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美 (び,ギリシャ語:καλόν kalon、ラテン語:pulchrum/pulchritudo、英語:beauty、フランス語:beau/beauté、ドイツ語:Schönheit) は、「美しいこと」、あるいは「美しさ」であり、自然の事物等に対する感覚的に素朴な印象から、芸術作品に対して抱く感動の感情、あるいは人間の行為の倫理的価値に対する評価にいたるまで、さまざまな意味と解釈の位相を持っている。
ジョコンダの微笑言語表現について述べれば、例えば、見事に開いた薔薇の花を「美しい」と人は表現し、あるいはレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ(ジョコンダの微笑)』を美しいとも評する。古代エジプトの女王であったクレオパトラ7世は「美女」として著名であり、数学者は、抽象数学であるリー群やイデアル理論に出てくる定理を美しいと述べる。モーツァルトやフォーレの音楽は、繊細な美しさを持つと言われ、ヘルマン・ヘッセは、作品に『青春は美し』という題をつけた。また、日本語では、「姿ではなく、美しい心の持ち主」というような表現もする。
これらの言葉の使われ方から窺えることは、「美しいこと・美」とは、何か良いこと・快いことであるが、またそれは「優れたこと」であり、また「感動」を人に与える何かであるということである。
美を一意に定義することは困難であり、その定義づけが美学という一つの学問として成立するほどである。美の種類、もしくはカテゴリーとして次のようなものがある。
ひとにとって美は、概念的に思考することのできるものであるだけでなく、同時にイメージとしても思い描かれ、それと重ね合わせて想像することもまたできるものである。
哲学における「美」の概念の概説的な説明は、すでに優れた記述がある。これは、哲学における美に関する思想や理論、つまり広義の「美学」における美の概念の歴史として、一つのまとまりとして考えられる(以下の「哲学における美」を参照)。
美とは、価値観念、価値認識の一つである。人類において普遍的に存在する観念であり表象であるが、一方では、文化や個人の主観枠を越えて、超越的に概念措定しようとするとき、明確に規定困難であり、それ故、美には普遍的な定義はない、とも形容される。しかし、他方では、美は感性的対象把握において、超越論的に人間精神に刻印された普遍概念であるとも解釈できる面を持っており、美の定義は発散するが、美の現象・経験は世界に遍在してあるという存在事態が成立する。
ここでは、主として古代ギリシア・ローマ及び西欧哲学の伝統における「美」の本質探求の試みと、認識的概念としての美についての考察の諸位相を素描する。
哲学における「美」の概念と、それがいかなるものであるかの議論は、その前提として、本記事の冒頭で述べた通り、「美しい」とは何を意味しているのか、「美」という言葉が持つ「意味範囲」のある程度の明確な把握を前提とする。
例えば、古典ギリシア語における「美(kalon)」という言葉は、通常の国語としての日本語で使う「美」の意味とは異なる意味範囲を持っているのであり、同様に、ラテン語の「美・美しいこと(pulchrum)」もまた、古典ギリシア語の「カロン(美)」とは、また違う意味範囲を持っている。異なる言語のあいだで、まったく同じ意味内包を持つ言葉はそもそも存在しないのであり、たとえばプラトンが「美」について何かを論じている場合、それは古典ギリシア語の「カロン」について語っているのだという事実は重要である。
「美」に関連した概念として、「徳」という価値概念が、プラトンによって論じられているが、「徳」に当たる古代ギリシア語「アレテー」は、日本語の「徳」にはない特殊な意味があり、それは英語の virtue にもまたないものである。しかし、ラテン語virtus は、ギリシア語「アレテー」の含意とほぼ重なる意味範囲を備えている。
このように、言語において同じ意味内包の言葉はないのだという自覚なしに、異なる言語での「美」に相当する言葉について論じられた思索や議論に言及することは、そこに危うさが伴っている。
パルテノン神殿 ギリシアこのように「美」という概念は、それが使用される言語によって意味内包が異なり、同じ言語でも時代や使用地域が異なれば、意味に差異が生じている。何が「美しいもの・こと」なのか、万民のあいだで共有できる普遍基準がないのが美の概念であるが、文化や言葉を越えて、美に相当する単語自身の意味内包に普遍性がない。
しかし哲学においては、「美の(普遍的)概念」は存在すると措定するのであり、このように措定された「美」の概念に基づいて、古典ギリシアで論じられた美や、ローマ時代の美の観念、中世初期や盛期中世等での美の概念、そして近世や近代の哲学における「美」の概念が、通約性を仮定された、或る意味、普遍的な「相」において考察されるのである。
「乙女は美しい(he parthenos kale)」という言明における「美しい(kale)」とは、あくまで賓辞(述語)としての形容詞であり、「美しい」と「美しいこと・美」のあいだには、明らかに大きな距離がある。このような距離を乗り越えたのは、古典ギリシアにおける、形容詞の中性形を属性抽象名詞と見做し、存在(on)の類とする思考の慣習からである。その典型がプラトンのイデアー説である。
このようにして、古典ギリシアにおいて、美(kalon)は、「美しい」とされる事物が、まさに何故に美しいのか、その根拠たる「存在」として概念規定されたと言える。「美しい物・人」についての議論は、歴史的に、世界中の文化で存在するが、「美しいもの」の根拠である「美」についての思索や、「美の概念」の規定は、古典ギリシアを濫觴とする。
美の概念は、この世界に具体的に存在する事物、また事象としての「美しいもの・こと」(独語:Das Schoene)と必然的に関わりを持つ。しかし、この「美の概念(存在)」とは何であるのか、人が経験し、ときに感動する「美しさ」の本質については、哲学史にあって異なる解釈がある。
二つの代表的な考え方があり、(1)美の存在は、事物や事象が備える固有の性質であるとする「存在論的把握」と、(2)美の存在は事物に帰属するのではなく、それを知覚し、認識する人間主観が、事物や事象に付与する性質であるとする「認識論的把握」がある。おおまかにいえば、前者(1)は古典ギリシア哲学以来優勢であった見解であり、後者(2)は近世以降に登場する哲学的見解である。
存在論的把握の代表的な論者は、プラトン、アリストテレス、プロティノス、アウグスティヌス、トマス・アクィナス、フリードリヒ・シェリングである。これにはさらに、(1)美の性質を部分の均整にもとめる方向と、(2)部分性を否定し斉一であることをもって美の根本規定とする方向という、まったく対立する態度があらわれる。
ただし美はまったく認識と離れて存在するものではない。すでにプラトンにおいて、美は愛すなわち認識の欲求的能力の志向的対象として把握されている(『饗宴』)。また美の性格を均整あるいは斉一に求める論も、認識への適合性に多くその論拠をおいている。トマスは美を究極には神に帰せられる属性とするが、「視覚に快いととらえられるものは美しいと呼ばれる」(『神学大全』)とし、その人間的認識能力とのかかわりを否定していない。
芸術家美学と呼ばれる画家や文人による美論も、おおくこうした方向によることが多い。レオナルド・ダ・ヴィンチにとって、芸術家は自然の幾何学的構造を美というもっとも理想的な状態において再提示する能力を持つ幾何学者であり、そのことが彼をして対象のより正確な把握へと赴かせた。ホガースの美の理論は、線とその印象を追求することによって、素描の美的な効果について研究するとともに、美そのものの性質を線の形状から説明しようとした。
なおこうした、存在それ自体の性格として美を把握する方向は、多く他の価値概念と美が共通するないし同一であるとの論に帰着する。シェリングは美を客観的なものの絶対性としつつ、根本においては善や美と同一であるとする。これについては後節「#他の価値領域と美の関係」を参照。
近世に入ると、美を存在の賓辞ではなく、人間の認識の構造から説明しようとする論者が登場する。これには心理学的把握と狭義の認識論的把握を挙げることができる。これはイギリス経験論と大陸合理主義哲学の影響下に発達した学説であるが、のちには実証的心理学の影響も受けて、現代における美の把握の一潮流をなしている。代表的な論者には、エドマンド・バーク、イマヌエル・カントがいる。
18世紀イギリス美学においては、心理学的な美の把握がみられる。バークはジョン・ロックの影響下に、美を社交性への本能的欲求から説明しようとした(バークの美論については後で#美的範疇の節で詳述する)。一方ドイツでは合理主義哲学の影響下に、ライプニッツの表象理論を継承した認識論的美論が展開される。アレグザンダー・バウムガルテン『美学』からは、美を「感性的認識の完全性」とする定式が導出される。こうした近世の認識論的把握の頂点に来るのがイマヌエル・カントである。カントにおいて美は四つの徴表を与えられる。その認識根拠はしかし感性や悟性のアプリオリな制約にあるのではない。この意味で美は極めて主観的である。美は共通感官(センスス・コミヌス)に基き、判断の普遍妥当性を要求するが、それ自体は対象の性質ではなく、「構想力と悟性の自由な戯れ(das freie Spiel der Einbildungskraft und des Verstands) 」に帰着される。この認識能力の自由な戯れを引き起こすものが美しいものといわれる。そして美は理性の能力の調和、すなわち上級認識能力の理想的な調和の実現として、道徳性の象徴である(『判断力批判』第1部)。
美という価値領域を巡る理論は、主に二つの方向を取る。ひとつは他の価値領域である、真や善と美の関係である。もうひとつは美という価値領域そのものの細分化である。
美がよいものとされる限りにおいて、他のよいものとの関係が問われる。古代より、これは美と真あるいは善とのかかわり、あるいは美と快すなわち何かあるよいものによってもたらされる感覚とのかかわりとして問題化されてきた。
古代において、価値領域の自律は自明のことではなく、むしろ逆に各価値領域の共通性が追求される事が普通であった。語源的に「美しい」を表す言葉はしばしば「良い」と共通し、現代でも多くの言語において「美しい」を示す言葉は、日常語においてはしばしば「良い」「快い」を含意して使われる。全体にこのような価値連関において、美は善と関連付けられることが多く、道徳的なものがもつよさのひとつとして考えられる。
西洋哲学の濫觴の地ギリシアにおいてもこの事情は同様である。「美しい人」(ho kalos)は容姿の美しさよりも、その社会的地位、能力、うまれのよさを指すことばであり、「美しい人」とはポリスの市民としての倫理規範を体現した「見事な人」であった。
こうした「美」の極めて倫理的な色彩をよく表す概念が「善美」(kalokagatia カロカガティア)である。善を表す語と美を表す語から造語されたこの語は、ギリシア的人間が実現すべき理想像として提示されている。
ヘシオドスによるパンドラの神話では、この女性の容姿は女神のように美しく、心は犬のように陋劣で、そのために世に災悪kakiaが満ちあふれた(『仕事と日々』、『神統記』)。すなわち、美が感覚的に快である程度ならば、善agathonにでなく罪悪、災悪に結びつく可能性があると考えられるので、最初は美は徳から遠いものとしていわばカロカカキアが一般に認められていた。しかし容姿でなく徳の美、精神の美を認める場合がある(「汚れも咎もなく死ぬことこそ美しい」(アイスキュロス『テバイを攻める七将』1011))。仮にこの、徳areteとしての美をプラトンのように根拠づけ得るならば、美kalonと善agathonとはひとつになり、カロカガティアなる理念が成立すると考えられたのである。ただし、この語は、クセノフォンに由来し、プラトンにおいてはkalos kagathosなる慣用句が多用されている。
また美は真理ともしばしば関係させられる。プラトンやプロティノスにおいて、美はときに哲学者(愛知者)がしるべき最高の対象とされる。このような文脈下では、美は真と同一視されている、ないし美を知ることは真なる知識の枢要をなすと考えられている。このような場合、善と知もまた本質的には同じものであるとされることが多い。
そこから、美は独立の価値領域ではなく善や真に従属的なものであり、ここから逆に善や真を表現するために美をもちいるという発想がうまれてくる。宗教芸術や王侯の権力を示現するための装飾などは、このような美の利用といえる。
美を独自美の感受が感性的なものに直接関わることから、美が善や真とは違う領域であることは、古代から意識されてきた。プラトンには詩があたえる見かけの快さと真のよさの区別についての議論がみられる(『国家』)。人間の理性的能力の分類はすでにアリストテレスによって行われているが(『ニコマコス倫理学』、そこでは真理を知る能力としての知、倫理的実践を行う能力としての思慮、ものを作り出す能力としての技術知が区別される(ただしここでは技術知はとくに美しいものだけに関わる能力ではなく、制作一般の能力である)。しかし古代には美が独自の領域であるという主張は積極的にはなされなかった。
美が固有の能力であるとする立場の確立は、感性に独自の尊厳を与える試みと並行している。アルフレッド・ボイムラーは17世紀を「感性の時代」と呼び、この時代の感覚論や趣味論に、後の美的自律性の把握の契機を見ている。
カントによって美の自律性(ド Autonomie)は確立する。カントは美と道徳の関係を主張したが、しかし各領域の自律性の確立が伝統的な価値領域のもっていた緩い交流を寸断したことは否定できない。フリードリヒ・シラーはこうしたカントの厳格主義に抵抗を感じ、美と倫理の積極的な関係を主張した(『美的教育論』など)。美学者クーノ・フィッシャーはシラーの試みを「人間論的美学」と呼んでいる。しかし全体としては、美の自律性を主張し擁護する動きが近世から近代にかけては主流となる。こうした傾向は多様な美を表現する可能性を芸術家に開いたものの、その表現が時代にとっては受け止めがたくなるという副産物を伴った。その反動として、現代芸術においては、ふたたび社会と芸術の接近がいかにして可能であるかが問われている。しかしテーゼとしての美の自律性は、ほとんど疑われることなく通交しているということができよう。
西欧においては、特に近世以降、美を細分化し、それぞれに独自な定義を与えるとともに、相互の関係を定式化しようとする動きがある。こうした細分化された美的なものの領域を美的範疇と呼ぶ。
美的範疇の内実は時代と論者によって異なるが、代表的な美的範疇には、美のほかには優美・崇高・醜・フモール(滑稽)・イロニーなどがある。日本の芸道論(茶道、歌学)あるいは国学でいう、わび・さび・しをり・もののあはれなども美的範疇の一種である。
醜は伝統的には美の対立概念である(美の欠如)と考えられた。このため醜を芸術において表現するということはほとんどの論者から取り上げられなかった。しかし近代には醜もまた積極的な価値をもつ美的範疇のひとつであるという主張がなされ、芸術において醜を表現する試みも登場した。
日本語で使われる「美」の文字は漢字であり、中国において2000年以上前に発明されたものである。この「美」という漢字は、「義」や「善」と同様に、一種の要素合成によって造られており、それぞれの上半分の部分は、「羊」という文字である。
「羊」と「大」の合成が「美」であり、「羊」と「我」の合成が「義」である。孔子の『論語』の中にも記されているが、「羊」は宗教的祭式において献物として利用された動物で、「犠牲の動物」の意味があり、そこから「羊」を要素とする合成漢字には、「犠牲」の意味が含まれている。あるいは、「犠牲」の意味を持つ概念を表現するために、これらの漢字は合成され造られたとも言える。
「義」とは「我の責任の限りの犠牲」という意味があり、「善」は、「儀式の祭具に盛る限りの犠牲」という意味があるが、「美」とは「大いなる犠牲」である。この場合の犠牲とは、「自己犠牲」であり、共同体の命運などに対し、人間として行える最大限の犠牲、つまり己が命を献げて対象を高めるという含意があり、言い換えれば、人の倫理の道において、最も崇高な行いが「美」であったのである。
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美しいとは何であろうか。美しいと言うのは少なくとも、人間にとってプラスの意味を持つ感覚であることは確かであろう。そして、プラスの感覚(快)は行動を促進する為のものであり、マイナスの感覚(不快)は行動を抑制する為のものであるとすれば、美しいとは人間にとって、何らかの意味で実際にプラスなことがある筈であると考えることができる。
「スポーツの名選手の動作は美しく、それはその動きが適切なものであるからである。」と言うのは良く言われることである。確かにそれは正しいであろう。しかしその意味を、美しいとされるものが、直接人間にとって有用なものとなると解釈することはできないだろう。
例えば、絵画や音楽などが美しいと言った場合、果たしてそれらが人間にとって直接有用だと言えるだろうか。もちろんそれらによって、安らぎや感動を与えられると言うことはあるだろう。しかしそれは二次的な結果であり、それが美しさの有用性と言うことにはならない筈である。それは、先に言った美しさを体験した時に得られるプラスの感覚、つまり快感と言う意味でしかない。
美しいと感じるのが、対象自体の有用性の問題でないとすると、我々は対象の中に何らかのプラスの意味を感じていると言うことになる。ではそれは何か。
ここで具体的なことを考えてみよう。例えば本棚に本が整理されて並んでいるのを見て、我々はきれいだと感じる。それは何故かと言えばその対象の中に、本が上下を揃えて並んでいるとか、種類別になっているとか、1巻から順序正しく並んでいるとか言う何らかの法則を見出しているからであろう。美しいと感じる理由は、このような対象の中に隠れた法則によるのではないだろうか。
そのように考えて見てみると、音楽で言えば単純な周波数の比率の音程ほど、より協和してきれいに聞こえるのだと言う。つまり、1:1或いは2:1と言うユニゾンやオクターヴは、最も協和した音程であり、3:2、4:3、5:4、6:5と言ったように数値が高まっていくにしたがって、しだいに協和性の度合いが弱まって聞こえるのである。また和音のドミソの周波数は4:5:6ときれいな対比になっていると言った、数値的な法則を秘めていることが解るのである。
そして、風景や絵画などの構図が美しいと言った場合も、焦点(画面の中心と言う意味ではなく、始めに視点が行くところ)に対する物のバランスがとれているとか、縦横奥行きが感じられるようになっており三次元空間が表されている、とか言う法則を見出せる。
また、きれいな顔立ちをしていると言うのも統計的には、縦のバランスで言うと目の位置が顔の中央にあり、鼻の下が4分の1の位置にあるとか、横のバランスで言えば、目自体の幅と、それぞれの輪郭から目の間の幅と、目と目の間の幅が、それぞれ全体の5等分になっている等の特徴があるそうである。
つまり、対象の中に内包された何らかの統一的な法則を、人間が思考ではなく、感覚として受け取ることができた時に美しいと感じるのであろう。
ここでは美しいと、きれいと言う言葉を使い分けているが、これらの言葉の違いはレベルの違いとして区分される。もちろんそれは定義の問題ではあるが、一般的な解釈としても、美しいの方がきれいよりもレベルが高い、或いは奥が深いと言うように考えられているように思われる。逆に言えば、両者は或る法則を感じ取っていると言う意味としては、ほぼ同じであると言える。
ただ、きれいと言うのは、本棚の例のように、そう感じる対象の法則が自明であったり、比較的簡単に理解できるものであり、美しいと言うのはより複雑であると言う意味でレベルが異なると言うことである。その為、何故だか解らないが美しいと言うことにもなる訳である。
また、これも定義の問題であるし、感覚の問題でもあるのだが、このレベルの差は、方向性の差として捉えることもできるかもしれない。きれいと言うのはより単純な方向へ、美しいと言うのはより複雑な調和へと向かっていくと言う見方もできるのではないだろうか。例えば、一般的な長方形よりも正方形の方がよりきれいと感じるし、正方形よりも黄金長方形(縦と横の辺の比率が1:(1+√5)/2で、縦の長さの正方形をつくって取り除くと,残った四角形も黄金比になると言う性質を持っており、最も美しいとされている長方形)等の方が美しいと感じられるのではないだろうか。
つまり美しいとは、人間が対象の中から何らかの法則を見出した時の感覚であり、またそれは知的欲求を満たした快感であるとも言える。その為より複雑な(元の対象に隠れている法則が分かりにくいと言う意味で)美しさは、人間により大きな快感を与えるのである。
補足すると、この意味での美しいと言うことと芸術とはイコールではない。もちろん、美しさも芸術の一部分である。或いは芸術は美しさを元に発展してきたと言えるかもしれない。しかし芸術と言われるものは、美しいと言うだけでなくそれ以上のものを含んでいるように思われる。
生活(せいかつ、Life)とは、人が生きている限り、その命を維持し、育むために行っている必要不可欠な活動の事である。衣食住を生活の基本の柱という事もあるが、その他にも日常生活行動という名でいうようなものや、働く事、余暇を営む、コミュニケーションをとり、生きる事の中に積極的な意義を見出し、それを喜びとする営み、職業生活と私的生活、又、その間の社会的な生活といった分野にまたがるもの全てをいう。又、その営みの実態は、独身か、家族を持つか、或いは独居であるかにより異なる。 生活の3分野家の内と外の関係で 職業生活 - 職業選択、就職、出向、失業 社会生活 - 地域社会との係わり、コミュニティ 家庭生活 - 子育てと親の介護 家の内の人間関係で 夫婦生活 親子関係 兄弟姉妹関係 生活を構成するもの服飾 - 着る、何を着るかを選択する 食事 - 食べる、生活の糧 コミュニケーション - 話す・聴く・語らう、家族の団欒 性 - 性差、男性、女性、それぞれの性を意識し、そのように振舞う 余暇 - スポーツ、レジャー、旅 労働 - 働く、活動する、所定の目的のある行動をする 家計 - 家の経済、エンゲル係数、エンジェル係数 居住 - 住む、住居を自分らしい空間に創り上げる 恋愛・結婚 - 恋愛し、結婚し、配偶者を持つ 出産・育児 - 子供を産み、育て、教育する。 扶養 - 子供、老親の世話をする、健康の維持と増進 葬儀 - 出産の対角にある死に伴うもの、やはり人生の重要な儀式 信仰 - 何か自ら信じるものをもつ、家族の祖先のための宗教行為をす る
美学(びがく)あるいは感性学は、美や芸術あるいは趣味の問題を哲学的に扱う学問である。伝統的美学は、美とは何か(美の本質)、どのようなものが美しいのか(美の基準)、美は何のためにあるのか(美の価値)といった問題に取り組んできた。いわば美の形而上学ともいえよう。審美学という訳語は旧称であるが、その提唱者は森鴎外である。広義の美学は道徳的な美や自然の美を含むが、芸術の哲学とされることも多い。今日では美の概念そのものを問うより、個別の美的経験・芸術領域・芸術と他の人間活動との関係を追求する研究が主流である。名称ドイツの哲学者アレクサンダー・バウムガルテンが1750年に『美学』 (Aesthetica) を出版したことが、哲学の一領域として定式化される一つの契機であった。さらに正確に言えば、その最初の著作『詩についての哲学的省察』のなかで、詩の美学的価値の原理的考察を思考する学として、aestheticaなる学が予告せられていたのである。このaestheticaなるラテン語は、ギリシア語aisthesisの形容詞aisthtikeのラテン語化であり、「感性的なるもの」という語義と、ギリシア語での慣例である学問epistemeが省略された形のラテン語化=「感性学」という語義とを持つ語であった。バウムガルテンの諸著でも曖昧であるが、遅くとも『美学』以降明らかに後者の「感性的認識論scientia cognitionis sensitivae」の意で用いている。しかるにバウムガルテンは「美は感性的認識の完全性である」(『美学』14節)とするのだから、感性的認識論が「美について考察する学ars pulcre cogitandi」(同1節)であり、「完全な感性的言語oratio sensitiva perfecta」=詩を典型とする芸術一般は美にかかわるから、aestheticaは「芸術理論theoria artium liberalium」(同1節)である。すなわちバウムガルテンにおいて美や芸術に関する学的考察は感性的認識論であり、かれの体系では下位認識論として理性的認識論と比べれば「疑似理性の学ars analogi rationis」であり、「劣等認識論gnoseologia inferior」(同1節)であった。歴史その淵源はプラトンにまで遡る。イマヌエル・カントの『判断力批判』、シェリングの『芸術の哲学』講義、ヘーゲルの『美学』講義などを経て、フィードラーの「上からの美学」批判を受け、現代に至る。現代美学において特筆すべきは、・実存主義・分析哲学・ポスト構造主義によるアプローチであろう。日本の美学日本語の「美学」は、中江兆民がVeronの著作を訳して『維氏美学』と邦題を付けたことによる。日本の高等教育機関における美学教育の嚆矢は東京美術学校および東京大学におけるフェノロサのヘーゲル美学を中心とした講義、森林太郎(森鴎外)による東京大学におけるE. V. ハルトマン美学ら当時の同時代ドイツ美学についての講演、およびラファエル・フォン・ケーベル(ケーベル先生の呼称で知られる)による東京大学での美学講義である。また京都においては京都工芸学校においてデザイン教育を中心とする西洋美学および美術史の教育がなされた。なお東京大学は独立の一講座として大塚保治を教授に任命、美学講座を開いた世界で最初(1899年)の大学である。日本における主要な美学関連学会としては美学会があり、雑誌『美学』(年四回)および欧文誌 Aesthetics (隔年)を発行している。毎年十月に行われる全国大会のほか、年五回関東および関西で研究発表会が開催される。なお2001年の国際美学会議(4年おき開催)は日本で行われた。日本の美意識近代以前の日本には、西洋のような一貫した形での思索の集大成としての「美学」はない。しかし、いき、わびなどの個別の美意識は、古くから存在しており、また茶道や日本建築、伝統工芸品などを通して、さまざまな形で実践されてきた。また、歌論、能楽論、画論などの個別の分野での業績はあるものの、孤立した天才の偉業という色彩が濃く、一枚岩の美学ではない。これらの美意識は、自然と密接に関連しているが、西洋美学は、近代以前はもっぱら「人間」を中心に据えた「芸術」のために発展した。そのため、日本の美意識は、西洋美学の視点からは、十分に記述・説明することができない。近代以前の日本の事物について、「芸術」という視点を持つ美学から論じると、学問的文脈を無視した議論となり、慎重を期すべきである。日本人自身も、日本の美意識を、明快に定義・説明することが困難であるのが現状である。今後、複数の視点を生かした研究が待たれる。

[ 172] 美しい生活
[引用サイト]  http://lifetime1981.blog76.fc2.com/

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Amazonプライムの会員は、会員登録後、サービスを共有できる家族の方も含め、一度もサービスを利用されていない場合は、キャンセルすることができ年会費の払い戻しを受けることもできます。
当サイトは、お客様に対し様々なプライム無料体験その他の会員の募集をすることがあります。無料体験会員は、当該会員募集の際に特別に規定されたものを除き、本規約の条件に従うものとします。無料体験会員はいつでも、無料体験期間の終了の際に、Amazon.co.jpのアカウントサービスを通して年会費を負担するプライムの会員登録をしないという選択をすることが可能です。
当サイトは、当サイトの判断により、お客様に何らの通知なくして、本規約、Amazon.co.jpの利用規約やプライバシー規約又はプライム会員に関する事項について変更することができます。しかしながら、年会費の増額については、会員登録を更新するまでは適用されません。また、当サイトが通常配送、お急ぎ便配送オプションの配送を有料としたり料金を値上げする場合、又は当サイトが、お客様が加入させることができる家族会員の人数を減らす場合には、その変更が生じる少なくとも30日前にEメールによりお客様にその旨を通知します。もしお客様がこれらの変更の実施前に退会される場合には、当サイトは、残りのプライム会員期間(但し、一ヶ月単位で残っている期間に限る)を基準に、年会費の割合的払い戻しをします。この払戻オプションは、当サイトが行なうその他の変更には適用されません。万が一、これらの変更が違法、無効又は何らかの理由により強制力がないと判断された場合でも、これにより、その他の有効かつ強制力のある変更又は条件は影響を受けることはありません。当サイトが本規約等を変更した後に、お客様がプライム会員登録を継続する場合には、お客様はその変更に同意したものと見なします。もしお客様がかかる変更に同意しない場合には、お客様はプライムを退会しなければなりません。
当サイトは、当サイトの判断により、お客様に通知なくして、プライム会員登録を解除することができます。もし当サイトが解除を行う場合には、当サイトは、残りのプライム会員期間(但し、一ヶ月単位で残っている期間に限る)を基準に、年会費の割合的払い戻しをします。しかしながら、当サイトが、お客様の行為が本規約又は法律違反、会員特典の詐取又は悪用並びに当サイト又は他の会員の利益を害するものと判断し解除する場合には、年会費の割合的払戻しはいたしません。当サイトがお客様に対して本規約の各規定を厳格に遵守するように要求しなかったとしても、それは当サイトの権利の放棄を意味するものではありません。
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Amazonプライムの会員に登録すると、同居されているご家族2人に登録案内を送ることができ、対象商品について配送無料のお急ぎ便または通常配送を使い放題ご利用いただけます。Amazonプライムの特典は会員登録(年会費¥ 3,900)をしていただくだけで、いつでも無料でご利用いただけます。
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楽天の研究 プロ野球への新規参入で注目を集める楽天。インターネット利用者や投資家の間では知名度が高いが、一般には、その実態はあまり知られていない。本書は三木谷浩史社長をはじめとする経営陣へのインタビューを基に、楽天という企業の本質、正体に迫る。 楽天社内には、三木谷社長による「成功のコンセプト」が張られている。その内容は「様々な手段をこらして何が何でも物事を達成する」「勝つために人の100倍考え、自己管理の下に成長していこうとする姿勢が必要」といったもの。著者は、プロ野球参入でも、このコンセプトが実践されたと指摘する。ひげを剃って登場したり、財界の重鎮を集めた経営諮問委員会を作ったやり方は、「何が何でも達成する」三木谷経営の真骨頂というわけだ。 一方、著者は楽天を三木谷社長のワンマン企業ではなく、それぞれ専門分野を持つプロ集団だと見る。特に、頻繁に行われたM&A(企業の合併・買収)に関して、経営陣の中に高度なノウハウを持つバンカーや弁護士が揃い、「M&Aの成功を巧妙に仕組み化している」と分析する。 創業メンバーのインタビューも掲載。先進のIT(情報技術)企業らしからぬ、「どぶ板営業」で楽天飛躍の足がかりをつかんだことなどを明らかにする。 (日経ビジネス 2005/01/10 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
プロ野球参入で注目を集めた楽天。その中核事業は、創業時から、ネットショッピングの「楽天市場」ですが、現在では、旅行予約サイト、ネット証券など、事業領域が多岐にわたっています。本書は、私なりに楽天の「正体」を探った本です。 私の楽天観の基本は2つです。 1つは、楽天を、三木谷浩史社長のワンマン企業と見るのではなく、それぞれの専門分野をもつ複数の人たちの集団としてみること。 2つ目は、現在の楽天を、単なるIT企業というより、M&A(企業買収)のプロ集団と見ることです。 私の取材は、三木谷社長を始めとした経営陣インタビューを繰り返し、彼らの「頭脳」はいま何を考えているのかを知ることに費やされました。それが、この一見とらえどころのない企業の核心に迫る近道だと思ったからです。 余談ですが、週刊エコノミスト記者として私が取材する経営者たちは、いまだに50代、60代の人が多いのに対し、楽天の経営陣の中心は30代です。私はいま30歳ですが、私とほとんど違わないような年齢の人が役員にいます。取材をしていても新鮮で、同世代的な共感を覚えることが多々ありました。ただ、従来型の企業にはない、若さゆえの不安を感じることもあるように感じました。 楽天の今後の成長戦略については、その不安点などを私なりに評論しました。是非、ご一読ください。
プロ野球への新規参入でも注目される「楽天」に焦点を当てたのが本書。三木谷社長率いる経営陣へのインタビューを通して、「楽天」の軌跡をたどっている。筆者は「楽天」という企業を、社長のワンマンではなく、専門分野を持った人間の集団であり、単なるIT企業ではなく、M&Aのプロ集団という二つの軸で見ている。そしてその観点から、「楽天」の創業時と、M&Aで成長を遂げた時期の二つの時期に焦点を当てて、各々の時期で活躍したキーパーソンへのインタビューを中心にして楽天の成長の軌跡を解説している。正直な話、題名を『楽天の研究』としているわりには考察が足りない気はするが、豊富なインタビューがそれを補っていると言えなくも無い。本書の特徴は何より、今実際に「楽天」の舵取りをする経営陣の生の声が豊富に取り上げられていることであろう。毎週開かれているという、全社員参加の朝礼の様子など、現場の様子も描かれていて興味深い。「楽天」に興味がある方、ひとつの企業が成長してゆく様子を知りたい方にお勧めの一冊です。
楽天といえば、三木谷浩史社長の名前が直ぐに出てくる。本書を読んでわかったことは、株式上場後より、今日までの歴史の中に、社長他12人の強力経営陣がいて、この経営陣が、「楽天の5ケ条の成功のコンセプト」を目標に、実践していることが、現在の、楽天を作っていることがわかった。「楽天の成功のコンセプト」1常に改善、常に前進2Professionalismの徹底3仮説→実行→検証→仕組化4顧客満足の最大化5スピード!!スピード!!スピード!!
確固たる経営理念の下、M&A戦略を基本に据えた専門性の強い経営陣を揃えるという、「徹底」する経営が成長を促進させていると思う。とても参考になった。しっかりした礎があるからこそ、勝ち続けられるのですね。
三木谷氏に関してはテレビや雑誌などで取り上げられてることが多いが、本書では三木谷氏はもちろん、普段は影に隠れている他の役員たちに関しても多く取り上げられている。...
関係者へのインタビューなども含めて、読みやすい文体で楽天の現状についての解説がなされている。昨今、マスコミで取り上げられることも多くなった楽天の概要について理解...
楽天社長、三木谷氏を代表とする経営陣のインタビューによる楽天の企業分析書である。三木谷氏は日本興銀勤務時代にハーバードにMBA留学を経験し、ハーバードの同級生た...
1997年楽天市場を開始して以降、破竹の勢いで成長し続けてきた楽天の秘密が、創業に関わった人のインタビューを中心に解き明かされている。1997年当時、「インター...
「ミッション」に対する「仮説、実行、検証」のスピード、そしてそれをプロセス化(仕組化)して常に改善し続けることという単純で基本的なことを執念をもって成し遂げるこ...
「楽天とは三木谷という一人スーパーマンによるワンマン経営ではなく、M&Aプロ集団による経営だ。」と著者は述べているがやはりそうした組織をわずか7年で作り上げた三...
※ 「この商品について語る」では、「この商品について語る」ガイドライン等に基づき、評価の高低等にかかわらず、お客様の自由な投稿を掲載しています。商品のご購入の際はお客様自身でご判断下さい。
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[ 173] Amazon.co.jp: 楽天の研究―なぜ彼らは勝ち続けるのか: 本: 山口 敦雄
[引用サイト]  http://www.amazon.co.jp/%E6%A5%BD%E5%A4%A9%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E5%BD%BC%E3%82%89%E3%81%AF%E5%8B%9D%E3%81%A1%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%B1%B1%E5%8F%A3-%E6%95%A6%E9%9B%84/dp/4620317187



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