巡るとは?
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先日,大学時代の友人と飲む機会があった。今春,然る省庁に技官として入り,いまだ研修中ということだが,既に愚痴が出ていた。事務官と技官のセクショナリズムが強いらしい。「あいつら,プライドばっかり高くて…」というのが友人の言い分で,親交を深めようと飲み会を提案したら,事務官氏に「うちらは,うちらでやるから」と,素気なく断られたらしい。事務官にも理系学部出身者はいるだろうが,こうして文系と理系の溝は深まっていくものなのだろうか。一国民としては困ったものだが,どこにでもありそうな話だ。 思い返せば,私が『日経メカニカル』(『日経ものづくり』の前身の一つ)編集部にいたころ,C記者と一緒に「理系は報われているか」というテーマで取材したことがある。これは,「技術者がいなくなる」(2003年10月号)という記事になったが,読者からの反応が異様に高かった。興味のある方が多いのだろう。世の中お金じゃないとはいえ,国公立大理系卒の平均生涯賃金は同文系より5200万円少ないというデータが,読者の琴線に触れたのかも知れない。(このデータは,大阪大学大学院国際公共政策研究科教授の松繁寿和氏によるもの) そもそも,文系・理系というのは,血液型による性格判断ほどではないにしろ,日本人が俎上に載せることの多い話題という気がする。どちらも確固たる根拠はないのに「○型人間」とか「△系っぽい」などと言っている。文系・理系に関して言えば,自分の身近な人間を「文系だから…」「理系だから…」といった基準で判断することはまずない。しかし,自分とは疎遠な人たち,特に集団となると話は別で,酒の肴に悪口の一つも言っている可能性は否定できない。今は記者の端くれだが,昔は理系学生の端くれだったので,冒頭の友人の愚痴には共感するところもある。「この事務官というヤツらは,きっと極悪人に違いない」というような調子で,愚痴に合わせてウンウンと頷いていた。仕事で飲んでいるわけではないし,「そんな有り様ではとても日本を任せることができない」などと正論吐くのも野暮というものだ。官僚の監視は別の人に任せたい。 ところで,血液型論争と文系・理系論争には大きく異なる点がある。前者はその場にいる者の血液型に関わらず話題になるが,後者はどちらか一方だけが寄り集まった場でしか話題にならない。これは「落としどころ」の違いと,私は思っている。血液型の場合,どのように話が膨らんだところで,最後はB型をボロクソに貶めて終わりという暗黙の了解がある,という気がする。B型の一人として納得いかない点も多いが,最近ではこのような展開をどこかで待っているところもあり,個人的には良しとしたい*1。一方,文系・理系論争には,このような落としどころがない。私は理系のことしか分からないが,酒の席で文系・理系の話題になると,大抵は文系をなじって終わり。そもそも論争ではない。その点では,このコラムは「タイトルに偽りあり」かもしれない*2。 「文系と理系がお互いの長所を認め,補完し合う」というのが,美しい姿だ。実際,昼間はみな文系も理系もなく協力して仕事を進めている。そうしなければ仕事にならない。にもかかわらず,片方だけが寄り集まると愚痴が出るのはなぜなのか。もう少しヒアリングを続け,掘り下げてみようと思う。それから文系の方には,文系同士が集まって理系の愚痴を言うことがあるのか,是非教えて頂きたい。 *1 科学的な論拠がない以上,血液型で性格を判断するような真似は一切やめるべきという意見もある。ただ,こうした話題を一切禁じてしまう社会はどことなく窮屈にも感じられる。こうした話題をうまく「潤滑剤」として使えるかどうかが,社会なりコミュニティなりの成熟度を示していると,個人的には思う。まぁ,それでも嫌な人は嫌だろう。ちなみに当編集部はB型がやたらと多い。 *2 見ず知らずの他人と気軽に議論できるネットは,文系・理系論争が起こりやすい。その多くは徹底的に互いの欠点をあげつらうという,不毛なものになっている気がする。 H編集委員執筆のコラムに「当欄は記事なのか私見なのかはっきりさせるべき」というコメントがありました。これにお答えしますと,当欄は「ブログ」と銘打っており,執筆者の私見を掲載するものです。Tech-On!の一般記事とは別物とお考え下さい。 私は大学の工学部を出て,メーカーで技術者として勤務しましたが,理系出身でも非合理的な考え方をする人を大勢,見てきました。物事をよく調べもせずに,思い込みと感情で判断したがる人が,理系出身者にも多いということです。反対に,文系出身でも物事を冷静に捉え,合理的な判断をできる人は沢山います。 御誌の近岡記者が綿密に取材されたために明らかになったことですが,一連の職務発明対価訴訟に関して一般に流布されている情報には,かなり間違いが多い。しかし,それらの情報を多くの理科系の人間が,よく調べもせずに信じ込んだのです。 重要なのは,その人が文系出身だとか理系出身だとかいうことではありません。その人に,実社会で働いて収入を得るために,必要十分な知識技能があるかどうか,また,そのような知識技能を(文系的なものであろうと理系的なものであろうと)習得しようとする姿勢があるかどうか,ということではないでしょうか。(2005/06/05) ■私は理系育ち(今は引退)ですが,理系・文系の線引きは,自分たちの仲間意識,別な表現をするなら,自分たちの得意・不得意分野を正当化しようという都合のいい分け方だと思っています。 人それぞれ,得手・不得手はあるにしても,本当に自分の世界を広め,人間的に成長しようと意識するなら,理系の人は文系の分野を,文系の人は理系の分野を,専門的とまでは行かないまでも,努力して理解しようとするはずです。また,例えば,学校におけるパソコンの教育は,単なる操作教育ではないので,理数系の教師だけに委ねるべきではなく,物事の考え方・倫理観・自国語を正しく教育できる人(どちらかというと文系の仕事)にさせるべきだと思います。しかし,文部科学省のいわゆる文系役人にはその認識がなく,「パソコン=理系のこと」と短絡してしまうところにも,それが表れています。(61才 男性)(2005/06/03) しかし,飲み会を断られたから「あいつら,プライド…」云々と言ってるようじゃ,傍から聞いていると,「どちらも同じじゃないのか?」と感じる。だいたい,研修期間中に飲み会は遠慮した方がええんとちがうか? 研修が終わった時点で提案すりゃ良いと思うぞ。遊んでばかりで仕事に集中していない人の話が発展した話題にも取れてしまう。まあ,面白いけど。(2005/06/02) 文系・理系は,「立場が変われば,判断の優先順位(?)も変わってくる」という一面もあるかと。血液型は,個性による判断,優先順位の違い,とも言えそう。違うものを吸収できることが,組織の習熟度を示し,発展性や強さを意味するようです。 しかし,「違い」は時として心地よく,時としてムカつく。「同じとこ」も共感したり「ウゲッ」と思ったり,様々ですね。(2005/06/02) 投稿者は理系だが,面白いことに,理系の中でも文系寄り・理系寄りがあって,お互いにけなし合っているところが,同じだと思った。逆に,文系の中にも理系寄りの人が稀にいることがあって,話が合うこともある。この辺は,血液型の論争につながるのかもしれない。(2005/06/01) ■最近は,理系と文系のハザマの学部もあり(小生も然り),理系・文系どちらからもなじられるという立場にあります。そういう意味では「落とし所」の分野といえます。(2005/06/01) Annex会員の方はAnnexにログインしていただくと,クリッピングした記事をここに表示します。(ログイン/Annexへの新規登録 | Annexとは?)'; 設計形状を正確に表現する手段として使われる「幾何公差」。その幾何公差の書き方や幾何公差を活用する実用上の意義,幾何公差の検証方法などについて解説します。 基礎編では,梁の問題を中心に材料力学の基本を学ぶ。例えば,梁のたわみでは微分方程式と「面積モーメント法」による解法を併せて紹介したり,図心ではイラストで説明したりと,読者の理解が深まるよう丁寧に解説した。 応用編では,材料力学を「武器」とする上では避けて通れない応力やひずみの座標変換などを取り挙げながら,弾性学や塑性力学,有限要素法といった材料力学の次のステップへの「布石」となることを狙った。 実践編では,実際の機械の設計現場で遭遇する問題に対し,解決能力を養う。例えば厚肉円筒の問題では,著者が実際に企業から相談を受けた内容を基に,例題や演習問題を構成するなど,現場ですぐに役立つ内容を豊富に盛り込んだ。 各種システムの障害は,ソフトウエアの不具合によるもののほか,システムを構成する電子機器,もっと言えば,電子機器に搭載されているさまざまなデバイスの故障・劣化によることが少なくない。 今回はイノベーションについて考えてみたいと思います。製造業はグローバルに競争が激化しています。そんな中で競争力を高めるためには,イノベーションが必要不可欠となってくるわけです。 日なたもあれば,日陰もある。多くの技術者は日陰者のようである。もっと日なたに出てもらいたい。私自身も技術者が表に出てくる活動に汗をかいている。今回は,その一端を紹介しよう。 東京大学ものづくり経営研究センターが主催している「ものづくり寄席」を覗いてきた。先生方が祭りのはっぴを着て,経営学を落語風に語る,という趣向である。… 妻が、バスタオルが欲しいので探せという。そういうの得意でしょ、と。今使っているものがどれも随分くたびれてきたので、一気に入れ替えたいらしい。 BPnetTRENDYnetビジネスパソコンITテクノロジー医療建設・不動産安全・安心経営とIT動画転職 |
[ 58] 血液型と文系・理系を巡る論争 - 日経ものづくり - Tech-On!
[引用サイト] http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL_LEAF/20050601/105350/
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Adobe Systemsのウェブサイトより、Acrobatで作成されたPDFファイルを読むためのAcrobat Readerを無料でダウンロードすることができます。左記ボタンをクリックして、Adobe Systemsのウェブサイトからご使用のコンピュー 在京コンゴー民主共和国臨時代理大使の接受等について、国会では、外交官等身分証明票(以下「IDカード」という。)の発給や取り消しを巡る問題などが議論された。 これらを巡る議論においては、外交官へのIDカード発給の遅延等を巡る意思決定過程における問題が指摘され、個別の事案に関する意思決定(或いは意思決定の保留)に外部の第三者が関与したのではないか、鈴木宗男衆議院議員(日・コンゴー民主共和国友好議員連盟会長)からの圧力があったのではないか、という諸点を明確にすることが求められている。 川口順子外務大臣は2月26日の衆議院予算委員会において、民主党の原口一博衆議院議員からの質問に関連し、一連の問題を調査し、総理から指示を受けた他の問題に関する調査と併せ報告する旨述べた。また、川口外務大臣は2月27日の衆議院外務委員会においても民主党の中川正春衆議院議員からの質問に関連し、改めて誠実に調査し、報告する旨述べた。 以上を踏まえ、川口外務大臣の指示の下、ングウェイ・ンダンボ氏を巡る問題、ンブイ・ムキシ氏を巡る問題、ンガンバニ・ミゼレ氏を巡る問題、ムウェテ・ムルアカ氏を巡る問題、「通商代表機関」を巡る問題、在京コンゴー民主共和国大使館関係者に対し発給されたIDカードの未回収問題に関し、調査を行うこととしたものである。 今次調査においては、前記の在京コンゴー民主共和国大使館を巡る諸問題に関し、それら諸問題への対応に関する意思決定過程において、当省に対し外部からの圧力・関与があったか否か、当省はどのように対応したのかを中心に調査した。 本件問題の関係文書を改めて精査するとともに、当該期間における中東アフリカ局、儀典官室の幹部及び担当者、在キンシャサ日本国大使館関係者、計29名から聞き取り調査を行った。 (注)本報告書中の「口上書(キンシャサ)」は、コンゴー民主共和国外務・国際協力省発在キンシャサ日本国大使館宛の口上書を、「口上書(東京)」は、在京コンゴー民主共和国大使館発外務省宛の口上書を意味する。 ングウェイ氏は2000年3月31日付口上書(キンシャサ)により在京コンゴー民主共和国大使館二等参事官に任命された旨が通知され、その後、5月29日付口上書(キンシャサ)によりンガンバニ・ミゼレ氏(以下「ンガンバニ氏」という。)の後任として臨時代理大使に任命された旨が通知された。 (a)在京コンゴー民主共和国大使館は、2000年6月7日付口上書(東京)により儀典官室に対し、ングウェイ氏へのIDカードの発給を申請した。我が国においては、通常、在京各国外交官に対するIDカードは申請を受理した後約1週間程度で発給される。ングウェイ氏の場合は着任後の6月7日付口上書により申請が行われたが、その後、特段の説明はないものの「明白かつ深刻な理由」により申請を取り消す旨の口上書が同月13日付(東京)で発出された。その後、6月末頃、ムルアカ氏はアフリカ第一課長を訪れ、ングウェイ氏の接受の件及びンガンバニ臨時代理大使の解任の件は全て白紙になった旨述べた。 (b)2000年7月20日、イエロディア・コンゴー民主共和国外相は在コンゴー民主共和国日本大使を招致し、ングウェイ氏の臨時代理大使任命とンガンバニ氏の職務停止を通報する2000年7月18日付口上書(キンシャサ)を手交した。 (c)ングウェイ氏は、2000年8月8日付口上書(東京)により、IDカードの再申請を行ったが、書類不備を理由として受理されなかった。同口上書を書類不備とした事情につき当時の儀典官室担当者からの聴取を含め調査したところ、以下の事情が判明した。ングウェイ氏は8月8日付口上書(7月18日以降はングウェイ氏に大使館の指揮が委ねられているとの内容)を持参し、当省に口頭にてIDカードの発給を申請した。その際、儀典官室担当者は、8月8日付口上書は従来の口上書とは公印が異なり、また、IDカード発給を申請するとの内容を含んでいないという不備があることから、改めて適切な口上書によりIDカードの発給を申請するよう説明し、ングウェイ氏はこれを了承した。 (d)8月10日、ンガンバニ氏とングウェイ氏との間で激しい口論が発生し、原宿警察署の出動が要請されるという異常な事態が生じた。翌11日にはムウェテ・ムルアカ氏(鈴木宗男衆議院議員の私設秘書。以下「ムルアカ氏」という。)及びングウェイ氏それぞれが別個にアフリカ第一課長を訪れた。ムルアカ氏は、本件人事が大統領府も含めた本国政府の統一した決定であれば右を尊重すべきであると考えているが、イエロディア外相は大統領府の了承を得ずして大使人事を行っているとの話もある旨説明した。また、ングウェイ氏は、自分は本国外相より正式に在京臨時代理大使として任命を受けているが、ンガンバニ氏は大使館の運営権を自分に譲ることに同意していない旨説明した。 (e)8月14日、駐コンゴー民主共和国日本大使は、訓令に基づきイルンガ・ア・ワン大統領府外交顧問に面談し、在京コンゴー民主共和国大使館より外務省に対して口上書で臨時代理大使任命を通報してほしい旨申し入れたところ、同顧問は、大統領府は外務・国際協力省の決定を尊重しており、ングウェイ氏が新たな臨時代理大使である旨述べた。 (f)8月中旬、中近東アフリカ局参事官は、別件にて鈴木議員と同席した際、同議員より、今回在京コンゴー民主共和国の臨時代理大使が代わるという話を聞いたが、新しい臨時代理大使は日本に在住しているコンゴー民主共和国の民間人で、外交官としての経験も全くない若者であると聞いている、このような者が臨時代理大使として適当とは思わない、ンガンバニ氏でいいのではないのか、との発言があった。これに対し、同参事官より、臨時代理大使については、その候補者が犯罪者であるなど明らかに不適格な者でない限り、相手国の決定を尊重せざるを得ない旨説明したところ、同議員は、ングウェイ氏の資質に疑問を呈し、慎重に対応する必要がある旨述べた。 (g)8月18日、ングウェイ氏はIDカードの発給を申請する8月18日付口上書(東京)を持参し、受理された。同日ムルアカ氏は、アフリカ第一課を訪れ、その直前にングウェイ氏と面会した同課の担当者に対して、ングウェイ氏と面会したことにつき課全体に聞こえる声で激しく非難し、そのような面会は日本国政府がングウェイ氏の立場を認めることにつながりかねないため極めて好ましくなく、今後は会うべきでない旨述べた。ムルアカ氏は、引き続き中近東アフリカ局参事官を訪れ、ングウェイ氏の臨時代理大使任命は大統領府の了解を得ておらず、ンガンバニ氏が引き続き臨時代理大使として勤務すべく政府部内で調整中であると述べた。これに対し、同参事官は、ムルアカ氏が鈴木議員の秘書であり、また、自分の旧ザイール勤務経験及び最近のコンゴー民主共和国情勢に鑑み、外務・国際協力省と大統領府の意向が分かれているということは十分あり得ると考えたことから、駐コンゴー民主共和国日本大使に対して、改めて大統領府の意向を確認するよう電話で指示した。8月23日、駐コンゴー民主共和国日本大使が、モヴァ大統領府大使に照会したところ、モヴァ大使は、ムルアカ氏から連絡はあったが、大統領府及び外務・国際協力省の正式な立場は、8月14日にイルンガ大統領府外交顧問が述べたとおり、ングウェイ氏を臨時代理大使とすることであり、同氏が外交的ステータスを与えられていないのは遺憾である旨述べた。 (h)9月1日、コンゴー民主共和国において内閣改造が行われた。その直後、ムルアカ氏より中近東アフリカ局審議官に電話があり、内閣改造の結果、コンゴー民主共和国の在外公館の体制に直接の責任を持つ外務副大臣が交代しており、本件在京大使館臨時代理大使を巡る問題についても方針の変更が行われる可能性があるため、ングウェイ氏へのIDカードの発給を暫く猶予して欲しい旨依頼があった。 (i)9月5日、ンガンバニ氏及びムルアカ氏は、鈴木議員の政治的介入を求める旨のンガンバニ氏発同議員宛の陳情書の写しを持参の上、中近東アフリカ局審議官を訪れた。同審議官は、今般の内閣改造に伴い本件を巡る対応にも相違がありうることは理解できるので、今回を最後の猶予期間とする、9月末までに大統領府からンガンバニ氏を引き続き臨時代理大使として在勤せしめる旨の明確な返事がない限り、ングウェイ氏に対しIDカードを発給する旨述べ、ムルアカ氏もこれを了承した。同審議官は、ンガンバニ氏及びムルアカ氏に納得してもらった上で本件問題を解決することが、鈴木議員との関係においても望ましいと考えたため、本件提案を行ったものである。 (j)コンゴー民主共和国政府は、9月5日付口上書(キンシャサ)により、コンゴー民主共和国に駐在する外交団全体に対し、最近任命された外交官の人事異動を凍結する旨通報した。コンゴー民主共和国側のこのような混乱した対応に鑑み、中近東アフリカ局幹部は、再度コンゴー民主共和国政府の真意を確認する必要があると判断し、この人事異動凍結の対象にングウェイ氏の臨時代理大使任命も含まれるか否かの確認を行うまで、同氏に対するIDカードの発給は引き続き保留することとした。9月12日に中近東アフリカ局審議官はモヴァ前大統領府大使(その時点では運輸大臣)に東京より電話をかけ、先方政府の真意を照会した。これに対し、モヴァ前大使は、人事異動凍結の対象にングウェイ氏の臨時代理大使任命が含まれるか否かについてはコンゴー民主共和国政府としても鋭意検討中であり、ここ一週間の間に回答するので今暫くお待ちいただきたい旨述べた。また、この間、アフリカ第一課長に対し、政治団体等から、ングウェイ氏に対するIDカードの発給が何故行われないのかとの照会が度々行われた。また、ムルアカ氏より複数の中近東アフリカ局幹部及び担当者に対して、ングウェイ氏の交友関係に問題があるとして、同氏の臨時代理大使としての資質について非難が行われた。これに対し、中近東アフリカ局幹部がこのような非難が当を得たものであるか否かの確認に努めたが、確認するには到らなかった。 (a)コンゴー民主共和国政府は、10月5日付口上書(キンシャサ)により、臨時代理大使として在京コンゴー民主共和国大使館の運営責務を負うングウェイ氏の地位を正式なものとするよう要請した。同日、イルング・アワン外務副大臣は駐コンゴー民主共和国日本大使を招致し、上記口上書を手交の上、ングウェイ氏に対し未だにIDカードが発給されていないのは遺憾である旨、またンガンバニ氏は召還命令を拒否しているが、外交官としての身分は剥奪された旨述べた。 10月6日、イエロディア外相は駐コンゴー民主共和国日本大使を招致し、同月中旬に訪日したいとの希望を表明するとともに、在京大使館の体制問題についても訪日の際に説明したい旨述べた。中近東アフリカ局及び儀典官室は、同外相訪日の機会にンガンバニ氏の問題も解決することができれば、ングウェイ氏が臨時代理大使として機能することとなろうとの期待もあって、ングウェイ氏に対してIDカードを発給するとの対処ぶりを内々固めた。 (b)10月11日、アフリカ第一課長が、中近東アフリカ局長の指示により、8月中旬にングウェイ氏の資質につき発言(上記3.(1)(ロ)(f))していた鈴木議員を訪れ、ングウェイ氏に対してIDカードを発給するとの方針につき説明した。その際、同議員より、右翼団体や野党議員、マスコミに働きかけて同議員の誹謗、中傷を行うような人物(ングウェイ氏)を臨時代理大使として受け入れることは適当ではないのではないかとの強い反応があった。これを受け、中近東アフリカ局においては、局長とアフリカ第一課長が相談した結果、ングウェイ氏がこうした形で動き回っていることは確かに臨時代理大使としての資質を大いに疑わせるものであり、仮に同人を臨時代理大使として遇することとしてもまともな外交活動が出来るかどうか疑問であり、本件臨時代理大使を巡る先方政府の検討を白紙に戻してもらうよう、先方ハイレベルとざっくばらんに意見交換することが適当との結論に達した。このため、海外出張中の中近東アフリカ局審議官は、上記方針に基づく中近東アフリカ局長の指示によりキンシャサに赴いた。 (c)10月25日、中近東アフリカ局審議官は、コンゴー民主共和国において、イルング・アワン外務副大臣と会談し、中近東アフリカ局長からの指示に基づき申し入れを行った。同審議官は、臨時代理大使問題に関し、ングウェイ氏については、日本国内で好ましからざる人物との関係が取り沙汰されており、また、自分を臨時代理大使として認めさせるために不適切な行動を取っている模様である旨指摘した上で、我が国として、このような人物を臨時代理大使として受け入れることに躊躇を感じている旨述べた。更に、同審議官は、二国間の友好関係の観点から、我々として新臨時代理大使を「受け入れられない」と公に申し上げることはしたくないので、本件を適切に解決する方法を探る必要があり、例えば、在外公館体制の改革策といった理由でングウェイ氏の臨時代理大使任命を再検討するのであれば一つの案である旨述べた。これに対し、イルング・アワン外務副大臣は、ンガンバニ氏の問題に触れた後、ングウェイ氏は、長年日本に滞在している者であるが、外交官としての経験もなく、コンゴー民主共和国側としても元々臨時代理大使としての役割は期待していないが、書記官として臨時代理大使の補助的業務をさせることを考えて外交官のステータスを与えた次第である旨述べつつ、日本政府と接触できるのは同人しかいないので、同人を臨時代理大使として認めてもらえるよう日本側に要請したところである旨述べた。 (d)11月8日、中近東アフリカ局審議官は、鈴木議員を訪れ、上記出張の際のコンゴー民主共和国政府とのやりとりを説明した。その際、同議員は、ングウェイ氏の言動を強く非難した。また、11月21日、ムルアカ氏はアフリカ第一課担当者に対し、ングウェイ氏は外交官としては不適切な行動をとっている旨述べている。 (e)12月1日、駐コンゴー民主共和国日本大使は、訓令に基づきイルンガ・アワン外務副大臣を訪ね、事態の早期収拾を要請した。その後、コンゴー民主共和国政府は、12月18日付口上書(キンシャサ)により、ンガンバニ氏は5月29日付で臨時代理大使としての活動を終了したことを再度通知し、また、ングウェイ氏の臨時代理大使としての活動も終了したことを決定した旨通知した。 なお、12月18日付口上書には公印がなく、信頼性に欠けるとの指摘があったので調べたところ、口上書には浮き彫りの公印があることを確認した。 (f)2001年1月4日、ングウェイ氏発河野洋平外務大臣宛2000年12月28日付内容証明郵便が外務省に届いた。その内容は、同氏に対するIDカード発給に関して善処を求めるものであった。その時点では、2000年12月18日付口上書でングウェイ氏の臨時代理大使としての活動が終了したことが明らかになっていたため、2001年1月中旬、アフリカ第一課首席事務官は、ングウェイ氏の代理人である弁護士に電話連絡し、本件を巡る事情につき説明した。 コンゴー民主共和国側より希望が表明された2000年10月のイエロディア外相の訪日が、日本側に妨害されたため見送られたのではないかとの指摘については、そのような妨害を行っていた事実はなく、その点は、2000年10月6日に在キンシャサ日本国大使館が同外相の訪日のための査証を発給していること、及び、その後も両政府間で日程調整を行っていたことからも明らかである。 なお、訪日準備の過程において、ベルギー王国政府からイエロディア外相に対し国際逮捕状(戦争犯罪及び人道に対する罪の容疑)が発出されていることが判明し、コンゴー民主共和国側から、同外相が日本滞在中に逮捕されないことの保証を求めてきた。このような状況に鑑み、10月17日、駐コンゴー民主共和国日本大使より、訓令に基づき、イルンガ・アワン外務副大臣に対して、本件訪日はショート・ノーティスであり、司法上の問題もあり、現時点では受け入れ困難である旨述べた。その後同外相の訪日は、先方からの明示的な回答はないまま、見送られた。 通常であれば、前任者たる外交官は、後任者が着任次第速やかに離任するにも拘わらず、本件においては前任者が離任することなく、後任者と相争ってそれぞれ自らが臨時代理大使であると主張するという異常な状態が生じていた。 外交関係に関するウィーン条約上、臨時代理大使の任命には、接受国の同意は求められておらず、派遣国からの通告があった以上、IDカードを発給すべきものと考えられるが、本件IDカードの発給を遅延させた原因としては、次の2点があったと思われる。 前記のような事態を解決するには、異例ではあるものの、敢えて本国政府の意向を確 認する必要があるとの認識があったこと、 しかし、その過程において、中近東アフリカ局関係者が鈴木議員の秘書であるムルアカ氏の発言に影響を受けたことは否定できず、また、鈴木議員の発言を受け、同議員に対する配慮を加えて方針を決定したことは問題である。 ムキシ氏は、2000年12月27日付口上書(キンシャサ)により、臨時代理大使としての任命が通知され、2001年2月5日に着任した。 ムキシ氏は、2001年9月12日付口上書(キンシャサ)により、最終的に本国への召還が通知されたが、その召還の背景につきムキシ氏等から疑問が呈されている。 (a)ムキシ氏のIDカードは、2001年2月9日付口上書(東京)により申請され、2月21日に発給された。その後、ムキシ氏とンガンバニ氏との間で大使館の鍵の受け渡し等を巡り対立が顕在化し、3月2日、ムキシ氏は中東アフリカ局審議官を訪問し、大使館の鍵の問題を日本政府の責任で解決するよう要請した。これに対し、同審議官より、本件は基本的にコンゴー民主共和国政府部内の問題であり日本政府が関与すべきことではないが、鍵の引き渡し問題を憂慮していることを伝え、ンガンバニ氏、ンガンバニ氏の代理としてのムルアカ氏、ムキシ氏、同審議官による四者間の話し合いの機会を持つことを提案した。3月8日、ムキシ氏は同審議官を訪れて、本国政府よりムルアカ氏との交渉を禁じられているとして同提案を拒否した。この会談の最中に、鈴木議員から同審議官に一回電話があり、内容は本件と別件の照会事項であった。電話が終わった後、同審議官はムキシ氏に対し、電話の相手は、日・コンゴー民主共和国友好議員連盟会長の鈴木議員であったことは述べたものの、それ以上の言及は行わなかった。このような提案をした動機について、同審議官は、当時ンガンバニ氏を説得できるのはムルアカ氏しかなく、大使館の鍵の引き渡しを平穏裡に実現させるにはムルアカ氏も参加する話合いが不可欠との判断からこのような提案をしたとしている。また、「通商代表機関」に協力せよとの発言は行っていないとしている。 (b)3月10日、ムキシ氏は、数名のアフリカ人及び鍵業者と共に大使館の鍵を実力で取り替えた。その際、鍵の取り替えを阻止しようとしたンガンバニ氏との間でトラブルが発生し、ンガンバニ氏は原宿警察署に保護された。その後、ムキシ氏とンガンバニ氏の対立は以下のように激化した。 3月10日夜、ンガンバニ氏は、ムルアカ氏他とアフリカ第一課首席事務官を訪問し、上記のムキシ氏とのトラブルを報告した。 4月5日、ムキシ氏は、儀典長を訪問し、本国政府がンガンバニ氏の航空券の支給、遅配給与二ヶ月分及び航空便輸送料の支払いを行うことを決定し、ンガンバニ氏が帰国できることとなったので、同氏の外交特権を無効とするよう要請した。 4月26日、ムキシ氏は、ンガンバニ氏に書簡を送付し、同書簡の中で、ンガンバニ氏に対し期限を付して公邸明け渡しを要請し、要請に応じない場合の実力行使をほのめかした。ンガンバニ氏はこの書簡を中東アフリカ局審議官に転送し、その中で、自衛のために武器を使用することもある旨のメモ書きを付した。 4月27日、ムキシ氏は、儀典官室担当者を訪問し、儀典官室が返納を要請していたンガンバニ氏の私用車の外交官用車両ナンバー・プレートを返納した。同日ンガンバニ氏は中東アフリカ局審議官宛書簡をもって、26日の深夜に正体不明のアフリカ人により同氏の外交官用車両ナンバー・プレートが盗難された旨通報してきた。 (c)このような事態を受け、5月22日、駐コンゴー民主共和国日本大使は、訓令に基づきビシャワ外務副大臣と会談し、ムキシ氏が公邸明け渡しのために実力を行使することを差し控えるよう要請した。また、同大使は、公邸明け渡し問題の解決のため、コンゴー民主共和国政府高官の訪日が望ましい旨述べた。5月25日、シェ・オキトゥンドゥ外相は同大使に対し、本問題解決のため訪日する意向である旨述べた。 (d)5月31日、アフリカ第一課長は、ムキシ氏を招致し、コンゴー民主共和国からの政府高官の訪日は有意義である旨述べたところ、同氏は、カビラ大統領はA国会議員の正式招待を既に決定しており、コンゴー民主共和国政府としては、大統領と同議員の会談を両国間の初のハイレベル会合としたいと考えているので、政府高官の訪日はその考え方と相容れないものである旨述べた。 (e)6月15日、カビラ大統領は、駐コンゴー民主共和国日本大使を招致し、シェ・オキトゥンドゥ外相の訪日延期を伝えるとともに、臨時代理大使問題に触れ、シェ・オキトゥンドゥ外相から話を聞いた結果、現在日本にいる新旧両方の臨時代理大使を本国に召還することを決定した旨述べた。 (f)6月後半に訪日したンココ外務・国際協力省アジア局長は、6月19日及び22日、アフリカ第一課長と会談し、ンガンバニ氏の離任問題に触れた際、ムキシ氏、ンガンバニ氏の双方の召還が決定された旨述べた。カビラ大統領による両者の召還の決定にムルアカ氏の関与があるのではないかとの指摘もあるが、今回の調査においては、これを裏付けるものはなかった。 (g)7月19日、訪日中のトゥマワキュ鉱山大臣はアフリカ審議官と会談し、両国間の経済関係や天然資源の開発問題について意見交換した。7月23日、ムルアカ氏は、アフリカ第一課担当者に対し、ムキシ氏は自己の召還の取り消しを画策するためにトゥマワキュ鉱山大臣を訪日させたものであると述べ、日本国政府が同大臣に対し査証を発給したことを非難した。 「コンゴー通商代表機関」は、日本人によって設立された民間団体であり、ンガンバニ氏やムルアカ氏に協力を依頼して希少金属などを不法に輸入することを目的としている。この団体は、大使館とは無関係である。 (i)7月25日、アフリカ審議官は、21日に鈴木議員から電話によりトゥマワキュ鉱山大臣訪日の経緯につき説明を求められたことに答えるため、同議員を訪問した。その際、同議員は、同アフリカ審議官に対して、ムキシ氏は勝手に査証を発給したり、記者会見を行ったりしており、素行が悪いと述べた。また、8月10日、同議員は別件で訪れたアフリカ第一課長に対して、ムキシ氏は帰国することになっているのに、なぜまだ帰国してないのかと強い口調で質した。 (j)8月27日から29日、A国会議員及びB国会議員は、コンゴー民主共和国を訪問し、カビラ大統領、シェ・オキトゥンドゥ外相を始めとする閣僚及び国連関係者等と会談し、同国における和平プロセス及び経済情勢等についての意見交換を行った(駐コンゴー民主共和国日本大使、アフリカ第一課長、在キンシャサ日本国大使館館員同席)。その際、大統領及び外相との会談時には、在京大使館問題についても話題となり、大統領は、両議員に対し、本問題については既に対処しており、外相にも指示を出した旨述べた。シェ・オキトゥンドゥ外相は、両議員に対し、ンガンバニ氏とムキシ氏両者とも召還し、新たな人物を派遣することとなっている旨述べた。 なお、ムキシ氏は、両議員のコンゴー民主共和国訪問にあわせ、本国に帰国していた。コンゴー民主共和国政府関係者は、アフリカ第一課長に対し、ムキシ氏の今後について、同氏はこのまま日本に戻ることなく、コンゴー民主共和国に留まったまま召還命令を受けることになるのではないか、との見通しを述べた。 (k)コンゴー民主共和国政府は、9月12日付口上書(キンシャサ)により、ムキシ氏は他の職務につくため最終的に本国に召還された旨通報した。 駐コンゴー民主共和国日本大使は、ムキシ氏が公邸引き渡しを実力をもって実現する姿勢を見せたことについて、中東アフリカ局幹部の指示に基づき日本側の懸念をコンゴー民主共和国政府に伝えたことはあるが、同氏の召還要請を行ったことは全くなかった。したがって、6月15日のカビラ大統領によるンガンバニ、ムキシ両氏の召還の決定は、中東アフリカ局関係者にとり予想外のことであった。 (ニ)なお、ムキシ氏は1月下旬から日本に滞在中であるが、同氏の日本訪問に際して、在キンシャサ日本国大使館は、コンゴー民主共和国政府より以下の内容の2通の口上書を受領している。 ンブイ・ムキシ前在京臨時代理大使が、家財道具を引き取り、最終的に本国に帰国するためにのみ、一ヶ月間東京に戻ることを許可されることを通報する。外務・国際協力省は、同氏は、もはや以前の職務を果たすことができないことを明確にする。 ンブイ・ムキシ前在京臨時代理大使に与えられた許可の性質は、日本において再び外交活動に従事することを可能にするものではないことにつき、特別の注意を促す。外務・国際協力省は、家財道具引き取りのために同氏に認められた30日を超えた場合、同氏は外交官としての全ての資格を喪失し、もはや同氏に帰属する特権・免除を主張することはできないことを明らかにする。 その一方で、2月26日、在京コンゴー民主共和国大使館は、以下の内容をアフリカ第一課に文書(口上書の形式)により通知した。この文書に押されている公印に付せられたイニシャルは、ムキシ氏のものであると思われる。 外務省は、ウィーン条約により確立された外交慣例に従い、外交官の着任あるいは召還に関しては、これらの動きが在京コンゴー民主共和国大使館から発出された口上書により公式に通知された場合にしか、外務省は行動できないことに留意し、考慮に入れるよう要請される。 したがって、在キンシャサ日本国大使館からの通知のみにより、外務省のいくつかの部局が、任命されたものの未だ東京に着任しておらず、おそらく決して着任しないであろう外交官の名前を、公式な書簡及び文書の中で使用し、公表し始めることは、正しくない。 任務の終期にはあるものの、後任の到着を待っており、このために東京から立ち去っていない外交官を、外務省が公式な文書から除外したこともまた納得できない。 いずれにせよ、外務省は、外交官の東京への着任あるいはキンシャサへの召還に関する何らかの行動をとるには、在京大使館からの口上書を待つべきである。 在京コンゴー民主共和国大使館は閉館されておらず、また、ンブイ・ムキシ氏が現時点において同大使館に存在する唯一の外交官であるため、ムキシ氏は外交官のいない大使館を放棄することはできず、したがって、コンゴー民主共和国より彼の後任として新たな外交官が着任し、通常の引継を終える日まで、ムキシ氏が勤務し続ける。 外務省儀典担当部局は、彼らが根拠とする口上書が、現下の状況に従えば解体されるべき特定の集団の秘められた利益のために加えられた不誠実な圧力の結果であることを、はっきりと知っている。 このように、相反する内容の口上書が発出されたことから、2月28日、訓令に基づき、駐コンゴー民主共和国日本大使がビシャルワ外務副大臣に対しコンゴー民主共和国政府の真意を確認したところ、ビシャルワ副大臣は以下のとおり述べた。 そもそも、ムキシ氏は在京臨時代理大使の任務を終了し、一ヶ月の期間に限って帰国のための家財道具引き取りを目的として日本に滞在しているが、これも自分は許可しなかった。 キンシャサにおいて口上書にて通報したとおり、ムキシ氏には臨時代理大使としてはもとより外交官としての活動を認めたものではないことを再確認したい。 同人が日本でどのような言動に及ぼうとも本国政府と全く関係のない個人的なものであり、東京で発出された口上書は何らコンゴー民主共和国と関係のない無効なものである。 ンガンバニ氏は、1991年4月に旧ザイール政権下で日本に着任し、同年9月に臨時代理大使となった。同氏は、1997年5月に新政権が成立した後も臨時代理大使として在留し、2000年5月29日付口上書(キンシャサ)により解任が通知された後も、現在に至るまで公邸に居住している。 (a)ンガンバニ氏とングウェイ氏の対立は、2000年12月18日付口上書(キンシャサ)により、ングウェイ氏の臨時代理大使としての活動を終了する旨通報されたこと、また、ンガンバニ氏の臨時代理大使としての活動の終了を通報した2000年5月29日付口上書(キンシャサ)が再確認されたことをもって決着した。しかし、それ以降もンガンバニ氏は公邸に居住し続け、IDカードを所持し、特権・免除の享有を継続していた。その結果、新しく着任したムキシ氏は、公邸に入ることができず、ンガンバニ氏とムキシ氏との確執が顕在化した。 (b)外務省は、2001年2月21日付在京コンゴー民主共和国大使館宛口上書により、ンガンバニ氏のIDカードの早期返却を要請していたものの、当時の中近東アフリカ局及び儀典官室の関係者には、ンガンバニ氏のIDカードを早期に回収しなければならないという強い意識はなかった模様である。アフリカ第一課長は、ムキシ氏が公邸からンガンバニ氏を実力で排除することをほのめかしていたこともあり、流血の事態にまで発展しうる問題であると考え、穏便な解決策を模索していた。 (c)8月20日付口上書(キンシャサ)により、ンガンバニ氏の航空券は東京で用意されているので、同口上書接到後15日間で同氏の外交官としての地位を終了させると通報があったところ、ンガンバニ氏の航空券の東京での入手方法が不明であったため、駐コンゴー民主共和国日本大使よりンココ・コンゴー民主共和国外務・国際協力省アジア局長に照会したところ、航空券についてはムキシ氏からンガンバニ氏に渡るようになっていたが、現在同航空券の所在は不明である、当地にいるムキシ氏に連絡を取り、ンガンバニ氏が同航空券を入手できるようにしたい旨の説明があった。駐コンゴー民主共和国日本大使より、ンガンバニ氏に航空券が接到していないということであれば、航空券が同氏に届いてから15日間で同氏の外交官としての地位を終了させるという理解でよいかと質したところ、先方は、後日その旨の口上書を発出することとしたい旨述べたが、口上書は未接到である。 (d)9月12日付口上書(キンシャサ)によりムキシ氏の本国への召還が通報され、10月9日付口上書(キンシャサ)によりムキシ氏、ンガンバニ氏の本国への召還が再度通知された段階になっても本国に戻るための航空券が本国政府から送付されておらず、ンガンバニ氏のIDカードは回収されなかった。 その後、駐コンゴー民主共和国日本大使が、アフリカ審議官及びアフリカ第一課長の指示に基づき、累次にわたり照会を行ったにもかかわらず、コンゴー民主共和国政府は、帰国のための航空券は財務省に要請しているが、未だに返事がないとの説明を繰り返すのみであった。ムルアカ氏も、アフリカ第一課長に対し、ンガンバニ氏は航空券さえ入手すれば帰国する旨の説明を行っていた。 任務を終了した外交官に対する特権・免除は、外交関係に関するウィーン条約第39条2項により、一般的には接受国を去るに際して必要とされる相当な期間が経過したときに消滅するとされている。いかなる理由があったにせよ、任務を終了した外交官からIDカードを回収しないまま、1年以上も放置したことは不適切であり、ンガンバニ氏の帰国のための航空券の到着を待つとの方針には、ある段階で見切りをつけるべきであった。なお、本件への対応を巡り、外部からの働きかけはなかった。 外務省は、本年3月1日付口上書により、コンゴー民主共和国側に対して、ンガンバニ氏の特権・免除は既に消滅したものとして扱うこととする旨を通知するとともに、IDカードの返還を改めて求めた。 ムルアカ氏は、日本在住のコンゴー民主共和国籍であるが、日本では永住権を取得している。同氏は、鈴木議員の私設秘書である。 (a)ムルアカ氏が現在所持する旅券の種類については、在キンシャサ日本国大使館からコンゴー民主共和国外務・国際協力省に対し照会していたが、2002年2月26日、先方より、同省にはムルアカ氏への旅券発給に関する記録が残っていないとの回答を得た。また、同省に対し、同国在外公館における同人への旅券発給の有無の確認を依頼したが、3月4日現在回答を得られていない。 ムルアカ氏が現在使用していると思われる旅券の旅券番号に記載されているアルファベットは、通常、コンゴー民主共和国では外交旅券にのみ使用されるものである。したがって、同人が所持する旅券は外交旅券であるものと推測されるが、上記のとおり、同国政府からの確認は得られていない。 (b)ムルアカ氏が過去に使用していた旅券についても調査した結果、同人はかつて公用旅券を使用していたこと、その旅券の官職の欄には公務員を意味するフランス語が記載されていたことが確認された。ムルアカ氏が公用旅券を有していたことについては、中近東アフリカ局及び儀典官室は、1999年2月の時点で承知していたが、この事実は特に問題視されていなかった。 (c)因みに、外交官は、使節団の一員として派遣先の国に接受されてはじめて、外交上の特権・免除を享有するものであり、その者がいかなる旅券を有しているかは特権・免除の有無とは関係がない。すなわち、ある者が外交旅券を所持していたとしても、外交官として接受されていなければ特権・免除は認められない。したがって、ムルアカ氏が外交旅券を所持していても、我が国は同氏を外交官として接受していないので、同氏は我が国において特権・免除を享有しない。 (d)なお、現行法制の下においては、一般的に、我が国に滞在している外国人が如何なる旅券を所持しているか外務省として把握するシステムにはなっていない。 (a)ムルアカ氏に対し、外務省よりIDカードが発行されているのではないかとの指摘を受けたが、1998年12月、ムルアカ氏がIDカードの発給を要請し、中近東アフリカ局長が断ったことが確認された。 (b)1998年12月のムルアカ氏の要請以前にIDカードが発給されたことはないと考えられることを踏まえ、1998年以降の儀典官室のすべての関係者合計18名(儀典長3名、儀典官3名、儀典調整官3名、企画官1名、首席事務官3名、担当班長2名、担当官3名)に対し事実関係を聴取した。また、IDカードの発給は1993年4月以降コンピューターにより管理されていることから、同期間のIDカードの発給記録を調査した。 外交官、総領事、領事、本国派遣事務技術職員、本国派遣役務職員及びそれぞれの配偶者、15歳以上の子女に対し発給される。国際機関の本部派遣職員に対しても発給されるが、その配偶者、子女に対してはそれぞれの取り決めに従い発給される。 大使館が現地雇用した事務技術職員及び役務職員には発給されない。そうした職員に対し在京大使館が独自に身分証明票を発給する場合がある。 (c)儀典官室前首席事務官(2001年4月15日〜2002年2月21日在籍)については、金銭を受領しIDカードを不正発給したのではないかとの疑惑が指摘されたが、拘留中の同人より直接聴取したところ、同人はムルアカ氏に会ったことはなく、IDカードを発給した事実もないと述べた。 (d)IDカードの発給記録については、IDカード発給用のコンピューターのデータベースを調査し、ムルアカ氏に対しIDカードを発給した記録がないことを確認した。なお、IDカード発給システムには、データを削除する機能はなく、またシステムの構造上データの改ざんも事実上不可能である。 「通商代表機関」は、1995年に設立された「在日ザイール通商代表機関(CCRZ)」と同一のものと考えられる。なお、同機関が設立される前には、1993年に「ザイール日本通商代表機関(ZAINIP)」という機関が設立されていた。 (a)「ザイール日本通商代表機関」については1993年10月19日付けで、「在日ザイール通商代表機関」については1995年5月29日付けで、在京ザイール大使館より口上書をもって中近東アフリカ局に対して設立の通報があった。 (b)外務省は、在京ザイール大使館宛1993年12月15日付口上書の中で、「ザイール日本通商代表機関」に関する規約第10条では在京ザイール大使館の特命全権公使を顧問に選任する旨規定され、また、第15条では同人への給与・報酬に関する記述があるが、我が国は、外交関係に関するウィーン条約第42条に基づき、外交官が個人的な利得を目的とする職業活動又は商業活動を行うことは認めていないので、同大使館の特命全権公使が「ザイール日本通商代表機関」の特別顧問の職を兼任することは認められない旨通知した。また、「在日ザイール通商代表機関」についても、外務省は、1995年8月11日付口上書の中で、同趣旨を通知した。 したがって、外務省は、「ザイール日本通商代表機関(CCRZ)」及び「在日ザイール通商代表機関(ZAINIP)」のいずれについても、在京コンゴー民主共和国大使館の一部として認めてはいない。 (c)中東アフリカ局及び儀典官室が、ングウェイ氏及びムキシ氏に対し、「通商代表機関」に協力するよう要請したのではないかとの指摘もあったが、関係者に聴取したところ、「通商代表機関」はコンゴー民主共和国政府を代表する機関ではなく、両氏に対しそのような機関への協力を要請した事実は全くない旨述べた。 1980年以降、在京コンゴー民主共和国大使館関係者へのIDカードの発給枚数は、合計43枚であり、内訳は以下の通りである。 このうち、未回収の外交官身分証明票は、本人分6枚、家族分10枚の計16枚であり、うち90年以降に発給されて未回収のものは7枚であった。本人がカードを返却していなかった場合は、家族分のカードの返却もされていない。 ンガンバニ氏及びムキシ氏のIDカードについては、既に返却を要請しているが、未だに回収されていない。その他の者については、2002年3月1日付口上書により在京コンゴー民主共和国大使館に返却を求めるとともに、在キンシャサ日本国大使館を通じても、未回収のIDカードの返却を要請したが、未だに回収されていない。 当省の意思決定過程において、鈴木議員の発言を受け、同議員に対する配慮を加えまた、鈴木議員の私設秘書であるムルアカ氏の発言に影響を受けたこと。 意思決定過程において、特定議員の発言を受け配慮を加えたり、外部の特定者の発言に影響されることなく、適切な意思決定を行える体制を構築すること。 外交官のIDカードの回収管理を徹底すること。このため、外交官のIDカードに有効期限を付すことを検討する。 |
[ 59] 在京コンゴー民主共和国臨時代理大使等を巡る諸問題に関する調査結果報告書
[引用サイト] http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/kai_genjo/congo_r.html
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Part1「重要性が認知され始めたBIの市場動向」の後半でも触れたが、BI(ビジネスインテリジェンス)の市場は、米国においては、驚くべき勢いで伸張しようとしている。日本ではまだ顕在化していないが、主要なBI関連ベンダの声をまとめると、昨今の経済環境による体質改善が求められていること、市場競争が激化している点、さらに、グローバル化の進展といった企業が置かれた立場が大きく変化していることで、BIに関する関心が高まり始めている様子が分かる。つまり今後は、日本でもBIの成長が見込まれることになりそうだ SPSSのビジネスインテリジェンス事業部担当・村田悦子上級副社長は、企業がBIに関心を寄せ始めている理由として、「ユーザー企業自身が、顧客の顔が見えなくなっている、という危機感を持っていることが大きく作用している」と話す。 「企業は、顧客の動向を把握するために、数々のITを導入し、多くの情報を手に入れることに成功した。だがその結果、企業内には数多くの情報がはんらんすることになり、とても処理ができないほどのデータが蓄積されることになった。顧客を知るために蓄積したはずのデータが処理できずに、結局は顧客の顔が見えないというジレンマに陥っている」というわけだ。 コグノスのマーケティング本部・山田和昭副本部長も、「販売、仕入れ、マーケティングにかかわるデータだけを見ても莫大なデータ量が企業に蓄積されている。この数字を束ねて、あらゆる角度から検証し、迅速に結果を導き出すことが求められている。顧客起点の経営手法を現実のものにするという意味で、BIの導入を加速させる企業が出てきた」と話す。 データ量の増大は、直接、顧客動向を把握することにはつながらない。この点ではまさに、BIの導入によって解決する側面が出てくることになりそうだ。 また、国際会計基準への準拠、四半期ごとの業績評価、国際競争力を高めるという点も、BIの導入が推進される要因の1つとなりそうだ。 経営者の元には現場から数々の情報が上がってくるが、それらの情報を見ても、経営判断には生かしにくいという実態がある。部門偏重型のデータであったり、一部には現場意向を尊重した形でバイアスがかかった報告書が出てきたりする可能性もあるからだ。さらに、過去の傾向を分析するだけにとどまっているデータ利用を超えて、今後噴出するであろう課題を事前に予測したり、市場の変化を先読みしたりするといった経営判断支援型の情報を求める声もある。 つまり、経営判断指標となるような経営者向けの情報が欲しいという要求が出始めているのだ。部門ごとの意思決定では不可能であった、経営全般の視点からの意思決定支援システムを求めており、この点でも、BIの重要性が認識されつつあるといえるだろう。 だが、SASインスティチュートのマーケティング本部・安藤秀樹本部長は、こんな指摘をする。 「経営者の間にも、BIに対する認識が高まり、BIによるIT武装をしなくてはならない、という危機感もある。だが、実際に導入を検討する段階になると、自社の場合はどうしたらいいのか、何を導入すればいいのか、という点が分からない例が多い。経営者の経営に対する問題意識はある。そして、優れたBIツールもそろってきた。だが、その間をつなぐことができない経営者があまりにも多い」 そこで、SASインスティチュートでは、一気に成果を求めるのではなく、まず段階的な取り組みを提案する。 「社内にBIを活用するノウハウの蓄積がない段階や、情報を扱うための業務設計ができていなければ、BIの効果は十分に発揮できない。データを活用して事業を推進していく考え方やそのための定義、ビジョンなどを策定し、社内に定着させる必要がある」と訴える。段階的に第1フェイズ、第2フェイズというような形で、企業体質を転換していくことがBIの成功につながるという。 すでに、各社はこの辺りに知恵を絞り始めている。BIの導入に関する事例を積極的に紹介し始めたり、コンサルティングチームの増強などに力を入れ始めたりしているのも、その表れの1つだといえるだろう。 「データマイニングが、BIの頭脳部分」と位置付けるSPSSでは、「データウェアハウスの導入が浸透していることで、企業におけるデータがきれいな形で整備されている点がデータマイニングを行いやすい環境につながり、BIの導入を強力に後押しすることになっている」と話す。 データマイニングやテキストマイニングを行いやすいデータ環境を整えるには多大な時間がかかる。だが、ここ数年のCRMやERP、さらにWebから得られる各種データなどの蓄積された情報がデータウェアハウスとして、分析しやすい状態で保存されていることは、BI導入の障壁を大きく引き下げることにつながっている。 同時に、データマイニングツール、統計解析ツール、OLAPツールなどの操作性が高まっていることも見逃せない。SPSSでは「Clementine」を提供しているが、「統計解析の専門知識を持たないユーザーでも利用できる操作性の高さを訴えている」という。 「3〜5年前に、データマイニングツールを導入したものの、一部の統計知識を持つ専門家向けのものであったことから、かなり苦労をしたというユーザーの声も聞く。だがClementineでは、専門家以外でも活用でき、それにより経営改革を実現したという事例も出てきている。あまりにも過大に万人向けのツールになっているといういい方をすると誤解が生じるが、統計解析の専門家による運用でなくても導入成果が出ているという実績を積極的にアピールしていく必要があるだろう」とSPSSのビジネスインテリジェント事業部営業部・多川真康マネージャは話す。 Clementineは、世界的に見ても日本での販売実績が最も大きく、「使いやすいデータマイニングという点にフォーカスした展開が成功の要因」と同社では、自己分析している。 SASインスティチュートでも、「操作性の高さは重要な視点」(SASマーケティング本部マーケティングコミュニケーション部・平尾正裕マネージャ)と前置きしながらも、「操作性だけでなく、企業内に蓄積されたデータを加工して、企業全体で情報を共有できるところまでをスムーズに行える統合環境の提供も重要だ」と訴える。BIバリューチェーンを標ぼうする同社ならではの視点だといえるだろう。 同社では、「使いやすさとともに、どれだけ効果があるかを訴えることが早道」ともいう。 「統計解析は難しいといった意識が根底にあり、これが導入の障壁になっている点も見逃せない。専門知識が必要ではないといった壁がなくなっている点を強調するとともに、実際に効果がこれだけ出たという実績を示した方が理解しやすい」と、異口同音に話す。 OLAPツールの使い勝手で高い評価を得ているコグノスでは、今後、OLAPのWeb対応を強化することで、経営トップから現場レベルまで、BIを活用できる環境を提供する考えだ。 コグノスの山田副本部長は、「BIは一部の人間しか活用できないというのでは意味がない。現場レベルが日々の活動の中で手掛かりをつかむためのツールにならなくてはいけない。ERPやCRMの浸透によって、活用できるデータはそろってきている。さらに、ハードウェアの低価格化によって導入コストも低減してきた。また、Webの普及で、Webに対するリテラシーも上がってきている。こうしたさまざまな環境を考えると、経営者から一般社員までの各層において、BIを積極的に活用できる仕組みが出来上がっている」と話す。 BIは、人員削減型や期間短縮などを前提とした情報化投資ではないことから、ROIが推し量りにくいというのが実際のところだ。 そのため、導入に成功したユーザー企業もROIの数値目標を明確に掲げていない場合が多いといえる。 「だが、BIは使う人によって、ROIが大きく変化することを知るべきだ」とSPSSの村田上級副社長は警告する。 「分析者のノウハウや知識によって、どんな結果が導き出せるか、あるいはいかに的確な経営判断につなぐことができるかは大きく変化する。それによってROIも、当然変化する」 SPSSでは、導入を前に実際のデータを活用したプレ分析サービスを用意して、データマイニングの活用による実績を具体的な事例として見せている。 「導入目的が明確でないといった、漠然とした意識の企業は失敗する公算が強い。自分の会社は、どんなところに問題があると考えているのか、BIによって何をしたいのか。当社では単にBIツールを売りっ放しにするのではなく、その解決に向けて、ユーザー企業、パートナーと一緒になって取り組ませてもらっている」(SPSS・多川マネージャ)と強調する。 SASインスティチュートでは、ROIを、あえて「リターン・オブ・インテリジェンス」と定義し、インテリジェンスからいかにリターンを得るかというBIの根本的な考え方を訴える。 「単に、業務効率をお金に換算するという従来型の考え方ではなく、インテリジェンスに投資し、それによって企業の体質を変えたり、強化したりといったことが必要になる。BIのROIは、そうあるべきだ」と話す。 BIにおいては、従来の基幹系情報システムとは大きく異なったROIの考え方を導入すべきというのが、ベンダ各社に共通した意見といえる。 1965年東京都出身。IT業界専門紙「BCN(ビジネス・コンピュータ・ニュース)」で編集長を経て、現在フリー。IT業界全般に幅広い取材、執筆活動を展開中。著書に、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社刊)など 情報マネージャのための「今日のひと言」 - 2007/11/22『クレームはニーズ』 クレームは「できれば受けたくない」「厄介もの」と感じている人が多いようです。ビジネスでは……>>続きはクリック ホワイトペーパー利用者に「Amazonギフト券」を抽選で100名様にプレゼント!――TechTargetジャパン リニューアル・キャンペーン @IT情報マネジメント トップ|IT戦略 トップ|会議室|利用規約|プライバシーポリシー|サイトマップ |
[ 60] @IT:ビジネスインテリジェンス導入を巡る日本の課題
[引用サイト] http://www.atmarkit.co.jp/fbiz/feature/0206bi/02/01.html
