自慢とは?

『NHKのど自慢』(エヌエイチケーのどじまん)は、日本放送協会(NHK)の公開視聴者参加番組。1946年の放送開始以来、60年以上続いている長寿番組である。
1999年4月から2004年3月までNHK衛星第2テレビで放送された『BSジュニアのど自慢』についても本項で後述する。
日本各地の都市(年に一度外国からの場合もある)を巡回し、中学生を除く15歳以上のアマチュア出場者が、書類審査、会場での予選審査を経て本番組に出場し、持ち歌を歌い、採点され競うもの(ルール参照)。
出場者は女子高生から保育士、教師、会社員、公務員、看護師、農家、定年後の高齢者(80〜90歳代の人が出場する場合もある)など様々で、まれに、バーやスナックのママが出場して合格した事もあり、年に一度行われるグランドチャンピオンを受賞した一部の歌手やタレントがプロデビューを果たしている(後述)。
2005年現在の放送時間は、デジタル総合テレビ、総合テレビ、衛星第2テレビ(デジタルは16:9の画面で)、ラジオ第1と海外向けのNHKワールド・プレミアム、NHKワールド・ラジオ日本の同時放送で、日曜日の12:15〜13:00 (「特集・NHKのど自慢」の場合は13:30まで) 2005年3月まではデジタル衛星ハイビジョンでも時差放送されていた(BSアナログハイビジョン実用化試験放送の時から続いていた)。また、NHKワールド・プレミアムでは毎週月曜日1:10〜1:55に同日放送分を、NHKワールド・ラジオ日本では毎週土・日曜日に、直近数週間前(基本的に1週間前)に開催された内容をそれぞれ再放送している。(日本国内については、かつて火曜日の夕方5時台などに再放送を行っていた時期があったが、現在国内での再放送は行われていない)
基本的にはテレビとラジオ同時放送のサイマル放送であるが、高校野球などスポーツイベントが行われるような場合は、どちらか、あるいはテレビ・ラジオとも放送を中止する場合がある。後述「のど自慢休止の理由」項参照。
番組の企画者は、『NHK紅白歌合戦』も企画立案したNHK音楽部の名プロデューサー、故・三枝嘉雄(健剛)。作曲家・三枝成彰、ドラマディレクター・三枝健起の父である。
1946年1月19日にラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として、東京都千代田区内幸町のNHK放送会館から午後6時(18時)から1時間30分、公開放送されたのが始まり。テレビ放送は1953年3月15日午後2時(14時)から2時間放送したのが始まりであり(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。
1966年から1970年まで、のど自慢の人気は下降した。原因は1966年に始まったのど自慢前司会者・宮田輝アナを司会・構成に据え、全国各地の公民館や体育館から巡回中継し、各地の風習・伝統・文化を伝えることをコンセプトとしてスタートした「ふるさとの歌まつり」と裏番組のNET(現・テレビ朝日)の「大正テレビ寄席」に視聴率を奪われる格好となったこと。 あの手この手の起死回生策が図られるもことごとく失敗し、1970年3月まで東日本・西日本地区で司会が違っていた。
1970年4月に現在の「NHKのど自慢」にタイトルを変更。程なくして金子辰雄アナウンサーが司会に就任して以来、人気が回復し、現在の地位を不動のものとしている。
1970年からは全国各地を巡回する公開生放送(原則)で行っており、書類審査、会場での予選審査を勝ち上がった毎回20組(以前は22組や25組の時もあった。海外公演は25組若しくは30組)の出場者が自慢ののどとパフォーマンスを展開する。そこでゲスト審査員2人を交えた審査で、チャンピオンと熱演賞(審査員特別賞)がそれぞれ1組ずつ決定される。昔は出場者が自分の番になるとセットの後ろから出てきて歌っていたが、現在は全出場者がステージ上手側に座って出場者の歌に合わせて手拍子や身振りなどをしつつ自分の番を待つ、というスタイルになっている。
近年はパフォーマンスを主とする出場者に「いかに地元らしさを織り交ぜつつ、かつ番組の魅力である田舎臭さを濃厚に出すか」という工夫が見られる。また、カラオケが普及したことで出場者の歌唱レベルはそれ以前より明らかに向上しており、箸にも棒にもかからないような歌いぶりの者は、たまに出場することのある80歳台以上の高齢者(伴奏と歌が合わない場合が多い)を除き見られなくなった。
一時期は、衛星第2テレビで「のど自慢」に出場できない中学生以下を対象にした「BSジュニアのど自慢」の放送もあった。
出場を希望するものは、往復はがきにて各地の放送局に出場希望の申し込みを行う。これはNHKのど自慢が放送回ごとに各放送局の制作・著作となっており、出場募集も放送エリア内に対して行われるためである。書類選考により約250組の予選出場者が選ばれ、各放送局から通知される。ちなみに、のど自慢は基本は都府県で年に1回開催されるが、北海道地方の放送が年に3〜4回開催されるために、のど自慢が開催されない都府県がある。また、福岡県ののど自慢は奇数年が福岡局で偶数年が北九州局で制作・著作されているため応募するには開催される放送局に出さなければならない。
予選出場者に選ばれると、収録日の前日(土曜日)に本番の行われる会場に集合し、予選会が行われる。本番同様に一組ずつ生バンド(地方でメンバーやバックステージが違う。なお、ピアノは宮下博次と西原悟が毎週入れ替わりで担当するが、近畿地方と北海道地方の本選はピアノ担当が違う。)をバックにステージ上で歌を披露する。予選会は基本的に非公開で行われる(聴衆は予選参加者と関係者のみ)が、放送局によってはローカル番組の中で全出場者の歌を放送することもある。全員の歌唱が終わると、歌唱力と出演者のエピソード(はがきに記載された選曲理由や、予選歌唱直後に行われる司会者からの聞き取りによる)などを加味して本番の出場者20組が決まる。
本番当日は、各出場者がステージに上がって歌を披露する。この時点で、出場者は出場番号と曲名のみを言う。途中まで歌ったところで、審査結果(別室にいる審査員から鐘を鳴らす担当者に結果を伝え、その後に鐘を鳴らす)が鐘(チューブラーベル)を打つ数によって表される。1音(ド)と2音(ド・レ)では不合格。不合格でも司会者あるいはゲストの歌手(出場者がゲストの歌手の歌を歌った場合や、80代以上の高齢者の場合など)と会話を交わすことはあるが、名前を名乗る権利はない。合格になると「ドシラソドシラソドーミーレー」という合計11音の鐘が鳴る。この合格の際に鳴らす鐘を、司会者は「鐘3つ」と表現するが、頭から8音は注意を引くための装飾音であり、後ろ3音に歌唱力に対する評価を表す意味合いがあるからである。ここで初めて出場者は自分の名を名乗ることが出来る。ただし、至極稀に有名芸能人と同姓同名あるいは読みが同じ参加者が登場した場合は、不合格でも名乗ることがある。
全員の出場者が歌い終えた後、ゲストの歌手(主に演歌系の歌手)2人が1曲ずつ歌う。その間に審査が行われ、特別賞と、今週のチャンピオンそれぞれ一人ずつが選出され、放送が終わる。今週のチャンピオンに選出された人は、さらに審査の上、年に一度行われる後述のチャンピオン大会に出場して、グランドチャンピオンを競うことになる。
※金子辰雄アナと吉川精一アナそして宮川泰夫アナの3人は平成17年度 NHKのど自慢チャンピオン大会2006に特別出演・3人ののど自慢に対する思いとして巨大な額に書いて貰った。特に金子アナに至っては、似顔絵を描いてくれた本人とその家族との14年ぶりの感動且つ涙の再会があった。
出場者全員が歌ったあと、演奏したバンドメンバーは常に紹介されるが、鐘(チューブラーベル)の担当者が紹介されるようになったのは、かなり後からである。ちなみに、判定はヘッドフォンから指示がなされるため、鐘の担当が独断と偏見でやっているわけではない。ホームページにもその旨が書かれている。 鐘はかつて各地方で形や色、響きなどで違っていたが、2004.3.21福島県原町市の放送からバンド編成が一部違う北海道と近畿を除いて、鐘が統一された。地方の鐘は2004.4.11.(2004.3.7.収録)福岡県大川市の放送が最後になった。
なお、秋山は2002年の2月と3月に体調不良の吉澤に代わって代理出演したが、吉澤が死去したことに伴って2002年4月から正式に鐘の担当となった。
美空ひばり - 昭和21年(9歳)、鐘1つ(しばしば、鐘がひとつも鳴らなかった、または鐘の担当者が鳴らすことを忘れたと言った都市伝説が喧伝されているが、誤りである)
全国都道府県対抗駅伝競走大会(男子はラジオがTBS・RCCで中継のため、サンデージョッキーを拡大放送する)
以上テレビ・ラジオともに休み。BS2は別番組を放送。NHKワールド・ラジオ日本は国際放送独自編成に差し替え。
以上ラジオ第1放送のみ。録音放送はなし(雨天中止のときは放送)。ただし、NHKワールド・ラジオ日本は通常通り放送される。また、BS2は高校野球の準々決勝・準決勝の日が重なる場合も休止され、録画放送はおこなわれない。
2005年7月に島根県出雲市の市民会館で収録が開かれた回は本来9月4日に放映されることになっていたが、これが10月2日に変更された。
NHK松江放送局は「本選に出場したある参加者の歌に、ある政党・政治団体のイメージテーマソングに使用されている楽曲(新党大地のテーマソングである松山千春の「大空と大地の中で」)が含まれていることがわかった。放送時期が衆院選の期間中であり、放送で政治的な公平性を確保するため全国放送を延期した。」としている(Wikinews「NHKのど自慢放送延期、出場者が政党のテーマソングを歌う」)。なお予選会については、地上波では島根県ローカル放送でのみの放送だったので、予定通り9月5日未明(4日深夜)に行われた。これに伴い、NHK宇都宮放送局は、当初収録予定だった栃木県那須塩原市大会を急遽生放送にする対応を取った。
2007年3月25日は東京都練馬区での生放送予定だったが、能登半島地震で放送休止となり、4月1日に変更された。また4月1日(3月4日収録)に放送予定だった佐賀県玄海町は4月8日(この日は宮本アナ司会の最終回だった)に、4月8日(4月1日収録)に放送予定だった広島県廿日市市は6月3日にそれぞれ変更になった。(ちなみに、広島県内だけは4月8日13:05〜13:50に廿日市市の模様を放送した為、この日広島県だけはのど自慢が2回放送された。)
NHKのど自慢では1998年にブラジルの日本人移民90周年事業としてサンパウロ市で初めての海外公演を開催した。それ以後毎年のように海外公演を開催し、日系人、在外日本人からも根強い反響を得ている。尚、この海外公演でチャンピオンを取ると毎年、東京・渋谷のNHKホールで開催する「NHKのど自慢・チャンピオン大会」(次項)に出場できる。今後も世界各都市で海外公演が開催される予定。
その週のチャンピオンに輝くと、更に厳選な審査のうえ15組程度が、毎年3月中旬に東京・渋谷のNHKホールを会場に開く「平成○○年度(丸の中には年の数字が入る) NHKのど自慢 チャンピオン大会○○○○(丸の中にはその年数の数が入る)」に進出し、その年の日本一ののど自慢(年間王者)が決定する。以前は歌謡曲の部、民謡の部の2つで行っていたが、現在は部門別の審査ではなく、全てのカテゴリーから2名の優秀賞と、そして、栄光の日本一とも言えるグランドチャンピオン(優勝者)が出る事になっている。更には、前項の海外公演のチャンピオンも1人か2人位参加するので一部の人からは≪真ののど自慢・世界一決定戦/ワールドチャンピオンシップ≫とも言われている。
チャンピオン大会の演奏はザ・ニューブリード、東京放送管弦楽団で、指揮は宮下博次が担当。チャンピオン大会の編曲(アレンジ)は宮下博次・西原悟・河野成旺が担当。デジタル放送は5.1サラウンド放送となっている。
昭和63年度/1988年: 晴山さおり・「望郷じょんから」(後にプロデビューし「1円玉の旅がらす」でブレーク)、箱石マチ・「外山節」
平成11年度/1999年: 室尾雅之(奈良県當麻町のチャンピオン)・FLYING KIDSの「僕であるために」を歌った。
平成12年度/2000年: 藤本雅子(茨城県土浦市のチャンピオン)・杏里の「オリビアを聴きながら」を歌った。
平成13年度/2001年: 大城バネサ( アルゼンチン・ブエノスアイレスのチャンピオン)・門倉有希の「女の漁歌」で海外勢として初のグランドチャンピオンに。これがきっかけで平成15年に演歌歌手としてデビュー。
平成14年度/2002年: 安藤弘法と桝本博之のコンビ( アメリカ合衆国・サンフランシスコのチャンピオン)・CHAGE and ASKAの「SAY YES」を歌った。海外勢としては2年連続の世界一誕生である。
平成15年度/2003年: 王超(ワン・チャオ)(奈良県桜井市のチャンピオン)・一青窈の「もらい泣き」でグランドチャンピオン。日本勢としては3年ぶり。
平成16年度/2004年: 玉川麻美(高知県中村市のチャンピオン)・鬼束ちひろの「月光」でグランドチャンピオン。四国勢としては初のグラチャン達成。
平成17年度/2005年: キム・ギョンア( 大韓民国・ソウルのチャンピオン)・鬼束ちひろの「月光」でグランドチャンピオン。海外勢の制覇は2001年の大城バネサ、2002年の安藤弘法と桝本博之ペアの2年連続以来、3年ぶり史上4人目の快挙。アジア勢としては初のグランドチャンピオン。
平成18年度/2006年: 清水博正(群馬県藤岡市のチャンピオン)・神野美伽の「雪簾(ゆきすだれ)」でグランドチャンピオン。全盲というハンデをものともせず、しかも16歳という年齢ながら、圧倒的な歌唱力と表現力でみごとにグランドチャンピオンとなった。ちなみに、ゲストで来ていた氷川きよしはその歌に感動し涙をこぼした。
平成16年度/2004年: 山梨市、愛媛県四国中央市、鹿児島県出水市、鳥取県岩美町、秋田市&秋田県羽後町、岐阜県飛騨市、広島県東広島市、滋賀県草津市、福島県須賀川市、北海道滝川市、長崎県琴海町、福岡県大川市、宮城県白石市そして イギリスのロンドンの15都市。
平成17年度/2005年: 青森市から始まって香川県東かがわ市、北海道岩見沢市&苫小牧市、富山県南砺市、岐阜県大垣市、広島県福山市、宮城県東松島市、高知市、島根県出雲市、京都府亀岡市、山口市、佐賀県有田町、鹿児島県薩摩川内市そして メキシコのメキシコシティを加えた15都市。
平成18年度/2006年: 北海道旭川市から始まって秋田県大館市、山形県長井市、千葉県からは柏市と成田市の両市、岐阜県多治見市、愛知県豊橋市、宇都宮市、大阪府からは堺市と豊中市の両市、熊本県八代市、沖縄県宜野湾市、香川県三豊市そして愛媛県今治市の14都市で残念ながら海外参加は無かった(18年度は海外大会はなかった。)。
1999年4月から2004年3月まで5年間、衛星第2テレビで毎週土曜日(2002年度からは、不定期)に放送した公開視聴者参加番組。NHKのど自慢に出場できない15歳未満(中学生を含む)がのどを競った。司会は森口博子と高市佳明アナウンサー(2002年度から関口健アナウンサー)。また1999年4月から2002年9月までは「機動戦士ガンダムSEED」シリーズの劇中BGM担当等でお馴染みの佐橋俊彦が作曲した同番組のイメージテーマ曲が使用されていた。
基本的には、NHKのど自慢と同じだが、この番組には、鐘がない。合否の音楽が流れる。また、賞には、客席審査員が選ぶベストステージ賞、ゲストが選ぶゲスト賞、そして、合格者の中からグランプリが決まっていた。さらに、グランプリに輝くと更に厳選な審査のうえ15組程度が、「BSジュニアのど自慢グランプリ大会」に出場できたが、2001年度をもって廃止された。
福岡放送局制作。かつてNHKのど自慢では各ブロックごとに決戦大会が行われ、そこで勝ち上がった人が全国大会に進む形式がとられていたことがあった。この番組は唯一その名残をとどめるものであり、もともと「NHKのど自慢 九州沖縄チャンピオン大集合」として放送されていた。その時点でののど自慢の司会者(といっても実質宮川泰夫がほとんどだった)が「ゲスト」として出演し、九州・沖縄各県チャンピオンがワンコーラス熱唱したり、本番では出てこなかったエピソードを掘り下げたり、更には特別賞受賞者らの爆笑パフォーマンスを再演したりと、審査抜き(同窓会の感じ)の放送ならではの内容となっていた。その後、「熱血!オヤジバトル」などの入賞者らも加えて、現在のスタイルに改められた(それとともにのど自慢司会者のゲスト出演、九州沖縄地方ののど自慢バンドを含めたオーケストラ出演を廃止)。進行は福岡局アナウンサーが担当し、2007年は離任直前の神田愛花が務めた。
2005年4月より、宮川アナウンサーが同番組の毎月第2・4水曜日を担当することになり、そのアンカーコーナーとして2006年3月まで放送されたシリーズ(毎月1回・原則として第2水曜深夜1時台放送)。宮川アナがのど自慢の歴代の出場者を訪ねたり、あるいは番組スタッフをスタジオに招いて、出場した当時の思い出やのど自慢に出場して以降の人生観、スタッフにはのど自慢の放送裏話(秘話)などをインタビューした。
2006年4月からは同じ曜日の放送で、宮川がのど自慢に出演して訪れた日本各地の風景を、自らの体験談や改めて取材したことを交えて振り返るエッセー風トークで紹介する。
「日清ちびっこのどじまん」(フジテレビ系)という子供向けののど自慢番組が、1965年から1969年にかけて放映されていた。審査員によって毎週チャンピオンを選出し、年1回(8月ごろ)日本一大会を開催していた。大村崑が司会。
1970年代には、TBSの「家族そろって歌合戦」や、東京12チャンネル(現テレビ東京)の同種の番組(番組名不明)など、民放でも同様の素人が歌を競う音楽番組で、かつ全国各地(東京12チャンネルの番組は、関東地方限定で各地を巡業?)を巡る番組があった。放映日も日曜日が多く、時間帯は重複しなかったので制作サイドでは競合番組だが、視聴者にとっては続けて見ることができた。その後は、民放では同種の番組は存在しないようである。
笑っていいとも! (フジテレビ系:「納涼のりょ自慢」(子供や老人がダジャレを披露するというもの)と題したコーナーがあった)
うたばんのど自慢(FNS歌謡祭の裏番組として2002年にTBSでうたばんの特別企画として放送されたもの。SMAP、とんねるず、ソニンなどが出演した)
伊東家の食卓 (日本テレビ系:裏ワザの評価で伊東四朗がチューブラーベルを鳴らす。高評価のときのメロディーはのど自慢での合格時のそれに似ている)
カテゴリ: NHKの音楽番組 | 日本放送協会テレビ番組 | 日本放送協会ラジオ番組 | 日本のラジオ音楽番組

[ 89] NHKのど自慢 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E3%81%AE%E3%81%A9%E8%87%AA%E6%85%A2



お気に入り



  • track feed
    • seo