大きとは?

民間企業の賃金実態を調べて毎年、政府に国家公務員の賃金勧告を出している人事院が、ことしから調査対象を変えて公務員賃金を大幅に引き下げる動きを強めています。
これまで「百人以上」だった民間の従業員規模を「五十人以上」に広げるという研究会報告が三月に出ました。賃金が低い小規模企業に調査対象を広げることで公務員の賃金水準を一気に下げようというねらいです。
いま日本は、小泉「構造改革」のもとで非正規雇用化、労働者の賃金ダウンがすすみ、貧困と格差の拡大による社会のゆがみが深刻化しています。賃金でみれば、二〇〇〇年から四年間で十一兆円も下がっています。公務員も例外ではなく「官民格差」を是正すると称して連続して賃金が下げられました。
新たに比較する「民」の規模を「百人」から「五十人」に広げるとどうなるか。日本は、支配的な力をもっている大企業と、そのもとで締め付けられている中小企業とでは、賃金や労働条件に大きな開きがあります。たとえば厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(二〇〇四年)をみると、百人から四百九十九人規模に比べて、三十人から九十九人規模の賃金が現金総額で六十四万六千円も低いというのが現実です。調査対象の小規模化は公務員賃金の劇的な引き下げにつながります。
民間であれ公務員であれ賃金が下がるということは、生活設計を狂わせる大問題です。いや応なしに節約を迫られ、その結果、消費が冷え込み、経済に重大なマイナス効果をもたらします。とくに人事院勧告は、直接には国家公務員が対象ですが、その影響は地方公務員など七百五十万人に及ぶだけに重大です。
つづいて中小企業に波及します。「せめて公務員並み賃金を」という中小企業で働く労働者の目標が下がるのですから、低賃金の改善は遠のくばかりか、逆に下がることにさえなります。
さらに生活保護基準や、最低賃金法にもとづく地域最低賃金の引き下げということにもなりかねません。まさに悪循環です。日本は歯止めなき賃下げ社会に踏み込むことになります。
「公務員の賃金は高すぎる」とさかんに宣伝する財界の意図は、この悪循環の道を開くことにあります。公務員賃金がもつ社会的な影響に目をつけて、これを攻撃して引き下げ、労働者全体の賃金を下げやすくしようというわけです。こういう財界の尻馬にのって、何の根拠もなく、ただ賃金を下げるだけのために調査対象を広げるようなやり方は、絶対にあってはならないことです。
もともと「民」の規模は、一九六四年までは「五十人以上」でした。これを労働組合の「官民一体」のたたかいで今日の「百人以上」に改善をかちとった歴史があります。人事院の方針は、それを四十二年前に逆戻りさせるものです。
人事院がこんな無謀に走る背景として、民主党の前原誠司代表(当時)の言動にふれないわけにはいきません。昨年九月の特別国会で、小泉首相に「改革を競い合いたい」といい、人事院勧告について「零細企業も含めた民間給与の実態をふまえたものとすべきではないか」と主張し、民主党を支持してきた連合労組に衝撃を与えました。
民主党の否定的役割をのりこえて、連合の公務関係労組は官民比較の見直しに反対を表明し、全労連の各労組も反対で一致しています。
かつてともにたたかってかちとった成果が崩されようとしているいま、ヨーロッパのような大きな共同のたたかいへの発展が期待されています。(昆 弘見)

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[ 124] 焦点 論点/公務員賃金の見直し/大きすぎる社会への影響
[引用サイト]  http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-04-16/2006041625_02_0.html

昨日(30日)は広尾の都立中央図書館に行っていました。目的は達せられなかったんですが、その代わりちょっと珍しいものを見ました。
その中に、1692年(元禄5年)刊の『錦繍枕(きんしゅうまくら)』という図鑑がありました。300年ぐらい前の書物ですが、花の形などを絵入りで説明しています。著者は伊藤伊兵衛。
ガラスケースの中に入っていたので、自分でめくってみることはできないのですが、たまたま開かれていたのが「大きり紫」のところでした。
というと、「別に面白いことはない、現代語の『大キイ』は、古くは『大キシ』だったわけだろう。そのままじゃないか」と言われそうです。ところが、そうでもない。古くは「大キシ」ということばはありえなかった。
というのも、古代の形容詞を見ると、「赤ク」のように「〜ク」の形にしたときに「ク」の直前にきている音は、たいていはア・ウ・エ・オ段の音に限られていたのですね(注)。「アカク(赤)・シロク(白)・アツク(暑)・サムク(寒)・サヤケク(清)・アマネク(遍)」などのように。イ段音が来る場合というのは、「サビシク・ウレシク・ナマメカシク」などのように、「シ」ぐらいしかなかった。
さて、「大キク」の「キ」を見ると、これはイ段音なので、古くからあることばでないらしいと考えられます。じつは室町時代以降にできたことばで、当初から「大キシ」ではなく、今と同じく「大キイ」の形しかなかった。
ということは、「大きし」と書いたのは、『錦繍枕』の著者が古めかしい言い方にしようとして、かえって歴史的にはありえない言い方をしてしまったんですね。角川『大字源』を見たかぎりでは、近世には「大きし」の言い方を載せた辞書はないようです。珍らしいと思うのですが。
注 北原保雄「形容詞のウ音便――その分布から成立の過程をさぐる――」国語国文36-8, 1967.08
追記 湯沢幸吉郎『増訂江戸言葉の研究』(明治書院) p.277、形容詞終止形で下に続ける場合の例文の中に、
私{わたし}どもと違ッて形{なり}は大きし、ちからはあり、宜{いゝ}関取にでも成{なん}なさるだらう
という『四時遊観 花筺』(天保12年〈1841年〉)の例が出ています。これは『錦繍枕』よりもだいぶ下るわけです。(2001.03.01)
追記2 境田稔信氏に見せていただいたブリンクリー『和英大辞典』(三省堂、明治29〈1896〉)では、「可愛い」を「カワイシ」という不思議な語形にして掲げています。「大きい」を「大きし」とするのと似ています。
当時の辞書は、見出しを「〜し」形に統一していたので、実際には口では「カワイイ」と言っていたのに、辞書に載せるときは「カワイシ」という実際にはない形にしていたのではないかと思います。歴史的には、「カワユシ→カワユイ→カワイイ」で、「カワイシ」という言い方はなかったのでしょう。
また、同じく境田氏に見せていただいた山田美妙『大辞典』(明治45〈1912〉)では形容詞「かはいい」の項目にかはいしの近體。」との説明があります。つまり、山田美妙は「カワイシ→カワイイ」と移り変わったと解釈しているようです。しかし「カワイシ」は疑問です。(2003.02.11)
●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

[ 125] 【ことばをめぐる】(980831)大きし,おほきし,錦繍枕
[引用サイト]  http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k980831.htm

■漫画家・ちばてつやさん(68)(1) 「えっ、力石とプロでも闘うんですか? 困ったな…」 社会現象にもなった昭和40年代の傑作ボクシング漫画「あしたのジョー」(少年マガジン連載)で、原作者の高森朝雄(梶原一騎)から今後の展開を聞かされたとき、作画を担当していたちばてつやは思わず頭を抱えた。 もちろん力石とは、「ジョー」こと主人公の矢吹丈が少年院で出会い、闘った強敵、力石徹のこと。際立ったキャラクターだけに、ジョーの終生のライバルとなるのは分かるが、同じプロの世界でやりあうのは都合が悪かった。 「体を大きく描き過ぎてしまったんです」 ボクシングには体重別に分けられた階級がある。少年院の中で殴り合いをする程度なら体格は問題はないが、プロボクシングとなれば、同じ階級でなければ2人の対戦は実現しない。 高森とは連載を始めるにあたって入念な打ち合わせをしたはずだった。お互いの家も近く、通常の原作者と漫画家の関係以上によく会って話し合った。だが、力石とプロで闘う構想はそのとき一言も出なかったという。 □ □ 高森の漫画原作は、小説のようだった。身長が何センチなどといった人物の身体的特徴に関する具体的な設定はなくて、セリフや言動で雰囲気を出す描き方。だから読んでいるうちに次第に人間像が結んできた。 「ジョーが成長していく過程で、当初は単なるけんか相手として考え出されたのが力石だったと思う」。しかも少年院では番長格。ちばの頭には自然と体が一回り大きいイメージができあがっていた。「頭ひとつ背が高く、大人の骨格で描いてしまった。ジョーは少年の骨格。初めて原稿に描かれた力石を見た梶原さんも、大き過ぎるとは言わなかったんだけどねえ」 しかし、経緯はどうあれ、とにかく2人をプロのリングで対戦させなければならない。「同じ階級にするにはどうすればいいのかと苦しんだ」 そこで高森が考えついたのが、厳しい減量である。「3階級制覇に挑んだファイティング原田さんのエピソードを調べて減量のシリアスな状況を描いたんです」。悪く言えば、物語の展開上のつじつま合わせだった。 □ □ しかし、その苦肉の策は、結果的にこの作品を日本漫画史上不朽の名作ともいうべき位置に押し上げた。力石が減量に苦しみ、絞り抜いた身体で鬼気迫るファイトを見せるのは、この漫画の最大のヤマ場である。「減量のエピソードがなかったら、ただの格闘技の話になっていたと思う」 壮絶な闘いがもとで力石は命を落とす。そして力石は、いつしか熱狂的な人気を獲得していた。連載中の45年には劇作家の寺山修司が中心となって、力石を弔う本物の葬式まで行われたほどだ。 「はじめは誰かの冗談かと思い、お葬式に出るつもりはなかったけど、梶原さんがハイヤーに乗って黒のスーツで迎えに来てね」。葬儀会場の講談社(東京都文京区)に着くと大勢の人が列をつくっていた。 この光景を見て、漫画を描くのが怖くなった。「大人までが、キャラクターの生きざまに一喜一憂している。うかつなものは描けないなと思いましたね」 =敬称略(文 堀 晃和) ◇【プロフィル】ちばてつや ちば・てつや 本名・千葉徹弥。昭和14年、東京生まれ。16年に旧満州に渡り、終戦翌年に引き揚げる。31年にプロデビュー。「ちかいの魔球」「ハリスの旋風」「おれは鉄兵」「あした天気になあれ」「のたり松太郎」などの名作を連発。「あしたのジョー」はテレビアニメや映画にもなり、社会現象にまでなった。文星芸術大学教授。日本漫画家協会常務理事。
タイトル更新日付補足情報「まったく、まったく、まったく」額賀大臣の一…11/15 20:11床と昇降機に挟まれ店主死亡11/15 00:51【大変だ!】キティちゃん、JR止める11/15 23:54守屋氏「久間元防衛相は怖い」 ジャーナリスト…08:12“悪の巣窟”船場吉兆、軟禁&ラベル張り替え強…08:16
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[ 126] 「【わたしの失敗】大きすぎた力石徹 」エンタメ‐コミック・アニメニュース:イザ!
[引用サイト]  http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/comic/60324/



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