にとってとは?

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日本経団連の皆様には、わたくしども外務省の仕事に常日頃よりご協力をくださいまして、まことに有難うございます。本日は、貴重な機会を頂戴いたしました。また、ご多用中にもかかわりませず、多数のご参集を賜りました。御手洗冨士夫会長、佐々木幹夫・中南米地域委員長はじめ、皆々様に、厚く御礼を申し上げます。
今年の夏わたくしは、ブラジルとメキシコを訪問したいと考えております。ことにブラジルでは、FEALAC、Forum for East Asia - Latin America Cooperationというのですが、東アジア・ラテンアメリカ協力フォーラムの、第三回外相会合に出席したいと思っています。
そこでこの際、日本にとって中南米とはという問題を少し突き詰めて考えておくのもよかろうと思いまして、この場をお借りすることに致しました。
世界にはいろんな所がありますが、中でも中南米がどれだけ面白い場所か、という話をまず致します。わたくしども、中南米をエキサイティングだと思う理由は次の二つです。
その一は、中南米が今や、歴史的な転換期にあることです。その二は、中南米くらい、我が国の官民が挙げて営々と、一種の「含み資産」を積み上げてきた地域もほかにないということです。
すなわち第一に、経済関係の強化。第二に、中南米各国は今、社会的公正を広めていくことを最大の課題として取り組んでおりますから、その努力を助けること。
そして第三が、中南米というのはサンフランシスコ平和条約を結んだ頃以来、日本を熱く支持してくれる国の多いところですので、今後は国際舞台で、もっと一緒にやっていこうという、以上の三つです。
この三つを通じ、中南米と我が国と、お互い頼れるパートナーになってまいりたい――。これが、本日の結論となるはずであります。
あれはわたくし、経営者になりたての頃でありました。実家の会社が当時ブラジルに進出し、多角化を図っておりまして、責任者だったわたくし自身、サンパウロのホテルに長逗留していたことがあります。
あの時分、1950年代末から1960年代一杯、日本ではマンボやルンバ、タンゴやチャチャチャがやたらと流行りました。これは偶然ではなかったのでありまして、中南米、ことにブラジルは、あのころの日本にとって今よりはるかに近い存在でした。
当時のアジア経済は、未だ全く離陸を遂げておりません。我が国の賠償について言うと、インドネシア向けが終わったのが、1970年、フィリピン向けは1976年でした。日本企業にとってアジアには、まだなんとなく、大手を振って歩きにくい雰囲気もありました。
そこへ行くと、日系人が大勢いるブラジルでは、対日感情が悪くない。ハーマン・カーンなどが当時、ブラジルについてやたらと強気の論を張っていたという事情もありました。ハーマン・カーンというのは、日本とインドの台頭を予言したアメリカの未来学者です。
1960年前後はそんな背景のもと、ブラジル向けにいろいろと、「ナショナル・プロジェクト」を実施した時代です。これは当時の呼称で、閣議了解つきの大型海外投資案件を、そう呼んだものでした。
わたくしの会社もそんな折、鉄鋼や繊維の大手がブラジルに行く後を追いかけて、ブラジルへ行きました。しかし結局1970年代の後半までに、ほかの会社も大体そうでしたが、撤収致します。
以来四半世紀あまり、日本とブラジル、日本と中南米は、極めて疎遠な時期を過ごしたように思います。先方は、年率1000%を超すハイパーインフレと債務危機、その後は厳しい経済改革を続けました。当方はというと「失われた十年」で、中南米どころでない時期でした。
ところが双方とも今、問題をほとんど解決致しました。我が国にとって、中南米との絆を固め直すときぞ、ようやく至れりであります。
ちなみに、我が国外交の体力如何は、地球の裏側で真っ先に表れます。日本外交力の敏感なる先行指標をなすのが、我が国・中南米外交のありようであると、わたくしの理解ではそうなります。
中南米各国では、近年ようやく財政収支が改善し、インフレ退治ができました。一次産品市場の大相場で、国際収支も劇的に良くなっております。どちらも、歴史始まって以来の現象です。
GDPのサイズでは今面白いことに、韓国、ロシア、インド、それにASEAN全体が、ほぼ横一線です。大体、8000億から、9000億ドルです。
ところがメキシコとブラジルが、それぞれこれに並んでいる。つまり中南米には、インドが二つある、あるいは、ASEANが二つあるのだと思ってください。また中南米全体では、ちょうど中国経済の規模に匹敵します。
中南米はまず資源が豊富、今後は消費を伸ばすでしょうし、元々欧米諸国に地の利があります。日本からすれば、一次産品の供給源、製品の売り先、さらに生産基地として、いずれも重要ということになりますので、皆様もさぞや、中南米に関心をお持ちのことと存じます。
わたくしは皆様の活動を、外務省に後押しさせるつもりです。経済協力をするにしても、日本と中南米の関係を強くする方向で、進めさせたいと思っております。
後ですぐ触れますが、中南米はおおむね民主化を成し遂げました。指導者というのは大衆の支持を受けて出てくると、どこでもそうでありますが、まずは格差とか、分配政策を気にせざるを得ません。
中南米の国々では今、そういう状態が始まったばかりでして、政府がとかく民間の経済活動を気にするようになっております。日本企業が進出するにつけても、相手国政府との折衝が重要になりますから、外務省に、一汗かかせねばなりません。
現状ではご承知のとおり、メキシコ、チリと、我が国はEPAを結んでおります。申すまでもなく、これは皆さんがたのご支援のおかげです。
このうちメキシコとのEPAは、2004年9月の締結以来かれこれ三年が経ちまして、今や大いに成果をあげております。
2006年度の実績を2004年度の数字と比べますと、我が国からメキシコへの輸出は、5922億円だったのが1兆1341億円へ、91.5%伸びました。輸入を加えた貿易総額でも、伸び率76.3%です。
日本からはメキシコに直接投資が相次ぎ、こちらは2.6倍です。日系家電メーカーがメキシコへ集中し、液晶テレビやプラズマテレビを実に年間1千万台、米国へ輸出しております。
他方、チリという国は、経済の自由化と、政治の民主化に成功した優等生でして、銅やモリブデンはじめ、重要資源の供給源であります。
本日ここには、日本・チリ経済委員会の佐々木幹夫委員長がおいでです。ご支持をくださったおかげで、日本も資源の確保や、南米地域に対する進出拠点として大切なこの国と、EPAを結ぶことができました。御礼を申し上げます。
1980年代に、軍政が軒並み民主主義に変わりました。その結果、今や多くの政権が、民意を反映する政治を定着させることと、市場経済のもと、安定した経済発展を図ることとの両立を目指し、両者の間に好循環を生もうとしております。意を強くさせるというのはまさしくこの点でありまして、世紀のドラマを見る感すら抱かせるものです。
民意はほぼすべての国で、将来を決定づけるようになっております。官僚制の腐敗など、かつてに比べだいぶん減ったという話も聞こえてきます。
とはいえわたくしも、大土地所有制による分配の不平等であるとか、積年の課題が残っているのを知らぬわけではありませんが、そういう問題の解決に手を貸したくとも、相手が軍政や内戦状態にある間は、我が国にできることは高が知れておりました。
ボリビアや中米諸国といった、必要な国に天下晴れて、我が国から手を差し伸べられるようになったのはようやくこの20年くらいのことです。
ボリビアというと、ファン・エボ・モラレス・アイマという大統領がおいでです。ボリビアでは初の、先住民出身の大統領です。農民組合の書記から駆け上がった方でして、まだ40代です。過激派であるという風評もありました。
そこで今年の3月、日本にお呼びし会ってみたら、やはりこの人が、熱い情熱の持ち主なのです。「ウチは南米でもいちばん貧しい部類の国であるが、なんとか伸ばしたい」と、そう言われる。こういう指導者に、ガンバレ、日本は応援していくぞ、と言えるようになりました。
わたくしはこれを、慶賀すべきことと思います。またこのような関わりを深めてこそ、中南米の経済成長を、我が国の活力に取り込む道も開けてくるはずであります。
近頃では皆さんも、ブラジルがバイオ燃料大国になるというような明るい話を聞かれることが多いでしょう。日本と中南米が「共益」を語れる時代が、いよいよ本格的にやってまいりました。
しかもそのための下地は、実はとっくにできております。それは、無名かつ無数の日本人・日系人が、たゆまぬ努力を続けた結果なのであって、そのことに触れないわけには参りません。
皆さん、我が国は、ニカラグアとかペルー、ボリビアやグアテマラといった国々で、小学校、中学校を建てたり、増改築する仕事を続けておりますが、このこと自体、初耳だという方が多いでしょう。
そこで伺いますが、我が国のODAが1995年からこっち、整備した学校の数はどれくらいだと思われますか。
小中学校の数にして、1960、教室数では実に7861であります。これに職業訓練所や障害者施設の増改築を加えると、もっと増え、2356校、8964教室になります。
一件ずつならささやかな協力が積もりに積もったものですが、2356とか8964という、この蓄積には正直、驚きました。
入れ物としての校舎より、むしろもっと大事なのはどう教えるかです。そこで登場するのが、こういう場合やはり、JICA(国際協力機構)の人たちです。
この国に、1989年から2002までの間、我が国各地の小学校から58人の先生が、青年海外協力隊員になって赴任しました。そして延べ2万人――2千人ではありません――の教師に、算数の教え方をコーチします。
というのも中南米の貧しい国には、算数がネックになって、小学校をやめてしまう子供が少なくないのだそうであります。協力隊の隊員たちは、現地の教師と一緒になって、子供に算数を面白いと思わせる教え方を考えました。
途中をはしょりますが、彼らは遂にホンジュラスで、算数の教科書をこしらえます。それが、唯一の国定教科書となるまでに至りました。
JICAは2006年の4月から、ホンジュラスの教科書を、同じスペイン語を使う周辺の国々、グアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、ドミニカ共和国などに広めようとしております。
日本人の先生が作った親しみやすい教科書が、子供たちの手から手に渡っている光景を、いっぺん目を閉じてご想像ください。
越後長岡藩の「米百俵」という故事がありましょう。戊辰戦争に敗れ、食うや食わずの長岡藩に届いた恵みの米百俵。一時の空腹を満たすより、飢えを忍んでも売って資金に換え、若者の教育に注ぐ英断を下した武士の物語です。小泉サン(小泉純一郎前総理)が演説に使ったのを、ご記憶のことと思います。
この話を、ホンジュラスの劇団がホンジュラス人俳優たちだけで芝居にして上演し、満場感動の嵐、役者と観客が相共に涙を流したというエピソードがあるのです。
ドナルド・キーン訳の英語版台本をスペイン語に移したのは、当時の女性の文化大臣だったとか、我が方大使の活躍だとか、紀宮殿下がご覧になったとか、これを話していくとスピーチが終わりません。
ともかく、教育こそは国の礎という日本の物語が、ホンジュラス人の心を打ちました。2003年のことで、算数プロジェクトが佳境にさしかかりつつあった時期のことです。
ホンジュラスという国、日本との貿易額などわずか160億円程度に過ぎません。しかしわたくしは、有難い国だったと思います。
ホンジュラスには、1998年に大災害が見舞います。「ミッチ」という巨大ハリケーンで、人口740万人足らずの国に、死者7007、合計61万人以上の被災者をもたらしました。
この時我が国は、自衛隊を送ります。6機の航空自衛隊C一30輸送機が太平洋を越え、物資を運びました。医師7人を含む陸上自衛隊員80人が、現地で活動しました。これは今でこそ、当たり前の景色です。しかし、緊急医療援助で自衛隊が国外に出たのは、この時こそが初めてでした。
ホンジュラスの人たちは、感謝してくれました。自衛隊派遣からかれこれ10年、我々の大使が離任するときのことです。この人は勲章をもらい、ホンジュラス国会で答辞を述べたのですが、ハリケーン「ミッチ」に言及したその瞬間でした、「日本万歳!」――。湧き上がった議員たちの歓声と拍手で、議場はどよめいたのであります。
わたくし思うに、ホンジュラスは、「善意の道場」でありました。無名の日本人が善意を働こうとする、それを鍛錬してくれる現場であり、道場だったと申し上げたい。有難い国でした。
それにしても、と思いませんか。どうして香川県高松市のタダノは、自社製クレーンをチリ領イースター島に持ち込んで、例の巨像、モアイ像を再び地面へ立たせる仕事に、取り組んだりしたのでしょうか。
カリブ海に浮かぶジャマイカの首都、キングストンというと、決して治安の良いところではありません。しかしどうしてここにも石本泰規(やすのり)さんという元協力隊員の日本人がいて、もう10年も、鉄棒や吊り輪、体操を、子供たち相手に教えているのでしょうか。
中南米の随所に残る遺跡の数々にしても、これを最も詳しく調べてきたのは、なぜだか常に日本の研究者でした。
キーワードは、やはり日本人男女が備えていた善意だと思います。それから、旺盛な好奇心であろうとも思います。
これに加え、ブラジル140万、ペルー8万、中南米全体では155万人以上という日系人が、概して大いに尊敬を集めてきたという事情があります。
あたかも来年は、ブラジル移住100周年です。これを両国で、官民あげて祝おうと、日伯交流年実行委員会の委員長をお引き受けくださった槍田松瑩(うつだ・しょうえい)三井物産社長を始め、皆様がたのお力添えを得ながら準備が進んでおります。
ブラジル側も大いに熱心でして、わたくしはそのこと自体、日系人の皆さんがこの100年、信用と尊敬を勝ち得てこられた証拠であろうと思っております。
このように見ますと我が国は、中南米各国において、何も「負債」をもっておりません。信用とか、感謝を得てまいりました。
言い換えるなら、中南米とは、我が国が、ひたすら「善意の含み資産」だけを積み上げてきた地域の別名であります。
この認識が、わたくしは我が国中南米外交の出発点にあるべきだと思います。すなわちもしこの含み資産を軽んじていくならば、徐々に目減りは避けられぬでありましょう。それは日本外交にとって、あまりに勿体ないではないか、ということです。
もう一度、現実に目を向けてみます。そこにあるのは、民主主義が定着過程にある中南米地域の課題でありまして、国家相互の間、また一国内の人々の間で、深刻な格差をどう埋め、社会的公正をいかに実現していくかという難題です。ここがうまくいきませんと、西半球の安定と、持続的発展は望めないことになります。
それは申すまでもなく、日本にとってのリスク要因になります。鉄鉱石からレアメタル、冷凍鶏肉、オレンジジュースから大豆まで、我が国は多くの資源を中南米に依存しているからです。
だからこそ、日本はわたくしの言う含み資産を活用して、教育、産業技術、環境や防災といった得意分野で協力しながら、中南米地域全体の安定を目指して働くべきなのだと思います。
しかも中南米の人々くらい、我々の働きを、感謝とともに受け止めてくれる人たちもおりません。そのせいでしょう、中南米の人々は、日本が国際社会を舞台に外交を進めるとき、いつも我が国を助けてくれます。すなわち日本と中南米を、国際舞台におけるパートナーにしてくれるのです。
安倍晋三総理が5月に発表した「美しい星50」という提案にしても、これにすぐ賛同し、日本との間で環境と気候変動に関する独立した文書に署名してくれた最初の国が、実はカリブ地域にあるガイアナという国です。
わたくしは、カリブ海やアマゾン、それにアンデスと豊かな自然に恵まれた中南米の国々と、山紫水明の我が日本は、気候変動問題で一緒にいろいろできるし、やるべきだと思っております。
日本と中南米が、「共益」を語れる時代になったと申しました。気候変動、環境といった分野は文字通り、「共益」を目掛け、両者が国際的なパートナーシップを深めるべき分野であろうと思います。
経団連の石坂泰三、植村甲午郎といった経済人が大勢関わり、八幡、富士両製鉄以下、すべての鉄鋼メーカーを巻き込んで、ブラジルの地に一大製鉄所を造りあげた、戦後日本の記念碑的ナショナル・プロジェクトです。
――時代は巡り、M&Aの嵐が吹き荒れる世の中を迎えました。新日本製鉄は、インドのMittal社に時価総額で抜き去られ、下手をすると、世界一を自他とも認める自動車用高張力鋼板の技術もろとも、買収の標的とされかねない事態に立ち至りました。
このとき時価総額の増加、そして欧米自動車メーカーへの供給路確保という目的を追求し、新日鉄の三村明夫社長はある決断を下します。
と、ここまでは、新聞やテレビが伝えています。しかしわたくしの確信するところ、これまた新日鉄や日本の関係者がウジミナスとの間で営々と築いてきた、「含み資産」のゆえであろうと思います。
1962年に第一号高炉の火入れをしたウジミナスが当初、Escola da Usiminas、すなわち「ウジミナス学校」と呼ばれたところにヒントがあります。
「ブラジルで、しばしば私は聞かされたことでありますが、ブラジルにはずいぶんとアメリカとかいろんな国が技術移転をした。で、結局何も残らなかった。日本人は腰を落ちつけて長いこと付き合ってくれて、ついにおらが技術が出来上がった」
米国の技術にしても少しは残ったはずでありますが、ここにわたくしは、汗まみれになりつつ、ブラジル人エンジニアたちと一緒になって働いた日本人技術者の姿が見えるように思います。
鉄鋼業とはプラント管理におけるノウハウの集積ですから、八幡や富士から遠いブラジルへ赴任した日本人技術者たちは、良かれと思う一心で、技術移転に骨身を惜しまなかったのでしょう。だからこそブラジル人の目には、そこが工場であるというより、学校の如くに思えたに違いありません。
時を経て新日鉄が敵対的買収を恐れねばならなくなったとき、三村社長の脳裏には、先輩たちの努力や、それを喜んだブラジル人技術者の善意の物語が、去来したに違いなかろうと思えます。ここに、三村さんたちも「善意の含み資産」を見た。そう言ってもいいと思うのですが、いかがでしょうか。
三村社長は新日鉄の最新技術を移転しつつ、ウジミナスを世界有数の、負けない製鉄会社にしてゆくおつもりのようです。そのことを先般、三村さんがブラジルでルーラ大統領に直接伝えたところ、大統領は「ブラジルを信頼し、さらなる投資をしてくれることに大きな感動を覚える」とおっしゃっております。
こういう良い話を、皆さんと一緒につくるところに、我が中南米外交がになう一つの使命があります。どうか、外務省を使ってやってください。スペイン語やポルトガル語に長けた連中に、腕を撫して待たせておきます。
もう時間がなくなりました。今回は最初に三点、申し上げました。経済関係の強化、貧困や格差という地域の課題を解決する努力の後押し、それから国際社会の課題に対し、一緒に取り組むということです。
ごく当たり前の課題であります。しかし皆さんには、この三つがひとつひとつ、日本と中南米の、長い付き合いに裏打ちされている事実をお分かりいただけたことと思います。
わたくしは若い時分の記憶を手繰り寄せながら、今回新しい目で中南米を見直してみて、実に面白いところだったと改めて気づきました。恐らく皆様もご同様でしょう。日本にとって中南米とは、幾重にも重要なパートナーなのだと思います。
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[ 55] 外務省: 日本にとって中南米の意味を問う――新時代のパートナーシップを育てるとき
[引用サイト]  http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/easo_0706.html

若い女性の喫煙が依然として多いのは 1989年、世界保健機関(WHO)が5月31日を世界禁煙デーと定めてから20年近くたっていますが、日本でも最近は公共の場や職場の禁煙化がどんどん進み、今年に入ってからは一部の新幹線では全面禁煙の列車が出ています。名古屋地区では5月からタクシーが全面禁煙となって注目を集めるなど、喫煙者はますます肩身の狭い思いをしそう。そんななか、男性の喫煙者は減っていても女性は横ばい、20〜30代の女性ではむしろ増えています。
テレビドラマやコマーシャルなどの影響で、タバコが「かっこいい」「おしゃれ」というイメージがあること、ダイエットのためにタバコを吸う人が多いことが原因と考えられますが、どちらも大きな間違いです。
シワシワ・パサパサの“恐怖のタバコ顔”に 美容にとってタバコが大敵なのは常識ですが、「吹き出物ができる程度では」なんて思っていませんか? 実はそれだけではありません。
タバコを吸うと女性ホルモンの分泌が抑えられるため、肌のうるおいとツヤ、ハリが失われ、シワが増えてきます。また、タバコを吸うたびに血液の流れが悪くなり、肌荒れやしみ、吹き出物などのトラブルも急増。煙に含まれる活性酸素などの有害物質が肌を老化させ……と、マイナス面はまだまだたくさんあります。若いうちは気にならなくても、30代後半になるとはっきりと差が出て老け顔に! しわが深くたるみが目立つパサパサの“恐怖のタバコ顔”になってしまうのです。こうなると、もはや化粧でごまかすこともできません。
美容上のダメージはお肌だけにとどまりません。歯は黄ばんで歯ぐきは黒ずみ、しかも喫煙者は歯周病にかかりやすく、歯周病は口臭の原因になります。そのうえ喫煙者に特有の吐く息の臭さは口内から発生する悪臭だけでなく、肺から吐く息も原因なので歯磨きではとれません。「かっこいい」、「おしゃれ」とは程遠いのが実際です。
自分だけでなく子どもにも危険が! 健康上の被害も、女性は男性よりも受けやすいと言われています。また、以下のように女性特有の影響があります。
●骨粗しょう症の危険が高まる:喫煙による女性ホルモンへの影響で骨量が減ったり閉経が早まり、骨粗しょう症になりやすくなる。
●胎児・子どもへの悪影響がある:妊娠中の喫煙によって胎児に十分酸素が行き届かず、発育が遅れる、低体重児が生まれるといったリスクが増加。授乳中の喫煙は赤ちゃんもニコチン中毒にさせてしまうという恐ろしい話も! 喫煙によって不妊になる確率も高まると言われている。
「タバコをやめると太る」という思い込みがあるが…… よく女性は禁煙しにくいと言われますが、「禁煙すると太る」という思い込みも、その原因の一つとなっています。
タバコをやめて体重が増えたという話をよく聞きますが、禁煙が直接の原因と考えられるのはわずか2キロ程度。喫煙による肺がんや乳がん、肺気腫などのほか、これまであげてきたデメリットを考えると、やはり禁煙したほうが健康面でも美容面でもはるかにプラスです。
禁煙後に5キロも10キロも太ってしまったという方もいますが、それは口寂しさを紛わすため食べることに走ってしまった結果でしょう。タバコをやめると味覚が回復して食べ物がおいしく感じられますが、これまで以上に食べれば体重は増えます。しかし同時に、禁煙によって、酸素欠乏の元になる一酸化炭素が、体内から激減し正常化します。その効果で、これまでより早く歩いたり走ったりしても息切れすることがなくなり、階段の昇り降りなども楽になるはずですから、積極的に体を動かすようにすれば、体重を維持することは十分可能です。
食事は、バランスよく規則正しくを心がけ、夜遅い食事やドカ食いはしない。口寂しくても間食はせず、深呼吸やストレッチをして気を紛らわせましょう。散歩をしたり、音楽を聴くのもよい方法です。
禁煙スタートの時期にも注意を! 女性は、生理前はホルモンのバランスがくずれてイライラしがちですから、禁煙を始めるのは生理が終わった直後がベターです。仕事が忙しい時期などストレスがたまりやすいときも、禁煙を始めるのは避けるほうが無難でしょう。
禁煙を成功させるには、やめたい理由をはっきりさせること。ばくぜんと「健康によくない」と思っただけでは禁煙は長続きしません。「タバコ顔にだけはなりたくない」、「子どもがほしい」、「息切れしないで走りたい」など、身近で具体的な動機を持つことが、禁煙成功への第一ステップです。
また、タバコの本数を徐々に減らす節煙は、よほど意志が強い人でないと困難と思ってください。タバコの本数を減らしても、深く吸い込んだり、根元近くまで吸うなどして、結局前と同じ量のニコチンを吸収できるよう無意識のうちに体が調整してしまうのです。また本数が減った分、1本1本が大切なものに感じられ、次の1本が待ち遠しくてたまらなくなってしまいます。ぜひ、きっぱりやめる断煙を!
また一人で頑張るよりも、インターネットや携帯電話のメールを使った「禁煙支援サービス」を利用するのも効果的です。費用もあまりかからず、いつでも気軽に専門家のアドバイスが受けられ、禁煙達成度に応じてキャラクターが変化するなどゲーム感覚で禁煙できる携帯電話を使ったサービスは女性に人気とか。
禁煙本やインターネットの情報を参考に自分に合った方法を見つけて、あなたもぜひ禁煙を! いきいきしたお肌と健康を取り戻すことも不可能ではありません。
東北大学医学部卒業。94年東京女子医大病院に禁煙外来を開設。01年携帯電話Web機能を使った「卒煙ネット」を公開。その後PCユーザー用「禁煙Webクリニック」を実用化。ともに広く普及し1万人を超える喫煙者を禁煙に導く。NPO法人「禁煙ネット」副理事。著書に『女の子のための禁煙BOOK』(メディアファクトリー)、『「禁煙」科の医者が書いた7日でやめる本』(青春出版社)、『99%禁煙できる本』(三笠書房)など。

[ 56] 女性にとって喫煙はこんなに怖い - goo ヘルスケア
[引用サイト]  http://health.goo.ne.jp/column/healthy/h001/0047.html

米マイクロソフトの会長兼チーフソフトウェアアーキテクト ビル・ゲイツ(Bill Gates)氏は4月21日会見し、グーグルなどが展開するソフトウェアのサービス化について、「これらはWebサービスという言葉で表されているが、ソフトウェアだ」と語った。マイクロソフト自身もWebサービスを展開するが、ゲイツ氏は「マイクロソフトが提供する『MSN Virtual Earth』などのWebサービスは、非常に複雑なソフトウェアが実現している。検索サービスもソフトウェアのイノベーションだ」と語り、引き続きソフトウェア開発技術が重要との認識を示した。
米マイクロソフトの会長兼チーフソフトウェアアーキテクト ビル・ゲイツ氏。20日に来日して21日に離日する1泊2日のスケジュールをこなした
グーグルやヤフーなどWebベースでアプリケーションを提供する企業が増加。無償でサービスを提供するケースも多く、注目を集めている。マイクロソフトの成長の源となってきたパッケージソフトウェアは、将来的になくなるのか。ゲイツ氏の答えは「ソフトウェアがさまざまな付加価値を提供する。ソフトウェアが重要な鍵を握っている」。サービスの提供形態が変化しても、根幹のソフトウェア開発は将来も重要との認識だ。
さらにWebサービスの基盤をマイクロソフトが開発してきたことを強調し、「マイクロソフトはソフトウェア産業全体のためのプラットフォームを構築し、他社が接続している。グーグルやヤフーなど何千社がWebサービスを構築している」と述べた。「マイクロソフトが開発ツールを開発したことで、このようなアプリケーションを推進しやすくなった」
ただ、マイクロソフトはパッケージソフトウェア中心のビジネスがいままでと同じペースで成長するとは思っていない。2005年3月にはPtoP製品を開発していた「Groove Networks」を買収。Gooveの開発者で、Lotus Notesの開発者と知られるレイ・オジー(Ray Ozzie)氏をCTOとして招き入れた。オジー氏はマイクロソフトで同社のWebサービス戦略を進めている。
ゲイツ氏は「将来はインターネットがプラットフォームになる。われわれはこれをLiveプラットフォームと呼んでいる。レイ・オジーが話をしているが、マイクロソフトはLiveプラットフォームを1つの重要な戦略にしている」と説明。さらに「このプラットフォームの上では色々なサービスを展開できる。ストレージサービスや広告のサービスが可能だ。マイクロソフトはHotmailやメッセンジャーをサービスとして展開している。開発者にはぜひLiveアプリケーションを作ってもらいたい」と呼びかけた。
一方、ゲイツ氏は、日本ではやり言葉となっているWeb 2.0について、その技術革新を認めながらも「いまはそんなに使われていない。あまりにも意味があいまいだからだ」と指摘した。
また、ゲイツ氏は10月以降に出荷する「Windows Vista」について「一言でいえばあらゆるシステムをうまく接続するための技術だ」と語った。Vistaを採用することによるTCO削減や新しいアプリケーションも挙げて、「かなり技術的な革新性が凝縮されている」と述べた。同時期に出荷すると見られる次期Officeについても「Officeの影響はまだ過小評価されている。大きな影響が出るだろう」と話した。
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[ 57] ビル・ゲイツ会長にとって「Web 2.0」とは? − @IT
[引用サイト]  http://www.atmarkit.co.jp/news/200604/22/ms.html

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今開かれております国会の開会冒頭、わたくし外交演説というものを致しました。その最後で、実は一つ公約をしております。
「今後はこれまでにも増して、我が国外交の目指すところを論じ、国内外に伝えていくことに私自身努力する」という約束です。きょうのスピーチも、この時切った手形を落とす一環とお受けとめください。
外務大臣という立場になりいつも強調しておりますのは、外交というものを「なんのため」にしているのか、そして外務省とはいったい何をする役所なのか、常に自問自答すべきだということです。
例えばわたしども、外交に当たって、ODAを貴重なツールとして使います。人と人との交流を増やそうとします。
しかし、「ODAのためのODA」などというものは、そもそもあってはなりません。「交流のための交流」もあり得ないわけですが、「なんのため」という問いを常々念頭に置いておかないと、ついそこに手段と目的の混同を起こします。
回り回ってすべては日本のため、そこに住む者の幸せのためである、という外交の本質が、見えなくならないとも限りません。
さらには外務省の本務とは、いま申しました意味での外交の本質を、ひたすら追求するというところにあるはずです。
この際そこらを根気よく何度も言葉にし、国民とともに確かめるのは無駄ではないだろう――。省員たちの意見も聞く中で、そう思うに至りました。ですからほぼ毎月一度、テーマを変えつつスピーチするつもりですが、背後にはそんな事情があるのだとご承知おきください。
そこできょう経済外交を取り上げるに当たっても、外務省とはいったい何をし、またしようとする役所なのか、経済外交という場合、その目的は何なのかという、基本中の基本を考えてみようと思っています。
第一に、外務省には、世界経済にグローバル・ルールを打ち立てて、しかもそこに国益を反映させていくという、ほかにはできない仕事が確かにあるということです。
ルールとはもちろん、利害の衝突から生まれます。まして世界にあてはまるルールとなると、それをつくる過程は必ず国益のせめぎ合いになります。
そこを頑張って渡り切り、一つ一つの部門利益というより総体として日本の国益が伸ばせるよう、世界のルールづくりをになっていく。要はそれこそ、外務省ならではの任務であります。
第二に、いま我が国はいわゆるWTO交渉のほか、それを補完・強化するため、EPA、エコノミック・パートナーシップ・アグリーメントというものを、いろいろな国と交渉しております。これがいったい何で、何を目指すのか、この際再確認しておきたいということです。
第三に、そのEPAを、どうせ手がけるならあくまで迅速に進めたいということです。現状のスピードに、わたし自身決して満足しておりません。この際ギアを入れ換えて大いに速度を上げない限り、国民の支持は覚束ないと思います。
外務省が手がける経済外交とはよくよく煎じ詰めたところ、世界の中で日本国民と日本企業が安心して働き、利益を伸ばすことができる大きな環境をつくることだろうと思います。
法的にきちんと安定した制度に支えられ、将来を見通しやすい環境を、外国と共同してまず作る。作ったら、それをメンテナンスし、たゆまず強化していくことだと言い換えることもできます。
WTOの務めが、まさしくそれです。専門家が言う「法的安定性」と「予測可能性」を、WTOを舞台に世界の経済へもたらしていくことは、結局みんなのためになり、もちろん日本の利益にもなるわけです。
そのような意味で外務省とは、日本国民と日本企業の経済的利害を、最もマクロな視点から代表し、守っていこうとする「ロイヤー」のようなものかもしれません。
長期の不安要因をコントロールしようとする点では、一種の「保険会社」であるとも言えます。もちろんここでは、そうならなければならない、という意味で、自分に言い聞かせるため申し上げているわけです。
米国に、USTRという組織があります。ああいうものを我が国にもつくれという声は、時折出てきます。もしつくってしまうといかにも屋上屋となるに違いないのですが、ではなぜ、日本にはいまさら必要がないのかというところ、皆さんに分かっていただく必要があります。
ほかの役所や機関にはできず、外務省「にしか」できない仕事というのは、こと経済外交に限って言う場合あるのか、と。あるならその本質は何なのか、ということです。
今回スピーチする目的の一つはそこに答えようとすることですから、わたしなりに考えて、外務省「にしか」ない特質を三つにまとめてみました。
その一。外務省は、特定の産業を後ろに背負っていない。特定産業との利害関係がないから、中立に、「国益」重視で行けます。
その二。昔は「条約局」、いまは「国際法局」といって、法律の専門家集団を中に抱えています。国対国や、マルチの(多国間の)経済交渉で決まったことは、紙に落としてルールにしないといけません、そこを専門にする職能集団を抱えております。
ルールをつくって「法的安定性」と「予測可能性」を打ち立てるのが、経済外交の本務であるなら、まさにそれを専門にする集団を抱えているのが外務省なわけです。
その三。経済交渉で目的を達成しようとする場合、政治や安全保障など、国と国の絡み合った利害の中で、あっちを押してこっちを引く、というようにしながら実(じつ)を取る、というのが大方のやり方である。つまり間口を大きく構えていないといけませんが、それができるのは外務省だけです。
以上、三つにまとめてみましたが、こういう能力を与えられていればこそ、外務省は、内では各省各界、利益の調整に走り回って、文字通り汗をかき、外では、まがりなりにも「オール・ジャパン」を代表して交渉できるわけです。
わたしの役割はというと、裏方でいろいろ動く省員たちを励まし共に努力していくことですが、一言で言うと調整役の総元締めです。難しい問題であればあるほど、総理の下で関係閣僚の皆さんとお話しながら、外務大臣が自ら力を奮わなければならないのは当然のことでしょう。
また言うまでもありませんが、外務大臣と外務省の上に、首相と首相官邸の指導力があります。国家としての意思がそこで決まり、外務省は交渉のプロとして、またルール・メーキングの専門家として、実地の任務に当たると、そういうことだろうと思います。
さてその交渉の相手は、長年の行き掛かりやら、どこで譲ってどこで勝ったといった星取表を覚えこんでいる海千山千ばかりです。わが外務省はどんな人材を使っているのか。おのずと疑問が湧いてきます。
それで、ここは外務大臣としてむしろ陽を当ててやりたい部分なのですが、いろいろ制約の多い人事制度をやり繰りし、専門家をつけようとそれなりに苦心している形跡が分かってまいりました。
GATTの時代から経済交渉に携わり、「ガット屋さん」とか、もう少し砕いて、「ガッチャマン」と呼ばれてきた交渉担当者の一群がおります。彼らの中には今も、WTOやEPAの交渉第一線に当たっている者が少なくありません。
例えばEPAを進めようと外務省へやってきた弁護士さんが、七人います。商社やメーカーから働きにきてくれている三〇代の男女も、意外と少なくありません。
「ガッチャマン」にしろ、民間出身の若い人たちにしろ、こういう集団がいるとは外務大臣になるまでわたし自身知らなかったことなので、皆さんも知らないだろうと思い、あえて言及した次第です。
日本は明治の開国以来長い間、関税の自主権を持つことができませんでした。戦後、昭和30(1955)年にGATTへ加盟してからですら、ごく最近の平成7(1995)年まで、いわゆるGATT第三十五条の適用という差別的な扱いに苦しんだ歴史があります。
WTO交渉とは、そういう不平等な秩序を誰も味わわずに済むよう、世界を公平なルールが仕切る場所へ変えていく試みです。グローバル・ルールを打ち立てていくための、土俵づくりだと言えるでしょう。
しかしこれはこれで一本のスピーチを必要とするような話で、きょうわたしの言いたいことは結局のところ、「日本として、いまのWTO交渉をまとめなければならない」という点に尽きます。
ずるずる交渉をただ続けていると、WTOの信頼性を傷つけるだけに終わります。お互い譲れない一線はあるにせよ、もういい加減、日米欧、ブラジル、インドなど主要国が、話をまとめる段階に来ています。
交渉では、どの国にせよ満額回答を取れるということはありません。本年中の交渉期限をしっかり守る。それが主要国の責任だと思うわけです。
WTOについてはそれだけ申し上げたうえ、本日は話題になることの多いFTAと、我が国が進めているEPAに論点を絞り、両者の違いとか、目指すところを話してみることにします。
まず、「自由貿易協定」と訳される「FTA」と、「経済連携協定」という意味の「EPA」との違いについてです。
FTAとは、モノの貿易なら関税を引き下げよう、サービス貿易なら、外資規制などをなくそうというものです。クニザカイの垣根を前提としており、その意味で20世紀型の仕組みです。
それに対し我が国が進めているEPAでは、交渉する国同士が踏み込んで、安心して投資ができる枠組みを作るとか、知的財産権保護の仕組みを揃えておくといったことを致します。これで、製造業の工程間分業とか、双方向の投資が一層活発になります。
また、看護師や介護福祉士といった特定資格をもつ人材の交流を盛んにするとか、まさに経済にクニザカイというものがなくなった実態を前提としているのがEPAです。
FTAのように垣根をはさんで会話するのでなく、経済制度をつくったり変えたり、踏み込んだ対話をするのがEPAなので、多くの場合先方の人材づくりを手伝う作業まで伴います。
実際途上国と深い対話をしようとすると、人材づくりのお手伝いは避けて通れません。逆に言うとそこを素通りする対話は、表面をなでただけのものに終わりがちです。
例えば昨年、リビアのカダフィ大佐の子息(セイフ・アルイスラム・カダフィ氏)が来た時も、リビアには地方自治が発達していないので、地方自治法、地方税の取り方をお教えする等々、いろいろな話が、これはわたしが総務大臣の時にありました。
ほかに例えばベトナムからは、内務大臣を含む地方行政の責任ある立場の人を平成15年度に8人、16年度に6人お呼びして、立川市にある自治大学校などを舞台に勉強していただくというようなことをやっています。パレスチナの課題の一つというと、まさに政府組織をどうつくるかですが、平成17年度には、パレスチナからも2人、研修生が自治大学校へ来ています。
今、生身の人間同士が交流する一例を申し上げましたが、日本が結んでいるEPAは、人と人との交わりの中で、互いに力を付け合う協力関係を深め、一緒により豊かな世界を作り出そうとするものです。つまり、FTAよりは質において比較にならないほど深いし、カバーする範囲も広いのがEPAなわけです。
ところが不思議なことに、日本はEPAで「小粒の合意」を繰り返しているといった批判を聞くことがあります。とんでもないのでありまして、最近署名したマレーシアとのEPAを例にとると、往復貿易額の実に97%に対応する関税がなくなります。加えてサービス、投資、知的財産、競争、ビジネス環境整備といった分野をみな対象にしており、人材育成面での協力なども含むのですから、「小粒」どころか、十分「ヘビー級」です。
それからもう一つ。財界の皆さん始め多方面から、我が国は米国とこそEPAを結ぶべきだという意見をいただきます。
これにハイ分かりました、やりますと答えられれば話は楽ですが、ここは正直に申し上げて、わたし自身にも、外務省を含む政府全体にも、結論がありません。イエスとも、ノーとも言い切る自信がない。
何かこう、自信のないことは、大臣などは言ってはいかんことになっておりますが、あえてウソのないところを申し上げました。
やるなら、既存のEPAと次元の違うものになることだけは明確です。日米の経済はもうケタはずれに深い関係を結んでいるし、両国合わせると、世界経済の4割を占めるという大きい話でもあるからです。
少なくとも判断保留、思考停止というのはよろしくない。外務省の諸君には、引き続きしっかり悩んでいただきたいし、わたし自身、政府の中で考え続けていきたいとだけお約束しておきます。
さていま日本は、アジアで既にシンガポール、マレーシアとEPAの発効・署名を済ませ、タイとは実質的な交渉を終えています。インドネシアやASEAN全体とも交渉を進めているほか、ベトナムやブルネイとも近く交渉に入る運びです。米州ではメキシコと既に発効させ、先月からチリとの交渉を始めました。
ルールづくりとは取りも直さず等しい価値観を共有することですから、いま日本がしていることはわたしに言わせると、国益を念頭におきながら、価値観を同じくする仲間をアジア太平洋からだんだんと広げていこうとしているわけです。
ではこの先どういう国々とEPA交渉をしていくかについて、皆さんの関心を喚起しておきたいのは、一昨年12月に政府全体で作った基本方針(「今後の経済連携協定の推進についての基本方針」)のことです。
「交渉相手国・地域の決定に関する基準」が別に添えられており、そこで明言している通り、我が国全体としての経済利益を確保するため、次の五点を考慮することにしています。
第一に、EPAによって貿易や投資が拡大し、相手の国に進出した我が国企業のビジネス環境が良くなるかどうか。第二に、EPAがないことに伴う不利益とは、どうしても解消しなければならないものか。
資源や食糧の安定供給を図るのに役立つか、というのが第三点。我が国の構造改革を促すため有意義かというのが第四の論点で、最後は専門的・技術的労働者の受け入れを促進できるかどうかという点です。
以上五点に加えて、我が国にとって有利な国際環境がつくれるか否かといった論点とか、そもそも相手国の状況はEPAを結ぶにふさわしいかといったもろもろを勘案し、決めることになります。
ここからお察しいただけます通り、こうして結んでいくEPAとは取りも直さず、日本にとって、強い絆で結ばれる仲間を一つ一つ作っていくことだと言ってかまいません。仲間づくりにうってつけの仕組みであるという側面が、実のところEPAにはあるのです。
そもそもEPAとは、そう易々と結べるものではありません。仕上がり段階の合意文書は厚みが何十センチにもなるほどで、そのことを先だって小泉首相に申し上げたら、「ほおーっ」と感嘆の声が出ました。
大変な仕事を一緒にする。だから友達になる。これは古今東西を通じる真理で、多人数で長い時間手がけるEPA交渉にはその妙味が表れます。
そればかりではありません。先ほど申しました通り、EPA交渉とは往々にして、先進経済をもつ我が国から途上国へ、制度づくりに関する大々的な技術・ノウハウの移転を伴います。
早い話、日本とEPAを結んで良かった、いろんな意味で自分のためになったと言ってもらえて、初めて互恵互助の「仲間づくり」ができたと言えるわけです。
そういう妙味を発揮するEPAの相手国が、これまでのところASEAN諸国に集中していることを、わたしは偶然だとは思いません。1995〜2003年にかけASEAN諸国に日本、中国、韓国がどれくらい直接投資したか、手元に数字があります。それによると、日本の対ASEAN投資は、中国の44倍、韓国の11倍という規模に上っています。
タイの電力は、その1割が日本のODAプロジェクトで作られているというような例を引くまでもなく、日本はASEAN諸国でインフラ整備にも一役買ってきました。これらがあいまって、日本とASEANには深い相互依存関係、信頼関係があります。
それを「何十センチにも上る書類」で固めましょうとやるのがEPAですから、仲間づくりにこれほど効果的な方法も、ざらにはないわけです。
実地の交渉を手がけるのは例の外務省の虎の子、「ガッチャマン」たちですが、わたしから言うなら、彼らはただ単に日本国民や企業の金銭的利益を追求しているのではありません。アジアと世界に、一つまた一つ、深い相互依存で結ばれた仲間をこしらえていくという、まこと外交官冥利に尽きる仕事をしているのだと思います。
最後にEPAというもの、慌ててやる必要はないが、急いでやるべしと申し上げて、締め括りにしたいと思います。
初めに述べたように、EPA交渉のこれまでのスピードに、わたしは決して満足しているわけではありません。他方、それがどれほど大変な作業かという実態を知るにつけ、例えば速度を倍、三倍に増やしていくなどは、不可能だと思わざるを得ないのも事実です。
第一は、これまでの交渉の蓄積が出来てきたので、初めから仕上がりの姿をいわば雛形として相手国にお見せし、つくっていく方法。これは、ベトナム、ブルネイ、インドといった相手に試しつつあります。
第二に、相手国によっては、これまでのEPAのメニューを全て交渉するのでなく、FTA部分に絞るとか、投資協定を先行させるなど、様々なパターンの取り組みがあってもいいでしょう。
第三に、事前準備に時間をかけず、直接交渉入りするケースもあって構いません。従来は、民間の学者などを交えた研究会を必ず経てから交渉にかかったものでしたが、いま進めようとしているGCC相手の交渉は、そこを思い切って省きます。
ペルシャ湾岸六カ国の集まりであるGCC諸国は、言うまでもなく我が国が石油の75%、天然ガスの23%以上を依存し、エネルギー安全保障政策上極めて大切なパートナーですが、今回は先方からの熱い呼びかけに応えてFTAを一発ドン。相当早く結べると思います。
いずれにせよ悠長なことは言っていられません。冒頭「経済外交とは」と定義をしたときの表現を思い出していただけるなら、EPAは日本のため進める仕事です。グローバル経済が激しく先行する実態に、ルールをもって追いつこうとする方策です。今まで以上に速く手がけていくことを外務大臣としてお約束し、本日のお話を終えようと思います。ご清聴有難うございました。

[ 58] 外務省: 日本にとって経済外交とは何か
[引用サイト]  http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_0308.html

Office 2008 for Macの発売が延期されたが、これはMicrosoftにとって深刻な兆候を示すとの見方もある。
この大幅な延期により、Mac向け製品を開発している主要メーカーの中で、Intel版への移行はMicrosoftが一番遅れることになる。現行のMac版Officeである「Office 2004」をIntel Macで使うには、AppleのRosettaエミュレーション環境で実行する必要がある。Appleは2006年1月に、PowerPCベースのMacからの切り替えに着手した(2006年1月11日の記事参照)。
マスコミにあてた電子メールでMac事業部ジェネラルマネジャー、クレイグ・アイスラー氏は「社内では2007年12月半ばのRTMを目標に突き進んでいる。製品が完成すればユーザーに大変喜んでもらえると確信している」とコメントした。
アイスラー氏は品質を強調しているが、発売延期はMicrosoftにとって深刻な兆候を示すものだと見る向きもある。
「これはちょっとひどい話だ。1984年以来Mac向けソフトを出荷し続けてきた会社なのだから」と話すのは、JupiterResearchの副社長兼リサーチディレクター、マイケル・D・ガーテンバーグ氏。
「何が問題なのかを問い掛ける必要がある。これはMicrosoftにおけるMacの状況を物語るものでもある。Macは戦略的あるいは必要な目標ではないということだ」。こう指摘する同氏だが、Office for Macのシリーズ製品では、かなりの収入があると言い添えた。
それでも「Appleから見れば、必ずしもたいしたことではない」と同氏は言い、Windows版最新バージョンであるOffice 2007との互換性が必要なMacユーザーは、仮想化またはAppleのBoot Campのデュアルブート機能を使ってOffice 2007を実行できると指摘した。そうなれば、Windowsのライセンス販売収入が増え、Microsoftにとっての恩恵は増すとガーテンバーグ氏。
発売延期により、無料スイートの「OpenOffice」やAppleの「iWork」など、Microsoft Officeに代わる「代替製品を求めるMacユーザーはさらに増えるかもしれない」と同氏は言い、「Office 2007が世界に旋風を巻き起こしているわけではない。結局のところ、Office 2004でも何も問題はないのだから」と話している。
年内リリースを予定していたOffice 2008 for Macだが、品質問題を理由に、来年1月まで発売がずれ込んだ。
Windows VistaがAppleのWindowsネイティブ環境で正式にサポートされた。ドライバも大幅に更新され、Vistaをフル体験できる。
MMORPGレベルアップサービスも不正コード被害にMMORPG人気に伴い、関連のファンサイトやサービスサイトも攻撃の格好の標的になっている。
ORF2007 Report:世界は日本発コンテンツをどう楽しんでいるのかアニメ・漫画など、日本のコンテンツを世界に広めるためにどんな課題があるのか議論するセッションが「慶応義塾大学SFC Open Research Forum 2007」で開かれた。「とらのあな」社長が最近のコミケの印象を語る一幕も。
なぜ「ニコ動」は盛り上がり、「Second Life」は過疎化するのか「ニコニコ動画」「Twitter」が盛り上がり、Second Lifeが過疎化しているのはなぜか――勝敗の分かれ目は「時間軸」だという。「ニコニコ動画やTwitterには、100年に1度といえる程の革新があるが、Second Lifeは古い」
jobtxt1 += '30代で派遣・フリーの仕事はなくなるのか?43歳エンジニアと派遣会社担当者に聞いた';
jobtxt2 += '匿名|最高25社から査定結果が届く。査定|プロが鑑定するあなたの市場価値';

[ 59] Mac版Officeの発売延期はMicrosoftにとって「深刻な事態」? - ITmedia News
[引用サイト]  http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/06/news019.html



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