熱くとは?

劇作家、東亜大学学長 山崎正和氏と対談 政治家は国民に夢を与える存在=山崎 プラス思考で未来語り日本再生=太田 内外の諸課題克服へ政治家の指導力が求められています。劇作家で東亜大学学長の山崎正和氏、太田あきひろ幹事長代行(衆院選予定候補=東京12区)が「言葉と政治とリーダーシップ」をテーマに語り合いました。 日本発の「かっこよさ」言語化を 山崎 より的確な表現でビジョン示す作業に挑戦 太田 太田 山崎先生が昨年書かれ、東京、大阪で上演された戯曲『言葉―アイヒマンを捕らえた男』は非常に示唆に富んだ作品であったと思います。 山崎 ありがとうございます。 太田 この作品では、ナチスのホロコーストを遂行した重要人物であるアイヒマンと、彼を捕らえたピーターという実在の人物を対峙させ、そこに“言葉を拒絶する悪”と“言葉の力を信じる善”という構図を浮かび上がらせました。 ここで示された一つのテーゼ(命題)は“正義は言葉を求める”“正義は言葉の力の上に成り立つ”ということかと思います。政治家の立場から私なりに拡大解釈して言えば、“リーダーシップも言葉の力の上に成り立つ”と思います。時代の気分を的確につかみ、的確な言葉でビジョンを示せる政治家でありたいと決意しています。 山崎 いつの時代であれ、政治家は国民に夢を与える存在であってほしいですが、ある意味で今はその作業を手掛けやすい時代と言えます。国民がイデオロギーによって金縛りにあった時代は完全に終わったからです。国民は政治家の新しい言葉を聞く耳を持ち、同時にそれを求めていると見るべきでしょう。 太田 ところが、衆院の予算委員会でも取り上げたことがあるのですが、政治家の言葉というものが今、非常に軽くなってきているように感じているんです。 私自身の反省も含め、国民の心情を的確に捉え、その心のヒダに染み込むような共感性のある言葉、あるいは国民から熱い期待を勝ち取るような言葉、高い精神性と哲学性に裏打ちされた言葉というものが政治家の口から発せられることがほとんどなくなっている。 このことは政治家の小型化につながり、国民も漠然とした形で政治の分野における“リーダーの不在”を実感していると思います。 その意味で、政治もしくは政治家は“生きた言葉”を取り戻さなくてはいけない。劇作家である山崎先生を前にして少々気恥ずかしいのですが、政治家は小説家や詩人と並ぶ“言葉のプロ”でなければならないと思っているんです。 山崎 政治家の言葉には三つの種類があると思います。第1に、ウソ偽りなく自分のやっていることを説明する言葉。アカウンタビリティー(説明責任)という意味の言葉です。第2に、論理をもって物事を正しく批判する言葉。そして第3に、日本は今どこへ向かっているのか、どこへ向かうべきなのかという展望、ビジョンを提示する言葉です。この3番目の言葉がとりわけ政治家にとって大切であり、それはリーダーシップの条件だと思います。 けだし、3番目の言葉は、抽象的な理想を語るだけのものであってはならないし、「ここに橋をつくります」「年金を増やします」などと、あまりに具体的でもいけない。民衆に希望を与える適度の具体性と、同時に政治家に品格を与える適度の抽象性を兼ね備えた、いわば“理想と現実を結ぶ中間的な標語”とでも言うべきものでなくてはならないでしょう。 よき指導者は決して単に煽情的であってはならないが、かと言って露骨に実務的に見えることも許されないからです。そうした意味で、小泉純一郎首相が示した「聖域なき構造改革」という標語には適度の抽象性と具体性があると、一定の評価をしています。 太田 ただ、「小泉政治」は、その三つの範ちゅうに従って言えば、「説明責任」を果たすための言葉が足りないのではないでしょうか。米英両国のイラク攻撃への支持を表明したときも、マスコミや国民から「言葉不足」「説明不足」との批判がありました。国民にていねいに語りかけ、常に説明責任を果たしていくという姿勢をもう少し持つべきでしょう。 私は、フランスの哲学者・アランの「悲観主義は感情のものであり、楽観主義は意思のものである」(幸福論)という言葉が好きです。プラス志向で未来を語り、的確な言葉で国民に夢を与えることができれば、日本再生への流れが形づくられると確信しています。 山崎 今のアランの言葉をもじって、私はかねてからこう言っているんです。“悲観主義者は予測が当たらなかったときに幻滅する”“悲観主義者は自分の予測が当たったときに自己満足だけは味わえる”と。つまり、悲観主義的な生き方は本質的に後ろ向きなんです。政治家は決してそうであってはいけない。どんな時にも未来志向の楽観主義者でなければならない。 太田 同感です。株が上がると、評論家の多くが「日本の実体経済はそうではない」と言うが、私は「チャンスだ」と。さらに景気を浮揚させるように、そこに具体性を与えていくという考え方が大事ではないかと思います。 山崎 それは株だけの問題ではない。著名な評論家であるダグラス・マッグレー氏が、「国民総生産」という言葉をもじった「日本国民総『かっこよさ』」という標語で、いまや世界における日本の文化的影響力は過去最高に達していると指摘しています。 事実、「ポケモン」や「Jポップス」といった若者文化から東京のファッション、婦人雑誌に代表される生活文化まで、日本発の「かっこよさ」が今、一斉に世界に受け入れられている。経済大国の時代には望めなかった未曾有の国民的な魅力を世界に発揮しています。 ただ、日本人自身がそのことに気付いておらず、その魅力を語る言葉も持ち合わせていない。ここにこそ、リーダー、政治家の使命と役割があるわけで、国民が内に抱いているこの“暗黙の価値観”を言語化する作業に公明党も大いに汗を流してほしいものです。 太田 大変重要な指摘をいただきました。公明党は「品格ある文化国家」という21世紀・日本の国家像を示し、その理想の下、文化芸術振興基本法を制定させるなど全力で取り組んできていますが、そうした文化国家の可能性ということも含め、より的確な表現で日本のビジョンを示す作業にチャレンジしたいと思います。 【やまざき・まさかず】 1934年生まれ。69歳。京都府生まれ。京都大学文学部哲学科卒。大阪大学教授等を経て現職。著書に「言葉―アイヒマンを捕らえた男」「柔らかい個人主義の誕生」「歴史の真実と政治の正義」「社交する人間」など多数。 【おおた・あきひろ】 1945年、愛知県生まれ。57歳。京都大学大学院工学研究科修了。衆院当選3回。党国会対策委員長などを経て、現在、党幹事長代行、同憲法調査会座長。衆院内閣委員会委員、同憲法調査会委員。著書に「真っ向勝負――行動する政治家の素顔」。 (8月28日付「公明新聞」より)

[ 132] ■ 対談 熱く語る/言葉と政治とリーダーシップ
[引用サイト]  http://www.akihiro-ohta.com/databank/column/vision/1062407342.html



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