願いとは?

目の前には三角い目をした、小さなな黒い生き物が直立しており、そいつは薄笑いを浮かべて僕を見上げている。もしこの事態を表現するとしても、こんな言い方をしたら怒られるかもしれないが、訳が分からないとしか表せない。
どうやら、奴は喜々として僕の返事を待っているらしい。本当に、奴に願いを叶える能力があるのだろうか。そうでなければ、僕はからわれていることになり、まともに受け答えをするのも面白くない。適当な願いでも言って、お引き取り願うのが賢明だと思うのだが、もし、奴が本物であれば、この機会を無にするのは得策でないだろう。従って、僕は慎重に言葉を選ぶしかなく、無言に徹する以外に無かったのだ。
数分も無言のやりとりが続くと、奴もいい加減しびれを切らしてきたのか、苛立ちが見受けられるようになってきた。
「ああそうかもしれない。だからこそ、一つだけと言われれば、余計迷うんだ。じゃあ、こういうのはどうだ? 一つの願いを百に増やしてくれと言うのは」
「むはは、それはいかにも貪欲な人間らしい要求だな。その願いを聞き届けてやってもいい。だが残念なことに、わしは一つ分の願いを叶えるだけの力しか蓄えていないのだ。だから、願いは百に増えるものの、お前が次の願いを叶えてもらうには、わしの力が回復するまで待たなければならんよ」
なるほど、いわゆる反則技を切り抜ける、賢明な答えだ。僕はちょっとだけ感心した。奴が本物であろうと無かろうと、もう少し付き合ってやるのも悪くない。
一万年……そこまで長い間生存できる個体は、果たして存在できるのだろうか? しかし、ここで反応するのは自分の負けな気がして、とりあえず僕は冷静な姿勢を続けることにした。
「言うまでもない。愚かな人間に分不相応な願いを叶えさせて、それが元で奴らが破滅していく様を見るのがわしの趣味なのだ」
「では望みは何も要らないと言うのか。それなら失礼させてもらうぞ。願いを叶えてもらいたい人間など、お前の他にも腐るほどいるからな」
「いや、そうじゃない。誰も願いを叶えてくれなくていいなんて言ってないだろう。慎重に答えを選びたいということだ。そうだな、一応聞いておきたいが、今までの中で、よくあった願いには、どんなものがあるんだ?」
「なるほど。つまり、人気項目の調査か。いいだろう。まず、最近の流行と言えば、やはり金だな。世界一の大金持ちにしてくれという類の願いだ」
僕は言った。確かに、金さえあればほとんどの物は手に入るし、物質的に不自由することもないだろう。しかし、どんな望みでも叶うとなると、それを金や物品などの現実的なものを手に入れるために使ってしまうのは勿体ない。
「金など、能力次第でいくらでも手に入る。願いに階級を付けるとするなら、能力を手に入れるという願いの下位に位置する、程度の低い願いだ」
金の次は不死。確かによくありそうな願いだ。死の恐怖から逃れられると言う点で、意味があるのかもしれない。しかし、この望みは、同時に問題も含んでいる。
「お前、パリスの審判を知っているか? これは人間の心理を実に上手く表している。ギリシアの女神達がパリスに自分を選ばせるために提示したものは、権力、知識、そして美女だった。三つの中でパリスが選んだ答えは何だっと思う? そう、美女だったのだ。つまり、お前望みも美女ではないのか?」
「今の時代に王はないだろう。王政の不都合は歴史が証明している。第一、人を操って何をさせる? 僕の前で踊りでも踊らせるのか? それこそ三日で飽きるぞ」
「何が強さだ。子供じゃあるまいし。これだけ文明が発達した世の中で、強さがあって何になる。第一、僕は武術やレスリングに興味がない」
「馬鹿か。賭け事というのは、結果が分からないから成立する。もし、結果を知っていて賭を持ち出したとすれば、それは単なる詐欺だ。第一、勝敗が分かっているレースを見て、何が楽しい。それでは単に、金を稼ぐだけの能力と同じだろう。前にも言ったが、金を手に入れる願いなど、くだらない」
「そんなものが分かったら、生きていく意味自体無くなるだろう。延々と、同じ日常が繰り返される未来を知り、そこから生きる気力が沸くと思うか?」
結局そこで、話が進まなくなってしまった。願いは叶えてもらいたい。だが、なかなか納得の行く願いが無いのだ。僕は慎重と言うより、単に欲張りなのかもしれない。そこで、ふと思いついたことを聞いてみる。
「特定の能力だけもらってもつまらないから、いっそのこと、お前の能力を、そっくりもらうことはできないか?」
「いい意見だ。だが、わしの能力を、そのままお前に与えるためには、わしの記憶、習慣、全てを同時に与えなければならん。するとだ、必然的にお前はわしになる」
「まず、有意義な願いでなければならない。できれば、僕だけでなく、他の人間の役に立つようなものが望ましい」
「ダメだダメだ。具体的な事柄じゃなければ納得できない。この目で見て、明らかな違いが起こるようなことでなければ」
「それでは人が死ななくなる。人口は増え続け、食糧問題はより深刻になり、今より住みにくい社会になりそうだ」
奴は口をとがらせた。別に僕は手当たり次第に屁理屈を言っているわけではない。ちょっと考えれば、当然考えられる意見だろう。
「いや、犯罪だけでは生ぬるい。法の裏をかく者、道徳的に間違っている者、人に迷惑をかける輩、全てを排除しよう」
願いの内容は決まった。世の中が道徳的な人間のみで構成されれば、きっと住み良い世界になるに違いない。
さて、あとはこの一つの願いをうまく言葉にするだけだ。単に悪人を減らすと言うような漠然としたものではなく、非常に強力で、具体性があり、全てを場合を包括した言葉を選ばなければならない。

[ 154] 一つの願い
[引用サイト]  http://www5c.biglobe.ne.jp/~yumek/novels/desire.html



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