十分とは?

最新型のパソコンが登場したら、まずはDOSのDIRコマンドを実行して、そのスクロール表示速度でマシン性能を体感する。かつてはそんな牧歌的な時代もあった。
DOS搭載パソコンが普及し始めた8086 CPUの時代、DIRのスクロール表示はお世辞にも速いとはいえなかった。大量のファイルがあるディレクトリでDIRを実行したときなどは、処理の遅さにイライラさせられたものだ。その代わり、スクロールしている最中でも、表示を目で追跡できるという利点もあった(1画面ごとに表示を止める「/P」オプションはまだ実装されていなかった)。
性能が向上した最新型パソコンが発表されたら、とりあえずはDIRコマンドを実行してみる。「さすが最新機種、これは速い」などと一人で納得して、パソコンの成長ぶりを確認するというわけだ。実にいい加減な評価なのだが、テキスト・エディタなどのアプリケーション性能も、このDIRのスクロール速度にほぼ連動していて、あながち役に立たない指標でもなかった。
しかし80286搭載パソコンが登場すると、DIRスクロールはほぼ完成の域に達した。スクロール表示はもはや目で追うのが困難なほどに高速になり、たとえディレクトリに大量のファイルがあっても、あっという間に処理が終わるようになった。「パソコンの性能はもう十分」という声が聞かれるようになったのもこのころだったように思う。
この当時、パソコン・ヘビー・ユーザーが頻繁に使っていたDOSアプリケーションといえば、テキスト・エディタと通信ソフトウェア(パソコン通信用)だった(他の追随を許さないワープロとして「一太郎」があったが、特別な理由がないかぎり、ヘビー・ユーザーはワープロではなくテキスト・エディタを好んで使っていた)。確かにテキスト・エディタを使っているかぎり、80286パソコンはもはや十分に高速であり、それに限れば、さらなる性能向上は不要だと思えた。
そんな倦怠期を打ち破ったのがWindowsだった。DOSユーザーに対して、グラフィカル・ユーザー・インターフェイスとマルチウィンドウ・システムという新境地をもたらしたWindowsは、DOS時代とは比較にならない処理性能をパソコンに要求した。結果論でいえば、Windowsはパソコンにとって不可欠な存在になったものの、i386の仮想メモリ機構に対応したWindows
3.0が登場した1990年代初頭当時は、「こんなに重くてメモリ食いの環境なんていらない。DOS環境で十分」という声をよく聞いたものだ。
しかしWindowsは、その後もユーザー・インターフェイスの改良やマルチメディア機能の追加、ネットワーク機能の追加などを進めると同時に、アプリケーション・ベンダの賛同を得て対応アプリケーションを充実させていった。そして現在のWindowsインターフェイスの礎となったWindows 95で、その地位を不動のものとしたのはご承知のとおりだ。DOSでは十分な性能を提供していた80286パソコンも、Windows用としては忍耐なくしては使えない水準であり、Windowsの普及ととともに、ユーザーはi386からi486、Pentiumと高性能パソコンを買い求めることとなった。WinTel*1の黄金時代である。
*1 Windows−Intelの意味。Windowsの普及とともにIntelの最新CPUが次々と売れ、パソコンのコストパフォーマンス向上によってWindowsが普及するという相乗効果により、両社は大きな収益をあげた。その強固な相乗作用から、Microsoft−Intelの両社はWinTel連合などと呼ばれた。
Windowsパソコンの普及が一巡した現在、深刻な半導体不況やITバブル崩壊などもあって、パソコン業界の話題は何かと湿りがちだ。さる11月16日にWindows XPが発売され、PCの販売も多少は改善されたとの情報もあるが、全体的に見ればユーザーの反応は今ひとつといった感が否めない。特に、すでにWindows 2000を使っているヘビー・ユーザーにとって、Windows XPはグラフィカル・インターフェイスを着せ替えただけの、メリットの分かりにくいOSとして映っているようだ。本Windows Insiderフォーラムで2001年10月に行った読者調査においても、全体の実に30%が「Windows XPを導入したいと思わない」と回答している(Windows Insider 第5回読者調査)。通常このような意向調査では、たとえ新OSに直近のメリットが感じられなかったとしても、「機会があれば使ってみたい」くらいの反応が大きく出るものだが、今回は積極的にWindows XPを遠ざけている人が多いのが特徴的である。
筆者の周りにも、「WindowsもOfficeももう十分。これ以上何を求めるのか?」と意見する人が少なくない。確かに、ワードプロセッシングも、スプレッドシートも、電子メールもWebブラウジングも、それなりに快適にできるようになった。「もう十分」という気持ちも分からなくはない。
例えば会議のアレンジは、電話しか手段がなかった以前に比べれば、メールではるかに簡単に行えるようになった。スケジュール調整では、参加者各人のPIMにあるスケジュール情報を使い、互いの空き時間をメールでやり取りする。しかしこの際、PIMの確認を手作業で行っていないか?
会議の開催時間が決定したとして、それを通知するメールを見ながら、手作業でPIMに情報を追加したりしていないか? 優れたグループウェアを導入すれば、こうした作業を自動化することは可能だが、それは社内限定の話で、社外の利用者にそれを強制するのは不可能だ。
会議開催のメールに取引先の地図をアタッチすることもできる。編集途中のメールをそのままに、Webブラウザを起動し、取引先のURLを入力して地図のページを表示させる。次は地図の画像をマウスでドラッグし、編集途中のメール上でドロップすればよい。マウスを使ったこのドラッグ&ドロップや、クリップボードを使ったカット&ペーストは、世界で最も標準的に使われているアプリケーション間通信手順である。この手順を使ってアプリケーションを連携させるためには、双方のアプリケーションをユーザーが明示的に起動し、対象となるデータを表示する必要がある。相手に取引先の場所を教えたいだけなのに、ユーザーはメール・ソフトウェアやWebブラウザ、ドラッグ&ドロップなど、プリミティブなアプリケーションやそれらの連携方法に精通する必要がある。またドラッグ&ドロップ、カット&ペースで実行できるのは、基本的にはアプリケーション間での静的なデータ交換でしかない。
またそもそも、メールを見るためにメール・ソフトウェアを起動し、Webページを見るためにWebブラウザを起動するという状態は、フロッピー・ビューアやハードディスク・ビューアが別々に提供されることと同じではないか? 歴史的な経緯からそれらが別々に発展してきたことは仕方ないとして、将来的には、ローカル・ファイルもメール・メッセージも、掲示板も、Webページも透過的に扱えるような情報ブラウザが存在するべきではないか?
目立たない存在なのであまりスポットは当たらないのだが、Windows XPではヘルプ・システムが一新されており、インターネットに常時接続された環境では、表示領域の一部にオンラインから取得した最新情報を表示したり、ヘルプの検索とともにインターネット上のサポート技術情報(米国でいうKnowledge Base)を透過的に検索したりできるようになっている。つまりユーザーから見れば、それがローカルにある情報か、ネットの先にある情報かを意識することなく、必要なヘルプ情報を検索できるということだ。決して完成されたものだとは思わないが、ネット接続が常態化する未来の情報環境に向けたチャレンジの1つだろうと感じる。
そして2002年は、Webサービスを使ったアプリケーション連携が本格化する1年になるだろう。あまりに影響が大きな技術であるだけに、それを応用した具体的な情報サービスやビジネスのあり方については依然見通しが利かない状態だが、来年の今ごろには、Webサービスによってコンピュータ業界のバランス・オブ・パワーは大きく変貌しているかもしれない。
Windows 3.0の登場から約10年。Windowsがコンピューティングにもたらすインパクトについては一応の決着をみた。しかしゲームはこれで終わりではない。そしらぬふりをしながら、時代は確実に次の10年に向けて動きつつある。この正月休みには、「もう十分」という気持ちは忘れて、次の10年を夢想してみようではないか。
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役社長。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社
入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー
デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows
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[ 7] Opinion:「もう十分」を超えて
[引用サイト]  http://www.atmarkit.co.jp/fwin2k/opinion/ogawa/ogawa_200112.html

もうすぐ帰国する同学のために遠足を企画することにしました。行き先はできるだけ自分以外のメンバーが行ったことのない場所ということで、十分瀑布に決定。
今回は政治大學の語視中心のメンバーで行ったので国籍も様々。日本四名、韓国一名、印尼二名。公館站で待ち合わせて捷運に乗り、台北車站へ移動しました。
まずは前回の教訓を生かして平渓線の一日券を購入。これは運賃が割引になるばかりでなく、持っていると瀑布の入場料が半額になるので、もし列車に乗らなくても買う価値があります。
あとは一日券の入り口駅である瑞芳までの切符を買い列車に乗ればいいのですが、今回利用する東部幹線は本数が少ない!日本でいえば山陰本線にあたる路線で、結局一時間以上待つことになりました。しかしこれだけ人数がいると、話をしていればすぐ経ってしまうのであまり苦になりません。
行きは急行を見送り、すぐ後の「電車」に乗って移動しました。うまい具合に座席を確保し、乗換駅の瑞芳車站まで40分ほどの旅です。この列車だと平渓線への乗り換え時間があまり多くないので少々心配でしたが、幸い遅れることなく到着して無事乗り換えが済みました。
十分瀑布は大華車站と十分車站との間にあり、どちらからのアプローチも可能ですが無難なところで前回と同じ大華車站から出発し、十分車站へ抜けるコースとしました。
大華車站は相変わらずローカルムードたっぷりの無人駅です。以前来たときは遠足に来ていた小学生の一団がいたこともあってかなりの人数が降りたのですが、この日は自分たちの他に三人だけでした。
「ここから線路の上を歩くので列車に注意して」と声をかけ、滝に向かって線路の上を歩いていきます。
自分は二度目ですが、他のメンバーは初めてなのでこういう体験はやはり新鮮なようです。
前回とは時間帯が違うので幸か不幸か途中で列車に遭遇することなく瀑布に到着。トンネル近くで列車を交わすのも面白い体験なのですが、自分一人ではない場合は安全第一なのでまあこの方が良かったのかもしれません。
滝の入口の前に着くと「已経到了(もう着きましたよ)」という看板があったのがいつの間にか出来ていたのが印象的でした。
この看板は大華方向に向けて設置されていました。本来線路を歩いてくるのはまずいはずなのですが(^^;
以前200元だった入場料がなぜか180元になっていましたが、一日券持参者割引は健在で100元払って中へ。
そして滝の前で記念撮影。このあと自分も入って撮ってもらったはずなのですが、シャッターミスをしたのか残念ながら写っていませんでした。
瀑布を出発して、そのまま十分車站の方向へ向かって進みます。そして少し行ったところでどうやら道路が並走しているらしいことに気が付きました。ということはもしかして近くまでは道路を使って行き、ほんの少しだけ線路を歩いて行くのが正しい方法?
以前調査したときは線路を歩く以外にまったくアクセス方法がなくどちらかの駅から歩いていくのが普通とのことで、また大勢の人が歩いていたので疑問に思わなかったのですが、真相はいかに。
まあ何か損したわけでもないし、線路を歩くという体験も楽しみのうちなので別に問題はないのですが。好きな方から行けばいいのかもしれません。
というわけで適当な場所から道路に出てしばらく歩き、十分車站へ到着しました。当初予定していた列車には間に合わなかったので、適当に食事などをしつつ列車を待ちました。
そして瑞芳方面行きの列車が入ってくる直前ふと思いついて時刻表を調べると、接続が大変悪く最終的に次の列車に乗っても同じになってしまう事がわかったので急遽乗車を取りやめ。
本数の少ないローカル線と東部幹線同士の乗り継ぎでは、時間帯によってこういうことがあります。
次に来た(終点で折り返してきて二本目の列車になる)逆方向の列車に乗って一旦終点菁桐まで行き、座席を確保してそのまま折り返して瑞芳まで行きました。
旧型客車を使用した列車で、台湾国鉄の各列車の中でも群を抜いて古くくたびれている車両です。皆台湾でこのような列車に乗ることがあるとは思っていなくて一様に驚いていました。

[ 8] 十分瀑布
[引用サイト]  http://www.akiba.ne.jp/taiwan/travel/921227/shifen.html

ある統計データに対し、それが従う確率分布を示す母数 θ に対応する統計量の値が決められた条件下で、データが出現する条件付き確率分布が、もはやθ にはよらない場合に、この統計量は十分である(あるいは統計量の十分性、十分統計量)という。
直感的にいうと、「母数θ(直接は求められず、推定しかできない)に対する十分統計量は、θ についてデータから得られる最大限の情報を含んでおり、現在得られる最良のものである」ということになる。十分統計量はロナルド・フィッシャーによって導入された、統計学的推定において基本的な概念である。
確率変数X に対する統計量T(X) の値が与えられた条件下で、データx の従う条件付き確率分布が母数 θ と独立である場合、かつその場合に限り、「T(X)はθ に対して十分である」という。すなわち:
X の確率密度関数(離散的な場合には確率質量関数)をf(x ;θ) (これは尤度関数に等しい)とすると、ある関数 g と h が次の関係にある場合、かつその場合に限り、T はθ に対して十分である:
つまり、密度関数 f が分解できて、1つの因子 h が θ に依存せず、またもう1つの因子が T(x) を通してのみ x に依存するようにできる
というものである。これは次のように考えるとわかりやすい。T(X) の値を一定に保ちながらデータ x の値を変え、このような変化が θ に関する推定に影響するかどうかを考えてみよう。上の基準が成り立つならば、尤度関数 f のθ に対する依存性は変化しないから、影響はないのだ。
特に注目すべきは、不明の母数p が、統計量 T(x) = Σ xi を通じてのみ、観察値 x に関係することである。
これはθ だけの関数と見なすことができ、maxi(Xi) = T(X) となる。これから因子分解条件が成り立ち、今度もh(x) は恒等関数である。
十分統計量 T(X) が与えられればX の条件付き分布はθ によらないので、T(X) が与えられた条件での任意の関数(ただし条件付き期待値が定義できるとする)g(X) の条件付き期待値も母数θ にはよらない。従ってこのような条件付き期待値も統計量であり、推定に用いることができる。
十分性に関して重要な定理に、ラオ・ブラックウェルの定理がある。この定理は、「g(X) をθ の推定量(どんな種類の推定量でもよい)とすれば、十分統計量T(X) のもとでのg(X) の条件付き期待値はθ のよい推定量(他の推定量より悪くなることはない)である」というものである。
これを利用して、大雑把な推定量 g(X) が得られたら、これから条件付き期待値を求めることで、最適な推定量が得られる。

[ 9] 十分統計量 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%88%86%E7%B5%B1%E8%A8%88%E9%87%8F



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