが先で、話すこと(つまり発音と聞くこと)は、これまであまり重視されませんでした。外国語を使うという観点からは、これは致命的な誤りでした。
娘が大学に入ったとき、同じクラスに地方の高校からきた男の子がいました。その子は難関を突破して、さっそうと登場したわけです。
英語の授業のときに、先生がその子にテキストを読むように言いました。すぐに立ち上がったその子はスラスラと読み始めました。
「……ペラペラ……トングエ…」ときて、クラスじゅうが「あれ? なんだ?」とひっかかりました。
tongue 」とあります。つまり「タング」(舌)のことでした。クラスじゅうが大笑いして、その子はバツが悪そうに腰を下ろしました。
田舎の高校で猛勉強した彼にとっては、大学受験に備えて、発音よりもスペルを覚えることが第一でした。彼は迷わず「トングエ」とスペル通りに発音して、スペルを覚えたのでしょう。
わが家の夕食のときに、娘からこの話を聞いて、私たちは不謹慎にも大笑いしましたが、でも彼には全く責任はないのです。むしろ不規則なスペルの多い英語を恨むべきなのでしょう。受験英語のためには「トングエ」と覚え込むのは良い方法かもしれません。
バンクーバーで30年近く幼稚園の先生をしている日本人の女性に、このトングエの話をしましたら、彼女は、自分も同じような経験をしたと言います。
「あるとき、幼稚園の子供のお母さんが私に会いに来て、うちの子供が『ビィーユーティフル』(beautiful)というので、それは『ビューティフル』でしょ、と直すのですが、なかなか直りません。困っていますと言われました」
「私は顔が赤くなって、それは私が『ビィーユーティフル』と間違って言うことがあるからです。これから気をつけます、と謝りました」
「実は私が日本で英語を習い始めたときに、単語の綴りを覚えるのに、そのお子さんのようにスペル通りに発音しながら覚えたのです。それが『ビィーユーティフル』になってしまったのですよ」
娘たちがカナダの小学校に通っていたころ、たまたま国語(英語)の教科書を見たことがありました。いつもは教科書は学校に置いてあって、家には持って帰らないので、教科書をのぞくことはほとんどありませんでした。宿題なんかはもちろんないわけです。持っていくものはランチとオヤツ(お菓子や果物)だけで、みんな食堂に集まって食べます。家が近ければ、食べに帰る子供もいます。
「どうしてお父さんたちは、ぼくにあんな変な名前を付けたんだろう。またきっとみんなに笑われるよ」
たしかにあまり多い名前ではないようですが、ヘブライ語からきたもので、 旧約聖書にもある古い名前だそうです。 Zachry
クラスじゅうが手を叩いて万歳をさけびました。みんなニコニコしています。ザッカリンはびっくりしました。
「ウエルカム、 ザッカリン! 私たちは学校じゅうのクラスで、名前でアルファベットを作る競争をしているの。『Z』だけが足りなくて困っていたのよ。あなたがきてくれたので、これで全部そろったわ。ありがとう、ザッカリン!」
さあ、クラスの子が一人ずつ立ち上がって自己紹介が始まりました。もしろんアルファベット順にです。
アン、ベティ、チャーリイ、ダンカン、エリザベス、フランク、グレイス、ハリー、イレーヌ、ジョン、キティ、……
みんなでもう一度バンザイと叫びました。アルファベットは見事に完成したのです ザッカリンはニッコリ笑いました。
この話はよく考えられていて、世界中からの移民や難民をどんどん受け入れている多文化国家のカナダならではのものです。どの国のどんな人でも、人間として同じように尊重されるのだということを、子どもたちに理屈抜きで上手に教えています。
この話を思い出すたびに私は、カナダの小さな小学校でみんなからかわいがって貰って英語を覚えた、娘たちの楽しかった「よき時代」を思い浮かべるのです。

[ 95] ペラペラ……
[引用サイト]  http://www1.odn.ne.jp/kminami/sub7.html



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