思うとは?

1946年2月15日---。ちょうど60年前の今日,“世界最初の電子式コンピュータ”とされる「ENIAC」(electrical numerical integrator and calculator)の完成式典が米国で開催されました。開発の中心となったのは,John Eckert氏とJohn Mauchly氏。約1万8000本の真空管を使って構成したENIACは,10桁の数値の加減算を毎秒5000回実行できたとされています。ENIACは大砲の弾道計算を行うために開発されたものです。David Patterson氏とJohn Hennessy氏によるコンピュータ・アーキテクチャの名著「Computer Organization & Design」(訳書名「コンピュータの構成と設計」)によれば,第二次世界大戦中に稼動を開始しており,終戦後の1946年に初めて公開されたそうです。
Eckert氏とMauchly氏はその後もコンピュータの開発に携わり,1951年には世界初の市販コンピュータである「UNIVAC-I」を開発しました。2人の偉業はコンピュータの歴史に燦然と輝くものですが,厳密にはENIACは世界最初の電子式コンピュータとはいえないとの見方もあります。その1つの根拠は,2人がENIACの基本原理の発明で得た特許権が,1973年10月に米国のミネアポリス連邦地方裁判所で無効と判断されたことです。この特許権の所有者となった米Sperry Rand社は,コンピュータ・メーカーから特許権のライセンス収入を得ていましたが,米Honeywell社はその支払いを拒否し,特許権侵害をめぐる係争となりました。その訴訟で裁判所は,John Atanasoff氏とClifford Berry氏が1941年に製作した「ABC」(atanasoff-berry computer)が先行発明に当たり,ENIACの特許権は無効であると判断したのです。ENIACが世界最初とはいえない別の理由として,英国で開発された「Colossus」が1943年には完成していたとする人もいます。ただし,Colossusは軍事目的だったこともあり,詳細は明らかにされていません。
どのコンピュータを真の「世界初」というべきか,筆者は結論付けられませんでした。しかし,当時の機械式リレー・コンピュータよりも格段に高い性能を実現できることを公の場で知らしめたという点で,ENIACの開発者の偉業は揺るがないだろうと考えています。ソニー・コンピュータエンタテインメント 代表取締役社長 兼 グループCEOの久多良木健氏が日経エレクトロニクスのインタビューで「コンピュータの歴史を紐解けば,ENIACが誕生した1946年から本質的にパラダイムが変わったわけではない」(2005年2月28日号の記事)と語っているように,コンピュータの歴史を開く重要な役割を果たしたことに異論はなさそうです。
2月15日がENIACの記念日で,2006年は「還暦」に当たることを思い出したのは,2005年秋に進めていた日経エレクトロニクスとして初めてのプロジェクトでした。2006年1月2日号に同梱した卓上カレンダーです。「日経エレクトロニクスらしさを持った卓上カレンダーを作ろう」との合言葉の下に,エレクトロニクスの歴史を変えた技術革新の記念日を月ごとに掲載することを決めました。例えば1月は「インターネットの創生(1983.1.1)」,そして2月は「姿を見せたENIAC(1946.2.15)」と題したコンテンツを掲載し,歴史を振り返っています。通常の卓上カレンダーとして使うオモテ面も,「エレクトロニクス業界にとって重要なイベントを掲載しつつ,予定を書き込みやすいようにしよう」という思いで製作しました。読者の皆様のお手元に届いてから既に1カ月以上が経ってしまいましたが,ご活用いただければ幸いです。掲載内容や使い勝手に関するご意見も,ぜひコメント欄などからお寄せください。
2007 11/15著作権絡みの議論がなぜ腑に落ちないかをPerfumeとニコニコ動画から考えてみる
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ソフトウエアにとって最も大切なものは何でしょうか。その答えが、しっかりとした設計・検証の方法論であることは論を待ちません。本書は、専門記者が最前線で取材・執筆した記事と、専門の技術者による講演内容をまとめ、組み込みソフトの開発方法論を中心に構成しました。
各種システムの障害は,ソフトウエアの不具合によるもののほか,システムを構成する電子機器,もっと言えば,電子機器に搭載されているさまざまなデバイスの故障・劣化によることが少なくない。
今回はイノベーションについて考えてみたいと思います。製造業はグローバルに競争が激化しています。そんな中で競争力を高めるためには,イノベーションが必要不可欠となってくるわけです。
日なたもあれば,日陰もある。多くの技術者は日陰者のようである。もっと日なたに出てもらいたい。私自身も技術者が表に出てくる活動に汗をかいている。今回は,その一端を紹介しよう。
東京大学ものづくり経営研究センターが主催している「ものづくり寄席」を覗いてきた。先生方が祭りのはっぴを着て,経営学を落語風に語る,という趣向である。…
比内地鶏とか名古屋コーチンとかコシヒカリとか、産地偽装に関する事件がやたらと目に付く。食品に限ったことではない。某百貨店がイタリア展で販売した家具は、実は中国製だったという。
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[ 127] 還暦を迎えた「ENIAC」に思う - 日経エレクトロニクス - Tech-On!
[引用サイト]  http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20060215/113303/

ゲームデザイナー 桜井政博さんが週刊ファミ通で連載している人気コラム“桜井政博のゲームについて思うこと”の単行本発売を記念し、週刊ファミ通誌上で読者の“ゲームについて思うこと”を募集したところ、予想以上のおたよりが殺到! 週刊ファミ通4月22日号でのスペシャル版掲載に続き、ファミ通.comにも出張所を開設!
シリーズ物などの大作主義が目立つ中、新作ソフトを売り込むにはもっと体験版の無料レンタルを普及させるべきではないでしょうか?
やはりどんなゲームかわかりづらい新作よりも、シリーズ物のほうが購入しやすいのだと思います。ちなみに僕も『デビル メイ クライ』をレンタルしてみて、おもしろかったので購入しました。
いまどき「買ってみなければわからない」という娯楽も通用しにくいのかもしれませんね。わたしも事前に試せるにこしたことはないよなぁと思いつつ、今回はあえて事情バナシを多めにしてみようかと。
ゲーム販売店では、店頭の試遊台に出すソフトと出さないソフトが吟味されます。それは単純に新作、売れ線であるかないかということで判断されるとは限らず。触ってもらったほうが伝わりやすいものなのか、イメージで勝負する方がトクなのか。そのあたりをふまえて検討されるわけですね。
メーカーから見た体験版制作もそれに似ているところがあります。体験版を作るということは、制作スケジュールにも影響が出るしコストもかかるし、バグ取りも進捗上優先的におこなわなければなりませんから。それが効果的なのかどうかは、宣伝と開発進行のバランスを取る必要があると思います。
要は、全部のゲームが映画の予告編と同じように体験版を作るには、ゲームの特徴上ちょっとハードルが高いということなのです。
最近ふだんゲームを遊ばない人にも楽しめるように、操作方法をシンプルにしたゲームが増えています。操作方法をシンプルにすれば、多くの人が楽しめるかもしれませんが、ゲームに慣れ親しんだ者としては、なんだかさみしい気がします。複雑な操作だけど、みんなが楽しめるというゲームは作れないのでしょうか?
ゲームデビューした幼いころ、わたしは2方向スティックと1ボタンだけのゲームで遊んでいました。(『スペースインベーダー』とか)
そんな時代のわたしに、いまのプレイステーションのコントローラーを見せたら、どう思うのだろう? おそらくそのボタンとスティック類の数に、「なんだこれ!!」とびっくりするのではないかと。
「でも、自分はプレイステーションから始めたよ!!」というかたもおられるでしょう。しかし一方で、そのボタンの数を見て「ゲームするのムリ」と思っている人もいるかもしれないわけで。
で、ご質問に答えますと。"複雑な操作だけど、みんなが楽しめる"ようにするには、やっぱり段階的に操作がわかるようにして、ゲームクリアに必須の操作を減らすのがなによりかなぁと。
たとえば『スマブラ』では、スティックによる移動とAボタンによる攻撃さえわかれば、一応ゲームはできます。慣れてきたらBボタンによる必殺ワザ、Rボタンによるガード、はじき+Aでスマッシュ攻撃……などと段階的に覚えれば、さらに広がっていくという作りにしたつもりなのです。
週刊ファミ通の“読者が選ぶTOP20”で、チュンソフトの『街』がいまだに根強い支持を誇っています。『街』の発売当時はサターンを持っていなかったので、リメイクでもそのままの移植でもいいので現行機で発売してほしい!サターンでしか遊べないなんてもったいない!
“読者が選ぶTOP20”の『街』、スゴイですよね!! なんでそんなにいつまでもランクインしているのかと。オドロキです。どういう層が投稿しているのだろう……。
さて、リメイクでもそのままの移植でもいいので現行機で販売してほしいと。確かにそう思いますね。もし出たらわたしもプレイしたいです。おもしろいし。
でも、そのままの移植だったら、怒る人もいるんじゃないでしょうか? 俳優さんも歳を重ねているだろうから、リメイクのために新録というわけにもいかないだろうし。
そこで登場するのが、1999年にプレイステーションで発売された『街 〜運命の交差点〜』というわけですよ。これならプレイステーション2でも動くハズです。
『ファイナルファンタジー(以下、FF)』シリーズがどんどん難しくなりつつある。『FF』シリーズには、チャンスが1度しかないミニゲームのようなイベントがあるため、どのイベントも見逃さず、装備品などをコンプリートするためには、ミニゲームを失敗するたびにリセットボタンを押すしかない。しかし、僕はリセットボタンを押すという行為が嫌いだ。できるならば、最強装備の入手方法はミニゲームと関係ない方法にしてほしい。でも、『FFXII』をプレイするのが楽しみです!
というか『FF』に限らず、ネタバレを必死で避けつつ自力でエンディングに行く人が、隠し要素を知らないばかりにソンをするということはよくない!!
できれば、いつでも戻っていつでもチャレンジできるようにしてもらえればなぁ。それならエンディングまで到達しても後くされがないですしね。
ただ最近はそういう「シナリオ展開に関係なく戻れること」に気を遣っているソフトも増えてきたような気がします。理不尽さを感じるのはみな同じということなのか。
『バイオハザード4』でヒロイン、アシュリーのパンツが見えるというゲームデザイナーによる一種の遊び、ファンサービスについて、「やりすぎだ」という世論が出ています。
ハードの質の向上にともない、この先こういった表現のリアルさが増してくるにしたがって、遊び心としてとらえてもらえない事もでてくるのでは?
うーん、パンツぐらいいいと思うんだけどなぁ。ミニスカなんて、街でもよく見かけるでしょう? それが激しくアクションすれば、そりゃーちょっとのチラリはありますとも。『バイオハザード4』もプレイしてみましたが、見たところあんまりそういう下品なウケを狙ってはいなかったと思いますし。なので、アシュリーのパンツについては、「考えすぎるほうがエッチなんじゃないの?」と片づけたい……。
で。“表現のリアルさが増すことにより、遊び心としてとらえてもらえない事もある”。これは考える余地がありそうなことですね。ファミコンの映像でナイフを刺す、リアルなキャラがナイフを刺す、ぜんぜん違いますもん。
親戚が来たときに、ヒマそうにしていた子供たち(5歳と8歳)に『スマブラDX』をプレイさせてみました。18歳の自分と年の離れた子供たちでの対戦だったのですが、彼らはつねに興奮状態で楽しんでいました。この点に関して評価すべきものがあるのではないかと思うのです。
『スマブラ』に限ったことではないんですが、個人的に桜井さんはゲームに対して"放任主義"だなあと感じています。砕いた言いかたで言えば"遊ぶ場所は用意したからご自由に"といった感じです。そこでは強制力が感じられず、価値観の押しつけがありません。自分の遊びかたを見つけ、自分で価値を発見できるものなのです。だからチビっ子たちも楽しむことができたのではないかと。
またこういったゲームはつねに何らかの価値を発見できるために、時が経ってもおもしろさの本質は変わらず、色あせることがありません。
発売から数年経ったいまでも、ファミ通編集部で『スマブラ』大会が開催されて盛り上がれるのも、こういうことなのかなあと思ったり。大会の模様を読んでたら、自分も大会を開きたくなってきましたよ。
わたしがビデオゲームにおいて魅力を感じることのひとつに、「好き勝手にできる」という要素があります。右に行きたければ右に、左に行きたければ左に行くことができる。プレイヤーにゆだねられて世界を楽しむというのが、かなり好きなんですよね。だから、強制感のある遊びがあんまり好きでなかったり。
でも、全く広大な世界に単身放り出されても困るプレイヤーも多いわけで。そこに囲いを作ってあげるのも、ゲームデザインの重要な要素だと思っているのでした。
『大乱闘スマッシュブラザーズ』、『星のカービィ』、『メテオス』など数々の作品を手掛けたゲームデザイナー、桜井政博さんの人気コラム『ゲームについて思うこと』(週刊ファミ通連載)が単行本化!! 連載第1回〜第50回に加え、後日談&ファンが“にやり”とするスペシャルなおまけを収録。桜井氏のファンはもちろん、ゲームファン、ゲームクリエーターを目指す多くの人が楽しめる1冊。みんなで読もう!!
降りそそぐ大量のメテオ(ブロック)をタッチペンでスルスルっと動かし、色をそろえて打ち上げる! こんな簡単ルールだけれど奥深く、ハマり人続出のアクションパズルゲームだ。ゲームデザインを手がけた桜井政博さんの遊び心もギッシリつまってるぞ。ムービーやもっと詳しく知りたい時は、『メテオス』公式サイトをチェック!!
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[ 128] 桜井政博のゲームについて思うこと (ファミ通.com出張所) / ファミ通.com
[引用サイト]  http://www.famitsu.com/extra/2005/04/26/652,1114507908,38691,0,0.html

【お知らせ】2007年11月19日(月)午前10時ごろ「子どもの教育相談室」がリニューアルいたします。より話し合いやすく、情報を探していただきやすくなります。皆さまのご利用をお待ちしています。
Benesse教育情報サイトの「オンライン投票」、今回の投票テーマ「「小学校英語の必修化」どう思う? 」の投票結果です。
コメントは新着順に掲載しています。選択肢ごとにコメントを整理して読みたいかたは、コメント一覧の上部にある、「○○派」「××派」のリンクをクリックしてください。
「小学校英語の必修化」どう思う? 学校から英語の授業を導入する方針が固まりつつあります。 これについて、あなたはどう思いますか?ぜひコメントも投稿してください!
小学校までは母国語の基礎を身につけるべきである。中学校からでも英語教育は十分可能である。それよりも受験英語から生活英語への脱却が先である。中学・高校で英語力が身に付かない原因である。
ネイティブスピーカーまたは、それに準ずる先生が教えるのでしたら、賛成です。私は、公立中学生の子を持つ母親ですが、学校で習う英語は、日本語英語なので、大学受験を考えると、とても不利です。
私たちの時代と違い、国際化の波が数ヶ月の赤ちゃんにまでも浸透しつつあります。なかなかうまく日本語もはなせない子でも、『英語習っている!』と自慢げに話します。。。うちの子はまだ小学生低学年で、まだまだ日本語のよさを、文法も含めて習っていないことが一杯で、英語へのステップを躊躇しておりましたが、子供にとっては大変興味のある領域のようです。ただ、母国語を大切にしながら、英語のよさをアピールしてくれる時間であれば良いかな?と思い、賛成としました。
少しはやった方がよい。あいさつや簡単な単語は知っておいて損はない。ただ、テストの点を取るだけの英語はやめて欲しい。
頻繁に見かける英語ですから、漢字を覚えるるように英語も覚えさせたら、吸収しやすいのではないかと思います。
反対にしましたが基本的に英語を必須科目にするのはいいと思います。ただ、その場合、ヒアリングやアブクドゥ読みを中心に“話せる英語を目的にした授業”を望みます
自分があまり英語が得意でないが、英語が話せると将来必ず役にたつと思う。小学校から英語に接していれば楽しく英語にとりくむことができると思うので。
ベストセラー書の受け売りではないですが、国語に時間を割き、読解力や表現力をつけることが先だと思います。ただ、まだ外国人と接触することも地域によっては少ないため、肌や髪の色が違い、いろいろな言葉や文化をもつ人たちがいることを知ってほしいので、異なる人種の方々と交流する時間は積極的にもってもいいと思います。
やはり、早い段階で英語教育を取り入れることで、子供たちにとって、英語がより身近なものになると思う。中学校からのスタートだと、校内学力試験、高校受験を意識してしまい、やらされる勉強という感覚で、英語に触れることは、苦手意識を持つ子も増やしてしまうことにつながる。つまり、早い段階(試験などの重圧がない状態)で、コミュニケーションの道具として、英語は楽しいものだということを教えることは、とても大切なことだと思う。それが、もっと勉強したいという子どもたちのモチベーションを高めることにつながっていく、良いきっかけになるのではと考える。
小学校の時にゆとり教育が始まりそれとともに学力が低下したからと夏休みに補習が始まり親として理解に苦しみました。今現在の授業についていけない子供がいるなかで今の状態を無視して新たに英語を取り入れることに意味がないと思います
今までの中学校からの英語は文法や書き取りが主な目的のような授業で、大学受験や試験にはそれで良いのかも知れないが、社会に出て実際に役立ってはいないと思う。もっと国際社会に目を向け、コミュニケーションをとれるように英語を話せる、聞けるような授業を小学生のうちから行ったほうが良いと思う。私自身、英語を話したかったが、中学生ともなると羞恥心のほうが勝り、なかなか外国の方の真似はできなかったように記憶している。
外国の文化や言語、人に触れることはいい事だと思います。語学を詰め込むのではなく、まずは興味を持つことから始める意味で小学生にはいいのではないでしょうか?
日本の美しい言葉、本物の日本語をもっと徹底して教育するべき!英語は個人でいつからでも始められる。
今や国際社会なので、英語力は必要と思います。・・・が、やはり先に日本語。とも思っています。「英語って楽しいよ。」って思う程度を、小学生のうちに知っていれば、これから先の興味にもつながるように思います。
日本語も理解出来ない、ちゃんと教えられない教育の中でこれ以上詰め込むだけの教育はいらないと思う。
中学に入って、いきなり難しい事(文法中心)をならっても、嫌いになるばかりだし、自分自身小学三年生から習っていて、英語の学習をする事が好きになった。小学校では英語への本当の入り口の部分(興味をもてたり、学習意欲がもてたりする事)をしっかりやっていただきたい
耳が発達していくときに歌などを通して他言語を勉強すると、日本人の苦手な音の違いがよく分かるようになると思う。同時に日本語(国語)教育も徹底して、母国語がおろそかにならないようにするべきだと思う。理科は、中学生になってから勉強に力を入れても遅くないと思う。
また英語教室に通うと月謝も高く、またなかなか家では教えられない科目でもある中で、多少の英語が知っていたほうがよい今の時代なので賛成です。
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[ 129] 「小学校英語の必修化」どう思う? 新着順のコメント 【Benesse(ベネッセ)教育情報サイト】
[引用サイト]  http://benesse.jp/vote/voteBackNumber_1.html



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