泰葉とは?
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泰葉(やすは、本名:海老名 泰葉〈えびな やすは〉1961年1月17日 - )は、日本の元シンガーソングライターでタレント、プロデューサー。東京都出身。元夫は春風亭小朝。所属事務所は、小澤音楽事務所→レッド・バス(結婚による芸能界引退まで)→アイアン・キャンドル(2007年1月?)で、現在はアイアン・キャンドルの代表取締役社長も務めている。 父は落語家の林家三平。母は海老名香葉子。伯父は釣竿職人の中根喜三郎(母・香葉子の兄)、祖父に7代目林家正蔵、実姉に海老名美どり、実弟に9代目林家正蔵と林家いっ平、義兄に峰竜太、甥に下嶋兄がいる。 代表曲「フライディ・チャイナタウン」。また、アーティストへの楽曲提供も行い、「夏のRELIFE」(松本伊代)、「YES、I'TS MY HEART」(少女隊)などを残した。テレビタレントとしての活動としては『午後は○○おもいッきりテレビ』初代アシスタントなど。結婚を機に芸能界を引退し、小朝のマネージメント等に協力していた。 泰葉の勧めで、弟・9代目正蔵がこぶ平の時代に大阪へ来阪する時は、やしきたかじんのかばん持ちをしばらくさせていたことがある。 たかじんと出演したラジオ番組『ハローナショナルショールーム』で、ゲスト出演をしたECHOESの横柄な態度が気に入らず、たかじんに「(倒して)やっちゃいな」と言い放ち、たかじんが暴力を振るう始末に展開した。 1984年4月23日、『笑っていいとも』のテレフォンショッキングに出演した際、泰葉が「お友達紹介」の際に誤って別の一般人に電話をかけてしまったことがある。タモリが冗談で「明日来てくれるかな!?」と問いかけると「いいとも!」と答えたため、その次の日から3日間、本コーナーの前に一般人がゲストのテレフォンショッキングが行われた。その次に紹介された4人目が出演を拒否したため、一般人の出演はこの3人で終了した。 仕事の事で悩みがあり引退したがっていたが、しかし辞めたら辞めたでやることがなくなるから辞められないという事を、後に夫となる春風亭小朝に相談したところ、「じゃあ僕の妻になるかい?」とプロポーズされ2人は結婚。同時に泰葉は芸能界から引退した。(2007年2月11日放送『ウチくる!?』より) その後は元夫・小朝が所属する事務所の社長を務め、主に小朝のマネージメント活動を行っていたが、時折テレビに出演する機会があった。2007年になってからでは、 といった活動の他、8月28日放送の『たかじんONEMAN』にも出演し、20年ぶりにたかじんと共演した。 明石家さんまにプロポーズされたと話している。本気にしていたらしい。林家一門では、さんまが林家三平を乗っ取ろうとしているのではないかと大騒ぎになった。 2007年8月24日放送『たけしの誰でもピカソ』では、Mr.マリックやマギー司郎のマジックに対して見事なリアクションをみせる。 2007年9月28日を持って、自身がかってアシスタントを務めていた「おもいっきりテレビ」が終了したが、スタジオ出演及びVTR出演は無かった。 2007年11月12日 自らのプロデューサーとしての活動発展を理由に離婚。翌日にメディア発表を行い、小朝、実弟2人の同席や金屏風をバックにした異例づくめの離婚会見を行った。会見では、時折笑いが起こったり、しまいには泰葉がなぞかけやピースをするなど異様な会見だった。その中で離婚の経緯について、仕事を続ける中で主婦業に集中できず、中途半端はいやなため夫婦という関係を解消しようと申し出たことを明らかにする。某テレビ局の取材では、落語家である小朝を尊敬するあまり、夫の小朝との関係が家族愛ではなく師弟愛であったと涙ながらに語り、落語家の妻には二度とならないと語るなど、落語家の妻として振舞うことに相当の苦労があったことを覗かせていた。 離婚会見中、リポーターに姉(海老名美どり)の反応について質問されると、困惑したような表情を見せ、少し間が空いて「姉とは仲が悪いんです」と発言。思わぬところで姉との微妙な関係を露呈することになった。 この離婚会見の詳細特集を11月18日放送の「アッコにおまかせ!」(TBSテレビ)で行なっている時、和田アキ子が「真相が分からないから、電話してほしいね」とカメラに向かって呼びかけたところ、コーナー終了後泰葉本人から生電話があった。その際泰葉は「ホントは1人で会見したかったけど、小朝が兄弟も同席させた」などと語った。また、義兄に当たる峰竜太は、今回のことを和田ら出演者らに聞かれた際「私には何の相談もなかったし、分からない」などとし、電話をかけてきた泰葉には「残念」としたものの、泰葉が「いい人ぶっちゃって(笑)」と述べると「ハッキリ言って、こっちも迷惑してんだよ」と真剣な顔でコメントした[1]。 「わっ不思議」・・・2枚リリースされた。一見何の変哲も無い12インチシングルだが、レコードの溝が特殊加工になっている企画ものシングル盤。 溝を逆方向に切っている。通常のレコード盤と違い、針を内側に落として再生する。曲の進行とともに針が外側に移動するというものだった。 |
[ 120] 泰葉 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%B0%E8%91%89
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落語家の春風亭小朝(52)と元歌手でタレントの泰葉(46)が13日、東京・帝国ホテルで会見し、12日に離婚したことを発表した。泰葉は実弟の林家正蔵(44)林家いっ平(36)を同席させ、金屏風(びょうぶ)まで用意。結婚会見のような陽気さを自らプロデュースし、円満離婚をアピールした。小朝も泰葉の一方的な離婚の決断をかばったが、会見の最後に「夫婦愛はなかった」と告げられ、さすがにブチ切れそうになった。 泰葉が「いまも好き」と言えば、小朝も「楽しかった」と19年間の結婚生活を振り返った2人。まるで結婚会見のような発言と演出に、泰葉は「夫を精いっぱい支えた。だから金屏風の前に堂々と座れます。こうして弟たちも駆けつけてくれました」と胸を張った。 離婚を切り出したのは泰葉。亡き父、林家三平さん(享年54)の命日の9月20日に「別れてください」と言った。その時の心境を「父に申し訳ないという感じ」と泰葉。小朝は「えっ!?という感じ。奥さんのポジションから外してほしいと…。それならお手伝いさんを頼めばと言ったが、奥さんならすべてやりたいと。でも(自分のやりたい仕事と)両方はできない、考えは変わらないというので」と説明。突然の離婚の突き付けにも「(元タレントで)表に出たがりだったので19年間よく我慢してくれたと感謝しています」と思いやった。 泰葉は、今年はじめに知人の脚本家田渕久美子さんと事務所を開き「外に出て我慢してきた自分に気付いた」とキッパリ。「お化粧もせず、露出もせず、いいおかみさんだったと思う」と自画自賛した上で「女として楽しみがなく(夫を)サポートするのに疲れちゃった」と話した。 報道陣から「甘えてないか」との質問も飛んだが、小朝が「彼女は一からアイロンかけを覚えて頑張ってくれた」とフォロー。今後も同じマンションの別々の部屋で生活し、泰葉の事務所が軌道に乗るまで金銭的な援助をするという献身ぶり。「夫婦から援助交際になった」(小朝)と言い、会見場を笑いで和ませた。 金屏風に爆笑という前代未聞の離婚発表。弟たちまで連れ出した“泰葉プロデュース”の会見は、小朝のフォローにより無事終了のはずだった。しかし、最後の最後に泰葉が「夫婦愛?それがないからこうなったんじゃないのかな」と“失言”。小朝は顔を紅潮させ「今の何げない一言だけど…。あっそうなのって、ガッカリしちゃったなあ」とポツリ。 報道陣が「最後にきょうの会見をなぞかけで」と頼むと「う〜ん…」と悩む小朝を尻目に、泰葉は「私がやります!この会見とかけまして泰葉と解きます。その心は“小朝(怖さ)知らず”」とやり、場内は大爆笑。落語家の夫をもはや立てることはなかった。 ◆泰葉(やすは)本名海老名泰葉。1961年(昭36)1月17日、東京都台東区生まれ。都立芸術高音楽科を卒業後、81年に「フライデーチャイナタウン」で歌手デビュー。人気絶頂期に、結婚を機に芸能界引退。小朝のマネジメントやプロデュース業のかたわら、テレビ番組にも出演。趣味は映画観賞。 ◆春風亭 小朝(しゅんぷうてい・こあさ)本名花岡宏行。1955年(昭30)3月6日、東京都北区生まれ。東京電機大付属高卒業後、70年に5代目春風亭柳朝に入門。76年、二つ目に昇進。80年、真打ちに昇進。36人抜きで話題となる。落語だけでなく、俳優やバラエティータレントとして幅広く活躍。血液型O。 - 小百合“母への思い”語る…Nスペでテレビ初2カ月半密着取材(サンケイスポーツ) - 11月14日8時1分 - ブラッド・ピット、アンジェリーナのズボンが裂けたのを手でカバー(シネマトゥデイ) - 11月14日14時16分 - 二コール・キッドマン、「トムの子を流産したわけではない」(シネマトゥデイ) - 11月13日23時15分 メタボなんて怖くない! おデブだってドリームズカムトゥルー! ミュージカル史上No,1映画ついに日本上陸! |
[ 121] Yahoo!映画 - ニュース <小朝&泰葉“陽気離婚”強調もポロリ>
[引用サイト] http://movies.yahoo.co.jp/m2?ty=nd&id=20071114-00000045-spn-ent
