布川とは?

当サイトは、トップページは新着順に、カテゴリー・月別ページは日付順に表示されます。 トップページへ戻る
このところ更新が途絶えています。が、過去記事もかなり充実していて、布川事件の多くのことが分かります。まだお読みでない方、どうぞお読みください。
カテゴリー「事件のあらまし」→「殺害方法と手順」→「自白の変遷」→「最終的な自白に関する問題点」の順にお読みになることをオススメいたします。右サイドバーのカテゴリー欄で、それぞれをクリックすると、カテゴリー別の記事が日付順に表示されるので、上から順にお読みください。
1月27日(土)に開かれた布川事件守る会2007年新春の会で、「突っ込み布川」のテンプレートが、背景が赤いチェックで眼がチカチカして読みにくいというご指摘を受けましたので、テンプレートを変えてみました。新テンプレートは読みやすいでしょうか。感想をコメント欄にでも書き込んでください。参考にします。
代用監獄や裁判員制度など、この「突っ込み布川」では扱いきれないようなものを、日記ブログ(約束の地から)のカテゴリー「司法」で扱うことにします。すでに少し書き込んでいますので、お知らせいたします。
久々の更新です。これまで、この「突っ込み布川」で布川事件を書いてきたなかで、代用監獄について私はまるで書いていません。書くタイミングをつかめなかっただけなのですが、このたび「なぜいま、代用監獄か」という本を読んだので、今回は予定を変えて代用監獄について書こうと思います。
また「突っ込み布川」は、布川事件を書くサイトなので、ここでは布川事件の場合に的を絞ることにし、一般論については、日記ブログにカテゴリー「司法」を作りましたので、そちらで扱うことにします。
布川事件は、Tさん殺しと桜井さん杉山さんを結びつけるものが自白しかない、証拠のない自白裁判です。カテゴリー「自白の変遷」のところでも書いたように、桜井さんは取手署で、杉山さんは水海道署で取調べを受け、自白に追い込まれます。いずれも警察留置場代用監獄です。
カテゴリー「自白の変遷」「最終的な自白に関するの問題点」に出てくる検察官調書も代用監獄で作られたのですが、布川事件では実は否認調書も作られています。桜井さん杉山さんは、代用監獄でTさん殺しを自白し、警察での取り調べがほぼ終了した11月に土浦拘置所に移され、否認調書はここでA検事によって作られます。
ところが、その後、杉山さんは代用監獄土浦署へ、桜井さんは代用監獄取手署へ逆送されてしまいます。警察官から「検事さんの所でゴネたみたいだな」「なぜ検事に否認したか」と追及され、再び自白に転じ、Y検事によって自白調書が作られます。Y検事は検察官であるのに、わざわざ警察留置場代用監獄に出向いてきたわけです。カテゴリー「自白の変遷」に出てくる検察官調書は、この自白です。
Y検事によって、最終的な自白調書が出来上がり、二人は12月28日にTさん殺しで起訴されました。勾留質問をした裁判官に対して桜井さんは、Tさん殺しを認めました。なぜならば、裁判所に行く際、取調べを担当した警察官が同行し、勾留質問のときも背後に警察官がいたからです。拘置所でA検事に否認したのを理由に代用監獄に逆送され、「なぜ検事に否認したか」と警察官から責められ、再び自白に転じたのですから、裁判官に対する勾留質問とはいえ、背後に警察官のいるところで否認したら、代用監獄に戻ってからどんな目に遭うか知れたものじゃありません。だから認めたのです。そしてちゃんと起訴され、もう代用監獄に戻る心配がなくなってからは一貫して無実を主張するようになります。
今回は最終的な自白の、バー「J」の関係者の供述との不一致について書く予定でいましたが、予定を変更して、最終的な自白の、桜井自白・杉山自白の供述内容の不一致について書くことにします。
1967(昭和42)年8月30日にTさん殺しの他殺体が発見され、桜井さんが別件逮捕されたのが10月10日です。Tさん殺しを否認していた桜井さんが「杉山と一緒にTさんを殺した」と取手署で自白したのが10月15日です。この自白を元に10月16日に杉山さんが逮捕され、翌17日には杉山さんも水海道署でTさん殺しの自白を始めます。
カテゴリー「自白の変遷」でも書いたように、二人の自白はとても共犯者とは思えない食い違いがあって、変遷を繰り返した末の最終的な自白(検察官調書)においても、食い違ったままに終わっている点が多々あります。ここで少し具体的に見てみます。
Tさんの転倒状況・殺害方法に関する二人の自白の不一致桜井検察官調書八畳間の押入れの前で杉山が「うるせえこのやろう」と言いながら、Tさんの顔か胸のあたりをなぐったら、Tさんはよろよろと後ろにドスンと倒れながら、「何すんだ」と怒鳴って杉山にむしゃぶりつてきた。それを見た瞬間、私はTさんの足をつかんで仰向けにひっくり返し、倒すと同時に杉山がTさんの上に馬乗りになった。杉山検察官調書自分がまずTさんの下っ腹を蹴飛ばして、桜井が顔をなぐった。
死体の工作に関する二人の自白の不一致桜井検察官調書自分はTさんの足を持ち、杉山は体の方を持ったけれども、持ち上がらなかったから布団をかぶせた。杉山検察官調書問 君と桜井の二人でおやじの体を持ち上げ運ぼうとしたか。
桜井の物色行為に関する二人の自白の不一致桜井検察官調書金を探そうと思って、まず板の間の玄関口のロッカーに行った。大ロッカーが二つあったが、両方とも開かなかったので畳の部屋に戻った。そのとき杉山は押入れの前にかがんで何か探していた。自分は机の引き出しを探し出した。杉山検察官調書桜井が部屋の中をガタガタ探し始め、私も探し始めて15分から20分くらいで、私が新聞包みの札入れを見つけ、「早くしろ」と桜井に声を掛けた。
桜井の強取金額に関する二人の自白の不一致桜井検察官調書逃げる途中の列車内、湖北駅あたりで、杉山から4万円分けてもらったとき、私は自分が盗った金を杉山に見せていない。杉山検察官調書逃げる途中、湖北駅あたりの列車の中で、桜井に金を渡す際、桜井が見せたのは2万円だと言ったのは、自分にはそう見えたから。桜井が7千円だと言ってるなら、自分には分からないからそれ以上のことは言えない。
以上のような供述の不一致の理由として、共犯者同士での責任転嫁や、自分以外の共犯者の行動であるため、記憶に残りにくいということが考えられるが、それにしても本件二人の自白には不一致部分があまりに多い。最終的な自白内容にいたるまでには、二人の間で供述の歩み寄りが図られたにもかかわらず(過去記事「自白の変遷」参照)、最終的自白にも不一致が多数残るということは、その自白の信用性に疑問を投げかけるものであり、ひいては、実際には共同で体験していないことを供述しているのではないかとの疑問すら生じかねない。
本日、名張毒ぶどう酒事件において、名古屋高裁は、検察側の異議を認め、再審開始を取り消す決定を出しました。奥西勝さんを守る東京の会では、明日、下記要領で緊急集会を開きますので、ご案内いたします。
最終的な自白の、供述内容の不自然性及び体験供述性の欠如の4回目です。昨年9月に水戸地裁土浦支部が出した再審開始決定書には、変遷を繰り返した末の最終的自白(検察官調書)には、真犯人であれば当然説明されてしかるべきことが説明されていないなど、不自然・不合理な点が多々存在するとして、具体的には以下の五つについて言及しています。
ここで問題にするのは最終的な自白の次の部分です。12月13日杉山自白桜井が泥棒でも入ったように見せかけるため、ガラス戸を外しにかかった。
12月22日杉山自白倒れたガラス戸の下に扇風機があったことは、検事さんの調べで図面を見せられたときに初めてそこに扇風機があったことに気がついた。それで倒れたガラス戸が割れたのはそのためだったと思い出した。12月22日桜井自白自分が八畳間側のガラス戸を外す前、反対側の外側のガラス戸のほうの杉山が、ガラス戸の下の方を蹴った。
最終的な自白によれば、ガラス戸を外しにかかったのは、誰かが入ったように見せかけるためとなっているが、ガラス戸を外すことが偽装工作の合理的理由とは言えない。自白調書をくわしく見ると、ガラス戸を外したときのことを細部まで記憶しているほど二人は冷静だったから、なおさらこのような行動に出た不自然さは免れない。 また自白によれば、桜井は八畳間側からガラス戸を外しにかかっているが、八畳間の押入れの前は左下の検証調書添付写真のようにVの字に落ち込んでいたから、足元は相当不安定なはずなのに、このことについて何も供述がないのは、自分の体験を語っているとは到底思えない不自然なものである。
さらに杉山自白によれば杉山は、ガラス戸を外すとき扇風機に気付かなかったとしているが、その倒れていた位置や状態から、この扇風機は四畳間側ベニヤ板の上にあったと思われるのに、四畳間側からガラス戸を蹴ったり外したりする際に、この扇風機に気付かなかったというのは、体験供述としては不自然不合理である。

[ 71] 突っ込み布川(ふかわ)
[引用サイト]  http://fukawajiken.jugem.jp/



お気に入り



  • track feed
    • seo