奥田とは?

本日、小雨の中、奥田と挨拶廻り。いつも奥田が街頭活動をしているのを見つけると「頑張って!!」と応援して下さる、御菓子屋さん。二人で「美味しそう〜」とガラスケースの中を覗き込む。お茶和を飲む喫茶コーナーに「凄い、金沢城!!・・・写真撮ろう」と言うことになって撮った一枚です。「上手く撮れたでないかい」とお褒めの言葉を。何時も私が撮るとデジカメでもあるのに関らず、どうしてかピンボケ。帰りに際に、お茶と生菓子をご馳走になってしまいました。ありがとうございました。何件かの挨拶廻りをしている中で、ちょっと嬉しいことがありました。私が車の側で立っているときに、小学生の女の子二人が楽しそうに歩いて近づいてきました。二人で、小石を蹴りながら歩いてきたのですが・・・とするとその小石が「パチン」と奥田の車に当たったのです。キズも着いてないし何とも無かったのですが、その女の子二人は気まずそうに通り過ぎて行ったのです。私は特別気にすることなくそのまま立っていたら・・・・暫くすると先ほどの女の子が「さっきはごめんなさい」と誤りに来ました。私は、急に微笑ましくなって「何ともなかったし、態々ありがとう。大丈夫だから気にしないでね」と言ったら、頭を深々と下げて帰っていきました。ちゃんと、挨拶できるんだと・・関心しました。今、大人の世界では悪いことを沢山していても頭を下げない方が沢山いるのに・・・と思った瞬間でした。その後、奥田にその事を言うと「今時、関心な女の子だね」と「もしかして、怖い顔して仁王立ちしてたのでない?」と言われましたが・・・。(坂井カンナ)
11月14日 金沢水曜会80周年記念式典に出席この会は奥田建が今、会長を勤めさせて頂いております。「水への感謝を忘れずこれからも歩みを続けて行きたい」と挨拶をする。三波豊和さんの記念講演がありました。(坂井カンナ)
夕方、中央公園へと連合石川の秋季年末闘争の集会に向かう。本日は民主党県連代表として挨拶をさせて頂く。雨は降っていないが、寒かった・・・・。挨拶の中で「民主党の一連の騒動で、皆様に混乱と不信感を招き、大変申し訳ございません。小沢代表のもと気を引き締め新しい出発とし、次期衆議院選挙では政権交代をなんとしてでも実現したいと思っております。民主党は生活者、働く皆様の立場側にたった政策を実現することが使命です。今後とも皆様のご理解を頂きますよう心からお願い申し上げます。連合石川の益々のご飛躍をお祈り申し上げます。」・・・と挨拶をさせて頂きました。(坂井カンナ)
本日、小雨友人から朝電話が・・・「奥田建さん駅前で、濡れながらマイクで喋ってるよ」と連絡。駅前で街頭をしていたので直行。「次、中橋の交差点行くわ〜」さっそく中橋の交差点へ向かう。やはり雨が降っているし、今日は気温が低くて肌寒い。それでも街頭活動を続ける。雨が降ろうが、ヤリ?が降ろうが街頭活動をする。民主党の政策、奥田の国民、県民への「責任ある政治の実現」への訴えを聞いて頂くことが政治家の仕事である。本日は、小沢代表の辞意表明について、皆さんへの混乱を招いた事についてお詫びの一言を言っていました。「われわれ民主党は、強いリーダーシップのある小沢代表のもとで先の参議院選挙で勝利した。地方はまだまだ民主党の勢力が脆弱であり、あまりにも小沢代表に頼りすぎていた部分がある。事務所には毎日、朝から小沢代表の復帰と小沢がんばれの電話、メールが絶えない。是非とも一緒に政権交代を目指す、その先頭に立っていただきたいと思います。」と、訴えていました。(坂井カンナ)
11月4日。早朝の定期大会に始まり、フリーマーケット、ダンスパーティー、ブルースパークスのバスケットの試合を廻る。午後3時半に小沢代表の代表辞意の連絡が入る。党首会談において小沢代表の取られた一連の行動に瑕疵は無いと考えていたので驚く。4時過ぎに行われるという記者会見に注目するが、ニュースが流れない。出先にてニュースにコメント。正確な情報がわからないまま連絡に追われる。小沢代表の秘書の携帯電話に辞意撤回の要請の電話をかける。11月5日。小沢代表の辞表提出についてニュース取り。事務所に戻り小沢代表留任の電話が多くかかっており、党本部へ県連、県連支部の意向としての留任要請をすると共に心配していただく声を伝えるように指示。新進石川、連合、会派市民に状況説明に廻る。事務所に帰り、ニュース取り。党本部も役員総意での留意に務めるとの報を聞く。前議員の会からの留任要請書を提出。小沢代表から4日朝に事務所に対して送られた表明文。中傷報道に厳重に抗議する民主党代表としてけじめをつけるに当り
11月3日(土)秋晴れの中、清々しい気持ちで懇親ゴルフコンペを開催いたしました。参加者の中には、「10年ぶりでゴルフクラブ握ることになるぅ〜」と言う方や、「毎週ゴルフやっとるけど、100は切れない〜」「なんで毎週練習してもスコアー良くならんのや??」と様々なメーンバーで開催。優勝者には、なんと極上霜降り牛肉。食欲の秋とあってか、前日の役員会の打ち合わせに、「僕が優勝するから〜土曜の晩御飯はすき焼き!卵も優勝者にはあたらないのか?」なんてのたまう方も・・・。会長からは「卵は自分で買う事!!」とお達しが出たり・・・。「霜降り牛肉をめぐる熾烈な争い事」がコンペ開催前日から始まった。スコアーは皆さんソコソコ。楽しく最後まで笑いが絶えないゴルフコンペでした。終了後、ルネス金沢で総会が開かれ、奥田建の挨拶で会員の皆さんは、各々深く頷いていました。吉田会長から「僕たちは次の衆議院総選挙でなんとしても勝たなくてはいけない!気を引き締めてガンバロー!」と檄が・・・「ガンバーロー!!」と会員から声があがり、とても有難く感謝の気持ちで一杯になりました。月曜日からの青年部統一行動!!皆さん宜しくお願いします。 (坂井カンナ)
11月1日(木)東京にて朝からの会議もあり上京する。会議の後、幾人かの国会議員を訪ねる。動きが見えにくい国会の状況を聞く。報道を賑わす多くの意見も予測・推測でしかなく、ベテラン議員の方も、今の国会の流れは読めないというのが現実のようだ。昼に「NEWS23」の新キャスターの後藤謙次氏の講演を聴く。政治畑30年を超える記者である後藤氏の豊富な知識に驚嘆する。議員から「年金掛金流用禁止法案」、「テロ対策特措法」の状況などを聴く。資料を集め、夕方からは弁護士事務所のセミナーに参加。「スーパーテクノライナー」「諫早干拓」などの現在の問題を聞く。11月2日、11月3日。街頭に立ち、地域を挨拶に廻る。党首会談の成行きに注目する。会期末を1週間先に控えて法案が1本も成立しないという国会の状況を打開しようとする提案がなされるとは思っていたが、連立構想まで提案されたことに驚く。すぐに党役員会に諮り、総理に断りの返事をしたニュースに安堵する。

[ 85] 奥田建 Official Website
[引用サイト]  http://www.okuda-ken.gr.jp/

奥田 碩(おくだ ひろし、1932年12月29日 - )は、日本の実業家。トヨタ自動車株式会社取締役相談役。1996年、藍綬褒章受章。
社団法人日本経済団体連合会会長(初代)、社団法人日本経営者団体連盟会長(第9代)、トヨタ自動車株式会社取締役会長、同社代表取締役(第8代)を歴任。
三重県立松阪北高等学校(現・三重県立松阪工業高等学校)を経て、1955年に一橋大学商学部を卒業しトヨタ自動車販売株式会社(現・トヨタ自動車株式会社)入社。1982年に取締役、1987年に常務、1988年に専務、1992年に副社長となり、1995年に社長昇格。1999年、会長就任。2006年、取締役相談役就任。現在に至る。
2002年 日本経済団体連合会初代会長に就任して2004年5月27日、総会で正式に再任され、2006年5月までその第2期目を務めた、その後は日本経済団体連盟の名誉会長を務めている
社長時代にはそれまでどちらかといえば良い意味で保守的だったトヨタを改革したと言われている。例えば、世界に先駆けてハイブリッド車「プリウス」を発売したことや、それまでトヨタが敬遠していたF1への参戦を表明したことなどである。奥田の時代からトヨタは「攻め」の姿勢に転じて躍進を遂げ、現在の世界第1位の自動車メーカーの座を手にした。このことから、彼の経営手腕は一般的に高く評価されており、ハウツー本が出販されたり他のメーカーの中には彼の改革を手本にする企業まで出てきた。その一方で、スポーツタイプの車種を全廃した戦略、モータースポーツを広告として捉えるやり方への批判、従業員に過度のサービス残業を強いて労働基準監督署の査察を度々受ける事態を招いたり、業績好調にもかかわらず賃金の抑制を目論んで社会に対して扇動的言動をするなど彼の経営姿勢を批判する声があるのも事実である。
小泉改革の負の側面である格差社会について容認的である一方で、工場がある中国の反日デモを懸念して首相の靖国参拝には否定的である。このため、特に明確な国家観などはないものと考えられている(つまり自社の利益を最優先)。
『日経ビジネス』1995年7月17日号に「愛車のアクセル全開で憂さ晴らし」という記事が掲載された。事実であれば悪質な道路交通法違反である。
社長時代に株主総会の席で株主への説明において「例えばクラウンのオーナーなんて大概5年で買い替えるんですよ。ならば5年持てば十分でしょう。過剰品質については徹底的に見直し、コストの適正化に務めます」と発言して過剰なコストダウンで利益を増やして配当についても増額を目指すとしたため、「顧客(庶民)を軽視した言動」「顧客の安全と命を無視している」と批判されている。ちなみに2006年現在、「自家用車5年寿命説」とも言える経営路線のためにリコールが2000年以前のおよそ40倍に増加している[1]。
ミサワホームの経営危機を巡る発言が結果的にミサワホームを産業再生機構入りに追い込んだとして、ミサワホーム創業者(元会長)三澤千代治側が竹中平蔵経済財政担当相(当時)、斎藤淳産業再生機構社長と共に公務員職権乱用罪で告発する事態が起こった。
ライブドアの日本経団連入会を認めた際に「企業倫理を学ぶのに役立ててほしい」と堀江貴文を評価していたが、1ヵ月後ライブドアに証券取引法違反が発覚すると「経団連として(ライブドア入会は)ミスだった」と釈明した。尚、ライブドア入会の際に言った「企業倫理を学ぶのに役立ててほしい」の発言と対照させて批判する声が上がった。
中国訪問の際、同国政府要人との会談で小泉首相の外交姿勢を批判。これを「日本の外交より中国で車を売ることを優先する姿勢」とする意見がある。
2006年3月8日の記者会見では残虐なゲームソフトの影響で一部の若者が社会に適応できなくなりニートと化している可能性を指摘。経団連としてチェック体制を確立すべく検討を開始したと述べた。
拝金的な資本主義経済よりも、企業人は「武士道の精神」のような「心の規範」を持つべきと発言した[2]。
橋梁談合事件が起こった際には「談合は慣習、一気になくすのは難しい」「全国津々浦々に行きわたっている慣習のようなもので、地方では仕事を回し合っているワークシェアリング。本当にフェアな戦いをすれば、力の強いところが勝ち、弱いところは沈んでしまう」と発言し談合容認とも受け取られかねない発言を行う。
2006年11月19日の国際ロータリー第2760地区(愛知地区)大会の記念講演で「世界の現状と日本の針路」と題した部分の中で「均一性、画一性の社会は、規格品の大量生産には適していたが、今やそれは中国の強み」と指摘し、今後の日本は国民にも地方にも「多様性、独創性」(外国からの移民受け入れ)が必要だと訴えた。さらに、少子化について労働人口の急激な減少を懸念。女性や高齢者の雇用を掲げる厚生労働省の対策に「雇用のミスマッチが起きて対応できない」と批判して「外国人の力を借りるのは不可欠」との見方を示した。
これら一連の発言に対してマスコミ各社からの批判・非難が表立って少ないのは、トヨタグループ自体が自民党及びマスコミ各社の大口スポンサー・広告出稿者である事が原因である[3]。
奥田が2005年8月8日の郵政解散当日に小泉首相と会談し、その後社として自民を全面支援したからである。従来、トヨタ労組が民主党に組織内候補を送り込んでいることなどから、トヨタは自民とは一定の距離を置いていた。しかし、奥田は姿勢を転換しグループ企業を含めた役員クラスを自民候補の支援に動員した。日本ガイシや中部電力、東芝など他社もこれに倣った[4]。経団連会長である奥田が自民全面支援を表明した影響は大きかった。例えばトヨタ本社がある愛知県は長らく「民主王国」とも呼ばれるほど民主党の牙城であったが、奥田が自民支持を表明すると自民が大躍進し民主の絶対優勢は崩れ去った。
2007年、日本国内に措ける自動車の販売台数と生産台数が発表されたが、トヨタはマーケットシュア50%超と国内1位は確保したが、前年度に比べて3%弱の低下、販売台数も前年度に比べて10%弱落ち込んでおり、日本国内においては明らかに消費者の支持を失う傾向にある事を如実に示す結果となった。
^ 東北経営者大会での奥田会長基調講演(要旨)?「“こころ豊かな”人・企業・社会をめざして」(日本経団連タイムス No.2779 2005年11月17日)
カテゴリ: 日本の実業家 | トヨタ自動車の人物 | 1932年生 | 三重県出身の人物

[ 86] 奥田碩 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E7%94%B0%E7%A2%A9



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