サンデーとは?
|
議論はノート:週刊少年サンデーを参照してください。なお、分割作業を行う際には履歴不継承にならないように注意してください。 週刊少年サンデー(しゅうかんしょうねんサンデー) は小学館が発行する週刊の少年向け漫画雑誌である。発行部数は『週刊少年ジャンプ』(集英社)、『週刊少年マガジン』(講談社)に続いて週刊少年漫画誌としては3位。 創刊号は『週刊少年マガジン』と同じ1959年3月17日火曜日に発売された1959年4月5日号であり、創刊号の表紙を飾ったのは、当時読売巨人軍の主力選手だった長嶋茂雄で、巻末には児童心理学者の波多野勤子が祝辞を寄せている。 サンデーという誌名は1959年4月5日が日曜日であることとは関係無く、この雑誌を読むとまるで日曜日のように楽しい気分に浸れるようにという初代編集長豊田亀市の願いによるものである。現在は毎週水曜日に発行されている。なお、『漫画サンデー』とは一切関係は無い。 漫画が掲載されている左ページの左下部に、めくり記号(手で左を指しているマーク)が印刷されている。他の小学館の漫画雑誌と同様に、吹き出し内の台詞に句読点がつく。1969年4/5号までは表紙に小学館のマークが記載されていた。 少年誌では最も読者の年齢層が高いことで知られるが、近年、約6割を占める高校生以上の読者から、小中学生へと主読者層をシフトさせる編集方針が明確となってきた。結果として『週刊少年ジャンプ』との読者層の住み分けが崩れ、1990年代後半以降を支えた中堅作家がサンデーを離れる[1]事態を招いたため、高年齢層の読者からは不満の声が多い。 2007年現在の誌面では、1980年代に一世を風靡したあだち充に代表される都会的な作品と、雷句誠に代表される「子供」を前面に押しだした作品とが並存している。雑誌の後半部分に掲載されている漫画ほど、高年齢向けだという傾向が指摘されている。この影響か、近年アイドルグラビアの掲載が『週刊少年マガジン』や『週刊少年チャンピオン』に比べ、やや減少傾向にあるともいう。 同誌では、人気が低迷する作品でもすぐに打ち切りとなることは少なく、ストーリーの区切りがつくまで作品が掲載されることが多い。同誌に長期連載経験を持つ漫画家を、ヒットの如何を問わずに起用するともいわれている。『週刊少年ジャンプ』の新人発掘重視・アンケート至上主義とは対照的であり、誌面のマンネリ化・連載作家の高年齢化・新人作家が連載を持ちにくい等の原因として、ベテラン作家重視が批判されることもある。 単行本売上の依存率の高さは他誌を圧倒しているという。マンネリ化による作品人気の低迷を防ぎ単行本売上を確保するため、創刊以来単行本が40巻以上発売される作品は存在しなかった。長期連載を望む作家に取ってネックであったこの縛りは、『MAJOR』により破られた。2007年現在、『MAJOR』『名探偵コナン』『犬夜叉』『からくりサーカス』の4作品[2]が40巻以上発売されており、いずれも安定した高い人気を保っている。一方で、かつてはおこなわれなかった早期打ち切りや、ベテラン作家の他誌・他社への移籍なども発生しており、評価が分かれている。 『少年サンデー』は『少年マガジン』と並び1959年創刊。以後、漫画雑誌は月刊から週刊へと主役の座を譲った。このころは『パーマン』『オバケのQ太郎』など藤子不二雄の作品、赤塚不二夫の名を世間に広めた『おそ松くん』などのギャグ漫画作品が連載。その後の同誌とは違い、『コロコロコミック』が創刊されるまで児童向けの作品も掲載されていた。余談だが同時期の『少年マガジン』も同様だった。1970年に入ると、ヤング向け雑誌への方向転換を図り、同年21号から広告製作プロダクションサン・アドが表紙の製作を担当。「傑作アイデアシリーズ」と称し、実在の昆虫をダイナミックにレイアウトした「怪虫シリーズ」を皮切りにトイレの便器、マネキン、スキンヘッド、マッチ箱などアート性の強い表紙が次々と登場した。このシリーズは1年で終了した。 当時の特撮ヒーロー系ブームにあやかり、特撮ヒーロー作品をコンスタントに掲載するようになり、低年齢層に対するアピールが再び強化されたが、1976年に『てれびくん』、翌1977年に『コロコロコミック』が創刊されたことで『サンデー』は再び中高生中心の年齢層向け雑誌になった。この際、更に小中学生の読者層を補うために『マンガくん』が創刊された。『がんばれ元気』や『まことちゃん』がその頃大ヒットした。1970年代末期からは、『少年マガジン』『少年チャンピオン』の低迷も相まって、部数で『少年ジャンプ』に次ぐ第2位に。この時期の誌名ロゴ変更4回。 『タッチ』『うる星やつら』などラブコメ色の強い漫画を掲載。青春ラブコメブームを起こし大人気となった。1985年にロゴ・誌面デザインを変更して以降、『To-y』など、若干対象年齢層を引き上げた漫画を掲載していたが、ヤングサンデー創刊に伴い、1987年以後の新連載は若干対象年齢を引き下げた。1985年以降「週刊少年サンデー増刊号」が月刊発行となり、独自の人気作を多数輩出した。1988年から1990年にかけ、増刊「サンデーspecial」の発行など、実験的な試みを行う。 1991年より現在のロゴに変更。1980年代中期〜1990年代前半の間にデビューした作家が1990年代の10年間を支え、1997年から1999年にかけては人気連載が雑誌のほとんどを占める状態となった。発行部数も1994年以降上昇を続け、2000年度にはピークを迎え推定部数が200万部に到達したが、それ以後部数は低下の一途を辿っている。特に『犬夜叉』『名探偵コナン』、『H2』 はサンデーを代表する連載作品となり、テレビアニメ化もされた。この時代の特徴としては、1994年に編集長が奥山豊彦に交代して以後、スポーツ漫画重視の紙面作りが行われた事などが挙げられる。1995年より、週刊少年サンデー増刊号が「少年サンデー超増刊」と名称を変更する。 2000年に編集長が都築伸一郎に交代。それまでの読者層を一新しようとしたが、2000年〜2002年にかけての新連載が『サンデー』としては珍しく軒並み打ち切りとなった。その一方『金色のガッシュ!!』など、低い年齢層に受けいれられる漫画も登場した。 2002年には、編集長が三上信一に交代。高橋しんをサンデーに呼び寄せるなどの試みを行ったが失敗する。また、本誌の補助的役割を果たしていた『少年サンデー超増刊』の連載作品の単行本化を2002年末で終了、その後2004年2月増刊号を以って、連載作品を全部終了、また月刊発行から隔月発行に変更を行い、以後の掲載作品は連載作家の読切と新人の読切のみとなった。 低い年齢層へのアピールやメディアミックスの活用など、新たな方向性を模索している。これは2005年1号より編集長が林正人に交代した後も継続して行われている。 週刊少年ジャンプのジャンプ放送局に対抗して、サンデーでも巻末に読者コーナーが設置された。当時の人気アイドルであったおニャン子クラブ出身の高井麻巳子、渡辺美奈代、吉沢秋絵などがいたが、特筆すべきは当時人気絶頂であったとんねるずが最初の読者コーナー「サンデーファン」を担当していたことである。投稿者の熱気とハイテンションさはすさまじく、ジャンプ放送局を凌駕していたといえる。 神聖モテモテ王国(ながいけん) 1996年15号〜2000年9号(終了告知はなく、コミックスも全6巻ではなく1〜6巻という扱い) 望郷戦士(ティアフルソルジャー)(原作:工藤かずや、画:北崎拓) 1988年38号〜1989年51号 DRAM拳-ファイナルファイト-(シナリオ:井上敏樹、画:猪熊しのぶ) 1994年3・4合併号〜42号 サンデーでは、1995年からテレビCMにて連載作品の中でまだアニメ化されていない作品をCM用にアニメ化して放送している。これらは公式HP内のコーナーで、過去分も含め視聴可能。 龍漫少年星期天(中国・吉林美術出版社。編集は小学館の現地合弁法人「上海碧日咨詢事業有限公司」が担当) ^ 藤田和日郎、久米田康治、曽田正人、安西信行(原案として名前は残っているが、ブログで「サンデーに居場所はない」として他誌への移籍を考えている様な発言があった)など ^ 4作品中、2007年現在完結しているのは『からくりサーカス』のみで全43巻、その他続刊中の3作品はいずれも50巻を突破している 名探偵コナン | MAJOR | 犬夜叉 | 金色のガッシュ!! | 史上最強の弟子ケンイチ | ワイルドライフ | 結界師 | ハヤテのごとく! | 最強!都立あおい坂高校野球部 | 兄ふんじゃった! | クロスゲーム | あいこら | 絶対可憐チルドレン | GOLDEN★AGE | ダレン・シャン | イフリート?断罪の炎人? | ギャンブルッ! | お茶にごす。 | メテオド | 魔王 JUVENILE REMIX | DIVE!! | お坊サンバ!! | マリンハンター | クナイ伝 | 金剛番長 |
[ 80] 週刊少年サンデー - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B1%E5%88%8A%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC
