イギリスとは?
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UKはこの項目イギリスへ転送されています。その他の用例についてはUK (曖昧さ回避)をご覧ください。 1801年グレートブリテンおよびアイルランド連合王国設立。1927年にグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国に名称変更。 正式名称グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(グレートブリテン および きたアイルランドれんごうおうこく、またはグレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国(グレートブリテン および ほくぶアイルランドれんごうおうこく))、通称イギリスまたは英国(えいこく)は、西ヨーロッパの北海に位置する国家。イングランド(England)、ウェールズ(Wales)、スコットランド (Scotland)、 北アイルランド (Northern Ireland) の四つの非独立国の集まり。単に連合王国(United Kingdom、略してUK)ともいう。イギリス連邦王国の一国。本項では特記以外は「イギリス」で記述する。 現在、国際連合の安全保障理事会常任理事国の一つであり、ヨーロッパ北西部の島国。大航海時代を経て、世界屈指の海洋国家として成長。西欧列強のひとつとして世界に植民地を拡大し、世界最大の奴隷貿易国となった。公用語である英語は世界共通語としての地位を得て、世界に10億人といわれる英語人口とイギリス連邦諸国を中心にアメリカやカナダ、インドやオーストラリアなど広大な英語圏を形成している。第一次世界大戦以降の勢力均衡中心の時代にあっては名誉あるバランサーを標榜し、自国と自国の交易上、友好関係にある国々、地域、植民地の経済と安全保障の安定化に向けた世界戦略を展開したことで、パックス=ブリタニカと呼ばれる比較的平和な時代をもたらした。国家体制は国王を国家元首とし、議院内閣制に基づく立憲君主制である。しばしば、老大国と称される。 日本語の表記は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国。かつては、「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」と表記されることが多かったが(日本国との平和条約における日本語正文などを参照)、現在ではあまり見かけなくなった。通称は、イギリスや英国(えいこく)が一般的。他に連合王国やUKとも呼ばれる。漢字による当て字で、英吉利と表記され、英と略される。 幕末における徳川幕府との開国等に関する交渉の際には、猊利太尼亜(ぶりたにあ)や諳尼利亜(あんぐりあ)と呼称されていた。その後イングランドを表すオランダ語のEngelsch(エンゲルス)またはポルトガル語のIngles(イングレス)が訛り、「エゲレス」または「イギリス」という読みと「英吉利」という当字が用いられるようになった。 この点を知らずにもしくは省いて「イギリス」という言葉を用いると、意図しない摩擦を惹起することもある。日本の外務省は一時期「連合王国」という名称を使っていたが一般には定着せず、代わって「英国」を主に使うようになってきている。また在日英国大使館は「英国」を用いている。 「連合王国」の構成は歴史的背景に絡み複雑である。 「グレートブリテン」はイングランドのほかに、スコットランド、ウェールズを含み、 「ユナイテッド・キングダム」はこれにさらに北アイルランドが加わるのである。 なお、英語話者も"U.K."や"Great Britain"を指して"England"と呼ぶことが(特に口語で)よくあるが、「政治的に正しくない」として公式な場では控えられる傾向にある。連合王国全体を指して"Great Britain"と呼ぶことも、それの本来の意に含まれない北アイルランドのユニオニストから批判されることがあるが、連合王国政府は連合王国全体を指す語として"The United Kingdom"の代わりに"Great Britain"を使うことがある。またスコットランド人やウェールズ人には、民族的アイデンティティを無視した単語として"British"と呼ばれることを嫌う人もいる(もちろん彼らを"English"と呼ぶのはタブーである)。国全体、個々の地域、またそこに暮らす人々をどう呼ぶべきかという問題は、個々人の政治的価値観や歴史観を含むため複雑であり、個々人やマスコミによって様々な見解がある。BBCがスコットランド人やウェールズ人を"British"という単語で表さない原則を表明した直後、Timesは社説でBBCの決定を批判し、その後も"British"という単語をスコットランド人やウェールズ人に対して用いている。 1066年にウィリアム征服王(William the Conqueror)がイングランドを制圧し、大陸の進んだ封建制を導入し、王国の体制を整えていった。人口、経済力に勝るイングランドがウェールズ、スコットランドを圧倒していった。 1282年にウェールズ地方にもイングランドの州制度がしかれ、1536年には正式に併合した。1603年にイングランドとスコットランドが同君連合を形成、1707年のスコットランド合併法(1707年連合法)により、イングランドとスコットランドは合併しグレートブリテン王国となった。さらに1801年のアイルランド合併法(1800年連合法)によりグレートブリテン王国はアイルランド王国を併合し、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国となった。1922年に北部6州(北アイルランド;アルスター9州の中の6州)を除く26州が、アイルランド自由国として独立した。1927年に現在の名称であるグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国へと改名した。 イギリスは世界に先駆けて産業革命を達成し、19世紀始めのナポレオン戦争後は七つの海の覇権を握って世界中を侵略し、カナダからオーストラリア、インドや香港に広がる広大な植民地を経営し、奴隷貿易が代表するような搾取を繰り広げイギリス帝国を建設した。しかしイギリスの世界覇権は第一次世界大戦までで、二度の大戦を経てその後はアメリカが強大国として台頭する。 第二次世界大戦直後、労働党のクレメント・アトリー政権が「ゆりかごから墓場まで」をスローガンにいち早く福祉国家を作り上げたが、階級社会の伝統が根強いこともあって経済の停滞を招き、1960年代以降は「イギリス病」とまで呼ばれる不景気に苦しんだ。 1980年代にマーガレット・サッチャー首相が経済再建のために急進的な構造改革(民営化・行政改革・規制緩和)を実施し、大量の失業者を出した。地方経済は不振を極めたが、ロンドンを中心に金融産業などが成長した。1990年代、政権は保守党から労働党のトニー・ブレアに交代し、イギリスは市場化一辺倒の政策を修正した第三の道への路線に進むことになった。このころからイギリスは久しぶりの好況に沸き、「老大国」のイメージを払拭すべくクール・ブリタニアと言われるイメージ戦略、文化政策に力が入れられるようになった。 政治体制は立憲君主制をとっているが、一つに成典化された憲法典はなく、いくつかの制定法(議会制定法だけでなく「大憲章(マグナ・カルタ)」のような国王と貴族の契約も含む)、判例および慣習法(憲法的習律と呼ばれる)が憲法を成り立たせている。(詳細はイギリスの憲法を参照) イギリスの議会は、上院(貴族院)と下院(庶民院)の二院制である。行政の長である首相は、通常下院の第1党党首を国王が任命する(議院内閣制)。現在の首相は労働党のゴードン・ブラウンである。下院は単純小選挙区制による直接選挙で選ばれるが、上院はその正式名称の通り貴族が議員となっているので直接選挙は無い。従来右派の保守党と左派の労働党による二大政党制と言われて来たが、近年では第三勢力の自由民主党(旧自由党の継承政党)の勢力も拡大している。 1996年に北アイルランドに、1999年にはスコットランドとウェールズに議会が設置され、自治が始まった。スコットランドではスコットランド国民党による独立運動が起きており、北アイルランド紛争も問題となっている。 イギリスの国土はグレートブリテン島と、アイルランド海をへだてたアイルランド島の北部(北アイルランド)、およびその周辺のいくつかの島からなる。 グレート・ブリテン島は中部から南部を占めるイングランド、西部のウェールズ、北部のスコットランドに大別される。 イングランドの大部分は岩の多い低地からなり、西から東へと順に並べると、北西の山がちな地域(湖沼地帯のカンブリア山脈)、北部(ペニンネスの湿地帯、ピーク・ディストリクトの石灰岩の丘陵地帯。パーベック島、コッツウォルズ、リンカーンシャーの石灰岩質の丘陵地帯)から南イングランドの泥炭質のノース・ダウンズ、サウス・ダウンズ、チルターンにいたる。イングランドを流れる主な河川は、テムズ川、サヴァーン川、トレント川、ウーズ川である。主な都市はロンドン、バーミンガム、ヨーク、ニューカッスル・アポン・タインなど。イングランド南部のドーヴァーには、ユーロトンネルがあり、対岸のフランスと連絡する。イングランドには標高 1000m を超える地点はない。 ウェールズは山がちで、最高峰は標高 1,085m のスノードン山である。本土の北にアングルシー島がある。ウェールズの首都また最大の都市はカーディフで、南ウェールズに位置する。 スコットランドは地理的に多様で、南部および東部は比較的標高が低く、ベン・ネヴィスを含む北部および西部は標高が高い。ベン・ネヴィスはイギリスの最高地点で標高 1343 m である。スコットランドには数多くの半島、湾、ロッホと呼ばれる湖があり、グレートブリテン島最大の淡水湖であるネス湖もスコットランドに位置する。スコットランドの西部また北部の海域には、ヘブリディーズ諸島、オークニー諸島、シェットランド諸島を含む大小さまざまな島が位置する。スコットランドの主要都市は首都エディンバラ、グラスゴー、アバディーンである。 北アイルランドは、アイルランド島の北東部を占め、ほとんどは丘陵地である。主要都市はベルファストとデリーである。 現在イギリスは大小あわせて 1098 ほどの小さい島からなる。ほとんどは自然の島だが、いくつかはクランノグといわれる、過去の時代に石と木を骨組みに作られ、しだいに廃棄物で大きくなっていった人工の島がある。 イギリスの大半はなだらかな丘陵地及び平原で占められており、国土のおよそ90%が可住地となっている。そのため、国土面積自体は日本のおよそ3分の2(本州と四国を併せた程度)であるが、可住地面積は逆に日本の倍近くに及んでいる。 イギリスの気候は2つの要因によって基調が定まっている。まず、メキシコ湾流に由来する暖流の北大西洋海流の影響下にあるため、北緯50度から60度という高緯度にもかかわらず温暖であること、次に中緯度の偏西風の影響を強く受けることだ。以上から西岸海洋性気候 (Cfb) が卓越する。大陸性気候はまったく見られず、気温の年較差は小さい。 メキシコ湾流の影響は冬季に強く現れる。特に西部において気温の低下が抑制され、気温が西岸からの距離に依存するようになる。夏季においては緯度と気温の関連が強くなり、比較的東部が高温になる。水の蒸散量が多い夏季に東部が高温になることから、年間を通じて東部が比較的乾燥し、西部が湿潤となる。 降水量の傾向もメキシコ湾流の影響を受けている。東部においては、降水量は一年を通じて平均しており、かつ、一日当たりの降水量が少ない。冬季、特に風速が観測できない日には霧が発生しやすい。この傾向が強く当てはまる都市としてロンドンが挙げられる。西部においては降水量が2500mmを超えることがある。 首都ロンドンの年平均気温は10.0度、年平均降水量は750.6mm。1月の平均気温は4.4度、7月の平均気温は17.1度。 18世紀の産業革命以降、近代において世界経済をリードする工業国で、造船や航空機製造などの重工業から金融業やエンターテイメント産業に至るまで、様々な産業が盛んである。しかしながら、19世紀後半からはアメリカ合衆国、ドイツの工業化により世界的優位は失われた。 20世紀に入り二度の世界大戦によって国力は衰え始め、各地の植民地をほとんど独立させた1960年代後半には経済力はいっそう衰退した。一方で政権を握った左派の労働党は「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる公共福祉の改善に力を入れ、国家予算を大胆に福祉に投入したため、1970年代には世界有数の福祉国家になった。しかし、景気回復になんら実用的な手立てを打たなかったために、継続的な不況に陥り、企業の倒産やストが相次いだ。その様は英国病とまで呼ばれる始末であった。 しかしながら、1979年に登場したサッチャー政権下で国営企業の民営化や各種規制の緩和が進められ、1980年代後半には海外からの直接投資や証券投資が拡大した。この過程で基幹産業の一つである自動車産業の殆どが外国企業の傘下に下ったが、この事が象徴するような外国からの投資の拡大を、積極的に自国の産業の活性化や雇用の増大に繋げて行き、その後の経済復調のきっかけにして行った(ウィンブルドン現象)。 その後、1997年に登場したブレア政権における経済政策の成功などにより経済は復調し、アメリカや他のヨーロッパの国に先駆けて好景気を享受するようになったが、その反面で貧富の差の拡大や不動産価格の上昇などの問題が噴出してきている。 イギリスの鉱業は産業革命を支えた石炭が著名である。300年以上にわたる採炭の歴史があり、石炭産業の歴史がどの国よりも長い。2002年時点においても3193万トンを採掘しているものの、ほぼ同量の石炭を輸入している。北海油田に隣接するため原油の採掘量は1億1000万トンに及び、これは世界シェアの3.2%に達する。最も重要なエネルギー資源は天然ガスであり、世界シェアの4.3%(第4位)を占める。有機鉱物以外では、世界第8位となるカリ塩 (KCl)、同10位となる塩 (NaCl)がある。金属鉱物には恵まれていない。最大の鉛鉱でも1000トンである。 最も早く工業化された国であり、現在でも高度に工業化されている。農業の重要性は低下し続けており、GDPに占める農業の割合は2%を下回った。しかしながら、世界シェア10位以内に位置する農産物が8品目ある。穀物ではオオムギ(586万トン、世界シェア10位、以下2004年時点)、工芸作物では亜麻(2万6000トン、5位)、テンサイ(790万トン、9位)、ナタネ(173万トン、5位)、ホップ(2600トン、6位)である。家畜、畜産品では、ヒツジ(3550万頭、7位)、羊毛(6万5000トン、5位)、牛乳(1480万トン、9位)が主力。 イギリスは産業革命成立後、自由貿易によって多大な利益を享受してきた。ただし、21世紀初頭においては貿易の比重は低下している。2004年時点の貿易依存度、すなわち国内総生産に対する輸出入額の割合は、ヨーロッパ諸国内で比較するとイタリアと並んでもっとも低い。すなわち、輸出16.1%、輸入21.3%である。 貿易相手国の地域構成は輸出、輸入ともヨーロッパ最大の工業国ドイツと似ている。輸出入とも対EUの比率が5割強だ。輸出においてはEUが53.4%(2003年)、次いでアメリカ合衆国15.0%、アジア12.1%、輸入においてはEU52.3%、アジア15.1%、アメリカ合衆国9.9%である。 首都ロンドンのシティは、地元イギリスをはじめ世界各国の金融機関のオフィスが数多くあり、ヨーロッパの金融取引の中心的存在である。 EU加盟国であるが、通貨はユーロではなく、UKポンド(GBP)が使用されている。イングランド銀行が連合王国の中央銀行であるが、スコットランドと北アイルランドでは地元の商業銀行も独自の紙幣を発行している。イングランド銀行の紙幣は連合王国内で共通に通用する。また、スコットランドの紙幣もスコットランド外で使用可能だが、北アイルランド紙幣は北アイルランド以外では通用せず、換金も不可能である。紙幣には、エリザベス女王が刷られている。 「イギリス民族」という民族は存在しない。主な民族はイングランドを中心に居住するゲルマン民族系のアングロ・サクソン人、ケルト系のスコットランド人、アイルランド人、ウェールズ人だが、旧植民地出身のインド系、アフリカ系、アラブ系や華僑なども多く住む多民族国家である。 事実上の公用語は英語でありもっとも広く使用されているが、ウェールズの一部でウェールズ語、スコットランドの一部でスコットランドのゲール語とスコットランド語が話される。 アイルランド(北部以外)・ジブラルタルなどGBDやGBOとは別の経緯のある地域の住民で一定要件に該当する者 いずれの身分に属するかによって、国内での様々な取扱いで差異を生ずることがあるほか、パスポートにその区分が明示されるため、海外渡航の際も相手国により取扱いが異なることがある。(例:日本に入国する場合、GBRとGBNは短期訪問目的なら査証(ビザ)不要となるが、残りの四つは数日の観光訪日であってもビザが必要となる。) 近代鉄道の発祥の地であり国内には鉄道網が張り巡らされているが、1960年代以降は設備の老朽化のために事故が多発し、また、運行の遅延が常習化するなど問題が多発している。ロンドンなどの都市には地下鉄網が整備されている。 ロンドンのウォータールー駅からはヨーロッパ大陸との間を結ぶユーロスターが運行され、パリやブリュッセル、リールなどのヨーロッパ内の主要都市との間を結んでいる. ロンドン・ビクトリア駅は有名なオリエントエクスプレス(「ベニス・シンプロン・オリエント急行(VSOE)」)の基点でもある。 周囲を海に囲まれている上、世界中に植民地を持っていたことから古くからの海運立国であり、P&Oやキュナードなど多くの海運会社がある。また、歴史上有名な「タイタニック号」や「クイーン・エリザベス2号」、「クイーン・メリー2号」などの著名な客船を運航している。 民間航空が古くから発達し、特に国際線の拡張は世界に広がる植民地間をつなぐために重要視されてきた。現在は、英国海外航空の流れを汲むブリティッシュ・エアウェイズやヴァージン・アトランティック航空、bmiやイージージェットなどの航空会社がある。日本との間には、ブリティッシュ・エアウェイズとヴァージンアトランティック航空、日本航空と全日空がロンドンと成田空港、関西国際空港の間に直行便を運航している。 イギリス政府の2001年の国勢調査によれば[1]、キリスト教徒が71.6%、イスラム教徒が2.7%、ヒンドゥー教徒が1.0%であった。またキリスト教系の慈善団体による2007年の統計では[2]、質問の形式は若干異なるが、キリスト教徒が53%で、1ヶ月に少なくとも1回は教会に通う人は、成人全体の15%であった。 イギリスはサッカー、ラグビー、クリケット、ゴルフが発祥した地であり、国技としても定着している。年間観客動員数は900万人を集めるサッカーと、600万人の競馬が他を大きく凌いでおり、ユニオンラグビーの300万、クリケット200万がそれに続く(いずれも2004年実績)。 この内団体球技(サッカー、ラグビー、クリケット)は発祥地域の伝統的な配慮から国際競技団体ではイギリス単体ではなく、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド(ラグビーに関してはアイルランドにまとめている)の4地域それぞれの加盟を認めているが、サッカーが公式なプログラムとして行われている近代オリンピックでは単一国家としての出場が大原則であるため、長年出場してない。しかし2012年の開催が内定したロンドン五輪では4協会が一体となった統一イギリス代表としてエントリーすることも検討し始めているという。 モータースポーツ発祥の地としても知られており、フォーミュラ1(F1)で多数のチャンピオンドライバーを生み出している他、歴史的にはロータス、ティレル、現存するものとしてはマクラーレン、ウィリアムズといった、数多くの名門レーシングチームが本拠を置き、モータースポーツ車両の設計製造において常に最先端を行く。イベントにも歴史があり、1926年に初開催されたイギリスグランプリは最も古いグランプリレースのひとつであり、1950年にはこの年始まったF1の第1戦をシルバーストンサーキットで開催した。世界ラリー選手権の一戦として組み込まれているラリー・グレートブリテン(1933年初開催)も同シリーズの中でもっとも古いイベントの一つである。 さらに近代競馬発祥の地でもある。18世紀ゴルフに次いでスポーツ組織としてジョッキークラブが組織され、同時期にサラブレッドも成立した。どちらかと言えば平地競走よりも障害競走の方が盛んな国であり、"Favourite 100 Horses"(好きな馬100選)ではアークルを初め障害馬が上位を独占した。障害のチェルトナムフェスティバルやグランドナショナルミーティングは15〜25万もの観客動員数がある。特に最大の競走であるG3グランドナショナルの売り上げは700億近くになり、2007年現在世界で最も馬券を売り上げる競走になっている。平地競走は、ダービー、王室開催のロイヤルアスコットレースミーティングが知られ、こちらも14〜25万の観客を集める。ダービーは、この競走を冠した競走が競馬を行っている国には必ずと言っていい程存在しており世界で最も知られた競走といって良いだろう。エリザベス女王も競馬ファンとして知られており、自身何頭も競走馬を所有している。 イギリスでは、日本などと違い競馬など特定の競技だけでなく全てのスポーツがギャンブルの対象となるが、売り上げはやはり競馬とサッカーが多い。競馬は1970年代を頂点に人気を失いつつあったが、近年急速に観客動員数が持ち直す傾向にある。売上高も2兆円を超え、人口当りの売り上げは香港を除けばオーストラリアに次ぐ。しかし、売り上げの多く(2003年で97.1%)が主催者側と関係のないブックメーカーに占められるという構造的な課題がある。なお、イギリス人はどんな小さな植民地にも必ずと言っていい程競馬場を建設したため、現在でも旧イギリス領は競馬が盛んな国が多い。また、馬術も盛んであり、馬術のバドミントンは3日間で15万人以上の観客動員数がある。 イギリス国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が21件、自然遺産が5件ある。詳細は、イギリスの世界遺産を参照。 イギリスの軍隊は「イギリス軍」(British Armed Forces) または「陛下の軍」(His/Her Majesty's Armed Forces) として知られている。しかし、公式の場では"Armed Forces of the Crown"と呼ばれる。全軍の最高指揮官はイギリスの君主であるエリザベス2世。ただし、国防省に設置されている国防委員会の国防参謀総長であるサー・ジョック・スティラップ空軍大将によって管理されている。 イギリスの軍隊は各国の軍隊に比べて広範囲にわたる活動を行い、世界的な戦力投射能力を有する軍事大国の1つに数えられ、国防省によると軍事費は世界で2位を誇る。NATO諸国の中でもイギリスの戦術的戦闘向けの航空機は、アメリカ、フランスに次ぐ3位の機数を有しており[1]、軍艦関連の総トン数はアメリカに次いで世界2位を占めている。2005年の時点で陸軍は102,440名、空軍は49,210名、海軍は36,320名の兵員から構成されており、イギリス軍の190,000名が現役軍人として80か国以上の国に展開、配置されている。 イギリスは核保有国の中では少ない方だが、多数の核兵器を保有している。これらは海軍の潜水艦を発射母体としているトライデント IIと核弾頭を運用しており、それを搭載するヴァンガード級原子力潜水艦はカンブリア州のバロー (Barrow-in-Furness) にあるヴィッカース(現BAEシステムズ)社の造船所で建造された。トライデントを搭載した原子力潜水艦4隻は核抑止力の任務に割り当てられる。また、海軍の軽歩兵部隊である海兵隊は水陸両用作戦の任務とNATOの専門強化軍という役割も担う。 イギリス軍が単独で戦った最後の戦争はフォークランド戦争で、全面的な戦闘が丸々3か月続いた。現在はボスニア紛争、コソボ紛争、アフガニスタン侵攻、イラク戦争など、アメリカ軍やNATO諸国との合同作戦が慣例となっている。イギリス軍の幅広い活動能力にも関わらず、最近の国事的な国防政策でも協同作戦時に最も過酷な任務を引き受けることを想定している。 グリニッジ天文台がロンドン近郊にある。この天文台を基準としてグリニッジ子午線およびグリニッジ標準時が定められた。 アメリカ合衆国 | イギリス | 中華人民共和国(かつては中華民国) | フランス | ロシア(かつてはソ連) アイルランド | アンドラ | イギリス | オランダ | フランス | ベルギー | リヒテンシュタイン | ルクセンブルク アルバニア | ウクライナ | クロアチア | スロベニア | セルビア | ブルガリア | ベラルーシ | ボスニア・ヘルツェゴビナ | マケドニア | モルドバ | モンテネグロ | ルーマニア | ロシア イタリア | ギリシャ | サンマリノ | スペイン | バチカン | ポルトガル | 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[ 155] イギリス - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9
