憧れとは?

1948年、まだ戦争の記憶も残る日本に岡晴夫の歌うこの歌が流れました。以降、若い世代、皆さんの世代においても、このタイトル、フレーズは心の奥底のなにかをくすぐるものであり続けました。(あーっと、僕もその若い世代に混ぜてください。)
昨年、「憧れのハワイ航路」という本が出版されました。ハワイと日本との間の芸能、文化人の交流をハワイ日系の方々の写真コレクションから追ったものですが、本書のタイトルはもちろんこのヒット曲から採ったものですね。この「憧れのハワイ航路」ほど、日本人のハワイに寄せる思いをストレートに表現した言葉は無いかもしれません。
みなさんも正月のテレビを見ながら、「芸能人ってハワイが好きだなー」、と思われたでしょ?。正月のワイドショー番組といえば、ハワイに到着する芸能人を追うレポーターが定番になっていますものね。
この「憧れのハワイ航路」のページを繰りながら思いましたよ。「芸能人といえばハワイ」というイメージは昨今形作られたものでは無いのだなあ、と。
本書を買ったとき、僕は一番にある人物の名前を探しました。きっと本書に資料を提供されているはずの人物。そう、ジャック・Y・田坂氏の名前を、です。
ジャック・Y・田坂氏は本書の姉妹編、前身ともいうべき「ハワイ文化芸能100年史」を編集、上梓された方です。ハワイの邦字新聞、日本語放送に深く関われたタサカ氏はまさにハワイ芸能史の生き字引。日系社会に広く呼びかけられ収集された写真は、貴重な日布交流史、日系人の歴史の資料であるのです。
そこからセレクトされた芸能、スポーツ、文化人のハワイ交流の歴史をみるとき、もちろん日本人がハワイに向ける想い、つまり日本からハワイへのベクトルはもちろん、逆にハワイ(の日系人)から日本に向ける想い、ベクトルをも読み取ることが出来るでしょう。
実際、本書「憧れのハワイ航路」刊行のきっかけはジャック・田坂さんの積極的な働きかけだったと聞きます。日本人の記憶からも、若き日系人の記憶からも消え去ろうとするハワイ日系の人々の歴史を記録として残そうとされる田坂さんの想いを見ていきましょう。
ハワイで金を稼ぎ、故郷に錦を飾ることを夢見た人々を待っていたのは砂糖キビ畑での厳しい労働でした。男性だけではなく、女性もキビの枯葉をむしる作業を行ったのですが、強い日差しのなか、顔や手を切り裂くトゲをもつ葉をむしるこの仕事は大変につらいものであったでしょう。
この作業はハワイ語で「ホレホレ」と呼ばれていました。移民たちはこの仕事の中、望郷の念、つらい気持ち、夢などを歌にして歌います。やがてこれらの歌は「ホレホレ節」と呼ばれるようになるのです。
本書はジャック・田坂氏が収集したホレホレ節の数々が紹介され、そしてそのルーツが日本文化のどこにあるのか、が考察されます。辛い労働を背景に歌われたものとして、たとえば「野麦峠」で有名な製紙工場で歌われた女工たちの歌にその内容と時期の相似性を指摘されているのも興味深いところです。また、かれらが日本を出る以前に一世を風靡していた「どどいつ」に出身地で歌われていた民謡や言葉が織り込まれ広まった様子、ハワイ社会の変遷、男女間の不思議などが盛り込まれていった様子を追います。
田坂さんはまた、このホレホレ節にハワイ語が多くかつ巧みに織り込まれていることを指摘されます。日本人にとって発音が比較的たやすく覚えやすい単語の多いハワイ語は、歌に、とくに七・七・七・五調を基本とするホレホレ節と相性が良かったのかもしれません。
いつかは帰るつもりで来たハワイ、日々の労働に追われるうちに生活の基盤がかたまり、いつしか骨をこのハワイに埋めることになる人々。田坂さんはかれらの苦難の道を、このホレホレ節、芸能文化史を掘り起こすことによって伝えていこうとされています。
本書はハワイ官約移民100年祭の記念として1985年に、先の「ホレホレ・ソング」に続いてイースト・ウェスト・ジャーナル社から刊行されたものです。
「憧れのハワイ航路」においてはハワイを訪れた人々の人物写真が中心であるのに対し、「ハワイ文化芸能100年史」においては、日系人の芸術活動、放送文化の歴史をも視野に入れたものであり、ハワイ芸能文化に関心ある方には興味の尽きない書であることを保証いたします。合わせて手にとられることをお勧めします。
この歴史はつまり、移民や日系の人々がいかに日本の芸能文化を求めていたか、の証しでもあります。歌謡からクラシック、歌舞伎、スポーツなどなど、その分野が多岐にわたることまったく驚くべきものがありますね。
本書によれば移民史の当初は資料にも見るものがなく、移民の人々の心を慰めたのはホレホレ節や、祭りの祭の素人演芸、スポーツ大会、芝居であったとのこと。1897年の「朝日座」一行による本格的な歌舞伎劇が日本のからの旅芸人興行の最初であったそうです。ただ、様々な芸能人がハワイに訪れるようになったのは1900年以降の自由移民の時代になってからのことでした。
昨今、ハワイでの日本音楽、バンド演奏がCDによって紹介され、我々も容易にそれに触れることが出来るようになりました。このCDは「CLUB NISEI」に続く「ハワイの日本音楽」シリーズの一つで、ハワイ松竹オーケストラの演奏、歌が収録されています。
本CDにはその歴史の詳細な歴史と写真を掲載したライナーノーツが収められています。(謝辞にはジャック・田坂さんの名前も挙がっていますね。)この日系楽団の歴史も、上記「ハワイ文化芸能100年史」から拾うことが出来ます。ハワイでの日系楽団の嚆矢となったのが1928年に結成された日本弦楽団。これをきっかけにウルマ音楽団、クラブ二世オーケストラなどの日系楽団が次々と生まれます。このCDのジャケットに使われているのは、後にハワイ松竹オーケストラの中心となって活躍したフランシス座波さんと上原正次さんのウルマ音楽団発足時の写真だそうです。
太平洋戦争による演奏活動休止期間をおいて結成されたハワイ松竹オーケストラは本CDに納められた「青い山脈」や「異国の丘」のような日本の楽曲、「AJA行進曲」、「ハワイ部隊」、「軍人花嫁」のように戦中、戦後のハワイ日系社会を反映した曲も演奏し、第二の日系楽団黄金時代を築いて行ったのです。背景にはこの「日本の歌」を求める多くのニーズがあったことは間違いがないでしょう。
空路での海外旅行が当たり前となった現在、ハワイ航路というのは違った意味で「憧れ」の対象となっています。目的地がハワイでなくとも一度は旅客船での旅を味わいたいという方は多いでしょう。かっての太平洋航路での豪華客船の旅はどんなものだったか、想像がつきますか?。
昭和初期、国際舞台に踊り出た日本は。遠洋旅客船の世界においてもその威を示そうとします。例えば「太平洋の女王」と歌われた浅間丸もそれこそ西欧人も目を見張る優雅な航海生活をハワイ、サンフランシスコに向かう旅客に提供していました。しかし、やがてこの「女王」も戦争という荒波にその運命を狂わされていきます。本書「太平洋の女王浅間丸」は当時の航海をしのび、かつその悲劇的な運命と周辺の人々の人間ドラマを追ったドキュメントです。
ご存知のとおり、移民の歴史においてはハワイへの交通手段は船しかありませんでした。しかし、優雅なクルーズは夢のまた夢。新しい生活に胸を躍らせる人よりも不安を抱えて波に揺れる人々のほうが多かったことでしょう。
そういった移民船の生活,歴史はどういったものだったのでしょう。興味をお持ちの方は本書をお読みになってください。記述の中心は南米移民に割かれていますが、決して優雅とはいえない初期からの「ハワイ航路」の実体、歴史を知ることが出来ます。
この「ハワイ文化芸能100年史」「憧れのハワイ航路」をみて改めて思うのはハワイを舞台、ロケ地として製作された邦画が想像以上に多いこと。そして多くの芸能人がそれを機にハワイを訪れているのですね。僕には馴染みの無いタイトルも多いのですよ。
邦画といえばそれを切り口に日本人の国民性、意識の変遷を詳細に分析したのが片岡義男さんの「映画を書く−日本映画の原風景−」です。ハワイを舞台とした作品、文章を多く発表されている片岡さんだけあって、昭和10年から昭和30年までの全27作品のうち、「ハワイ」をタイトルに持つ映画を三作品も取り上げられています。
「ハワイ・マレー沖海戦」はもうまさに「戦意高揚」、「国策」映画、ハワイはあくまでも戦略目標に過ぎず、特撮で描かれる真珠湾攻撃は見事なものであっても、そこにはハワイで生きる人々に向けられた視点といったものは一切ありません。
「憧れのハワイ航路」は先にも言及したヒット曲をベースにした「歌謡映画」です。実際のハワイの情景はタイトルバックに現われる数カット(激しく腰を振るフラダンサー等)のみ。後は下町での人間ドラマが淡々と描かれます。(僕はビデオで見たのですが、正直に言いましょう。早送りボタンを押しっぱなしでした。片岡さんの精緻な鑑賞に恥じ入るばかりです)。片岡さんはこの映画に憧れ以上のイメージを持ち得ない庶民とハワイとの距離の遠さを読み取ります。
「ハワイの夜」はハワイに実際にロケを行なった映画です。「憧れのハワイ航路」でも出演者一行のスナップ写真が収められていますね。日系人の青年も登場するこの映画、片岡さんは「戦争」が既にメロドラマを展開するうえでの材料と化していることを指摘しているのです。とはいえ、この『映画はまたハワイの宣伝に大きく貢献、敗戦の廃墟から脱し、復興への一歩を踏み出した日本の人々のハワイへの憧れを一段と高めた』と「ハワイ文化芸能100年史」では紹介されています。
ハワイを愛し、短期にせよ生活の場を彼の地に移す方もいらっしゃいます。ハワイ移民を題材とした映画、「山河あり」(1961年)に出演、演出された高峰秀子、松山善三夫妻はその先駆けといっても良いのではないでしょうか。そしてその思いの深さは愛すべき悠悠自適な生活の一端を公開し、ハワイの文化、歴史を学ばれたこの一冊、「旅は道づれアロハ・ハワイ」にうかがうことが出来ます。
最初の発刊時(1982年)から考えると長い時が流れてしまいましたが、多くの人々にハワイ生活、文化の魅力を紹介した本書の価値は今も減じていません。
「芸能人のハワイ好き」の根源も、簡単にそのルーツを説明できるものとは思いませんが、タサカさんの関わるこの二冊を観る限り、日本の芸能、文化を歓迎し恋焦がれる日系人の方々の熱い思いが多くの芸能人をハワイに呼び寄せ、居心地良くしている源泉であることは間違いが無いのではないでしょうか。

[ 16] 憧れのハワイ航路
[引用サイト]  http://www.asahi-net.or.jp/~rf2s-asm/akogare/

料理好きなミセスは、食事を愉しむコツも心得ています。お客さまを招いてのホームパーティー、週末に夫婦ふたりで囲む食事もちょっとした工夫で素敵な食卓に早変わり。そこで、オールアバウトのグルメガイド4人のライフスタイルを拝見しながら、豊かな食卓を演出する秘訣を教えてもらいました。これらの素敵エッセンスを取り入れ、日常の食卓をちょっとおしゃれに演出してみませんか。
イタリアと日本を頻繁に行き来している沈さん。特にイタリアのお宅では、週末になると友人を招き、パーティーを開くことが多いそうです。パーティーというとつい気張ってしまいがちですが、沈さんのお宅ではどのようなおもてなしをしているのでしょうか。
「パーティーメニューは、あまり凝りすぎると、招く方だけでなく、招かれた方も疲れてしまうものです。我が家のパーティーメニューの基本は、前菜2品、パスタ、メイン料理、そしてデザートですが、一見大変そうに思えるこのコースメニューも実は手軽にできるものばかりなんですよ。前菜は前もって作り置きしておけますから、お客さまがいらしたらまず前菜をお出しして寛いでいただきます。
その間に次の料理となるパスタを作ってしまいます。パスタソースもその場で作るのでなく、あらかじめトマトソースなどを仕込んでおくので、前菜を食べ終わる頃合いを見計らってパスタを茹で、あとはソースとからめるだけ。パスタを茹でる時はたっぷりのお湯で茹でるのがポイントですが、IHクッキングヒーターならあっという間に沸騰するし、パスタを入れていったん温度が下がってもすばやく再沸騰するのでおいしく茹で上げることができるんですよ。おまけにトッププレートの汚れもさっと拭くだけできれいになるので、たとえお湯がふきこぼれても気になりません。
そしてメイン料理は、煮込み料理やオーブン料理が基本となります。パスタを食べ終る頃、メイン料理が仕上がるよう、火にかけておけば、それでOK。その間、私もゲストと一緒に食事が楽しめるわけです。こんな時、IHクッキングヒーターは便利ですね。タイマー機能を使えば自動的に電源が切れるので、会話がはずんで、火を消し忘れちゃった、などという心配もありませんから。
もうひとつパーティーメニューを考えるうえで大事なことは、年齢層と食事の時間帯を頭にいれたメニュー作りです。夜、遅いパーティーで、しかも年配の方が多いという場合は、パスタの代わりにスープにすることもあります。大麦をいれたりミネストローネにすると胃にもやさしいでしょう。また、ワイン好きの人が多い場合は、オリーブや生ハム、チーズなどを食卓に並べておくと、それだけで十分楽しんでいただけます。ホスト役はいかにその場の空間をゲストに楽しんでいただけるかを考えることが大事だと思います。もちろん、ホスト役もなるべく席につき、ゲストとの会話を楽しむことも大切です。私がキッチンにこもりきりだと、ゲストも気になって、心底楽しめませんから。パーティーでは豪華なお料理を出す必要はないんです。もし、通常よりゴージャス感を出したいなら魚を丸ごと1匹オーブンで焼いたアクアパッツアなど、出した瞬間、「ワーッ」と感動するような演出性の高い料理を選ぶのもおすすめです。そうするとお料理をきっかけにまた会話が進んでより楽しいパーティーになります」。
スペッツァティーノとはイタリア語でひと口サイズのことです。ひと口サイズに切った牛肉は面倒でもあらかじめ筋や脂を丁寧に取り除いておくことが大事。このひと手間が肉を柔らかく仕上げるポイントです。また、牛肉を炒める時は少しずついれ、オイルとなじませながら炒めると鍋肌に肉がこびりつかずきれいに仕上がります。ジャガイモのピュレはバターでなくオリーブオイルをからませることで、口あたりもさっぱり、なめらかな仕上がりに。さらなるコクとクリーミーさが欲しい場合は、牛乳を15cc程仕上げに入れてもOK。
スペッツァティーノを作る。牛肉は筋や脂を取り除き、小さめのダイスカットにする。タマネギはスライスしておく。鍋にオリーブオイル、ニンニクをいれ、熱したらタマネギをよく炒める。
1)に牛肉を入れて塩をして炒める。別のフライパンを中火にかけ、パプリカをのせ、周りの皮がしわくちゃまたは焦げ付いてきたらパプリカをとり、皮をむく。
白ワインを注ぎ、十分沸騰させたら、トマトホールを加え、アクをとり、IHクッキングヒーターのタイマーを設定し、40分〜1時間じっくり煮込む。トマトが馴染んできたら、食べやすい大きさに切ったパプリカを入れて、さらに煮込む
ジャガイモのピュレを作る。鍋に皮をむいて適当な大きさに切ったジャガイモをいれ、水をひたひたになるようにいれ、塩をしてIHクッキングヒーターで中火で煮込む。
水気がなくなってきたらIHクッキングヒーターを弱火にしてオリーブオイルを注ぎながらピュレ状にする。最後にすりおろしたパルミジャーノで塩分を調節する。
弱火でコトコト作る煮込み料理は、IHクッキングヒーターの得意技。デジタル操作で簡単に火力が調節できるうえ、火がないから吹きこぼれによる立ち消えの心配もなく、安心して弱火で煮込むことができます。また、タイマー機能を使えば、自動的に電源が切れるので、キッチンを離れ、お客様のおもてなしをしていても安心です。切り忘れ防止、空だき自動OFF、温度過昇防止など安全機能も充実しているので、安心して料理をすることができます。
マンマ直伝のジャガイモのピュレは、最後に加えるすりおろしのパルミジャーノが味の決め手になります。おろしたてのパルミジャーノは味も香りも断然違います。パスタにかけたりオリーブオイルと混ぜてパンにつけて食べたり、そのままかじってもワインとよく合うんですよ。我が家のパーティーシーンではこのパルミジャーノが大活躍しています。
愛犬と共に訪れる蓼科の別荘での過ごし方と、ゲストと一緒に楽しめるカンタン煮込み料理をご紹介。
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気のおけない友人とのランチパーティ。ちょっと食卓に工夫を施すだけでいつものメニューがぐっとおしゃれに。
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[ 17] グルメ,ライフスタイル…[グルメガイドの憧れライフ]
[引用サイト]  http://forf.allabout.co.jp/1/206593/1/product/206593.htm



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