しらけとは?

日本の金融界の総元締め、日本銀行総裁の福井俊彦がインサイダー取引事件の村上ファンドに投資していた。これは、何を意味するのか。大切なこと・熟知しなければいけないことは、金融界の総元締め日銀総裁までが、村上ファンド事件のような事件にひっかかる、または、関係してしまうという経済の体質だよ。この体質こそが、唯一神又吉イエスが言う「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済のそれだ。今回の日銀総裁の件をはじめ、1976年に発覚した、元首相田中角栄の首相在任中の5億円授受をめぐる受託収賄罪が問われたロッキード事件等、述べている経済体質から出て来る金にまつわる疑獄・汚職等の事件は数えれば枚挙にいとまがない。その度に、国民一人びとりは思う。「何か、おかしいな。世の中は。」と。田中角栄のロッキード事件の時に、唯一神又吉イエスは学習塾をやっていたが、中学生達から「首相がそんなことをしてしらけるよな。」と言う声が出た。そうだ、問題はこの「しらけ」だよ。日本の首相や日銀総裁にまで及んだこれらの事件の度に、一人びとりが意識・無意識のうちに「金に振りまわされるしかないのか。金にしか頼れないのか。」と、しらけ、おかしくなった。そして、「右へ倣え」となる。それはどんどん拡大して、しらけに覆われたおかしい空気の現在の日本(世界も同じ)になった。
このしらけに覆われたおかしい空気の社会は、一人びとりの良心や誠実さ、そして正義感を薄れさせなくさせている。それは、一人びとりの道徳心・人心・人格を喪失させ、殺人までの罪・犯罪の誘発原因ともなる。その個人の集合体としての社会は、当然、破滅する。更には、どうしようもない締まらないしらけでおかしくなった社会の一人びとりは、本来の生活をする気力・忍耐・我慢等も失せて「今のままでいい。待て待て。」ということで、都市化・工業化・物質主義・便利主義の利益至上主義経済の公害を通して、人類を滅亡させる。
以上の述べている「しらけておかしくなった社会」を通しての人類の破滅・滅亡の道が、今後一気に加速する。唯一神又吉イエスが言う「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済が来るべきところまで来ているのが、現在の日本・世界の経済、新自由主義経済・グローバリズム経済・市場原理万能主義経済であるからだ。
以上の内容・状況は述べた通り、唯一神又吉イエスが言う「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済の体質の故であり、逃れることはできない。どうすべきかは、常に述べている通り、唯一神又吉イエスの世界経済共同体日本・世界経済共同体への道である。
しらけに覆われ、おかしい空気の社会について述べたが、それは都市化・工業化・物質主義・便利主義の実際の生活からも、当然、出てくる。農林漁業中心の本来の生活から遠ざかるほど、見栄・高慢等の故にしらけておかしくなるのはその通る道であるからだ。それは、根底は本文で述べたことと同じである。
述べて来た「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済の道に、唯一神又吉イエスが言う「自己中心・好き勝手・やりたい放題」を止められない民主主義が大きく絡んでいることを最後に指摘しておく。

[ 57] 日銀総裁、村上ファンド投資のしらけの事象
[引用サイト]  http://www.matayoshi.org/nmfmonoii.html

最近学級内で二つの傾向を示す子どもをよく見かけるようになったと編著者たちは言う。一つは「しらけ」ている子であり、一つは「無気力」な子であると言う。対応を誤ると不登校、保護者とのトラブルの原因となる。そのため本書では対応を四つの視点で説明した。
一 あなたのクラスに、こんな子どもはいませんか?二 「しらけ」「無気力」の子どもの背景は? 1 「しらけ」た子 2 「無気力」な子三 こんな一年生に育てたい!四 「しらけ」「無気力」解決のためのキーワードは?
一 「しらけ」ている子どもへの基本的なスタンス二 授業を突破口に! 1 子どもを変える視点で授業を組み立てる 2 「しらけ」ている子の知識の盲点をつく授業 3 「しらけ」ている子の挑戦意欲をかき立てる授業 4 「しらけ」ている子が自然に参加してしまうような授業三 学級作りを突破口に! 1 「しらけ」ている子が孤立しない受容的な学級を! 2 「学級のプロ」を導入して、「しらけ」ている子を引きつける 3 挑戦意欲をかき立てる 4 学級内で認めてもらえる 5 友達の良さに気づかせる四 教師との関わりを突破口に! 1 表 情 2 動 作 3 ゲーム性のある活動五 保護者との関わりを突破口に! 1 他の子どもと比較しない 2 様々な方法で情報を発信する 3 肯定的な態度で保護者に接する
一 「無気力」な子どもへの基本的なスタンス二 授業を突破口に! 1 子どもを変える視点で授業を組み立てる 2 「無気力」な子の興味ある内容を取り入れた授業 3 「無気力」な子の出場(見せ場)を組み込んだ授業 4 「無気力」な子が参加したくなるような授業 5 得意な分野が見つからない児童を参加させる授業 6 児童をよく見ることで授業は変わる三 学級作りを突破口に! 1 成功体験のためには、ペア学習 2 成功体験のためには、係活動四 教師との関わりを突破口に! 1 スキンシップで関わる 2 声かけで関わる 3 アイコンタクトで関わる 4 情報収集をして子どもと関わる五 保護者との連携を突破口に! 1 週予定を使って連携する! 2 お便り帳(連絡帳)を使って連携する! 3 シールを使って連携する!
Q1 「勉強なんて面白くない」と『しらけ』ている子どもがいたら?Q2 「このクラス、面白くない」と『しらけ』ている子どもがいたら?Q3 教師に全く話しかけてこない『しらけ』ている子どもがいたら?Q4 授業中、教師の指示に反応しない『無気力』な子どもがいたら?Q5 宿題をまったくやってこない『無気力』な子どもがいたら?Q6 友達とまったく関わろうとしない『無気力』な子どもがいたら?Q7 学校にくることをしぶる『無気力』な子どもがいたら?Q8 クラスの子が『無気力』な子どもを嫌い出したら、どう対応する?Q9 幼稚園や保育園との連携をどのように行う?Q10 校内の連携はどのように行う?あとがき

[ 58] 明治図書ONLINE 『一年生のやる気を引き出すプロの技5 「しらけ」や「無気力」な子』
[引用サイト]  http://www.meijitosho.co.jp/shoseki/shosai.html?bango=4-18-254524-5

統一地方選挙が終了した。目玉は何といっても前半の東京と神奈川の知事選だったわけだが、結果
争点はないに等しい。東京都知事選に関していえば、石原慎太郎という人物の戦争に対する超タカ派的スタンスが、もっと議論されるべきだが、まるでなかった。彼自身何を言ったのかといえば「国の行政のスピードが遅い。東京都から変えていくしという訳のわからん話でゴマかしているにすぎない。言うまでもないが、行政に必要なのは速度ではなく中身である。
ほかの候補の主張にも大差はない。結局、どんな"イメージ"を作り出せるかが"勝負なのだ。慎太郎の場合にせよ、要は待望論の残りカスがまだ燃え残っていたという程度のことにすぎない。308万の獲得票にしても驚くこともなかろう。
何しろ共産党の若林義春以外の候補は、慎太郎、樋口恵子、ドクター中松、いずれも70代。いわば「高齢者の枢軸」である。まあ、きたる高齢化社会を予感させる風景ではあったがな。
投票率も、相変わらずの低調(都知事選44・9%)。しかしまあ、この顔ぶれを見るかぎり、選挙に行かないという選択肢のほうが、かなり高い問題意識の表れとも言えるのではないかと俺は思う。
選挙とは票という金で政治家を買う行為である。八百屋に野菜を買いに行くのと何ら変わるところはない。当然、今はこれが旬だとか、これが体にいいと考えて買う。仮に店頭にあるのはカビの生えた野菜ばかりとなれば、それをだれが好き好んで買うか。選ぶ基準が、よりカビや腐りが少ないものとは情けない話や。
選挙に行かなかった者こそ"良識ある有権者"ではないか。彼らほど民主主義を理解している者はおらんで。むろん、俺もそのー人だったわけだ(桜花賞と重なったことも大きいが)。
競馬の予想なら、当たろうが外れようが、そこには熱狂がある。しかし、今回の選挙にそれがあるだろうか。慎太郎が樋口になっても何も変わらんやろ。慎太郎が2期続けても同様。これまでの4年間で東京の何が変わった?もともと慎太郎は国会議員時代から何もできん男だった。そんな男に期待すること自体、ムダな議論なのである。
そして神奈川県知事選。田嶋陽子の立候補が物議を醸した。批判の余地はいくらでもあるのだが、俺としては評することすらおこがましい。ああいう人間も生きていける明るい社会を目指すことは大切かもしれんがな(笑)。
地方に行けばそれなりの変化はあったといえぱあった。だが、それにしても国政に与える刺激はきわめて少ない。例えば、高知の県議選。自民党が過半数を割っている。しかし、その実体をよく見れば、自民党と公明党の関係が緊密になっただけの話。要は公明党による自民下支えの構造がはっきりしたということにすぎん。今や自民党は公明党という大組織のために戦う"実働部隊"にすぎなくなっているというわけだ。
これについて、公明党のやり方が正しいとか正しくないとか論を交わす者もいるが、今に始まったことでもないだろう。
また今回、女性当選者が急増したという側面もあった。しかしこれも、候補者数自体が増加していることからすれば、当然といえば当然の成り行きではある。確かに女性の社会参画というトレンドを考えれば、今後も増加傾向だろう。だが、俺としては、男受難のこの時代こそ「女の横暴を許すな、男にも人権がある!」とでも叫んだほうが、よほど支持されると思うで。
まことあきれるしらけムードなのだが、その原因とはいったいどこにあるのか。まずは非常に安易ではあるがメディアの責任。
争点があり、選挙しだいで何かが劇的に変わるかのような演出によって、大衆の関心を得ようとするのは、メディアの本質だ。しかし、今回はその演出があってさえも世間を騒がせることができなかった。つい先日までイラク戦争の生々しい映像を嫌というほど見せつけられてきた側としては、まあ、ダルマに目を入れて万歳三唱するアホな姿になんぞ、何ら興奮できはしないやろな。
そしてもうーつ、選挙における"言葉"の問題である。そもそも選挙とは世論をどれだけ取るかの争いであり、そこにはさまざまなキャッチフレーズが使われる。その使い方への問題の表れともいえよう。今で言えば「市民」「改革」「無党派」が3大人気ワードだ。これらに共通
するのは、いずれも血の通った言葉ではない、ということだ。耳ざわりこそいいが、本質は皆無。これほど無味乾燥な言葉がいくら蓄積されたとしても、そこからは何も生まれてこない。今回、県議選で苦戦を強いられた田中康夫知事がいい例だが、彼は当選後、「しなやかな県政」という言葉を使い続けた。確かに耳ざわりよく、多くの支持を得ることができたが、それも繰り返されるごとに本質のなさを露呈した。それに有権者の〃飽き"が拍車をかけたといえなくもない。
また、今回の選挙でもうーつ話題になったのがマニフェスト(要は政策の宣言や)。これも言葉の目新しさに頼っただけの話。官僚たちは毎年これと同じことをやっている。だとすれば、官僚ベッタリの議員なら、いくらでももっともらしいものが作れるということにもなる。この流れが国民に支持されることで、最も得なのは、結局、自民党議員なのである。
要するに、パフォーマンスとしての政治はもはや限界に来ているのだ。このことは、これまでの延長とはまったく別
無内容な言葉による量的蓄積は質的な転換を迫られざるをえないからである。ただ、それは必ずしも一般
民衆にとって歓迎されるものとは隈らない。極端なものとしては、ファシズム的要素をはらむ危惧さえあるのだ。だが、しらけきった現状からすれば、その危機感さえ実感できない。
本来なら、現代のような激動期には、少なくとも選挙運動員どうしが駅前の演説場所を争って乱闘するくらいのことがあってしかるべきだが、そんな場面
もなかった。どんなにリストラされても〃暴動"さえ起こせない、なえた国民性の象徴といえばそれまでではあるが。いずれにせよ、滅びゆく国の選挙とはこんなもんなのだ。
統一地方選しらけムード都知事選は現職の石原知事がほぼ信任投票の状況で当選。無所属は6県で第一党だが前回から横ばい、自民、民主、公明、自由各党が前回に比べ当選者増。共産、社民は大幅減。小泉首相は自民党の善戦、と切ったが。

[ 59] キツネ目事件調書
[引用サイト]  http://www.zorro-me.com/2003-5/ag030501.html



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