キリストとは?
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キリスト教においては、カトリック、東方正教会、プロテスタントの多くにおいて三位一体の教義の元に、神の子である救世主として信仰の対象となっており、他の宗派でも最高の預言者、開祖とされている。イスラム教においてはマルヤムの子イーサ(マリヤの子イエス)として、ムハンマドに先立つ、偉大な預言者の一人とされる。 現在では衰退した世界宗教マニ教においても、釈迦、ゾロアスターと並んで、マニに先行する真理の開示者・神から派遣された預言者として崇拝されていた。 歴史的根拠はないが、伝統的に誕生日とされている12月25日はクリスマス(降誕祭)として、多くの教派で行われる祭りである。毎年世界各地でその降誕を記念し、それに関連して色々な行事・風習が行われている。しかし聖書には誕生日の明確な記述はない。 キリスト生誕は太陽暦4月7日であるとの研究結果がある。ちなみに釈迦は4月8日であるとされる。しかし、実際には諸説がある。どの説も絶対性、確実性には欠けるという見方もあり、結局現状ではキリスト生誕日及び釈迦生誕日共々細かい点に関してはよく判っていない。 仏教の開祖釈迦や、古代ギリシアの哲人ソクラテス、儒教の始祖孔子などとならび、伝統的な民族宗教における人間把握のありかたに反省を加え、後に世界宗教となるキリスト教の基礎を築き、人類の精神の歴史において大きな影響を与えたと一般的に理解されている。 キリスト教はイスラエルの民族宗教であるユダヤ教の改革運動であり、それは後にキリスト教の教義面での重要人物となるパウロにおいてもほぼ同様である。キリスト教とユダヤ教とは別の宗教だと言う認識は、第一次ユダヤ戦争とその敗北後のイエスが最も厳しく批判したファリサイ派主導によるユダヤ教の再編の中で1世紀末頃に確立されたと考えられている。そしてこれを当初は厳しく迫害したローマ帝国の寛容令・国教化により世界宗教に発展することとなった。 しかし、聖書の記述ではイエスの目的として「それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」(ヨハネ福音書3章16節)など数箇所にわたって記述されているが、死後の問題の解決とこの地上にあっての精神的解放を説いている。そこに宗教的な矛盾を孕んで行き、多くの歴史的誤謬と改革を繰り返す事になり、カトリック、プロテスタントをはじめ多くの教団、宗派を生む事になる。 様々なイエス・キリストの把握がある。この項目では、イエス・キリストを、救世主にして、三位一体の神自身ともみなすキリスト教における把握と、それに関連して、歴史的なイエス・キリストの把握像を概観する。イスラム教やユダヤ教における位置付けや把握は、それらの宗教での説明に譲る(キリスト教でも、三位一体教義を認めない宗派があるが、これらも、ここでは広義のキリスト教と考える)。 イエスとは、「希:Ιησου?」(イエースース)の慣用的日本語訳である。元の語は、アラム語イェーシュア(???? Yeshua')=ヘブライ語のヨシュア(イェホーシューア????? Yehoshua')。「ヤハウェは救い」を意味する。旧約聖書中のヨシュア記に見られるように、当時のユダヤ社会では普通に見られた名前であり、東地中海地方ではその後も「イーサー」「イースス」の形でよく用いられる。 かつての日本のカトリック教会ではロマンス語の発音からイエズスという語を用いていたが、現在ではエキュメニズムの流れに沿ってイエスに統一されている(これは、プロテスタントを初めとする他教派と共同で翻訳した聖書「共同訳」にイエズスを用いたところ内外からの批判により後続版である「新共同訳」がイエス(一部はメシア)に統一されたのに由来する)。ただし、本来の『新約聖書』でのギリシア語記述は、上に述べるように「イエースース」であり、「羅:Iesus」(イエスス)が、本来の名前に近い表音表記である。日本ハリストス正教会がもちいる「イイスス」は、この「イエースース」の中世ギリシア語形に端を発している。ただし、これらのギリシア語、ラテン語表記の語尾は主格形であり、目的語として使われる対格などでは異なる語尾に変化する。日本語の慣例表記のイエスは、日本語にない固有名詞の格変化語尾を省き、名詞幹のみとしたものである。 英語表記ではイエスは「ジーザス」となり、『ジーザス・クライスト・スーパースター』などに現れるが、日本語表記としては一般的とはいえない。他に、賛美歌・聖歌などに用いられる表記には「エス(さま)」「イェス(さま)」がある。 キリストとは、ギリシア語「クリストス(Χριστο?)」の日本語表記である。ヘブライ語メシアのギリシア語訳であり、「香油を注がれた者」を意味する(「キリスト」の項参照)。 よって「イエス・キリスト」とは「メシアとしてのイエースース」「香油を注がれ・聖化された者たるイエースース」を意味する。キリスト教における救世主キリスト・イエスを必ずしも意味しない。「香油を注がれた者(メシア)」とは、ユダヤ民族の歴史において、伝統的に、「聖化された王」の称号である。イスラエルとユダの両王国が滅亡してより後、ユダヤ民族はディアスポラの民となり、かつての栄光ある「統一イスラエル」の成立と神権王国の再現を夢見た。このようにして「統一神権王国」を再現する者としての「メシア」への期待が、ユダヤ民族の歴史において、徐々に大きくなって行ったのであり、イエスをメシアと考える者は、「メシア・イエス」と彼を呼び、これをギリシア語に訳して、「イエースース・クリストス」とした。 「メシア」すなわち「キリスト」を「救世主」と訳すのは、キリスト教における慣習であって、本来、このような意味はなかったことに注意せねばならない。「イスラエルを救う聖なる王」という観念は、当時のユダヤ人にはあったが、それは「救世者・救世主」の意味ではないのである。『新約聖書・福音書』を読めば分かる通り、イエスは、民族を越えた、父なる神の愛を説いてはいるが、その帰依者たち、弟子たちは、イエスをイスラエルを救う聖なる王と見做している。イエスの処刑後、弟子たち・信徒たちは、「ナザレの分派」としてユダヤ教の一派に留まり、エルサレムの神殿に通っていたのは、いまだ世界宗教としてのキリスト教は成立していなかったためである。 しかし、やがて原始キリスト教会が成立するのであり、そのときイエースースは、更に、「ソーテール」(希:σωτηρ)の称号で呼ばれることになる。「イエースース・クリストス・ソーテール」(希:Ιησου? Χριστο? Σωτηρ)は、「救世主イエス・キリスト」に相当する。また、「神の子(字義通りには「神の息子」)を意味する「テウー・ヒュイオス」(希:Θεου Υιο?)の称号が加わるが、この名称は、『福音書』において、イエスを指すと共に、救済される人々をも指している。イエスは、人は、父なる神の「子」(希:τεκνον)であり、また「息子」(希:υιο?)であるとも述べている。それ故にこそ、「天の父」人々を「我が子」として愛してくださるのであるとも。 初期クリスチャンにとってイエスは優れて神の子であった。1世紀末頃のヨハネ福音書にはイエスを「子」、すなわちそれ自体神性をもった存在とする見方が登場する。イエスの神性は以後次第に大きな問題となり、325年の第1ニカイア公会議における論争において、イエスが神であるという教理が正統であると宣言される。「神の子(テウー・ヒュイオス、字義通りには「神の息子」)」がキリストの称号として確立するのである。 歴史学等では、歴史上の人間としてのイエスを指す場合、「ナザレのイエス」と呼ぶことがある。これは、『福音書』において、イエスが「ナザレ人」と呼ばれているためである。しかし、史的イエスの実像を探求する場合には、イエスがナザレ人であったという『福音書』の記述もまた、歴史学的に吟味されねばならないのであり、このような場合、単に「イエス」と呼ぶ。 西ヨーロッパの宗教画やキリスト彫像は北方ヨーロッパ系の白人の痩せた男性のイメージで作られるのが一般である。しかし現在ではコーカソイドではあるが中近東から地中海沿岸一帯にかけて分布する、いわゆる地中海人種であったと想定されており、北方ヨーロッパ系の形質の身体であったとは考えにくい。 イスラム教においても、ユダヤ教の預言者とともにイエスを預言者(ナビー)のひとりとして受け入れている。イスラム教では、「マルヤムの子イーサー」(???? ??? ???? ‘?s? ibn Maryam マリアの子イエス)と呼ばれるが、聖『クルアーン』の記述によればアッラーフの奇蹟によってマリアの体内に創造された特殊な出自であるが、他の預言者同様アーダムの子=人間のひとりであって、決して「アッラーフの子キリスト」とは認められていない。聖『クルアーン』はイーサー(イエス)をたびたび記載しており、死者蘇生や誕生直後に口を利いたといった奇蹟の数々が明言されている。一方でアッラーフは人類を含め一切の被造物を超越した存在でありかつ創造主であり、アッラーフ自身が「子を産みもしなければ産まれもしない」ために、イーサーが「アッラーフ」であることも「アッラーフの子」であることも明確に否定している。[1][2][3][4](ただし上で記したように生前のイエスは「神の子」を比喩として用いており、対象も彼自身に限定されるものではなかった。またムハンマドが批判した主流派キリスト教でも、「子」という言葉は霊的なものとされており、生物学的な行為によるものではないとされている。またムハンマドは主流派キリスト教を批判するに当たりマリア崇拝を三位一体と混同していた。[5]さらにイスラム教では、イーサー(イエス)は十字架にかかっておらず(別人が十字架で磔にされたので)、預言者としての使命を果たして生涯を全うしたとされる。[6]しかしながら、イーサーは救世主・メシア(マスィーフ)であることは認められており、最後の審判に先立って出現する反キリストであるダッジャールを討伐するため地上に再臨するとされているため、「アッラーフの救世主イーサー」 ???? ?????? ???? ‘?s? al-Mas?? All?h という尊称も一般的である。また預言者ムハンマドは、昇天の旅であるミウラージュの奇蹟において天使ジブリール(ガブリエル)の導きにより天上でムーサー(モーセ)とイーサー(イエス)の2人の預言者に会っている。イーサーは神の啓示を受けた通常の預言者(ナビー)であるのみならず、使徒(ラスール)としても聖『クルアーン』やハディースなどでは重視して言及されており、イスラム教においてもノア(ヌーフ)、アブラハム(イブラーヒーム)、モーセ(ムーサ)、ムハンマドと共に五大預言者のうちの一人に数えられ、イエスは大変に重要な地位を占めている。 キリスト教、ゾロアスター教、仏教の影響下に成立したマニ教でもイエスはゾロアスター、仏陀にならぶ預言者として高い尊敬を受けている。 イスラーム教シーア派から派生したバハーイー教においては、世界の偉大な宗教を開いた預言者の一人として高い尊敬を受けている。 ^ 聖『クルアーン』第3章59節、『イーサーはアッラーの御許では、丁度アーダムと同じである。かれが泥でかれ(アーダム)を創られ、それに「有れ。」と仰せになるとかれは(人間として)存在した』 ^ 聖『クルアーン』第4章171節、『啓典の民よ、宗教のことに就いて法を越えてはならない。またアッラーフに就いて真実以外を語ってはならない。マルヤムの子マスィーフ・イーサーは、只アッラーフの使徒である。マルヤムに授けられたかれの御言葉であり、かれからの霊である。だからアッラーフとその使徒たちを信じなさい。「三(位)」などと言ってはならない。止めなさい。それがあなたがたのためになる。誠にアッラーフは唯―のアッラーフであられる。かれに讃えあれ。かれに、何で子があろう。天にあり、地にある凡てのものは、アッラーフの有である。管理者としてアッラーフは万全であられる。』 ^ 聖『クルアーン』第43章59節、『かれ(イーサー)は、われが恩恵を施したしもべに過ぎない。そしてかれを、イスラエルの子孫に対する手本とした。』 ^ 聖『クルアーン』第9章30節、『ユダヤ人はウザイルを、アッラーの子であるといい、キリスト教徒はマスィーフを、アッラーの子であるという。これはかれらが口先で言うところで、昔の不信心な者の言葉を真似たものである。かれらにアッラーの崇りあれ。かれらは(真理から)何と迷い去ったことよ。』 ^ 聖『クルアーン』第5章116節『またアッラーフがこのように仰せられた時を思え。「マルヤムの子イーサーよ、あなたは『アッラーフの外に、わたしとわたしの母とを2柱のアッラーフとせよ。』と人びとに告げたか。」かれは申し上げた。「あなたに讃えあれ。わたしに権能のないことを、わたしは言うべきでありません。もしわたしがそれを言ったならば、必ずあなたは知っておられます。あなたは、わたしの心の中を知っておられます。だがわたしはあなたの御心の中は知りません。本当にあなたは凡ての奥義を熟知なされています。』 ^ 聖『クルアーン』第4章156節から159節、『かれらは不信心のため、またマルヤムに対する激しい中傷の言葉のために、「わたしたちはアッラーフの使徒、マルヤムの子マスィーフ(メシア)、イーサーを殺したぞ」という言葉のために(心を封じられた)。だがかれらがかれ(イーサー)を殺したのでもなく、またかれを十字架にかけたのでもない。只かれらにそう見えたまでである。本当にこのことに就いて議論する者は、それに疑問を抱いている。かれらはそれに就いて(確かな)知識はなく、只臆測するだけである。確実にかれを殺したというわけではなく。いや、アッラーはかれを、御側に召されたのである。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。啓典の民の中、かれの死ぬ前にしっかりかれを信じる者は一人もいなかった。審判の日において、かれはかれらにとって(不利な)証人となろう。』 |
[ 27] イエス・キリスト - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88
